・この文章はR-15指定です。


恋とはどんなものなのか その2


(まだ、帰ってこないのかな・・・)
 何度となく見ている窓の外に再び眼を向け、ロロはため息をついた。手元の書類仕事がさっぱり進まない。
 兄さんは枢木スザクと一緒に生徒会の買い物に出かけている。「一緒に行こうか?」と申し出てみたものの、一応上司にあたる枢木に「監視はひとりで十分だろう」という視線を返されてしまうと何も言い返せず、おとなしく帰りを待つはめになったのだが。
 胸が苦しくて痛い。具体的に何がというわけではないが、不安でたまらない。
 眉間にシワを寄せ沈鬱な顔で、ロロはまたため息をついた。

 持て余していた感情に「それは『恋』だ」と名前を付けられてみると、確かに、世界中に溢れている恋に関する書物やら歌やらを参照して、自分の感情とそう遠くないものと納得できた。納得してしまうと不思議なもので、それまでのような混乱はなくなり、今では兄さんの傍に居ることこそが至福である。それまでとは反対に、避けていた彼を常に視線で追いかけ、彼が視界の中に居ないと不安を感じるようになった。授業中は何とか我慢できなくはないものの、普段からそれ以外の時間は一緒に居ることが多かったこともあり、こんなとき一番不安が高くなってしまう。
 そう、他の誰かと一緒に出かけている時、だ。
 枢木スザク、彼と兄さんはれっきとした幼馴染というやつで、僕にはそれが押しも押されもせぬ不動の位置を占めているようにすら感じられて、胸が締め付けられるように痛い。僕と兄さんはまだ出会って1年と少ししか経っていないし、その1年は兄さんにとって記憶を改ざんされていた屈辱の期間でもあるわけで、共に偽りの姿で結んだ関係が今の兄さんにとってどれだけ意味を持っているのか僕には判断ができなかった。本来の僕と兄さんの関係はほんの少し前に始まったばかりで、積み重ねたものが「幼馴染」と比べるととても薄っぺらく感じられて、どうしようもなく苦しくなる。
 どうしてみんな「恋」をしたがるのだろう。
 どうしてみんな「恋」はすばらしいものだと言うのだろう。
 こんなに苦しくて痛くて辛いのに。

「ローロっ。どうしたの?ため息ばっかりついて」
 会長に声をかけられた。
「あ、すみません。仕事が進んでなくて」
「そんなことはいい、いい♪それより」
 ミレイはふふん、という顔をして言う。
「もしかして、恋の病だったりして?」
「えっ」
 とたんにロロは顔を赤くしてしまった。
「図星ね〜。かわいいっ」
 ミレイがロロの頭をがしがし撫でる。
「えっ、なになに?」
 恋愛話と聞きつけたシャーリーが話に割り込んでくる。
「ついにロロに好きな娘ができたらしいわよ」
「本当〜!で、誰?誰?」
 どうしてこう女の子たちは恋愛話が好きなんだろうと、ロロは少々困惑気味に思う。しかし、生徒会メンバーはルルーシュとロロが本当の兄弟だと思っているのである。好きな相手がルルーシュだとは、口が裂けても言うわけにはいかなかった。
「何?何の話してるの?」
 リヴァルも口を挟んでくる。
「ロロが誰を好きなのかって話」
「ほお!で、誰なんだよ」
 3人に凝視されてロロは戸惑った。
「・・・内緒です」
「言っちゃいなよ!」とシャーリー。
「手伝ってあげるから」とミレイ。
「こういうときは当たって砕けろ!失恋キングの俺さまだから言ってやるけど、男はさ、まずはっきり相手に気持ちを主張することが大事なんだよ。それから何度失敗しても諦めないこと」とリヴァル。
「いっつも砕けてるけどね、リヴァルは」
「会長〜。自分で言うことないでしょー。凹むなあ」
「でも、片思いが一番長く続く恋愛だって言うよ」
「あら〜?シャーリーは片思いで満足しちゃってるわけ?」
「そ、そんなんじゃないです!」
 赤面してシャーリーが反論する。
「ふぅん。まあ、それはそれとして」
 ミレイがロロに向き直る。
「で、誰なのよ、相手は」
「教えて、教えて!」
「言っちゃえよ。減るもんじゃないしさ」
 3人に詰問されて、ロロは返答に窮する。沈黙が流れる。
「ははん、言えないような相手ってわけ?」
 ミレイの青い瞳に射すくめられて、ロロはあせった。
「ねえ、年上?年下?同い年?」
「えと・・・」
「それくらい言ってもいいでしょう?」
 これ以上沈黙を続けるのも無理な気がして、ロロは口を開いた。
「・・・年上、かな」
「で、美人?」
「う、うん。・・・すごく」
「年上の美人ね〜。誰かなあ」
 考え込むミレイ。ロロはいっそのこと相手はミレイということにしてしまおうかと思っていた矢先。
「分かった!」
 リヴァルがポンと手を叩いた。
「ヴィレッタ先生だろ!」
「え・・・」
「だって、ヴィレッタ親衛隊の連中が言ってたぜ。ロロが時々先生と一緒に居るってな。担任でもないのにってさ」
「それは、兄さんのことで相談があったりとかするからで・・・ていうか、親衛隊なんてあるんだ」
「いいって、いいって。ルルーシュは口実だろ?先生と話がしたいんだよな」
「・・・・・・」
「へえ、ヴィレッタ先生かあ。ロロってああいうグラマーなお姉さまタイプが好きだったんだね。意外」
「教師と生徒かー。確かにちょっと危険な香りがするかも♪」
 いや、兄弟の方が余程危険な感じだったりするんですが。ロロは内心冷や汗ものだった。しかし、ヴィレッタとは知らない仲ではないから、良い方向に誤解されたと言えなくもない。任務上、一緒のところを見られていたのは問題だが・・・。

「ロロとヴィレッタ先生がどうかしましたか?」
 両肩の上に置かれた手の感触と同時に降ってきた声に少し驚く。いつ帰ってきたのだろう。いつの間にかルルーシュがロロの後ろに立っていた。
「兄さん」
 そっくり返ってルルーシュを見上げ、ロロがつぶやく。
「ただいま、ロロ」
 涼やかな紫水晶の瞳で優しくそう言われ、ロロはどきっとした。
「ロロが誰を好きなのかって、話をしてたの」
「でね、リヴァルがヴィレッタ先生なんじゃないかって」
「そうそう。なっ」
「そうなのか、ロロ」
 ルルーシュにまで同意を求められ、しかたなくロロは俯いて小さくうなずいた。
「ふぅん」
 ルルーシュは眼を細めた。
(痛っ)
 肩をつかまれた両手に力が込められて爪が刺さる。ロロは痛みに眉をしかめた。
(・・・兄さん?)
 そっとルルーシュの様子を伺ってみるが、真意は分からなかった。
「あー、いくら弟だからって邪魔しちゃ駄目よ、ルルーシュ。あんたもいい加減弟離れしなさい」
「はいはい。でも、可哀想に」
「何?」
「ヴィレッタ先生は彼氏が居るみたいですからね。ロロは可哀想に片思いだな」
「何っ。初耳だぞ、それ!」
 リヴァルが驚いて叫んだ。
「何驚いてるんだ?彼女美人だし、当然だろう」
「だって、親衛隊の連中からそんな話聞いたことないぜ。せいぜい、ロロの噂くらいで・・・」
「さては、お前も好きなんだろ」
「ファンなだけだって!会長、違いますからね。俺は会長一筋ですから!」
「別に、私はリヴァルがヴィレッタ先生のこと好きでも構わないんだけどー」
 わざとらしく視線を逸らしてミレイが言った。
「Oh、NO!」
 大げさな仕草でリヴァルが悲嘆にくれる。
「あのー」
 少し間抜けな声が戸口から聞こえた。
「この荷物はどうしたらいいですか」
 皆が戸口に視線を向けると、大量の荷物を抱えたスザクが所在無げに立っていた。



「親衛隊?」
 スザクに言われて、ヴィレッタは眉を顰めた。地下の機密情報局司令部にて連絡会議の際である。
「何だか、あるみたいですよ。何を見られているか分かりませんから、十分気をつけて下さいね」
 スザクがロロに眼を向ける。
「ロロも」
「はい」
 スザクは再びヴィレッタに視線を戻した。
「中佐は恋人がいるんですか?ルルーシュがそんなことを言っていました」
「ルルーシュが?」
 言ってヴィレッタは怪訝な顔をする。
「何かの誤解ではないでしょうか」
「そうなんですか?別にいても構わないと僕は思いますが」
 スザクが荷物を持って立ち上がる。
「それでは、僕はそろそろ戻ります。後は宜しくお願いしますね」
「はい」
 スザクはロロに向かって「2人にしてあげるから、頑張ってね」というように目配せした。わずかに驚いた表情を見せたロロに微笑み、スザクは部屋を出て行く。
 姿が見えなくなったのを確認してから、ロロはスザクの勘違いに思わず苦笑した。

 さらに、モニターでスザクが建物の外に出たのを確認してから、ヴィレッタが口を開いた。
「枢木に私の恋人の話をするなんて、ゼロは何か私に不満でも・・・」
「いや、そういう訳ではないと思いますよ。話の流れで出ただけなので」
「一体、何の話をしていたんだ?ロロ」
 ヴィレッタに見つめられて、ロロが少したじろぐ。
「えーと、その・・・」
「私に言いにくいことか?」
「その、僕が誰を好きなのかとか、そういう話・・・」
 照れた分、語尾が弱くなってしまう。
「何だ、お前好きな娘でもできたのか?」
 俯いて、ロロはこくりとうなずいた。
「ふうん、お前も成長したもんだな。恋愛ができるなんて。で、誰なんだ?相手は」
「・・・内緒です。どうして、みんなそれを聞きたがるんですか?」
「それだけ意外なんだよ。応援したくもなるし。ふーん、そうか。ロロが恋愛ねえ」
 ヴィレッタは何故かとても嬉しそうだ。
「しかし、お前があの男以外の人間に興味があるとは思わなかったな」
 それを聞いたとたんにロロが頬を紅潮させ、視線を逸らせたのを見てヴィレッタははっとした。
「まさか・・・」
 相手が誰だか悟ったヴィレッタは、脱力したように座り込み、あきれて深々とため息をついた。
「お前は、あれだな。すっかり、あの男の毒牙にかかったな」
「毒牙だなんて、そんな」
「それ以上言うな」
 頭をかかえて、ヴィレッタはもう一度ため息をついた。



「で、何でヴィレッタだったんだ?」
 寝る前に訪ねるよう言われて訪れたルルーシュの部屋で、隣に座ったルルーシュに上から見つめられて開口一番そう言われ、ロロはたじろいだ。誤魔化すことは許されない雰囲気だ。
「それは、その・・・年上の美人だって言ったら、リヴァルさんが先生じゃないかって言い出して・・・」
「ふーん、年上の美人ねえ。誰なんだ、その年上の美人って」
「えっ」
 驚いて顔を上げると、ルルーシュの悪戯っぽい顔。
「言えよ」
「分かってるくせに」
 上目遣いで照れて言うロロを見て、ルルーシュは口元に笑みを浮かべた。
「言わない奴には、お仕置きだっ!」
 ルルーシュはロロに覆いかぶさって、ロロを盛大にくすぐり始めた。
「うわっ、ちょっと、兄さんやめてよ!」
 ロロがソファに倒れこむ。
「くすぐったいって!」
 お互いにわははと笑い合った後で、ロロが何かを思い出したように遠い眼をした。それに気付いたルルーシュの手が止まる。
「どうした?」
「ん?いや、前にもよく、兄さんにくすぐられたな、と思って」
 言われてルルーシュも思い出す。
「そうだな。・・・戻りたいか?」
「ううん。でも、少し懐かしいな」
 普通の兄弟でいられた日々。後ろ暗い過去もなく、ただ明るく輝いて見えた毎日。それは嘘で塗り固められた偽りの箱庭だったけれど。それでも優しくて、暖かくて、とても幸せだった。ほんの少し前のことなのに、もう決して戻れない世界。
「そうだな。お前とは色んなことを一緒にやったな。馬に乗ったり、買い物に行ったり、料理をしたり。結構楽しかった」
 ルルーシュは懐かしそうに眼を細め、息を吐いた。
「そう?」
「ああ。ナナリーとではそうはいかなかっただろうな」
「えっ?」
 ロロは意外に思った。自分に与えられるものは全てナナリーに与えられるべきもので、自分は代替にしか過ぎないのだと、いつもそう考えていたから。
「まあ、確かに体のこともあるが、それより妹と弟では違うだろう?性別が違うと多少遠慮がある」
「そういうもの?」
「そうさ。良い機会だから言っておく。お前はナナリーの代わりじゃない」
 真っ直ぐに眼を合わせてルルーシュは言った。
「お前はお前だろ、ロロ。誰の代わりでもない。俺の大事な、ロロだよ」
 じわじわと温かいものが溢れてきて、胸が一杯になる。思わずロロはルルーシュの胸に縋りついた。
「兄さん、大好き」
「俺もだよ、ロロ」
 ルルーシュは優しくロロを抱きしめて囁くように言った。腕の中はとても暖かくて、心地よかった。ルルーシュの鼓動が聞こえてくる。ロロはその音色をうっとりと聞き入った。
「どうせなら、好きなのは俺だと言ってしまえば良かったのに」
 がばっと、ロロは顔を上げた。
「ダメだよ!だって、生徒会のみんなは僕と兄さんが本当の兄弟だと思ってるのに・・・」
「いいじゃないか。背徳の香りがして」
「ダメ」
 ロロが頬を膨らませる。
「・・・そうだ、思い出した」
 ふいにルルーシュがつぶやいた。
「え?」
「お前が弱いのは、ここだっ!」
「ひゃあっ」
 服の下から両手を脇の下に差し入れられ、さらに首筋を甘噛みされて、ロロは悶えた。
「や、やめてよ。くすぐったい!」
 刺激がたまらなくて、ロロが身体をよじって逃げようとする。
「素直に気持ちが良いって、言えよ、ロロ」
 耳元で囁かれた声にドキっとした。くすぐっていた手が、ロロの背中を優しく撫でる。冷たくも感じられる滑らかな手が気持ち良かった。
「ロロの肌は柔らかくて、すべすべして、気持ちが良いな」
「兄さんの手の方が気持ちが良いよ」
「そうか?」
 手を止め、身体を起こしたルルーシュの紫水晶の瞳と眼が合う。とたんに惹き込まれ、何も言えなくなった唇をルルーシュに奪われた。
「ん・・・」
 ルルーシュの背中に腕を回して抱きついた。ルルーシュの舌が口腔に入り込み、ロロの舌を絡め取った。頭の芯がしびれるような感覚がして、気が遠くなるのをロロは感じた。口付けに酔うとはこういう感覚だろうか。
「キスがうまくなったな、良い子だ」
 ルルーシュに頭を撫でられる。
「でも、毎回そんな顔されると、俺は困る」
「そんな顔って、どんな顔?」
「とろけそうな顔」
「何それ」
 照れたロロは耳まで赤くなって、上目遣いでルルーシュを睨んだ。
 一方、ルルーシュは眉間にシワを寄せ、ため息をついてロロの胸に顔を押し付けた。
「どうしたの?兄さん」
「悪い、ロロ。我慢しきれそうにない」
「?・・・うわっ」
 ルルーシュはいきなりロロを抱え上げると、ベッドまで運んでそっと下ろした。
「に、兄さん?」
 見上げると間近にルルーシュの顔。真剣な紫水晶の瞳に魅入られる。心臓がドキドキする。
 そのままルルーシュはもう一度ロロの唇に口付けながら、右手をロロの下肢へと伸ばす。芯に触れられてロロはビクンと身体を振るわせた。
「嫌か?」
 耳元で囁く声。くすぐったくて、思わず首をすくませる。
「嫌じゃないよ」
 ルルーシュの首に腕を回し、うっとりと瞳を覗き込む。
「して」
 ロロは勇気を出して囁いた。
「兄さんが欲しい。全部」
 ルルーシュの瞳が優しく細められる。
「そうか。あげるよ、ロロに。全部」
 ルルーシュはロロの耳元で吐息まじりに囁いた。
「愛してる。ロロ」
 欲しくてたまらなかった言葉。なんと甘美に響くのだろう。与えられる快感よりもその言葉に身体が熱くなる。
 震える程に嬉しくて、ロロは一筋の涙を流した。

(END 2008.06.26)



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