愛しき人よ
そこに現れるのはずだったのは…
あたしが殺そうとしたのは…
貴方じゃなくて…
銃口がアスランを狙っているのに気付いた時、
体が自然に動いた。
「ミーア、どうして…」
理由なんて一つしかないじゃない。
ニブイ人ね。
貴方が…
「ミーア!大丈夫だ!もうすぐAAの仲間が戻ってくるから…それまでがんばるんだ!!」
ううん。たぶん間に合わないわ。
あたし、わかるもの。
あたしはもうすぐ死ぬの。
アスランもわかってるはずよ。
もう、感じないの。痛みも恐怖も。
ただ、貴方だけ。
アスランの潤んだ瞳にはあたしが映っていた。
美しい歌姫の顔ではなく、そばかすの地味な顔。
ミーアの顔。
あたし、この顔が嫌いだった。
ふいに、その顔がぐにゃりとゆがむ。
あたしを映していた瞳から、雫がこぼれてアスランの頬を伝った。
その涙を拭おうと思ったのだけれど、
あたしって、ダメね。
もうそんな力残ってなかった。
あたしはずっと自分のことを好きになれなかったの。
でも、今こんな自分を好きだと思える。
一番好きだと思う。
声援を一斉にあびて、ステージに立っていたあたしよりも。
貴方の盾となれた自分が好きよ。
貴方の未来を守れた自分が好きよ。
だって、まるで愛の戦士みたいでしょ?
貴方は優しいから
きっと自分を責めてしまうだろうけど。
貴方に痛みを残してしまうだろうけど。
こんな風にしか、貴方の記憶に残れないけど。
あたしは貴方のおかげで、自分を好きになれたの。
「アス…ラ…ン…」
最期に伝えたいのは
愛の言葉じゃなくて
「…い…き……て」
生きて。
貴方らしく。
これからだって、つらいことも悩むこともあるだろうけど。
それでも
生きて欲しい。
そして
あたしは、貴方を照らす光になりたい。
あたしは、ずっと影だったから。
貴方のためだけの光になりたい。
旅人が迷ったとき、方角を教える星のように
貴方が迷ったとき、少しでも心が安らぐように
光になりたい。
本当は…銃弾に倒れるはずだったのは君じゃなくて
俺のはずだったのに
大丈夫と言いつつ、手遅れだと頭のどこかで冷静に考えている自分がいた。
そんな自分に吐き気がする。
ミーアは大丈夫だ!
こんなところで、死ぬわけがない!
死んでいいわけがない!!
だって、これからなんだ。
ミーアの未来はこれからなんだ。
本気でミーアが死ぬわけないと思っているくせに
涙がこぼれた。
ミーアは死なないのだから、泣く必要などないと思っても
涙は次々と頬を伝って、彼女の頬をかすめる。
彼女の手が僅かに動いたのが視界に入り
その手を握り締めた。
ミーアは苦痛に顔をゆがめることもなく、ただただ穏やかな顔をしていた。
そして、消え入りそうな声で俺の名前を呼ぶ。
そして、
そして------
彼女の最期の言葉は
「生きて」
だった。
「ごめん」でも「ありがとう」でもなく、ましてや「好き」でもなく
ただ
望んだ。
最初で最後の
たったひとつの
願いだった。
「…アスラン…」
気遣うような、戸惑うような声だった。
キラに声を掛けられるまで、その存在に全く気付かなかった。
「大丈夫…?」
ああ、俺の体は大丈夫だ。
銃がかすったくらいでは死ねない。
魂の抜け落ちた体を抱き寄せる。
頬をくっつけると、濡れていた。
俺の涙なのか、彼女の涙のせいなのかはわからなかった。
俺の気持ちも、愛の言葉も聞かずに逝った彼女にそっとささやく。
「…生きるさ」
生きるよ。
君のために。
君のためだけに。
君の願いとともに、君は俺のなかで生き続ける。