ここで昔、富士を見ながらミイラ(即身成仏)となった37才の僧がおり、山名の起こりという。(石保土山での自然歩道の案内による)中年の単独者の昼寝の邪魔をしたようだ。山伏峠に車を置き登ったという。話している内、同じ町田のそれも木曽町内と判りお互い驚く。ウドを採って帰るというこの人と別れて出発。
↓トウゴクミツバツツジ
トウゴクミツバツツジが多くなる。オニク(ヤマウツボ)が1本白花をつけ生えていた。この辺も伐採凄く富士と石割、杓子、鹿留方向が見える。 景色が良いのは有難いが引き換えに原生林の破壊は傷ましい。奥岳を過ぎると今度は反対側が伐採、甲相国境尾根が一望され、地図の勉強にはなったが吹き曝しとて風が凄い。
山伏峠へ下り、バテながらの登り返しではヒガラらしいのが直ぐ先を飛び歩き、馴れ馴れしい。やっと傍の小木に移ったが50cmと離れていない。登り着いた大棚の頭からは山中湖が見えた。風のそよぎと小鳥の囀りだけする中でしばし昼寝をする。
これより国境尾根、東海自然歩道を歩く様になる。連休でもあり沢山の登山者に会った。石保土山からの御正体山はこの山行一番の眺めだった。ここで夕食にする、¥300のα米の携行食をクッカーで炊くのだが、約10分で出来る割には美味い。
4:30不遇な寂峰とかいう菰釣山に着く。自然歩道が通ったせいかそんな感じはあまりしない。散乱するゴミを10分掛け片付けセイセイする。夕方の寂寥に包まれだした山頂を後に、今夜予定の宿"菰釣避難小屋"に向かう。若者が3人登って来る、小屋泊の人達だった。 |
100m下の小屋は既に一杯で定員2人オーバーの12人。私が入ると2人の若者が自分達はテーブルの上でよいと空けてくれた。ダニが出る、いやネズミだと騒いでいたがそんな様子もなく7:00には皆寝に就く。シュラフのゴソゴソが煩くろくに寝られなかったが、ブッポーソー(コノハズク)が聞けたのが嬉しかった。
第2日 5/6 日曜日 快晴
寝られなかった人も大分いた感じで、明るくならぬ内からモゾモゾしだす。私も4:30には荷物を持ち朝陽の射して来た小屋前のテーブルで整理する。前日一人の若者に教わっておいた水場に下りる。往復で30分だ。ゴロ石を踏んで下りて行くと、まだ薄暗い沢は靄って幽明の彼方にあり、気味の悪い世界だった。しかし非日常の時間帯なのだと思うと又感動的だった。
カンパンとジュースで済ませ、5:10出発。涼しく足が捗る。色々の鳥の声がする中、ずっと笹薮を行く。5m先の木で動くものあり、リスだ、始めて見る。箱根、道志、富士等左右に時折眺められた。東海自然歩道とも城ヶ尾峠で別れ大界木山に向かう。ここは富士と愛鷹が良い。
ボツボツ畦ヶ丸小屋発らしい登山者と擦れ違い始める。木に纏わり付くイワガラミは若葉展開中。廃道化した乗越の犬峠は風が吹き抜けていた。モロクボ沢の頭で国境尾根とも別れ、畦ヶ丸へ向かう。ヤマグルマが実の抜け殻を付けたままだ。直ぐで畦ヶ丸の狭いパッとしない山頂。
西沢新道で下山する。割と厳しい道で危険な所もあるが、景色は良い。河原に下り着くと川遊びの家族連れが多い。西丹沢自然教室で家へ無事の電話をする。10:30箒沢集落の西丹沢バス停着。ここには天然記念物の箒杉が聳えている。根囲り18m高さ60m樹齢2000年と言う。
山岳部のパーテイが大勢で、乗れそうもないので2つ先の中川温泉の始発迄歩く。途中のバス停で待っていた蛭ヶ岳一泊の青年に誘うと従いてくる。胸を張って疲れを見せずにサッサと歩くのが良い。山旅の最後はこうでなくっちゃと思った。朗らかな気の良い青年で、絶えず話し掛けて来る。お蔭で4kmの車道歩きも山の話で退屈しなかった。
バスから出来たての丹沢湖を初めて見る。このダム湖の底になったであろう尾崎集落が、今は新開地で土産や食堂の店を営んでいる。この山行、一泊としては初めて春、そして夕方や早朝の山の良さを存分味わえた。
<コースタイム>第1日:起床4:00→出発5:00→都留市8:00→細野8:30→御正体山11:40→山伏峠2:00→菰釣山5:30→小屋6:00 第2日:起床4:30→出発5:10→城ヶ尾峠6:50→畦ヶ丸8:30→西丹沢10:30→中川温泉11:30→帰着2:30
<歩いた距離>第1日:山道17km 第2日:山道13km 車道6km 計19km
<掛かった費用>¥1940
<使用地図>昭文社4万 丹沢 地理院2.5万 都留/御正体山/中川
<地名の異称>御正体山→マコゼンノ丸 大界木山→高指
(注)ブナ沢乗越は盗材乗越とも言われ、昔この辺の盗伐者が利用したらしい。
菰釣山1370mの三角点は変則で南に下がった地点1348.2mにある。
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