注・この文章はPG-12指定です。


恋とはどんなものなのか


 鳥の声が聞こえはじめ、朝の光が窓からカーテンごしに射してくる。
(また眠れなかった・・・)
 ベッドの上に丸くなって横を向き、茫洋とした顔でロロはため息をついた。この数日、眠ろうとしても眠れなくて困っている。こう何日も続くと日常生活にも影響が出て困るのだが・・・。
 原因を思い出してロロはまた赤くなり、動悸が激しくなるのを感じて眉を寄せた。眼に浮かぶのは真剣なルルーシュの紫水晶の瞳。耳に返る言葉、そして唇と舌の感触。それを思い出すたびにロロはどうしようもなく顔が火照り、動揺して混乱し、わけが分からなくなる。心臓の音が割れ鐘のように響き、壊れてしまいそうなくらいだ。傍に誰か居たならば、心音を聞かれているのではないかと毎回心配になる。
 彼は何を思ってあんなことをしたのだろう。考えても考えても答えが出ない。
 動悸が静まるのを待って、ロロは起き上がり時計を見た。
(もう、こんな時間か・・・)
 のそのそとベッドを出て着替え始める。といっても、学校へ行くにはまだ早い時間だったのだが。

「おはよう、ロロ。随分早いな」
 パジャマ姿の不機嫌そうなルルーシュに呼び止められた。戸口にもたれ、腕を組み、見下ろすように眼を細めている。
 こっそりとクラブハウスを出ようとしていたロロは、びくっとして振り向いた。
「お、おはよう兄さん」
 ルルーシュと眼が合ってどきっとし、ロロは赤面して眼を逸らした。まともに顔を見られない。
「最近、朝食も食べずにどこへ行くんだ」
「ど、どこでもいいでしょ・・・」
「顔が赤いぞ、具合が悪いんじゃないのか」
 そう言ってロロの額に伸ばされたルルーシュの手を、ロロは振り払った。ルルーシュが一瞬傷ついた顔をする。
「あ、ごめん。大丈夫だから」
 言い残してロロは走り去り、扉が閉ざされる。
 ルルーシュはひとり取り残された。

 明らかに避けられている。この数日、眼を合わせてもくれない。食事を取るにも時間をずらし、生徒会にも顔を出さない。
 知らず知らずのうちに、ロロは生活に必要な一部になっていたようで、常に傍にいた者の不在は思った以上に堪えた。『お前の仕事は俺の監視じゃないのか』そう怒鳴りつけたくもなる。
 ルルーシュは背中を壁に預け、ため息をついた。原因は分かっている。あの夜のキスのせいだ。感情にまかせて行動してしまったことを少し後悔する。それほどに、失われたものは大きく感じられるのだった。



 保健室の扉が勢いよく開いた。今は授業中だというのに、校内でもブラコンで有名な兄が息を荒くして立っているのを見て、養護教諭は微笑ましく思った。
「あの、ロロが倒れたと聞いたのですが・・・」
「体育の授業中にね。今、そこで寝てるわ」
 養護教諭は安心させるように笑うと、付け加えた。
「心配しなくても大丈夫よ。ただの寝不足みたいだから」
「寝不足?」
「夜更かしでも続いたのかしら?さて、私は用事を済ませてくるわね。彼はしばらく寝かせておいてあげて」
「はい」
 そう言うと彼女は席を立ち部屋を出て行った。

 うららかな風が窓から吹きつけ、白いカーテンを揺らめかせている。外からは体育の授業だろうか、ざわめきとホイッスルの音が聞こえてくる。
 保健室の白いベッドの上で、ロロはあどけない顔で寝入っていた。もともと歳よりも幼く見えるロロだが、無防備な寝顔はそれ以上に幼く可愛らしい。安らかな寝顔にほっとしつつ、ルルーシュはベッドサイドに椅子を置いて腰掛けた。
 ロロは元々夜更かしをするようなタイプではない。『寝不足』なのは何故だろうと、ルルーシュは少し気になった。
 やわらかそうな髪に思わず手を伸ばす。
「ん・・・」
 ロロが身じろぎした。起こさないように気をつけながら髪を優しく梳く。逆に安心したように、ロロはまた寝入ったようだった。何か楽しい夢でも見ているのか、口の端がわずかに微笑を形づくる。
 その様に何かいたたまれなくなって、ルルーシュはロロの唇をついばむように、そっと口付けた。

 目覚めたロロは、ルルーシュの顔が間近にあるのに気付いて動転した。
「!」
 声にならない悲鳴を上げて、ロロは掛け布団に潜り込んでベッドの上に丸くなった。
「兄さん、何やってるの!」
 布団越しにくぐもった声が聞こえる。布団の中で震えているようにも見える。
「あ・・・悪いな。起こしてしまって」
 呆然とした顔でそれだけ言い残すと、ルルーシュは部屋を出て行った。

 パタンと扉の閉まる音を聞いて、ロロはそっと布団の影から顔を出した。





 食堂をのぞくと、半分寝ているような顔でぼーっと何かを考えているロロを発見したので、玉城は顔を近づけて声をかけた。
「よおっ」
「うわぁ!」
 驚いて仰け反ったロロは、椅子を後ろに倒しそうになった。とっさに玉城はその身体を椅子ごと支えてやる。
「・・・玉城さん、驚かさないで下さいよ」
 ロロは仰向けに見上げて言った。
「お前が勝手に驚いたんじゃないか」
 玉城はロロの椅子を戻すと、向かい側に腰かけた。
「何だ?悩み事か?何なら、この玉城さんが聞いてやってもいいぞ」
「はあ」
 ロロは片肘をついて自分のあごを支え、少し逡巡したようだったが、しばらくして思い切ったように口を開いた。
「ねえ、玉城さん。キスって、どういうときにしたくなるものなのかな?」



 やっぱり、泣くほど嫌だったのだろうか。
 ルルーシュは仕事の手を止めて考え込んでいた。脳裏にこびりついて離れない、あの夜のロロの姿が眼に浮かぶ。焦点の定まらない泣き濡れた大きな菫色の瞳、紅潮した頬を伝う涙、濡れた唇。
(まただ・・・)
 思い返すたびに思いも寄らぬ情動が沸き起こり、身体の芯がうずく。それを打ち消すように、ルルーシュは眉をしかめて首を振った。
 そんな自分に嫌気がさし、ルルーシュは天を仰いで大きなため息をついた。そこへ、どこで調達してきたのか、宅配ピザの箱を抱えたC.C.が部屋に入ってきた。どすんとソファに腰かけ、意気揚々とピザの箱を開ける。
「恋の悩みか?青少年」
 答える気にもならず、ルルーシュはC.C.を横目で睨んだ。
「ちゃんと話をしているのか?あいつがお前を嫌うなど、ありえない話だろう」
「そんなことは・・・」
「あるさ。少なくとも、お前とあいつを知っている奴全員が口を揃えてそう言うだろうな」
 ルルーシュが少しムッとする。
「しかしまあ、お前は段階を飛ばしすぎたな」
「何の話だ」
「あんなうぶな奴にいきなりディープはないだろう、ディープは」
「お、お前という奴は!」
 ルルーシュがいきり立って、拳を握り締める。
「いつもいつも、何でそうやって、俺のプライバシーに踏み込んでくるんだ!大体、何故知っている」
「何を怒ってるんだ?適切なアドバイスをしてやったのに」
「!」
 どこ吹く風のC.C.にルルーシュは歯噛みした。
「そういえば、お前の大切な弟が食堂で玉城といちゃついてたが、あれは放って置いていいのか?」
 それを聞いたルルーシュは慌てて部屋を出て行こうとする。
「おい、仮面!忘れてるぞ」
 C.C.が投げてよこした仮面を受け取ると、ルルーシュは無言で部屋を出て行った。
「・・・あれは、ちょっと慌てすぎだな」
 C.C.はつぶやいた。



「キスって、どういうときにしたくなるものなのかな?」
 ロロに上目遣いでそう問われ、玉城はどきっとした。誘ってるのかこいつ、と思わないでもない。自然、ロロの小振りな唇に眼を奪われる。
「そりゃあ、まあ、可愛いなとか好きだなとか思ったときなんじゃねえか?」
 気を取り直して、玉城は聞き返した。
「でも、まあキスって言っても色々あるよな。どういうやつだ?」
「どういうって・・・」
 途端にキスシーンを思い出したのか、ロロは赤面して横を向いた。体を沈めて両肘に顔の下半分をうずめる。
「ああ、まあ今のお前の様子見たら、大体どんなのか想像がつくけどよ・・・」
 大方、突然濃いのをされて戸惑ってるんだな、と玉城は推測した。
(しかしなー、キスひとつで落とせるんだったら、さっさとやっとくんだった。折角噂もたってたんだし。・・・いや、今からでも遅くないか。)
 ちらちらとお悩みモードのロロを見ながら、玉城は決心した。
(よし、男一発、玉城真一郎!やるときゃやらねば男が廃るぜ!)
 玉城は席を立つと、ロロの横に立ち、肩に手を置いて自分の方を向かせると、真剣な顔で言った。
「ロロ」
「はい」
 今度こそ至近距離に近づいてきた玉城の顔に、ロロが慌てふためく。
「え、あ、ちょっと、玉城さん!うわあ」
 椅子が後ろにひっくり返って、派手な音を立てた。
「痛たた・・・」
 腰をしたたかに打って痛がるロロに、玉城はのしかかった。
「だ、駄目だよ!キスは!しないって、約束したから」
 ロロは必死で玉城の顔を手で押しのけようとする。
「駄目だって!」
「じゃあ、キス以外ならいいのか!」
「え」
 その玉城の言葉にロロが一瞬呆然として、手が止まる。と、そのとき、第三者の声がふたりの間に割り込んだ。
「良い訳ないだろう」
 見上げるとそこには殺気立った漆黒の仮面の男。
「あ・・・ゼロ」
 ロロがまたたきをしながら呆然とつぶやく。
「ちょっと、来い」
 蒼白になった玉城を取り残して、ゼロはロロの腕を取り、引っ張って行った。



 部屋に入るなり仮面を脱ぎ捨て、ルルーシュは怒気を帯びた顔でロロに迫った。
「し、してないよ!キスはしてないって!」
 ロロは否定するように目の前で手を振りながら後ずさる。紫水晶の強い瞳に惹きこまれそうになり、ロロは途端に緊張して頬を紅潮させ眼を逸らせた。
 ルルーシュはロロの一歩手前で立ち止まると、ロロの顔を両手で掴んで無理矢理自分の方を向かせた。
「どうして、そうやって俺から眼を逸らす」
 見返したルルーシュの顔には既に怒気がなく、眉間にシワは寄っているものの、どちらかといえば傷ついた顔をしていた。
「だって・・・」
 ロロが口ごもる。
「言えよ」
 真っ直ぐに見つめられて、ロロは余計にしゃべれなくなった。
「・・・・・・」
「言え」
「・・・・・・」
 怯えているのだろうかと思い、答えがないことに諦めて、ルルーシュはため息をつくとロロを解放した。ロロが力なく膝をついて、うずくまる。ルルーシュはうずくまったロロの頭をかかえるようにそっと抱きしめた。ロロが身体を硬くする。
「・・・俺のこと嫌か?嫌いになったのか?」
 ロロががばっと、顔を上げた。
「い、嫌じゃないよ」
「なら、何で・・・」
「だって、緊張して・・・」
 真っ赤な顔でロロは言った。
「兄さんの顔を見るとドキドキして、自分がどうにかなっちゃいそうなくらい・・・僕、わけが分からなくって、夜も眠れなくて、だから」
 ロロが顔を伏せる。
「嫌いになんて、なる訳ないじゃないか、兄さんのこと」
 どんなときだって、貴方のことしか見えないのに。

「あはははははっ!」
 急に大きな笑い声がして、その場の雰囲気が壊された。C.C.がソファを叩きながら大笑いしている。
「・・・いたのか、C.C.」
「ご挨拶だな。お前たちが私のいる部屋に入って来たんだろう?」
 それにしても、とまたC.C.は腹を抱えて笑っている。
「おい、笑うな」
 ルルーシュは少しムッとして言った。C.C.は笑いすぎて苦しいらしく、ひーひー言いながら手で涙を拭う。ようやく笑いの発作が治まったころC.C.はロロを見つめて微笑んだ。
「ロロ、お前は本当にルルーシュのことが好きだな」
 それを聞いたロロが驚いた顔をした。
「えっ、でも・・・」
 否定的な反応にルルーシュの表情が強ばる。
「でも、なんだ?」
 戸惑うように眼をきょとんとさせ、ルルーシュとC.C.を交互にうかがいながらロロが言った。
「兄さんのことは前から大好きだったけど、こんな風にドキドキしたりすることはなかったのに・・・」
 それを聞いたC.C.は眼を細めて言った。
「ロロ、それは恋だ」
「恋?」
「ああ。初恋か。かわいらしいな」
 自分の初恋など遠の昔に忘れてしまった、とC.C.は遠い眼をしたが、ルルーシュの鋭い視線に気付いてため息をつき、ピザの空き箱を持って立ち上がった。
「分かったよ。邪魔者は出て行ってやるさ。まあ、せいぜい頑張れよ、チェリーボーイ」

 最後の部分は余計だ、とC.C.の捨て台詞にイラつきつつ、扉が閉まるのを確認するとルルーシュはロロに向き直った。
「ロロ」
 優しく呼び、優しく髪を撫でた。揺れる大きな菫色の瞳が真っ直ぐこちらに向く。紅潮した頬もいとおしい。
「この前みたいなキスは嫌か?」
「嫌じゃないよ」
 ロロは少し眼を伏せた。長いまつげがあらわになる。
「でも、ドキドキする。すごく」
「そうか」
 ルルーシュはロロを抱き寄せると、優しくキスをした。次第に深く。

 俺も本当は。
 ドキドキしているんだよ、ロロ。

(END 2008.06.11)

参考 「恋とはどんなものなのか」歌詞



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