・この文章はR-15指定です。
冒頭の会話が下品なので、少し下げておきます。


























 心の内にうろがある。何を持ってしても埋め合わせのできない空虚さ。奥にあるのは足をすくわれそうな闇。いつも僕は崖っぷちから覗き込んで、いっそのこと闇に取り込まれてしまえれば楽なのにと夢想する。

 だから、求められるのは嫌いではない。熱い息遣い。汗ばんだ肌。伝わってくる他人の熱。抱きしめられることで温かい何かが染みわたるような感覚。繋がることで心のうろを埋められるかのような錯覚。

 それに、彼は。僕と同じように心にうろを抱えた存在だということが。

 肌を重ねる度に痛いほど伝わってくるから。



せめて貴方だけは綺麗なままで


「顔にかけるなんて、最低っ!!」
 行為の名残か、もしくは怒りで顔を紅潮させてロロが言った。
「君が『中はダメ』だなんて、女の子みたいなこと言うからだろ」
 上から見下してスザクが言う。
「にしてもっ」
 ぶつぶつと文句を言いながらロロが身体を起こす。うえーという顔をしながらも、ロロは頬に付いた白濁液を指ですくうと、そのまま口に入れて舐めた。赤い舌が扇情的だ。
「あのさあ、ロロ」
「何?」
 スザクは身体を寄せてロロの横顔を覗き込むと言った。
「わざとなのか、無意識なのか知らないけど、そういう風に男を誘惑するのは良くないな」
「は?」



(だから嫌だって言ったのに!)
 結局もう1ラウンド延長され、機情施設の固定式シャワーでは洗いきれなかった腰の不快感に苛立ちながら、ロロは家路を急いでいた。そろそろ夕食の時間になってしまう。髪も洗えなかったし、兄さんに気付かれないようにシャワールームへ行って、それから・・・。
 手順を考えながらクラブハウスへ足を踏み入れる。
「おかえり、ロロ。遅かったな」
「わっ、に、兄さん」
 ばったりとルルーシュと出会ってしまい、ロロは驚いてあたふたした。視線が彷徨う。
「もう支度できてるぞ。だからお前を探してたんだ。食事にしないか?」
「う、うん。僕、着替えてくるね」
 ロロはパタパタと小走りでその場を去った。

 挙動不審なロロに、ルルーシュはいぶかしんだ。
(何だ?あいつ、何か俺に隠し事でも・・・)
 接し方を何か間違えただろうか。機情の監視員は全てギアスの影響下にあるとはいえ、スザクが学園にいるのだし、まだロロを切り捨てられる時期ではない。思い当たる節がないかとルルーシュが考えをめぐらせていたとき、ふと、さっきのロロからいつもと違う匂いがしたことを思い出した。
(汗の匂いか?)
 それとはまた違った気もした。ルルーシュは心の奥がかすかにざわつくのを感じた。が、意識的にそれを否定した。あいつの挙動に心を騒がせてどうする。役に立つ駒であれば、俺に不都合なことをしないようならそれで良い。それだけだ。
 せいぜい甘やかしてやるか、とルルーシュは食卓を整えるためにダイニングへと向かった。



「兄さん、手伝うよ」
 食事を終え、一緒に食器を洗おうと、ロロは席を立った。
「ああ、頼むよロロ」
 雑談をしながら並んで食器を洗う。ルルーシュはふとロロを見下ろして、その白い首筋に見慣れないものを発見した。
「ん?」
「何?」
「ここ、赤くなってる。虫にでも喰われたか?」
 ルルーシュが何気なく手を伸ばす。
「ほら、ここだよ。腫れてはいないな」
「・・・っ!」
 突然性感帯に触れられて、ロロの背筋に戦慄が走った。
(まさか・・・)
 慌てて手で首筋を覆い、ルルーシュに向き直る。
「だ、大丈夫だから」
 耳まで赤くなってロロが言った。
「でも、薬ぐらいつけた方が・・・」
「本当に大丈夫だから!」
「そうか?」
 ルルーシュは何だか納得できないという顔をしている。そのとき、遠くの方から声が聞こえてきた。
「おーい、ルルーシュ、いるー?」
「何だ?スザクか?」
 一体何の用だ、と警戒したルルーシュが眉間シワを寄せてその場を離れる。ロロはほっと胸を撫で下ろした。

「こんばんは」
「何だ?スザク。何か用か?」
「ノート、返そうと思って。ほら、ちょうど課題が出てたの忘れてたから」
「ああ、別に俺は必要なかったのに」
「でも、要るんだったら悪いから」
「ついでだからお茶でも飲んでけよ」
「そう?なら、お邪魔しようかな」

 相変わらずの狐と狸の化かしあい。表面を繕って友情ごっこができるふたりが空恐ろしい。
 ロロはダイニングまで移動すると、スザクに挨拶をした。
「こんばんは、スザクさん」
「こんばんは、ロロ」
 スザクがにこやかに返答する。
「今、お茶の用意をするから、ふたりとも座ってろよ」
 ルルーシュが台所に消える。
 スザクはロロに近づき、耳に口を寄せるとそっと囁いた。
「部屋の窓の鍵、開けておいてね」
 ロロはムッとして上目遣いに一瞬スザクを睨んだ。



 ゆっくりシャワーを浴びてパジャマに着替え自分の部屋に戻ると、案の定薄暗い部屋のベッドの上に人の気配があった。ロロがベッドに腰かけると、スザクは横になったままロロの顔に手を伸ばし、髪を撫でた。
「夜這いに来たんですか?貴方は」
「様子を見に来たんだよ。これの」
 そう言って、スザクの手がロロの首筋を撫でる。ロロはため息をついた。
「やっぱり、わざとだったんですね」
「制服着てたら見えない位置だから、いいだろ」
「良くありません」
 拗ねたようにロロはそっぽを向いた。スザクがふっと思い出し笑いをした。
「でも、ルルーシュの奴、キスマークだって気付かないとは思わなかったな」
「兄さんは、色恋沙汰には疎いんですよ」
「本当、あれは天然記念物並だね」
 半身を起こしてスザクが言う。
「『兄さん』に僕らのこと知られたくないかい?」
「当たり前でしょう」
「でも、ルルーシュの牙城を崩すきっかけにはなるかもしれないよ。ルルーシュのこと好きなんだろう?」
 ロロがスザクを上から睨む。
「好きなら押し倒すなり何なりしてモノにしてしまわないと、いずれ期限が切れてしまうよ」
 ロロは手元に視線を落としてため息混じりに言った。
「いいんです。それでも」
「片想いの方が好みかい?」
「僕の汚れた手で、綺麗な兄さんを穢したくないから」
「ルルーシュは君の事を汚れているとは思わないかもしれないよ」
「でも、僕は知っています。僕が彼が思っているような存在ではないってこと」
 本当に知られたくないのはスザクとの関係ではなく汚れた自分自身。血にまみれ、情欲に溺れやすい、浅ましい醜い自分。ルルーシュの記憶が戻る前に嫌というほど思い知らされた、彼の穢れなき妹との落差。彼自身のまぶしいほどの純潔さとの落差。
「相手を理想化して綺麗なまま飾っておきたいっていうのは、君の自己満足だよ。そんなことをしていても彼との間に真実は何も生まれない。愛も憎しみも嫌悪も。そうこうしているうちに手の届かないところへ行ってしまったりするんだ。あっさりとね」
「それって、経験?」
「さあ?」
 スザクがはぐらかす。
「僕らのこと知ったら、ルルーシュは激怒するだろうな」
「どうして?」
 ロロが首をひねる。
「・・・分からないならいいよ」
 少し考えてから、ロロは合点がいった。
「ああ、そっか。ナナリー・・・」
「それだけではないような気が僕はするけど。それにしても」
 スザクは身体を起こして真剣な顔をして問うた。
「君はそんな風で、本当にゼロを殺せるのかい?」
 ロロが動揺して息を呑む。そうだった。この人は・・・。
 しかし、スザクは安心させるように微笑むとロロの頬に手を当てて言った。
「そんな不安そうな顔しないで。大丈夫だよ、君の居場所を奪ったりしないから」
 スザクはロロの頭を抱き寄せ、耳元に約束を落とした。
「ゼロは僕が代わりに殺してあげるから、だから、そんなに怯えないで」
「どうして・・・」
「元々決めてたんだ。ユフィが殺されたとき。ゼロは僕がってね。だから」
 髪を優しく撫でられる。
「君は無理しなくていいんだよ」
 嬉しかった。涙がこぼれそうなほどに。
「失うのは恐い?ルルーシュを」
 ロロが無言でうなずく。
「そうか」
 ロロはスザクの肩口に顔を埋めてつぶやいた。
「・・・唯一無二って恐いですよ。そんな人、今までいなかったから」
 嫌われたら生きていけないと思うような、そんな人に出会ったことは今までなかったから。
「でもさ、ロロ」
 スザクが遠い眼をして言う。
「案外、唯一無二の存在を失っても、世界は変わらないものだよ。毎日朝は来るし、生きている限り僕らは生活しなきゃいけない。それがどんなに空しくてもね」
「そういうものかな」
「そういうものだよ」
 ロロはスザクの背中に腕を回し、顔を上げ上目遣いに瞳を見つめて言った。
「ねえ、スザクさん、僕のこと好き?」
 にっこり笑ってスザクが答える。
「嫌いじゃないよ。君は?」
 馬鹿にするように眼を細めてロロが答える。
「大っ嫌い」
「そうか、嬉しいな」
「どうして?」
「だって、興味はあるってことだろ?」
「そういうもの?」
「そういうものだよ」
 スザクはロロの頭に手をそえて口付けながら、体勢を入れ替えてロロを下にした。
「ついでだから、食べてこうかな?」
「また、ですか」
 呆れたようにロロが眉をひそめた。
「この部屋にも監視カメラがあるって、知ってます?」
「別にかまわないだろ。機情で僕らのこと知らない奴はいないよ」
 スザクはロロのパジャマのボタンを外し始めた。ロロの白い肌があらわになる。
「それに僕らは監視対象じゃないんだから、見たくなかったら見ないよ。見たいんなら見せてやればいい」
「よく体力が続きますね」
 関心したように、ロロが言う。
「前にはよくルルーシュに体力バカって言われたな、でも」
 悪戯っぽくスザクが微笑む。
「君も人のこと、言えないだろ?」
 ロロはため息をついた。
「仕方ないな、おつきあいしますよ」
「そうこなくちゃ」
 スザクはロロの首筋に唇を這わせながら囁いた。
「ひとときの甘い夢を見せてあげるよ、ロロ」

 夜の闇の中で。ふたりは絡み合い、溶け合った。甘美に、淫らに。

(END 2008.07.10)



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