人はそれを嫉妬と呼ぶ その1


「よっ、新入り」
 声と共に後ろからいきなり肩を叩かれ、ロロは驚いて飛び上がった。
「えと、あなたは・・・?」
「俺は玉城。幹部だぜ、よく覚えとけよ」
「はあ」
 最近、ルルーシュに伴って黒の騎士団へ行くのが常になっている。ヴィンセントの整備や調整も必要だからだ。ロロも一応騎士団員扱いなのだが・・・。
「なあ、お前ってさあ、ゼロとどういう関係なんだよ」
 突然声をかけてきた幹部の玉城という男は、妙に明るい口調でそう尋ねてきた。周囲にいる他の団員たちも耳をそばだてる。
「どういう関係って・・・」
 ルルーシュは素性も年齢も一般の騎士団員には秘密にしているため、ロロも正直に「兄」だとは言い出せない。実際には「兄」ではないわけだし。
「どういう関係なんだろう?」
 つい、首をひねって考えてしまった。
 玉城は急に顔を近づけてささやいた。
「ゼロのお稚児さんだって、噂は本当なのか?」
 思わず後ずさりしながらロロは答えた。
「・・・ちごって何ですか?」
 すると玉城はとたんに陽気に笑い出し、ロロの背中をばんばんと叩きだした。
「わはははは、分かんなきゃいいよ。おもしろい奴だな、おまえ」
 さらに体を折ってひーひー笑っている。おもしろいのはこの人の方じゃないか、とロロは思った。
「まあ、いいや。分からないことがあったら、何でも俺様に聞いてくれ」
「はい」
「他にも、思春期の悩みでもなんでも良いぞ」
「はあ」
「遠慮すんなよ、俺たちはみんな家族みたいなもんだからな。」
「家族・・・?」
「そうさ、俺たちは家族だ」
「・・・こんなに、たくさん?」
 呆然としたように固まったロロの眼に涙が浮かぶ。怪訝な顔でロロの顔を覗きこみ、大きな紫の瞳に浮かんだ涙を見た玉城は慌てふためいた。
「おい!泣くな!」
 止まらなくなった涙を、ロロが腕でぬぐう。
「俺が泣かしたみたいじゃないかっ!」
「おい、玉城あんまりいじめるなよ」
「ゼロに言いつけるぞ」
 茶化しに来た数人に玉城が怒鳴る。
「俺じゃねえ、こいつが勝手に」
「ご、ごめんなさい。その僕、向こうに」
 ロロは「行きますね」、と言ってその場を去ろうとしたのだが、突然玉城はロロの腕をつかんで引き寄せ、頭をつかまえてぐりぐり撫で回すと、そのまま自分の胸に押し付けた。
「何だか知らねえけどよ。泣きたいときは恥ずかしがらずに泣けばいいんだよ。胸ぐらい貸しやらあ」
 少し温かい気持ちになったロロは、玉城の胸でしばらく泣いた。が、その間玉城が照れくさそうに赤面していたことをロロは知らない。



「ロロが玉城に懐いた?」
 読んでいた書類から眼を離し、ルルーシュは少し驚いて聞き返した。
「ああ、雛鳥みたいにくっついて歩いていて、なかなか可愛らしかったぞ」
 C.C.はソファの上でチーズ君人形と戯れながら答えた。
「あいつは文字通り『箱入り』だからな。玉城みたいなストレートに感情をぶつけてくるタイプには弱いのかもしれないな」
「にしても、玉城か。 ・・・変なことを教えられなければ良いが」
「心配か?兄としては」
「俺はあいつの兄ではない」
 不機嫌そうに吐き捨てたルルーシュを横目で眺め、C.C.は唇に薄く笑みを浮かべた。
「ルルーシュ、愛とは何だ」
「・・・また、唐突に何を言い始めるんだお前は」
「ひとつだけ良いことを教えてやろう。好きの反対は嫌いではない」
 また訳の分からないことを、と諦め顔でルルーシュはため息をついた。
「お前と言葉遊びしている暇は無い」
 聞く耳を持たないルルーシュの態度に、C.C.は少し口を尖らせてチーズ君に顔をうずめると小さい声でつぶやいた。
「・・・折角教えてやっているのに」

 ルルーシュ、愛とは執着だ。その嫌悪は執着の証し。お前は相変わらずあの子どもに執着して、そして依存しているのさ。



 玉城は一通り騎士団を巡り歩き、ロロに組織を案内したり、彼を人に紹介したりした。今はひと段落して、休憩スペースで緑茶を飲んでいるところだ。
 熱い湯のみを持つ手が少々危なっかしい。向かいに座った玉城は、俯きがちなロロの顔に見入っていた。

 ・・・つーか、ほんっと可愛いよなー。儚げな美少女タイプっつか、美少年なんだけど、今まで騎士団には居なかったタイプだよな。テロ組織に入るような女はみんながさつだったり、気が強かったりでよー。こういう可憐なタイプは居ないんだよな・・・って、男だぞコイツ。俺大丈夫か?

「どうかしましたか?」
 あんまりまじまじと見つめていたせいか、ロロが顔を上げて尋ねてきた。
「いや、その、気にしないでくれ。はははは」
 手をバタバタと顔の前で振りながら、玉城は照れ笑いをした。その笑いにつられて、ロロが少し笑んだ。
 その笑顔を見て玉城は茹であがったように顔を真っ赤にした。が、その数瞬後。玉城は殺気のこもった視線を感じてその先を見遣り、そこに漆黒の仮面をつけた人物を見つけた。
 音を立てて血が引いていく。今度は顔が真っ青になった。
 ロロは、「顔が赤くなったり、青くなったり、玉城さんは本当に面白い人だな」と呑気に玉城を眺めていたのだが、
「ロロ」
 名前を呼ばれ、呼んだ主を振り返って、ロロが今度は満開の花が一挙に開いたように微笑んだ。
「行くぞ」
「もう、そんな時間?・・・玉城さん、今日はありがとうございました。僕はもう失礼しますね」
「お、おう」
「また、いろいろ教えてください」
「あ、ああ。じゃあな」
「さようなら」
 にこやかに別れを告げると、ロロは漆黒を纏った人物の後について去っていった。

 数分後。その場を通りかかったカレンは、青い顔で固まっている玉城に気付いた。
「玉城、何やってんの?」
「・・・カレン、俺ゼロに殺されるかもしんない」
「はあ?何やったの、あんた」
「なあ、助けてくれよ!仲間だろ!お前からゼロに何か言ってくれよ」
「一体、何の話?」
「やっぱり、あのガキに手え出しちゃやばかったんだよ!すっげーにらまれた、すっげーにらまれた、あー俺ってついてねえ!」
 恐慌状態の玉城が騒ぐのを、カレンは不思議そうに眺めていただけだったのだが。
 しばらくして、妙な噂が広まったのも当然だったのかもしれない。



「今日は玉城に案内してもらったのか?」
「うん、玉城さん顔が広くてね、いろんな人に紹介してもらったよ」
「・・・そうか、良かったな」
 口では良かったと言いながら、顔は渋面である。今日は兄さん何か機嫌悪いな、とロロは思った。

 一方、ルルーシュは原因の分からないイライラを持て余していた。
 引っ込み思案の弟が心配で、彼が他の人間と交流するのを自分は望んでいたはずではなかっただろうか・・・いや、それは記憶が戻る前の話で、今はロロが何をしようと気にする必要は無いはずだ。それなのに。
 気に入らない。何か気に触る。
 それがロロについてらしいということも気に触る。

 とにかくイライラしている兄と、それを刺激しないようにちらちら見上げながら後を着いて行く弟の2人連れは、夜の闇の中を家路についた。

(END 2008.05.13)




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