注・この文章はPG-12指定です。


追憶


「ねえ、『死』って恐いもの?」
 ベッドの上で裸のまま座り陽に手をかざして眺めながら、唐突に彼はそんなことを問うた。
「まあ、誰も死んだ経験はないから恐れるんじゃないかな」
 同じベッドの上で寝転がりよそを向いたまま僕はそれに答えた。
「そういえば、スザクって『死』に焦がれてるタイプだったっけ」
 彼はちらとこちらに視線を向けたが、また視線を前方に戻してつぶやいた。
「自分が死ぬ瞬間って何を思うんだろう。やっぱり恐いのかな」
 振り返ると、今にも白い光の中に消えてしまいそうな彼が居た。思わず手を伸ばして存在を確認する。柔らかい髪を撫で、耳朶をまさぐると、彼はくすぐったそうに身体をよじった。嫌なのか軽く睨まれたので、取り合えず手を離す。
「何度か死にかけたことはあるけど、何かを思う間はなかったな」
「実際はそんなものかもね。死んでいく人はたくさん見たけど、何かを考えている余裕があるようには見えなかったな」
 大したことではないような口調で彼は言った。人の死に目に会うことに慣れて麻痺してしまい、もう心を動かされることもないのだろう。
「数えきれないくらい殺したって」
「うん。でも、ほとんどは嚮団内部の人だよ。外の世界では存在が認められていない人たち」
 でも、そんな彼がとても哀れで、すごく綺麗だと僕は思った。
「特にギアス能力者は僕以外には手に負えないことが多くて。嚮主の手をわずらわせる訳にもいかないしね」
 彼はふとため息をついて、顎を膝のうえに乗せうずくまった。
「中には仲間だとか家族だとか言いたがる人も居てさ。でも、大概最後は僕が殺さなきゃいけないのに」
 僕は身体を起こして彼の背中にまわり、包み込むようにそっと抱きしめた。
「そういう罪深い君が、僕は好きだよ。ロロ」
 そう耳元で囁くと、大きな菫色の瞳が胡乱げにこちらを覗いた。
「それってさ、ただ自分よりマシだって安心したいだけなんでしょ?」
「嫌かい?」
「別に。好きにしたら」
「じゃあ、好きにするよ」
 またこぼれそうなため息ごと唇を奪う。体勢がきついのか逃げるように離される唇を追いかけて、またむさぼるように口付けた。

 本当はどちらがマシかなんて分からない。自分で選んで十字架を背負った僕と、冷酷な大人にそれを背負わされた君。罪の意識にさいなまれてきた僕と、罪を罪と感じることができない君。ただ幼い日の血の記憶を持つ者は少なくて、勝手に自分と重ね合わせて見たいだけだ。心の奥に潜む闇を。何者にも埋めることのできない虚を。

「家族ってさ、何をどうしたらそう呼ばれるようになるんだろう?血が繋がってれば家族なのかな?一緒に住んでれば家族なのかな?」
 押し倒した腕の下から僕を見上げながら、彼はそんな問いを口にした。
「さあね。そういうのはあんまり関係ない気がするよ。夫婦は普通血が繋がっていないし、離れて住んでいても家族だって言う人たちはたくさんいる。それに僕はかつて血の繋がった親と一緒に暮らしていたけど、本当に家族だったかって言われると・・・そうではなかった気がするんだ」
「変なの」
「そうだね」
 彼はしなやかな腕を伸ばすと、僕の頭を撫でるような仕草をした。
「で、何が足りなかったんだと思う?スザクの家には」
「ああ、何だろう。そうだな。・・・愛、かな?」
「愛?」
「逆に言えば、愛さえあれば他に何はなくとも家族だって言えるのかもしれないね。たとえ血が繋がっていなくても、遠く離れていても」
「ふぅん」
 僕は少し皮肉な気分になって、彼を見下ろした。
「ロロの方が今は分かるんじゃないのか。だって君には今家族が居るだろ」
 彼は一瞬きょとんと眼を丸くした後、嬉しそうにでも少し切なそうに微笑んだ。
「そう、かな」
 僕に対しては滅多に見せない透き通るような笑顔に、見惚れると同時に憎たらしくなって僕は思わず彼の首筋に噛み付いた。
「痛っ!」
 首を押さえて逃げようとする彼を逃がすまいと押さえつける。
「噛んだ!しかも、首っ!!」
 服の襟から噛み痕が見えるだろうという抗議か、彼は怒って赤くなり歯を剥き出した。
「好きにして良いって、さっき言っただろ」
「馬っ鹿じゃないの!」
 ふくれっ面がまた可愛らしい。ごめんと謝って額にキスをすると、彼はくすぐったそうに肩をすくめた。










「ああ、ロロか。ロロは・・・」
 神根島の遺跡を脱出した後、野営のたき火を前にロロのことを尋ねると、ルルーシュは視線を落として一瞬口ごもりつつその事実を告げた。
「死んだよ」
「え?」
「俺を守るために、ギアスを使いすぎて。あいつはギアスを使うと自分の心臓に負担がかかるんだ。知ってたか?」
「いや・・・」
「そうか。俺にしか言ってなかったんだな」
 頭が真っ白になる。何かが心の中で崩れた。
「でも、リヴァルがルルーシュと一緒に居るって・・・」
「ああ、それか。・・・リヴァルには言えなかったんだ。おい、スザク、火」
 注意されて手元を見ると、くべた薪から炎が迫っていた。
「うわぁっ、あちっ」
 あわてて手を離す。
「気をつけろよ。火傷したら厄介だぞ」
 あきれたようにルルーシュはため息をつき、静かな瞳で僕を見つめた。
「じゃあ、蜃気楼を奪ってゼロを連れて逃げたっていうのは」
「ああ、ロロだよ」
「そうか、ロロが」
 一旦は麻痺した感情が溢れてくる。
「ロロが、君を救ったんだな」
 自分の声がかすれるのを感じた。
「そうだ。絶望して自分の命すら投げようとしていた俺を、ロロは命がけで救ってくれたんだ」
「そうか・・・ロロは自分の命より君の命の方が大事だったんだな・・・・・・」
「悪かったな。再会させてやれなくて」
「ねえ、ルルーシュ。誤解のないように言っておくけど、僕とロロは慰めあっていただけで本当は恋人なんかじゃないんだよ。・・・ロロはずっと君のことが・・・」
「でも、お前は好きだっただろ、ロロのことが。ロロだってちゃんと好きだったさ。お前のことも。それでいいじゃないか」
 ルルーシュは僕の方に眼を向けると、ふっと微笑んだ。
「嬉しいよ。弟のために泣いてくれる奴がいて」
 言われて初めて自分の頬に涙が伝っていることに気付く。泣き顔を見られたくなくて、僕は顔を膝と肘の間にうずめた。
「意外だな。プライドの高い君が、ナナリーの偽者を認められるなんて」
「偽者?違うなスザク。ロロは本当に俺の弟だったさ。薄情な幼馴染が何の知らせも寄越さなかった1年の間、その後もずっと」
 満点の星空を見上げて、ルルーシュがつぶやいた。
「なあ、スザク。お前はこんな言い方は嫌かもしれないが、ロロはどこかに消えてしまった訳じゃない、あいつはまだ俺の中で生きている。これからは、ずっと一緒だ。何故かそう思えるんだ。・・・もしかしたら、他の死んでしまった人たちもみんな、生きている俺たちが忘れてしまわない限り、俺たちの中でまだ生きているのかもしれないな。ナナリーも、シャーリーも、ユフィも」
 ロロがまだ隣に居た頃の会話を思い出して、僕は苦笑いした。
「・・・ルルーシュ、君の中では本当にロロは家族なんだな。ロロもきっと喜んでいるよ。ロロは、ずっと君の本当の家族になりたがっていたから」
「ああ、そうだな。それは俺もよく知っているよ」

 そうだね、ロロ。
 どんなに遠く離れていても、愛があれば繋がっていられる。それが家族だって。

 でも僕は。あの日手を伸ばせば届くところにあった君の熱が、ぬくもりが。今は恋しくてたまらないよ。

(END 2008.9.19)



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