注・この文章はPG-12指定です。


プレゼント


「この辺りに停めておいて大丈夫ですか?」
「そうだね。運転ごくろうさん」
 政庁のほど近くに設けられたブリタニア軍人専用の宿舎備え付けの駐車場にリヴァルから借りたサイドカー付きバイクを停止し、ロロとジノは地面に降り立った。その一角に、ナイトオブラウンズ専用の居室が設けられているのだが、ふたりはこれからそこに向かおうとしていた。
「バイクの運転旨いじゃないか。リヴァル先輩が貸してくれるだけはあるな」
「ええ、まあ。時々貸して貰ってるし、このバイクは慣れてますよ」
 脱いだヘルメットを仕舞いながらロロは答えた。
「でも、僕みたいな部外者が軍の宿舎に入っちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。私が付いているからには大船に乗った気でいたまえ」
 ジノは大仰な身振りで胸を叩いた。確かに、元々ナイトオブスリーに口を利けるような身分の者は皇族ぐらいのものなのだから、多少の無理が通らない訳が無いのだろう。

「で、あそこがスザクの部屋で、私の部屋が向かい。残りは今のところ空室で、他のラウンズとか軍の上官とか政府の高官とかが滞在するとき使うようになってる。アーニャは女子棟だから別棟だよ」
 宿舎に使われているビルの最上階、上等なカーペットが敷かれ、宿舎というよりホテルのロビーのような佇まいの廊下を歩きながらジノは解説した。スザクの部屋の前に着くと、ジノが迷わずカードキーで開錠する。
「ああ、何で開けられるのかって?」
 不審げなロロの視線に気付いてジノが言った。
「合鍵を預かってるんだ。スザク、前に何度か鍵を中に置いたままドアを閉めちゃったことがあってさ」
 視線を逸らしつつロロが言う。
「・・・別に僕はあなた方が合鍵を持ち合うような関係でも気にしませんよ」
 ジノはふいにロロの鼻をつまんで顔を覗きこむと、楽しげに笑った。
「可愛いなあ。やきもち」
「違います!」
「いいじゃないか。そのくらいでなきゃ、楽しくないよ」
 むすっとした顔でロロはジノを睨んだ。

 部屋に一歩入ると広い居間があり、右手に書斎、左手に寝室とバスルームがあった。それこそホテルのスイートルームのような部屋だ。広いガラス張りの窓からは東京租界が一望できる。
 部屋の中の私物は少なく、生活感があまりない。ただ、今は生徒会室で暮らしているアーサー用のグッズだけは別で、猫用のトイレやら玩具やらキャットフードの袋やらが部屋の片隅にまとめて置かれ、部屋の中でもその場所だけが異彩を放っていた。
 新鮮な気分で部屋の中を観察していると、自室に戻っていたジノが手に何かを持ってやってきた。
「さて、じゃあロロはこの服に着替えてくれるかな」
 じゃーんと目の前に広げられた服を見てロロは唖然とした。
「ちょっと、そ、それって!」
「あれ?こういうの好きじゃない?」
「好きじゃないですよ!」
「そうなの?・・・ま、いいじゃん。きっと楽しいよ」
「楽しくないです。僕は帰ります」
「ちょっと、待った」
 出口の方に歩いていこうとしたロロの制服の後襟を、ジノが引っ張り上げる。
「うわっ」
 バランスを崩したロロを背中から抱きかかえるように受け止め、ジノは顔を覗きこんだ。
「ここまで来ておいて何言ってるんだ。今日は一日付き合うって約束だっただろ?」
「そんな格好をしなきゃいけないなんて聞いてなかったですよ!・・・スザクさんの誕生日を祝う手伝いをして欲しいって言うから着いて来たのに」
「だから、そのためにさ」
「はあ?!」
「きっと喜ぶよ、スザク」
 顔を赤らめて眼を逸らすロロを見て、ジノは猫のように眼を細めて笑った。
「さあ、観念してさっさと着替えた」
「嫌です」
「あんまりだだこねるようなら、無理矢理着せるよ」
 そう言うとジノはロロのひざを持ち上げて抱きかかえ、寝室の方へと歩き出した。



「急用って何だい?ジノ。緊急の指令か何かなのか」
 携帯電話を片手に、スザクは足早に宿舎に向かっていた。
『まあ、来てみれば分かるって。君の部屋で待ってるから』
「僕の部屋って・・・また、勝手に入ったのか」
『別にいいだろ、私とスザクの仲じゃないか。じゃあまた後で』
「ああ」
 スザクは電話を切り、悪びれないジノに小さくため息をついた。

 部屋に入ってみたがジノの姿が見えない。
「ジノ?」
 スザクは戸惑って室内を捜し回る。まさか、と思いつつ寝室を覗くと、ベッドの上に白い服を着た誰かが横たわっているのが分かった。近寄って意外な人物に驚く。
「ロロ?!」
 まどろんでいたのだろうロロは、スザクの声に気付くとゆっくりと眼を開いた。寝起きのせいだろうか菫色の大きな瞳が潤んでいる。
「こんなところで何してるんだい?しかも、そんな格好で」
 拘束衣姿のロロは、口にくわえていたカードをスザクの方へ差し出すように顔を動かした。スザクが早速カードを開いて中を見る。

『ハッピーバースデイ!スザク!!
 とっておきのプレゼントを用意しておいたよ。今日はゆっくりしてくれたまえ。From ジノ
 P.S. 恋人を寂しがらせちゃいけないな。眼に余るようなら私が代わりにもらってしまうよ』

 脱力したようにベッドに座り込み、スザクは大きなため息をついた。
「何考えてるんだ?ジノは。僕の公務を勝手にキャンセルまでして」
「スザク」
 かすれた声で名前を呼ばれ、スザクはロロの方に眼を向けた。
「まさか、僕を放り出して仕事に戻ったりしないよね?」
 濡れた瞳がまるで捨てられた子犬のようで、苦笑したスザクは手を伸ばしロロの髪と頬を撫でた。
「君こそ仕事はどうしたの」
「兄さんは今日女の子とデートだから、多分夜まで帰ってこないと思う」
「じゃあ、ゆっくりして行けるんだ」
 そう言った後、スザクはロロの格好をもう一度上から下まで眺め、呆れた。
「それにしても、何て格好してるんだ・・・」
 ロロは白いブリタニア製の拘束衣を身にまとい、両手足を拘束された状態で横たわっていた。プレゼントというだけあって、その上から水色のリボンがご丁寧にも巻きつけてある。
「ジノが『スザクが喜ぶから』って、無理矢理」
「そうだろうね」
 がっくりとうなだれたスザクに、反応がいまいちだと思ったのだろうか、不安そうな表情をしてロロが口を開いた。
「何か、機嫌損ねたかな。やっぱり、僕がプレゼントじゃ嬉しくないよね・・・」
 自嘲気味に笑い、ロロは眼を逸らせる。
「違うよ、ロロ。そうじゃなくて」
 スザクはロロに向き直ると、ロロの顎に手を添えてついばむようにその唇にキスをした。
「拘束衣っていうのはさ、嫌がる相手に無理矢理着せるときが一番楽しいんだ」
 吐息がかかりそうな場所で囁かれた言葉に、ロロの頬に朱がさした。
「・・・・・・変態」
 ロロがつぶやく。
「変態は酷いよ、ロロ」
 スザクはロロの前髪を片手で掻き揚げると、順にキスを落とした。生え際に、眉間に、こめかみに、くすぐったそうに閉じたまぶたに、鼻に、頬に、頬骨に。首すじに唇を這わせて耳朶を食むと、ロロは身体をびくんと跳ねさせた。
「前言撤回」
 スザクが耳元で囁く。
「ジノとは仲良くしちゃ駄目」
 驚いたようにこちらに顔を向けたロロと瞳が合う。
「どうして?」
「僕が妬けるから」
 ロロが眼を見開いた。両手でロロの頭をかかえ、薄く開いた唇に口付ける。深く。貪るように。
「スザク」
 口付けの合間にロロが囁く。
「何?」
「誕生日おめでとう」
 スザクはそれを聞いて柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。君が最高のプレゼントだよ」

(END 2008.08.06)



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