たとえ偽りだったとしても


 蜃気楼のコックピットの座席にロロはゆっくりと身体をもたせかけた。力を失った腕が重力に従って下へ落ちる。落ちた手のひらの上に彼が大事にしていた携帯をそっと置いた。
 薄く微笑み、安らかにただ眠っているような顔。見慣れた愛しい寝顔に似た顔から次第に血の気が引いていくのが分かった。
「ロロ」
 思わず呼びかけて、動かなくなった顔に手を伸ばす。まだ、温かい。そう思ってわずかに安堵する。
「ロロ」
 既に息をしていない。ルルーシュはそれに気付いて思わず息を呑み、眼を見開いた。
 ロロがもう動かない。眼を開かない。何も話さない。どこかへ行ってしまった。俺を置き去りにして。
 そう感じたときルルーシュの胸に去来したのは激しい動揺と狼狽で、こんなはずではなかっただろうと、冷静さを取り戻そうと努力するものの一向に感情がおさまらない。
 本気で殺そうと思っていたはずだ。ヴィンセントに爆弾を積ませて爆破するつもりだった。何も迷いはなかった。
 ナナリーを取り戻したら用済みだと、使い捨てようと思っていたはずだ。しかも、ロロはシャーリーを・・・憎むべき相手であって、それ以外ではないはずなのに。
 なのに、どうして今俺はこんなに混乱しているのだろう。ロロの死を目の当たりにして、動揺しているのだろう。

 ふいに思い出が脳裏に蘇る。記憶を書き換えられていた1年の穏やかな日々。そして記憶を取り戻してからも傍らに、すぐ傍に居たロロとの思い出。

 そうか本当は、俺はお前のことを愛していたんだな。

 その言葉が、すとんと心の奥に落ちて、動揺と混乱は嵐がひくように治まった。
 そうだ死後硬直が始まってはいけないと、ロロの身体を蜃気楼のコックピットから自分の身体へともたせかける。
「お、重い・・・」
 思わずバランスを崩しそうになり、あわてて手をついた。
「大きく・・・なったな」
 眠った子どものような重みだと感じ、ルルーシュは優しくロロを抱きしめた。
 それはもしかしたら的外れな感想だろう・・・なにせ本当はロロと出合ったのはほんの1年と少し前で、その時にはもうロロは大きかったのだから。しかし、ルルーシュの記憶の中には未だに幼かった頃のロロも同時に居るのだ。それが偽りの記憶であったとしても。

 やっとの思いでロロを降ろし、地面の上に横たわらせると、ルルーシュは荒い息を吐きながら空を見上げた。
 そもそも真実とは何だろう、嘘と何が違うのだろう。何故真実でなければいけないと思うのか。
 俺はずっとルルーシュ・ランペルージは偽りの存在だと、本当の自分ではない間違った存在だと思っていた。だからルルーシュ・ランペルージの周りにあるもの、住居も友達も仮のものだと、本物ではないものだと思っていた。でもその考えこそが間違っていたのではないだろうか。ルルーシュ・ランペルージとルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、どちらも俺であることに変わりはない。俺は俺だ。ならば、俺の周りにある大切なものを隔てて考える必要などなかったはずではないか。

 そうか、やっと分かったよ。
 ロロ、おまえはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの弟ではなくて、ルルーシュ・ランペルージの弟だったんだって。

 記憶を書き換えられ、完全な監視下にあった家畜の日々、これらはそもそも憎むべき皇帝から敗北の結果として与えられたもので、大変な屈辱だとしか思えなかった。鳥篭の中で安寧に過ごしていた自分を認めることができなかった。全て誤りだと、無駄に過ごした間違った日々だと感じていた。
 だから、ロロ、おまえのことも認めることができなかった。失うまで、自分の中に占めるその存在の大きさに、気付くことができなかった。

 でも、そうだな。もしかしたら。
 あの1年は俺の人生の中で一番、穏やかで、たいくつするくらい平穏で楽しい、輝いた日々だったような気がする。ロロ、おまえが居るだけで幸せだった毎日。世界は俺に優しくて、素直に人を信じることができた。与えられる日常にそれなりに満足して過ごしていられた日々。
 あの頃の俺も、俺だった。記憶こそ違ったが、それもまた俺自身であったことに間違いはない。

 傍らで眠るように動かないロロを見下ろす。ルルーシュはその顔に手を伸ばすと、額を撫でてからそっと髪の毛を梳いた。
 俺は愚かだ。いつも気付くのは大切なものを失った後で。もう取り返しはつかないのに。
 もっと大切に、大事にしてやればよかった。もっと眼を配ってやれば良かった。

 なにせ、愛する弟なのだから。

 そう思い、ルルーシュはロロの亡骸にそっと笑いかけた。

(END 2008.09.04)



Back