注・この文章はPG-12指定です。


人はそれを嫉妬と呼ぶ その2


「おう、ロロ。いいところに来た。こっちに来い」
 うろうろしていたら、玉城さんに声をかけられた。玉城さんは他に2人の騎士団員と一緒に居た。赤いバンダナをつけているところを見ると、3人ともおそらく幹部なのだろう。この間玉城さんがそんなことを言っていた気がする。
「変な噂が広まっちゃって困ってんだよ。お前からもこいつらに言ってやってくれよ」
「噂、ですか?」
「玉城がゼロのお稚児さんとキスしたから、ゼロに殺されるってわめいてるって噂」
 髪が長めの方(杉山)が言う。
「へえ」
「その、本当なのか?」
 もう1人(南)が躊躇いがちに聞いた。
「?」
 どうやら自分に訊かれたらしいことには気付いたが、質問の内容が理解できなかったのでロロは首をひねった。
「何、他人事みたいな顔してるんだよ!」
「僕?」
「お稚児さんってのは、お前のことだっ!」
「えぇっ!」
 ロロは驚いて、大きな菫色の瞳をさらに大きくした。
「僕が玉城さんと、その、何でしたっけ」
「キスだよ、キス」
 玉城が少し照れて言う。
「してないですよ」
「だろ?な、嘘じゃないだろ」
「本当にしてないのか」
「してませんよ」
「してねーよ」
 良かったと、髪の短い方(南)はこっそりと安堵した。
「でも、玉城が『ゼロに殺される!』ってわめいてたのは本当だろ。カレンが見たって言ってたぞ」
「だって、すっげー睨まれたんだぜ」
「何で殺されるんですか?」
 ロロが不思議そうに聞いた。
「お前にちょっかい出したからに決まってるだろう」
「ちょっかい?」
 きょとんとしているロロを見て、玉城はため息をついた。
「とぼけてんのか?俺と一緒に居たら、ゼロに睨まれただろ。こないだ」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。あれは絶対内心『殺してやる』って思ってたって。『俺のかわいいロロに手を出しやがって』てさ」
「仮面越しで分かるのかよ」
「分かるさ。お前らだって知ってるだろ、仮面越しでも睨まれるとちょー恐えーの」
 まあな、と3人は顔を見合わせた。それを見ながらロロは何かを考えるような顔で口を開いた。
「でも」
「何だ?」
「ゼロがそんな風に僕のことを気にするとは思えないんですけど」
 切なそうな顔でそう言うロロを見て、南は僅かに頬を染め、玉城は片手をロロの肩に置き、もう片方の手で泣き真似をして言った。
「くっ、お前って奴は不憫だな」
「は?」
 あっけに取られるロロ。
 同僚2人の様子を見て、杉山は天を仰ぎ、ため息をついた。



 ゼロの私室に割り当てられた部屋で、あらかた雑用をこなしたルルーシュは、残りの些細な件は部下に任せて今日は帰ろうと思い、書類をまとめた。
「カレン」
「はい」
「後は任せた」
 いくつかの書類は担当へ戻すようカレンに指示を出し、仮面をつけて部屋を出ようと思ったところにソファの上でくつろいでいたC.C.が声をかけてきた。
「ときに、ルルーシュ」
「何だ」
「妙な噂が騎士団内で広まってるのを知ってるか?」
「噂?」
「あっ、ちょっとC.C.」
 カレンがあわてて袖を引く。とがめるようなカレンの態度を見て、ルルーシュはいぶかしげに思った。
「何だ?俺に聞かれたらまずいような噂なのか?」
「えっと、あのその・・・大した噂じゃないから、気にしないで」
「気にするなと言われると、余計に気になるんだが」
「えーと、だから・・・」
「玉城とロロがキスしたそうだ」
 口ごもっているカレンを無視して、C.C.があっさりと言った。
 ルルーシュの眉根が寄る。
「キス?」
「噂よ!噂。根も葉もない噂だって」
「ほう」
「ただの噂だが、騎士団内で知らないのはお前くらいだな」
「まあ、いい。本人に聞けば噂の真相は分かる」
「火のないところに煙は立たないとも言うが」
 C.C.を一度睨みつけてからルルーシュは仮面を被り、少々苛立たしげに部屋を出て行った。

「ちょっと、C.C.!」
 相変わらずソファの上でくつろぎ、自分の長い髪をいじっているC.C.にカレンは怒鳴った。
「何だ?」
「何も、帰り際に言うことないでしょうに」
「一番効果が高いときに言わないでどうする」
「玉城が殺されたらどうするの」
 ため息をついてC.C.は答えた。
「あいつも、そこまで馬鹿じゃないだろ」
「でも・・・」
 殺されないまでも睨まれるのは確かかも、とカレンが思っていると、C.C.が口を開いた。
「カレン」
「何?」
「人の一生というのは短い」
「いきなり何の話よ」
 カレンがC.C.に眼を向ける。
「人の出会いと別れというのは、もっと短い」
 C.C.は切なげとも言える表情で告げた。
「明日別れるかもしれない相手に、自分で自分の気持ちを偽っているなんて、もったいないと思わないか?」
「そういうものかしら」
 C.C.はふっと笑った。
「まあ、お前は自分に素直な方だからな。心配はいらないな」
「余計なお世話よ」
 カレンはルルーシュに渡された書類を持ち直すと、部屋を出て行った。



「ロロ」
 今日も機嫌が悪いのか、帰る道すがら一言も発しなかったルルーシュに、クラブハウスに帰り着いて各々の部屋に帰ろうとした途端に呼び止められ、ロロはびくっとした。
「何?」
「・・・お前、あの噂知ってるのか」
「う、噂って?」
 玉城に『ぜってー、ゼロには言うんじゃないぞ!』と散々念を押されていたロロは、動揺して挙動不審になった。
「知ってるんだな」
「な、何のことだか分からないよ・・・」
 語尾が弱くなる。ルルーシュは顔を上げてこちらを睨みつけた。
 ルルーシュは眼を細めて見下すような視線でロロに近づき、ロロを壁際に追い詰めた。
「お前が玉城とキスしたっていう・・・」
「あ、ああ。誰から聞いたの?」
「誰でも良いだろう。他の連中は皆知ってるらしいしな」
 ルルーシュは壁に片肘をついて、ロロを睨んだ。
「噂は本当なのか?」
「えっ・・・」
「答えろよ」
「は、半分は本当、かな?」
 嘘ではない。噂の全体は『玉城とロロがキスをしたので、玉城がゼロに殺されるとわめいている』である。前半は嘘だが、後半は真実だ。ただし、ルルーシュが前半部分しか知らないことを、ロロは知らなかった。
「半分?」
「う、うん」

 半分とはどういうことだ、とルルーシュは疑問に思ったが、半分だけでも肯定されたことで頭に血が上った。腹の底からどす黒い感情が溢れてくる。その感情をそのままぶつけるように、ルルーシュは至近距離にあるロロの唇に、自分の唇を重ねた。
「ちょっと、兄さん!」
 驚いて逃げようとするロロの頭を掴まえて、再びルルーシュは口付けた。今度はさっきよりも深く。
「・・・苦しいよ」
 息ができない、とロロが唇を離す。
「大人しくしていろ」
 さらに深く口蓋に沿って侵入し、舌を絡め、唇を吸った。ロロが体勢を崩す。その細い身体を抱きとめ、そのまま壁沿いに座り込んだ。
 一旦、唇を離すと、ルルーシュは言った。
「俺以外の奴とキスをするな」
 ロロの頭を両手で押さえ、大きな菫色の瞳を見据える。
「絶対にだ。約束しろ」
 頬を紅潮させて、ロロは唖然としている。
「分かったな」
 一方的に約束を押し付けて、もう一度ルルーシュは貪るようにロロの唇にキスをした。

 時が止まったようにも思えた刹那の後、ルルーシュはロロの頬を伝う涙に気付いて我に返った。
「・・・泣いてるのか」
 涙の理由がすぐには思い当たらず、ルルーシュは動揺した。
 泣き濡れた大きな瞳がゆっくりとこちらを見る。ところが、その瞳も表情も、空虚で何の感情も映し出してはいなかった。ただ、涙だけが止めどなく流れ、上気した頬を伝って落ちてゆく。濡れた唇から吐かれる息が荒い。
「泣くな」
 儚げな様に、ルルーシュは心が締め付けられるように苦しくなるのを感じた。
「泣かないでくれ、ロロ」
 ルルーシュはロロの頬に唇を寄せると、流れる涙をそっと拭い取った。
「ロロ」

 ルルーシュが優しく自分を呼ぶ声が、自分の意識とは何か透明な膜で隔たれた向こう側から聞こえてくる。その優しい調べに心を委ね、ロロはルルーシュの腕の中に崩れ落ちた。

(END 2008.05.30)



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