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    立教168年(平成17年)8月25日発行 第219号
    一面挨拶

年祭仕上げの実として
一名称一人以上の別席者を

おつとめの集い終了後「教祖120年祭の歌」を参加者全員で歌う
おつとめの集い終了後「教祖120年祭の歌」を
参加者全員で声高らかに歌う
(平成17年7月18日)
 日々は大教会の上に御真実を御寄せ頂き有り難う御座います。昨年10月17日に神殿落成奉告祭を盛大に勤めさせて頂き、早や一年になろうとしております。昨年の今頃は奉告祭の詰めの準備で身も心も大変忙しい時期でした。なつかしく思い出されます。時は一刻一刻と流れて止まる事はありません。大切な身体をお借りして、この世に置いて頂ける喜びを胸にして、一日一日を大切に、嬉しいことも悲しいことも全て受け入れて、感謝の心に切り替えて、それぞれの活動を積み重ねてゆくことが陽気ぐらしへの道であります。大教会としては奉告祭の時に真柱様より頂いた「教会らしい雰囲気のある教会になって頂きたい。」とのお言葉に基づいて、大教会のみならず、皆様方の教会の内容充実に努力してゆくつもりであります。
教祖120年祭おぢばがえり
 教祖120年祭が目前に迫ってまいりました。教祖120年祭は来年1月26日に執り行われます。この年は年祭の年として10月26日を除く毎月の月次祭は120年祭の理としてつとめられます。そして全教会長が指定された月におつとめ着をつけて結界内で参拝をします。しかし1月26日には一人でも多くの信者が参拝をして頂きたいと、真柱様は仰せられております。静岡大教会でもこれから部内教会のおぢばがえり計画をとりまとめて本部の輸送部に報告をしなければなりません。静岡大教会では「教祖120年祭総おぢばがえり」を打ち出しました。ようぼくや未信者だけではなく、家族揃って参拝させて頂こうという事であります。それぞれの教会長さんからも声をかけて頂いている事とおもいます。こうして家族ぐるみで120年祭に参拝させて頂くことにより、その理を頂いてそれぞれの教会が活発化してくる事と信じます。お力添えの程よろしく御願い致します。
「おつとめの集い」を終えてさらに
次の「おつとおめの集い」に向けて進もう

 7月の月次祭は部内のようぼくの皆さんと共に勇んでおつとめを勤めさせて頂きました。ご苦労様でした。今回の「おつとめの集い」の意図は、この神殿建築に真心を伏せこんで下さった部内ようぼくの皆様方に、是非この新神殿でおつとめを勤めて頂きたいとの思いで行いました。今後何時の日かにまた「おつとめの集い」を行いたいと思います。その時は更に内容を充実して行いたいと思います。大教会は今後「教会子弟並びに信者子弟に信仰の喜びを伝える」活動、つまり「縦の伝道」に力を入れてゆきますが、次の「おつとめの集い」にはようぼくの皆さんは勿論の事、より多くの教会並びに信者子弟の皆さんにもおつとめを勤めて頂けるよう教化育成してゆきたいと思います。
 教祖がお教え下さったたすけの手立ては「つとめ」と「さづけ」であります。

  ふしぎなたすけハこのところ
  おびやはうそのゆるしだす     (五下り目)

とおうたい頂いておりますように「さづけ」は病んで苦しんでいる人に取り次がせて頂き、痛みや苦しみを取り除きふしぎな御守護を頂く手立てであります。不思議なご守護を頂いて親神様の思いに添うよう心を切り替えて頂くための手立てであります。
事実、ふしぎなたすけによって引き寄せられた人びとによって「つとめ場所」のふしんがなされ、引き続き「つとめ」を教えてゆかれるのであります。
「つとめ」については

  よう/\ここまでついてきた
  じつのたすけハこれからや     (三下り目)

  ようこそつとめについてきた
  これがたすけのもとだてや     (六下り目)

  このたすけ百十五才じょみょと
  さだめつけたい神の一ぢょ     (3号 100)

  そのゝちハやまずしなすによハらすに
  心したいにいつまでもいよ     (4号 37)

とおうたいいただいておりますように、「つとめ」をすることによりふしぎなたすけを越えためづらしいたすけをすると仰せられているのであります。つまり「心たすけ」の道であります。常々お教え頂いたおつとめを実行し、親神様、教祖と対話をし、おうたに込められた「をや」の思いを胸に治め、それを日々実行し、どんな中も「おや」を信じ、一筋に「おや」にもたれて通る中に、心の埃は払われ、その結果115才いやそれ以上の寿命をお与え頂けるとお教え頂いております。
 また、

  みなそろてはやくつとめをするならバ
  そばがいさめバ神もいさむる     (1号 11)

とのお言葉にも親の思いがよく表されております。つまり神人和楽の陽気ぐらしこそ、この道の究極の目標であります。「つとめ」はこの道に引き寄せられたようぼくが親神様の望まれる陽気ぐらし世界建設を祈念し一手一つとなって勤める「つとめ」であります。「つとめ」こそ親神様、教祖におよろこび頂く道であると思います。今後も更におつとめの充実を図り、この次の「おつとめの集い」に向かってゆきたいと思います。よろしく御願い致します。

天理教静岡大教会長 松浦教幸