注・この文章はPG-12指定です。


嫌われるより辛いのは


「あれ?ルルーシュは?」
「出かけましたよ」
 クラブハウスのキッチンを覗き込んで、エプロン姿で作業をするロロにスザクは話しかけた。
「ロロは一緒に出かけないの?」
「毎回一緒にって訳にはいきませんよ」
 スザクはロロの立ち姿を上から下まで眺めて呟いた。
「それにしても、すごいエプロンだね」
 色は淡いピンク。大きなフリルがあちらこちらについている。
「別に、僕が家でどんなエプロンつけてても、いいじゃないですか」
 ちらちらスザクの方を見ながら、顔を赤くしてロロは口を尖らせた。
「いや、でも良く似合ってるよ。似合っちゃうとこがすごいな」
 ルルーシュはナナリーを思って選んだのだろうか。そういう物が多くあるのなら、それはロロに少し気の毒だとスザクは思った。気にせず使っているのがいじらしい。
 ロロは視線を鍋に戻し、ゆっくりとおたまでかき混ぜながら訊いた。
「スザクさんは夕食、もう食べましたか?」
「いや、まだだけど」
「兄さんの作ったシチューがあるけど、一緒に食べませんか?」
「いいの?」
「はい」
「じゃ、いただこうかな。でも、その前に」
「?」
 スザクはロロの顎を持ち上げて、顔を覗きこんだ。
「このエプロン姿の可愛い子を味見したいな」



 そのころルルーシュは、クラブハウスを出てしばらく歩いたところで、ふと、シチューに仕上げの生クリームを入れ忘れたことに気が付いた。一度気になるとどうにも気になってしまう。時間に余裕はあるし、まだ戻るのに手間というほど遠くまでは来ていなかった。
(しかたがない。一度戻るか)
 ルルーシュはクラブハウスへと踵を返した。



 台所を覗いたルルーシュは、目の前で展開されている光景に唖然として凍りついた。明らかに恋人同士のキス。ロロの腕はスザクの背中に回っていて、制服を徐々にきつく掴んでいく。一旦離れた顔をスザクが追いかけるようにまた深く口付ける。
 思わず取り落とした荷物がどさっと落ちる音がして、ふたりはとっさに身体を離して戸口を見た。
「何・・・してるんだ。お前たち・・・」
 ロロが愕然として息を呑む。
「に、兄さん!」
 スザクがゆっくりと振り向いて言った。
「何って、キスだよ。見て分からないの?」
 驚いて立ち尽くすルルーシュに、冷たい笑顔を顔に貼り付け、ロロの肩を抱いて見せながらスザクは宣言した。
「今まで内緒にしてたけど、僕たち恋人として付き合ってるんだ」

 油断していた。兄さんは騎士団の用事に出かけたばかりで、しばらく戻らないと思っていたのだ。

 呆然としていたルルーシュは、やがてくやしがるように眉根を寄せ拳を握った。
「あ、ごめん。いきなりで驚かせたよね。今日のところは帰るよ」
 ぽんと一度ロロの頭に手を置いてから、凍りついたように動かない偽兄弟を交互に見遣りつつ、スザクはその場を去って行った。支えを失ったように、ロロがその場に座り込む。
 しばらくして、ルルーシュは何も言わずに荷物を拾い上げると、また出かけて行った。
 ひとり残されたロロは、両手で顔を覆って丸くなり、しばらくそのまま動かなかった。



「おはようございます」
 翌朝スザクが生徒会室に顔を出すと、やはりというか何というか、不穏な空気が漂っている。あの後どうだったかと、入口横に座って俯いているロロに近づくと、ロロが顔を上げて縋るような視線を向けてきた。そのとき。
 バンと何かを机に叩きつけるような音がして、ロロはびくっと怯えてから身体を小さくした。奥のパソコンデスクに座っていたルルーシュが立ち上がり、すれ違いざまにスザクを怒りのこもった目で睨みつけ、部屋を出て行った。
「やっぱり、怒ってるね」
 スザクが苦笑した。残りの生徒会メンバーが集まってくる。
「なあ、何があったんだ?」
「そうよ。いつも仲良しのランペルージ兄弟がケンカなんて珍しい」
「そうそう」
 集まってきた3人を眺めながら、軽い口調でスザクは言った。
「昨日、僕がロロに手を出してたのがルルーシュにバレちゃって」
「へぇ、そうなんだ・・・って、えぇっ!」
「し、知らなかった」
 シャーリーは驚きながらも眼を輝かせて顔を赤くしている。
「お、お、おま、ホモ・・・」
「僕はちゃんと、女の子も好きだよ」
 スザクはにっこり笑って付け加えた。
「両刀かよ・・・」
 リヴァルが頭を抱えて嘆く。
「でも、ロロはすごく可愛いだろ。リヴァルだって、ロロならと思ったりしないの?」
「あ、あのなあ。そういうのは冗談でもやめろって!」
 ロロの方に眼を遣ると、ロロは俯いてわずかに震えている。スザクはしゃがんで顔を覗きこみ、膝の上に握られた手に自分の手を添えた。怯えた菫色の瞳と出会う。
「兄さん・・・あれから一言も口きいてくれなくて・・・」
 ロロの眼から涙がぽろぽろとこぼれ出した。
「僕・・・どうしたらいいか、分からなくて・・・。僕のこと嫌いになったのかな・・・兄さん」
 ロロは眼をぎゅっとつむった。それを見ていた女子2人はいたたまれなくなってロロに駆け寄り、慰め始めた。
「大丈夫よ、ロロ。兄弟だもの。そんなことくらいで、嫌いになったりしないわよ」
「そうよ、たまには兄弟喧嘩ぐらいしないとね」
 ねえ、と頷きあう女子に、ロロは首を振りうつ伏せてまだ泣き続けている。
 少し距離を取ってリヴァルとその様子を眺めながら、スザクが口を開いた。
「もしかして、兄弟喧嘩するの初めてなのかな」
「うーん、いつもべったりって感じだからなあ。てか、お前の方が昔から良く知ってるんじゃないのかよ」
「いや、でも最近は会ってなかったからさ」
「そうだなあ。見たことはないなー。ブラックリベリオンからこっちは何か感じ変わったっていうか、前よりもルルーシュがべたべた依存してる感じでさ、よくあの変態ブラコン兄貴にロロは平気だよなって、ね、会長」
「そうねー、友達とか恋人とかできそうになっても兄貴に阻止されてるようなとこもあったもんねー」
「へえ」
 スザクは冷たい表情で眼を細めた。
「でも、もしかしたら、これはチャンスよ!ロロ。あの変態兄貴の魔の手を逃れるための!」
 ミレイは僅かに顔を上げたロロにガッツポーズをして見せた。
「相手がスザクだってのが、微妙だよな」
 リヴァルが付け足す。スザクはつかつかとロロに歩み寄ると、頭を撫でつつ言った。
「ルルーシュが怒ってるのは僕に、だから。放課後までにちゃんと話をつけておくよ」
 見上げる大きな瞳に、だから大丈夫、と安心させるようにスザクは微笑んだ。



「放課後までに話をつける、とスザクは言ったのか」
「う、うん」
 思ったとおり、というかおそらく記憶を失っていた頃の行動をトレースしているのだろうから、予定通り屋上で授業をサボっているルルーシュを発見し、監視カメラに映らないように入口の影からロロは話しかけた。
「分かった。それまでには対応を決めておく」
「あの・・・兄さん」
「何だ?」
「ごめんなさい」
「なぜ、あやまる」
「最初は・・・無理矢理・・・だったけど、続けちゃったのは、僕の責任だから・・・その」
 ロロはちらちらルルーシュをうかがいながら、たどたどしく言葉を紡いだ。
「それに、気持ち・・・悪いよね。その、男同士なんて・・・」
「別に」
 校庭の方を向いていたルルーシュがこちらを向いて手すりに寄りかかり腕を組む。
「いいんじゃないか?そういうのは個人の趣向の問題だろう?」
 逆光で良く分からないが、ルルーシュは冷たい表情をしているようにも見える。
「兄さんが嫌なら、僕、やめるよ・・・」
「お前の好きにすればいいさ。スザクに騙されているだけでないのなら」
 ルルーシュは視線を逸らして悔しそうに吐き捨てた。
「・・・スザクの奴。お前に手を出して反応をうかがってくるとは、忌々しい」

 僕は何を勘違いしていたのだろう。

 ルルーシュを見ていられなくなって、その場を急いで離れながらロロは思った。
 兄さんに嫌われたくないと思っていた。嫌われたら耐えられない、生きて行けないと思っていた。でも、そうではなかった。

――兄さんは、嫌ってすらくれなかった。

 僕は、僕の行動で、兄さんの中の何かが揺らぐのを期待していたのだろうか。僕とスザクの関係に衝撃を受けてくれると、彼と交わることを嫌悪してくれると思っていたのだろうか。
 知らないうちに涙が頬を伝う。小走りに走っていた歩みを止めて、ロロは壁につっぷして泣いた。



 ドシンと壁に人がぶつかる音がして、生徒会室の一角がグラっと揺れた。
「ちょ、ちょっと、ルルーシュ、落ち着いて!」
 驚いたミレイが声を上げた。
 ルルーシュは怒った顔で歯を食いしばり、片手で制服のえりを掴み壁にスザクの身体を押し付けていた。もう片方の手は身体の横で拳を握っている。一方のスザクはされるがままで、冷ややかな眼でルルーシュを見つめていた。一応当事者の1人ではあるものの、これが茶番だと知っているロロは複雑な表情でふたりを遠巻きにしている。
「スザク、俺に誓えるか。これからは俺の代わりにロロを守ると」
 真剣な表情でルルーシュは言った。
「ああ、誓うよ」
 ルルーシュは眉間にシワを寄せたまま、えりをより締め上げた。
「絶対に泣かせるなよ。泣かせたりしたら承知しないぞ」
 スザクの眼が少し柔らかくなる。
「分かってるよ」
 ルルーシュはやっと力を抜いてスザクを解放した。
「・・・でも、認めてくれるんだね。意外だな」
 ルルーシュがロロの方をちらっと視線を送る。それを見て、ロロが傍へ寄ってきた。
「くやしいが、仕方がないだろう。こういうのは本人の意思が一番だからな」
 ルルーシュは薄く微笑んで、ロロの頭にぽんと手を置いた。
「一件落着かな?」
 様子を伺っていた他の生徒会メンバーも周りにやって来た。
「仲直りできて、良かったねロロ」
 シャーリーがロロに微笑む。
「でも、確かにちょっと意外ねー。もっと反対するかと思った」
「そうそう。だって、可愛い女の子が相手ならともかくスザクだぜ」
「スザクだからさ」
「?」
 ルルーシュはため息をつきながら言った。
「俺はもともと、スザクを買ってるんですよ、会長」
「へー、さすがは幼馴染ってこと?」
 ミレイは小首をかしげた。
「そうなんだ、僕も知らなかったな」
 不思議そうなスザクの額をルルーシュは笑いながら小突いた。
「何言ってるんだ、お前」
 一件落着とばかりに和やかな会話が交わされるの中、ひとり無表情で白い顔をして視線を落とすロロが眼に入り、スザクは思った。

 ――ああ、失恋をしたんだね。君は。



「美味しくないか?」
 夕食時、調理を失敗したのだろうかと、食事の進まないロロにルルーシュは声をかけた。驚いたのかビクッとロロが身体を振るわせる。
「そんなことないよ。兄さんの料理はいつも美味しい。・・・ちょっと考え事してて」
「そうか」
 食事の手を止め、思い切ったようにロロは口を開いた。
「ねえ、兄さん。訊いてもいいかな」
「何だ」
「どうして、認めてくれたの?僕とスザクさんのこと」
「何だ?不満か?」
 ルルーシュがいぶかしげな顔をした。
「お前は好きで付き合ってるんじゃないのか?この間はそういう風に見えたんだが」
 ロロは上目遣いにルルーシュを見た。
「でも、会長達も意外だって言ってたでしょ。なのにどうして?」
「言っただろ、俺はスザクを買っていると」
 ルルーシュはため息をつきつつ付け足した。
「もともと、ナナリーはスザクに渡すつもりだったんだ。それを思い出したんだよ」
「そう・・・」
「納得したか」
「うん」
 ロロは傷ついた顔で視線を落とした。
「なら、さっさと食べろ。片付かないだろ」
「はい」
「ひとつ言っておくが、ロロ」
 眼を上げると、紫水晶の瞳が強い輝きを放っていた。
「あいつは敵だ。分かっているのか」
「分かってるよ・・・。兄さんが言うのなら、今からでも殺してくるよ。枢木スザクを」
 ルルーシュが嫌悪の表情を浮かべる。
「お前は情を交わした相手を殺せるのか」
「兄さん、そんなことは」
 ロロは暗い瞳で自嘲気味に顔を歪ませて言った。
「別にめずらしいことじゃないよ」



 機情本部の地下施設で、スザクは生徒会室でのルルーシュの様子を納めた映像を繰り返し再生して見ていた。
「もっと怒るかと思ったけど」
 独り言の後、ふと、後ろを通りかかったヴィレッタに話しかけた。
「中佐はこの反応をどう思われますか。今までの1年間と比べて」
「どうでしょう。むしろ弟に恋人ができた時の反応にしては過剰なような気がしますが」
「そうですか」
 間近で見た真剣な紫水晶の瞳を思い出す。ロロではなくナナリーを託されたのだと思った。確かに。この勘は何を意味しているのだろう。
「・・・枢木卿」
 少し言いづらそうにヴィレッタが口を開いた。
「あなたはルルーシュの反応を見るためだけにロロと関係を持ったのですか?」
「いけませんか?」
「しかし、それではあまりにも・・・」
「ロロが可哀想?」
 振り向いたスザクに怯みながらも、ヴィレッタは頷いた。
「はい」
「そうかな?中佐はロロの能力を知っているのでしょう?同意でなければ続きませんよ」
「そう・・・ですか」
 ヴィレッタはそれ以上口を挟んではこなかった。

 (『泣かせたりしたら承知しない』か。・・・今頃ひとりで泣いてるのかな)
 スザクはクラブハウスの様子を映すモニターにちらと眼を向けた。



「こんばんわ」
 窓から顔を覗かせて挨拶をした後、部屋の中に上がりこむ。スザクは薄暗い部屋の中を見回して、部屋の隅で椅子の上に膝をかかえて丸くなっているロロを発見した。
「窓の鍵が開いているよ。物騒だな」
 スザクが近づいて声をかけると、ロロはゆっくり顔を上げた。亡羊とした大きな菫色の瞳が現れる。スザクが屈んで覗き込むと、ロロは白い両手をスザクの方に差し出した。
 それに答えるようにスザクはロロを優しく包むように抱きしめた。ロロはスザクの胸に顔を埋め、回した腕で縋りついた。
 しばらくそのままロロの髪や背中を撫でて慰めてから、スザクは口を開いた。
「ねえ、ロロ。僕のこと、本当に好きになってくれて構わないよ」
 縋りついた状態のまま、しかしロロは頑なに首を振った。
「そうか・・・つれないな」
 スザクは切なげに遠い眼をして、そっとため息を落とした。

(END 2008.07.23)




Back