右脳機能の実例


右脳は生命エネルギーの一環

生命と右脳の真実」をクリアされてからお進みいただく事をお勧め致します。

生命の一部としての右脳の活動は私達の身の回りに起こる現象の中から考察する事が出きます。こがどの様な所かを前頁リスト4、右脳を考察する「意識のプロセス図」により、光速にてエネルギーが循環する想像図をご覧頂きましたので、ここより更にその主要な機能をはじめ他の例も紹介して参ります。

又最後に誤解のない様に一般的には興味本位の話題となりそうなスピリチュアル系の話しとか他の現象等は「潜在意識の真実、リスト6 潜在意識の応用」に例題として取り上げてその相違をはっきり提示し、皆様のご理解に繋げたいと考えております。

リスト 右脳機能の例

 

リスト1 大容量の情報の変換(仲介)役として……脳⇔右脳⇔記憶

宇宙の中で人に限らずあらゆるものは自身の能力だけで存在し続ける事は不可能と思われ、そこには私達の母なる記憶との繋がりが必ずあるはずで「生命=右脳」が人で言えば胎盤的な仲介役を為すものと考えます。

例えば私達が日常で得る一つ一つの情報を解析する為には「意識のプロセス図」にある様に、どうしても大容量の記憶の倉庫が必要不可欠でしかも光速で処理されなければなりません。

経験のあるものはおそらく脳内の引き出し(海馬とか小脳も?)で間に合うはずです。しかし新しい物や珍しい物を目にした時には、いつの間にか「これは何かしら?」「何と似てるかな?」等と大倉庫の記憶へ助けを求めながら照合作業をし答えを探しているはずです。

この物事の理解ができると言う当たり前の事が、実は大変な偉業で大切なプロセスなのでサイト理論では最重要案件として考えますが、専門家をはじめ誰も気に掛けないのは何故でしょうか?

フランスのアンリ=ルイ・ベルクソンと言う哲学者が「人が物事を理解するには過去の記録との照合が必要である」との理論を出されており、これには逸話もあり後に紹介してみたいと思います。

そしてこの理論は現実と合わせてみても誰にも大変納得のいくものなのです。

そこで人の理解は脳内にて全て完成している!と考えた場合、では睡眠中(脳の休憩中)にはどうなっているのか?の疑問が生じるのです。

当然そんな事をやっていては休息できませんし、その他にも理由があるのですがやはり脳内では限界があるものと考えざるを得なく、人もエネルギーなのでその特性からいっそ脳外へと求めてみたのです。

そこならばどんな大容量でも何なく保管してくれる事でしょう。しかも送受信も光速で昼夜関係なく働いてくれる安心な場所なのです。但しそれにはどうしても胎盤の様な変換役が必要で、それが生命の一部である右脳の役目と考えたのです。

アンリ=ルイ・ベルクソン
(1859~1941、フランスの哲学者でノーベル文学賞受賞)
1913年英国心霊現象研究協会の会長、アインシュタイン博士等多数の科学者達も入会)物質と表象の中間的存在として「イマージュ("image")」という概念を初めて用いた人

逸話:ある時ベルクソンがアフリカに赴いた時、現地の人に「お前達は何で来たのか?」と尋ねられ、沖合に停泊している大きな船を指さし、「あれで来た!」と言ったところ何と誰にもそれが見えなかったと言うのです。
不思議に思った彼は船腹に大きなバナナの絵を描き再び訪れたところ、皆それには気付き我先に取ろうと海に飛び込んだ!と言うのです。

この話の真偽は定かではないのですが彼はその様な事から、人が何事かを認識出来るには過去に経験したデータ(記憶)が必要で、次の経験時にはそれと比較・照合すると考えたそうです。日本に於いても黒船の襲来時に初めて経験するそれが見えた人も見えなかった人もいたそうなのです。


リスト2 大容量の情報をたった一つに集約

人は五感と言うものを持たされた事により、物事の情報を入手する事が可能となり、その結果何事かの理解が出来る様になりました。

そのプロセスの重要な役どころとして視力の例が分かり易いと考えます。例えば目の焦点は常にただ一点に集中しますので、何か見た瞬間に一つのものが理解されるはずです。

ところが一点を見たつもりのその中にはとんでもない真実が隠されていることをご存じですか?

実はその中には、それを構成する要因とか情報が凡そ20桁以上あると言われているのです。即ちどれも1点につき実際にほぼ無限の情報(エネルギー)から成り立っているのです。(この事は簡単な実験で理解されるものです)

しかし私達にはそれが判りません。前項で右脳が一つにまとめてしまうからです。なのでそれから得られる認識(思考)は全体のごく一部或は一側面のものとなり、例えば知らない人をパッと見た時に外観くらいしか分かりませんね?それはその方の全情報の取るに足りないほどのものしかなく、私達の理解度が如何に不完全か良く分かるはずです。

完璧な情報とは人で言えば60兆個の細胞どころではありません。それらを構成する分子や元素や果ては素粒子(エネルギー)まで行き着くのです。それと物質は同等である!とアインシュタイン博士に教わったはずです。

しかし大容量のままでは現実的な人の脳(意識)では受容も処理も不可能なのでどうしても簡素化が必要なのです。

そこで右脳が簡単に分かる様な資料作りをしてくれ、それから他のプロセスを経て最後に意識に繋げてくれるのですが、その結果が大雑把で不正確なものになる事は否めないのです。

私達が両目でしっかり見たものでも又どれほど熟慮した思考でも、全てを見透かす事は不可能で結果的に不完全なものとなるのはその為です。

以下は サイト理論 「理解の法則」からの抜粋で、中枢理論となりますので全編の掲載は出来ません事をお詫び申し上げます。「意識のプロセス図」もご参照ください。

例えば凡そ60兆個の細胞の塊を見た瞬間に、男女別や体格差や年齢差や肌色など多少の違いがあろうが、取り敢えずは「人!」とまとめてしまうのです。

それは右脳(生命)と記憶(潜在意識)との間での出来事のプロセスですが、例えば人が見たものは電気信号となり大脳の視覚野に送られます。

そして次の瞬間に舞台は右脳と言う未だ誰も想像さえしないエネルギーの世界へ移行し、そこで右脳は「照会」と言い母なる記憶に対して情報を過去の記憶に照らし合わせる依頼をします。

すると記憶は「照合」と言って過去の大量の記録の中で似たものやシンクロ(合致)しそうなものを選別して右脳に戻します。右脳はそれらを受け取った後にたった一つにまとめ上げてしまう!と言う荒技を使うのです。

全ては光速下でしかも体外にて行なわれているかも知れない出来事なので本人さえも気付きません。

それから脳幹部→大脳へと再び差し戻され私達の意識に伝わればこそ「あっ、人か!」とやっと理解する事が出来るのです。

私達が毎日大過なく暮らす事が出来るのはそのお陰だったのですが、結果的に物事を自己の能力で解析したわけではなく、自動的に結果を教えられるので「追認」と言う言葉を使っております。  

私達が「認識」するものはその様なプロセスを経ていて、便利とは言え右脳が勝手にまとめたものなので、随分いい加減なものとなりますがそれが最終的に「決断」された場合はそのまま本人の「思考」となるのです。

それで逆説的に「誰の思考も随分いい加減なもの!」と言い切れるのです。

もしその事を誰もが知れば、例えば「私の意見は絶対に間違いない!」と元が不正確なものを言い切る事は難しくなるはずで、無益で傷つけ合う様な激しい議論は双方が不完全な思考同士のぶつかり合い!と考えれば避ける事が出来ましょう。

とにかく凄い機能と信じられない様なプロセスが日常的に私達の中に取り込まれていたなんて驚きではありませんか?

 

リスト3 感情と心はここに在った!

感情は時として泣くなどして他に自分の心情を訴える為にあるのでしょうか?

そしてですがこれ又楽しかったり逆に惨めな自己を映し出す為のものなのでしょうか?皆様はどの様にお考えになりますか?

身近な存在とは言え何方も解釈にお困りかと思います。これらは自己の中に在りながらも自分のものではないと言う少しややこしいものですが、それは両者は記憶に従い全自動的に行なわれる為に、本人はじめ誰の指図も受入れない事がそうさせるのです。

そこで更なるプロセスを進めて参りながらその当たりの事を解説して参ります。

さて前記リスト2で、一つにまとめ上げられた情報はまだ私達の意識に伝える訳には参りません。そのまま行動に移れば特に過去には生命の危険に陥る可能性が大であって、今でもそれは同じだからで、それらの回避を主目的に更にとても大事な見えない器官を通る事になるのです。

そこで皆様も自己を良く観察してみると分かりますが何かを見た時・知った時等、何事かの理解と共にそれが自己にとって良いか悪いかの感情が自動的に入っているのが分かるはずですし、それによってその後のリアクションが決まって来るはずで、PをポジティブNをネガティブと言っております。(何も感じないときはポジティブに分別されている)

 

例えばポジティブの場合もそうですが、特にネガティブと判別された場合の最初のリアクションは何だと思いますか?

実は「嫌だな~」と感じる意識よりも先にお顔の筋肉(表情)が反応すると言う事はご経験済みですよね?

因みににサイト理論ではこの現象を逆応用し、ネガティブを処理し筋肉をリラックスさせると言う方法を思いついたのです。

それが 見えない器官としての「感情心」のせいであり、実は記憶からのエネルギーは人の脳(意識)より先に筋肉に作用する様になっているのです。とっさの危険に対して脳や意識を経由していたのでは間に合わないからでしょう。

この様に私達には必ず意識し又意識させられたものに対してこの二つが付いて回りますので、今後は見るもの聞くものに対して自分にはどんな感情とリアクションが出てくるのか?直ぐ鏡でも見て観察してみると面白いですよ!

それらは常に自己の経験を踏まえて現状の立ち位置を知り、事前に不利益を回避する為の機能かと思えます。ですから他の人が同じものを見ても経験の違いによりPと感じたりNとなったりするのです。

次に日常での例を挙げてみましょう。

誰も朝起きた瞬間には、目覚めたことを意識します。(顕在意識の仕事で、情報の入手と言う)実は「追認」ですから意識させられている!のが正解なのですが、

すると「又今日も仕事か!嫌だな~」等と感情が勝手にネガティブに反応し(右脳の仕事で、感情は瞬時にNかPに分別する)

続いてそれを元にあらゆるその後の場面のシミュレーションを見せてくれるのがです。(右脳の仕事で、心はやはり一方的に見せられるものなので自由にならない理由はそこにあります。)

結果「やっぱり行かなきゃいけないよね!」と自己の利益に導く様に判断し決断してから行動に移るのです。(顕在意識の仕事で、追認したものを判断・決断でき、情報の入手と共にこれが一番大きな仕事になるでしょう)

ところが決断後の行動(主には筋肉運動)も実は右脳の仕事だなんて、これ又何方も気付かれませんよね?

先ほどのネガティブ時に自動的に出てくるお顔の表情(筋肉運動)と同じなのですが、皆様は行動は全てご自分の意思でしていると思っているはずですが実は……この詳細は続編「人の真実」にて解説されます。

さて、感情は絶えず「今の情報は良いのか悪いのか?」と分別し、更に心はそれを元に「では自分はどうあるべきか?」とこれも現状から将来にまで渡るイメージを私達の意識に提示し、命を守る為の今後の行動の判断・決断へと繋げるのでした。

上記の例により、私達の意識(顕在意識)と右脳との連携が大切な事がお分かりいただけたかと思います。

サイト理論では「感情と心はペアで働き今後の指針を決断する為、資料のプレゼンテーションを行なう大型スクリーン!」だと位置づけているのです。

感情は決して怒ったり泣くためのものでは無かったのですが、実はそれにも別な理由がありまして、即ちスクリーンで見せるだけでは足りずに身体を刺激して更なる状況を訴えるもので、携帯の着信を知らせるバイブレーター機能とも似ていますね。

ところでこのプロセスを観察する事により人の行動や筋肉等は自己の意思により働くものではない!と言う驚きの論理が展開できるのです。生理学会からも提案されてきていますので、いずれ「人の真実」にて解説してみたいと思います。(「人の真実」のテーマは近い将来に追加予定です)

激しいリアクションになるほど危険度や不利益が著しいものだと理解させる為に、交感神経を興奮させて涙や汗や震えなどで知らせてくれ、更に緊急事態にも備えてくれているのですよ!

 

 

リスト4, 情報を映像化する能力~夢とイメージ

さて前記のリスト3までは例外なく誰にも毎日働いてくれる能力ですが、その他にも夢やイメージがあります。

夢は毎日とはいかなくても誰も頻繁に見る現象で、また先のベルクソンの理論に物質と表象の中間的存在として「イマージュ("image")」という概念があり、現実とエネルギーの中間の存在として「イメージ」があるというもので、何れも映像処理能力と考えても良いでしょう。

 

想像の翼(イメージ)は夢や理想と現実とを結ぶものかも知れませんので大いに夢をそして想像を楽しみましょう。そうそうアインシュタイン博士も「知識より想像が大切だ!」と言っておられた様です。

 

「夢」の場合を見てみましょう。

夢を見ている間の脳波を見れば、ほんの短い時間の活動なのに本人は長い物語を見る事になるのです。 即ち光速にて大量の情報が流れた事を意味しているのですが、それが再生されるとなると地球時間となるのは右脳が途中で変換してくれているからと思われます。

エネルギーと人とのギャップ又は宇宙の光速感覚と地球時間との差異の良い例でしょう。但し余り自由にならないところがもどかしいものですね。

夢には体験した事も考えた事もない様な場面も出て来ますね?それは潜在意識からのいたずら的な勝手な情報(エネルギー)から来る事なのです。そこは人の様に現実と想像の区別はなく人の都合など考えないのです。

私は幼き頃よりそれを自由にしたくて毎晩寝る前に「夢を自由に操りたい!」と念じていましたら、夢の中でもその自覚がある様になり、次第に夢中の意思により随分自由にする事が出来る様になったものです。因みに料理が出たときには五感を観察しましたが、全て現実と変わりなく感じらました。

映像化はここまで凄い! 

さてここからは誰もが日常的に経験される事ではなく、生まれつきの特殊な能力としてまた高度の訓練により稀に得られる能力となり、 俗に言われる「右脳能力」とはここからの事と言った方が分かり易いかも知れません。単一能力として若しくは複合して現れる場合もあり、どの分野の何れも並外れた技量を見せていただけます。

① 世の中には何かの情報で即座にそれを映像化してしまう人もいて、もちろん本人限定のイメージ映像ですが本当にリアルだそうで、全く見た事も無く知らない光景や経験でも資料を見ながら映像化して小説を書いて国内の有名な賞を頂いた方がいるのです。

② また昔の職人集団で「頭領」と言われる人達は今と違い特別な扱いを受けた様で、彼らは特に寺社仏閣などの設計図を頭で作成し、必要に応じて映像化して建設の指揮に当たっていた様で、それにはそれらの設計図が初めから一枚も無い事から想像される事で、その様な能力の持ち主なら周囲から敬われるのは当然の事でしょう。

③ 最近話題となっている将棋界の若き棋士や囲碁の世界なども、幼き頃より差し手を記憶しそれを必要に応じて思い出し映像化する訓練を積まれる様で、過去に対局されたものは殆ど記憶されていると聞きます。

その上でお互いに対局に臨んでいますので持ち時間が長いのは盤上の左脳での勝負ではなく「右脳同士」の激突となっており、それで目は盤上を見ていても心は上の空の様子で、何と凡そ300手から1.000手位での戦いと言われており、きっと頭の中では限りないその場面が映し出されているのでしょうね。

この世界では若年者が多く活躍されます。実は右脳は若い時ほど優勢で、それは左脳的な経験が少ない為と考えられます。

ただそれを磨くために単純な作業の連続経験が必要となるので幼少時からの訓練が必要とされるのです。

 

リスト5 高速で記憶する能力

逆に見たものを短時間で写真の様に記憶してしまう場合もあります。

① この能力も稀に見受けられ例えば、サバン症候群と言われる方が3分間のロンドン上空からの市街地観察により、地上に戻った後にその光景を絵に描いたところ、その正確さのうえ何とビルの窓の数までが間違いなく書かれていたそうです。

② 映像化能力とセットの場合が多く、例えば学校での授業で黒板に書かれた内容を、筆記する事なく見ただけで全て暗記してしまう方が実際におり、必要に応じて映像化して利用するものでこれは生まれつきの「右脳使いさん」と言えるものです。

いずれも真面目に読んだり暗記する訳ではなく大量の情報に目を通すだけで記憶してしまうと言うもので、右脳の光速記憶能力なくしては至難の技でしょう。

③ これは身内の話で恐縮ですが、筆者の幼き頃の父は警察署に勤めており、ある日「今度来た署長は27才(○○卒)で若いのに大変頭が良いのだぞ!」と話してくれ、それは数多くの署員の分厚い毎日の日報(日誌)を、読まずに頁をめくり続けるだけで殆ど正確に理解してしまうと言う話でした。(不敬にも父は自分の書いた日報の内容を質問して試したそうなのです。)

④ 記憶の達人の究極は、実在した「空海=弘法大師」さんや「虚空蔵菩薩」さんで、こちらは厳しい修行の末にこの能力を開眼され偉業を遂げられているのです。「虚空蔵菩薩」さんは今でも全国で記憶のシンボルとして受験生に人気があり、因みに「智恵」のそれは「文殊菩薩」と言います。

伝説の中の空海さんは、四国は室戸の海岸の洞窟にての修行中に「夜明けの明星(金星)」が口に飛び込んできて開眼されたと伝えられていて、もちろんご本人の意識上での出来事でしょうが、その後中国に渡った時に半年程で書物倉の経典を全て記憶し、その能力に驚いた仏教最高位の阿闍梨(あじゃり)さんから、最高位のみが引き継ぐ事が出来る秘宝の経典を授かり持ち帰った!と言う話が言い伝えられており、それが現存しているそうなのです。


 

リスト6 高速で演算(計算)する能力

① 高速で演算(計算)する能力。これなども毎年の様に見受けられる光景で、全国の珠算コンクールや競技会で最上位者ともなると複数桁の掛け算でも割り算でも、置きソロバンや暗算でもなく問題を聞いただけでその答えが目の前にズラッと出るのだそうです。

普通の計算式の答えは割り算を除き右端(1位の位)から答えが出てるものですが、彼らは左から右方向へと澱(よど)みなく書いて行くそうなのです。

問題を聞く(情報の入力)だけで右脳が光速で勝手に計算する様に訓練された天才達は、その結果だけを自意識に知らされ追認していたものでしょうが、そこまでの道程は半端なく幼い頃からの厳しい訓練により可能となるのでしょう。

② 又同じ「サバン症候群」と言われる人達でも記憶の他に演算能力に長けている方もあり、ある種の計算ではコンピューターにも劣らぬ力とスピードを誇るそうで、右脳能力はこの分野で言えば究極の「量子パソコン」となるのでしょう。

そのサバン症候群ですが、生まれつきの方もいますが事故やスポーツ障害等で脳梁に異常を来した場合に発症する事が多い様で、即ちそれにより生命第一とばかりに「右脳」が活性化されるようなのです。

そこで普段での訓練にはこの論理を当てはめることが出来ます。即ち余り左脳を使わずに休ませる事が右脳活性化のコツと言えるのです。

 

 

リスト7 五感の増幅とお互いの変換

昔の職人さんと呼ばれる方々の長い年月の修行期間はまるで右脳訓練の様なもので、先の建築設計図に始まり芸術家達の作品創りも料理職人さんの味付けやデザイン関係の出来合いなども、どれも繰り返す訓練によりその先の状況を映像化(視覚化)できなければ成り立たないものと言えます。

 

① 触覚~木工職では100分の1㍉、金属職では1.000分の1㍉の変化を感じ取ると言われており、現在でも機械ではなくその手に頼る製品が数多くある様に聞きます。

② 視覚~今でもアフリカのマサイ族の人達は現代の視力検査法では10前後とされ、平原では2.3㌔㍍位先のライオンを認識出来たり、また暗闇でも見えるので照明なしの室内で平気で作業をこなすそうで、この事は以前私のスタッフが旅行中に現地に赴き確認して来たものです。元々あった右脳能力の残存かも知れません。

③ 聴覚~これは私の実体験で奈良県の大峰山にて修行中の事、意識を消し去る訓練中に突然周囲の音が大音響で聞こえはじめ、小鳥の声などは脳の中にて響き渡りクマザサの中を一筋流れる水が滝のように聞こえるので、このまま下山したら町中の騒音でどうなるかと真剣に心配したものです。外界から閉ざされた環境の中で左脳意識が低減し同時に右脳機能が増長された結果かと考えます。

④ 味覚~主に調理人さん達も長い下積み経験をされ、調理の正確さや具材の選択や味付けや盛り付けのイメージや出来合いの味覚などを養っており、それは家庭での主婦の方々にも通じるものがあり何十年という経験が次第に右脳の働きを高めていくものと思われます。

⑤ 嗅覚~動物には一番大切な感覚器としてただ人では次第に劣化しいる事は否めません。この分野は特殊化され例えば調香師の方とか飲食関係のソムリエの方々も日々の訓練の元に次第に能力の向上をさせる様です。

 

⑥ 五感同士の変換例(聴覚から視覚へ)

これも私の実体験ですが、若き頃にピアノの調律師を目差して訓練を受けていてひたすら鍵盤を叩いていたある日、突然二本の弦から出る音が目の前に見え驚いた事を覚えています。

音が見えるとは不思議でしょうが、あくまで右脳による聴覚から視覚への脳内での変換現象と思われます。

最初は僅かな弦の調節で離れたりくっついたりし、くっついた時を「ユニゾン=同音」と言い基本的な作業となるのですが、やがて鍵盤をまたぎ半音間の僅か200分の一位を調整する為に干渉波を数える作業となりますが、目の前にそれが現れて見えればこそ可能となるのです。

最初は理屈の説明もなく、来る日も来る日もただ鍵盤を叩いて音を聞く事だけ指示されていた意味がそこで初めて分かったのです。

ここで紹介する意味での右脳開発は、理屈や講習程度の訓練では到底無理かと思われるのです。多くの事例は偶然や生まれつきを除いて基本行動の反復と長期継続が必要で、そう簡単なものではない事を示唆してくれています。

 

リスト8 その他の事象例

① バイク事故での空中散歩と走馬灯の経験

一つのアクションを高速カメラで撮影し、通常の速さで再生しますとそれはスローモーションの映像となり、そんな場面は交通事故などで宙を舞った方達から良く報告されます。

私の兄が柔道の稽古帰りに遭った事故の実話ですが「その時自分はゆっくり宙を飛んでいて状況が把握でき、落ちる瞬間にはどの受け身を取ろうかと考えていた!」と言い、実際にほんの軽傷にて帰還したのです。

また私の経験ですが15歳の時、土手から転落し顔面を強打して意識を失なおうとした時、それまでの記憶や家族の顔がそれこそ走馬灯の様に浮かんで来た事を覚えております。この現象について最近の記事にもありましたので参考までに。

解説*これらの現象は生命の危機時によく見受けられるもので、普段はあらゆる情報を右脳が瞬時に一つにまとめてしまうのですが、左脳が働き難い状態になると活動中の右脳の状態が見えやすくなるのです。即ち同じ費やす時間でも情報を沢山読み取れることで本人は長く感じると言う現象かと思います。  

② 高速移動中の物体がよく見える現象  

間違いやすいのは動体視力ですがここで言う右脳能力とは違うものとの判断です。ただ訓練次第では右脳能力を得られる事は想像されます。

野球界で大活躍された現役時代の「王選手」は、飛んで来るボールが一瞬止まって見えた!と言う話は有名で、大リーグでもボールが大きく見えると言う選手がいた様です。

これは動体視力よりさらに深い情報を読み取る手段で、正確には右脳中の無限にある情報の一コマを捉える訓練をされた事によるもので、その為にシーズンオフには伊豆山中に籠もりひたすらバットを振る毎日だったそうです。

単純運動の繰り返しにより顕在意識が薄れ無意識状態による、昔から伝わる「心眼=心の目」とでも言う現象と考えられます。

他の例では「剣」や武道の名人クラスになると、打ち込んでくる相手の剣先や拳がスローモーションで見えたりもするそうで、これ等も右脳がまとめ作業をしている内様を垣間見ることで、多くの情報を得られている事になると思います。

③ 全く新しいものを創出するイメージ力は?

昔、修験者達が自分の信じる「本尊」を脳裏に映し出す修行をしていたらしく、しかしその場合は既に言い伝えられているものが多く、ところが全く新しいシンボルを創出する事例があり、その最たるものが奈良県吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)と言うお寺にある「秘仏金剛蔵王権現(ひぶつ こんごうざおう ごんげん~約7mの立像)」です。

蔵王堂(奈良県吉野)世界最大の木造建築物で世界遺産となっており、 秘仏金剛蔵王権現は残念ながら掲載不可となっています。現地では拝観出来ます。

これは役行者(えんのぎょうじゃ)と言う方が大峰山での修行中に意識に映し出した像で、山頂の桜の木にイメージを掘り、後から仏師の方がそれを観て彫像したと言われております。目の前に立ちますと息をのむ迫力に圧倒されます。

ただこの場合、右脳はあくまで潜在意識からの記録(過去に経験したもの)を処理する役目なので、今までに経験もない全く新しいものを創出するには潜在意識のレベルでも無理で、更なる上位(大自然のエネルギー)から来るものと思われ、しかしそれを映像化するのはやはり右脳の機能と考えるところです。

今も昔も絶えず新しいものの創造を旨とする芸術家達とも通じ、一体彼らのアイデアの源泉は何所なのでしょうか?

全く新しいアイデアや思考などの源泉として「インスピレーション」と言うものが考えられ、サイト理論では人が考え出すものではなく授かるもの!と解釈しており、如何なる問題の究極の解決法となるのです。……サイト理論より

④ 音楽の三要素

音楽の三要素によりそれぞれ担当する脳を見てみましょう

左脳は現実的な認識が主なので、単純でその数も数えられる範囲しか担当できません。

ところが右脳の情報源は無限なので制限はなく、作曲家や作詞家の能力はこちらに該当し、その数は終生に渡り何千曲とか何万詩などと言われるのはその様な事からです。

⑤ 参考~活人剣とは? 

以前サイト理論を勉強中のある受講生さんから次の様な質問を受けた事があり、それは「剣を抜かずに勝つ活人剣とは一体どう言うものなのか?」と言うものでした。

普通は剣を振り回し相手を殺傷する為に「殺人剣」と言うそうです。

この話は江戸時代の剣史にも留められている様で、私も少し興味がありましたのでサイト理論にて考えてみたのですが、それは驚く事に右脳よりハイレベルの世界で、その母なる「潜在意識」の世界と分かりました。

即ち剣の上級者クラスまでは自身の動作のスピードを磨き相手より勝る事を考え、次の段階の名人クラスでは右脳の応用にて相手の思考や動作の情報読みに通じ対処するのですが、しかしこの場合でも剣を抜かなければ勝てません。

そこで究極の達人クラスでは相手ではなく、自己の「戦う記憶」そのものを「無」に変換するのです。すると記憶は万人に共有されていて相手も同じ状況下に置かれ戦う意味と意思がなくなるので、両者とも剣は抜かずに円満に活かされ解決される事となり、もちろんこの能力を発揮された方が勝ち!となります。

潜在意識の処理には更なる上位の「大自然のエネルギー」によるインスピレーションのレベルとなりますが、ここでのそれは状況の変化による解決だけでなくこの様な事まで含まれるのです。

どの世界の「達人」とは、この域にまでしたを言うのでしょう。

実はこれはサイト理論の問題解決法である「自己の意識を無にする」の極意にも通じるものでもあり、本当の意味での「遠隔療法」とはこの原理を応用したものとなるのです。