彼が欲しいもの


 ゼロが私室として使用している部屋に常時入れる者は限られている。それはゼロが仮面の下を秘密にしているからだ。今までそれは私とC.C.だけだったのに、最近1人増えた。その彼は今、当然という顔でゼロの部屋に居座り、ソファに深くもたれて俯きがちにハート型のロケットをいじっている。少女趣味なそのロケットは本人の少女のような容姿と合わせると少々滑稽で、そんな彼は私にとって少々気味が悪く、また気に触る存在だった。

 カレンはロロに歩み寄ると、見下すような目線で声をかけた。
「あなたがヴィンセントのパイロットだったなんて」
「だったら、どうなんですか?」
 ロロは視線を手元に置いたまま、つまらなそうに答えた。
「じゃあ、卜部さんを殺したのはあんただって、わけね」
「敵を殺すのに理由が要りますか?あなただって、殺しているでしょう」
「そのあんたが、今は味方なの?はん、信用できないわね。裏切り者は」
「別に信用してくれなくて良いですよ」
 ロロは背中をソファーの背もたれに預けると、カレンの方を見上げて冷笑した。
「なら、僕と戦いますか?僕はかまいませんが」
 バベルタワーでの戦闘を思い出し、カレンは表情を曇らせた。あの時は彼の乗るヴィンセントを目の前にして、死を覚悟したのだった。
「・・・そういえば、ラクシャータがヴィンセントは普通のナイトメアで瞬間移動するような機能はないって言っていたけど」
「ああ、そういえば貴女があの赤いナイトメアに乗っていたんでしたね、紅月さん」
 ロロの瞳が急に剣呑さを増した。
「兄さん以外であの時の戦闘で生き残ったのは貴女だけでしたよね」
「だったら何なのよ」
「あれを知っている者は少ない方が良い。そういえば」
 ロロの口元が薄く笑む。
「貴女は兄さんのギアスのことも知っているんでした」
 生理的悪寒を感じて、カレンは後ずさった。

『やめろ!』
 鋭い声が部屋に響く。振り向くとそこには漆黒の仮面とマントを身に着けたゼロが立っていた。
ゼロはロロに近づいて見下ろすと、戒めるように口を開いた。
『分かっているな、ロロ』
「・・・・・・はい」
 ロロは俯いてしおらしく答えた。
『カレンに話がある。お前は部屋の外へ行っていなさい』
「・・・分かりました」
 おとなしくロロは立ち上がり、部屋を出て行った。

 ルルーシュは机に座り仮面を取ると、ため息をひとつついてからカレンの方に向き直った。
「カレン」
「はい」
「あいつを刺激するようなことは言うな。特にギアスに関することは」
 眉間にシワを寄せてカレンは答えた。
「どうして?」
「危険だからさ」
 先程感じた動物的な勘とでも言うべきものを思い出して、カレンは口をつぐんだ。
「それに、ああいう物言いは奴には逆効果だ」
「・・・でも、裏切り者なんて信用できるの?彼、ブリタニアの監視だったんでしょ?それに彼にはギアスをかけていないって・・・」
 ルルーシュはそう訴えるカレンに薄く笑んで言った。
「カレン、人を従えるにはどうしたら良いか分かるか?」
「さあ?教えてくれるかしら」
「相手の欲しいものを与えてやれば良い。それも相手が喉から手が出るほど欲しがっているものを。それを与えられるのが俺だけだと思わせられればなおさらだ」
「・・・私たちが日本の開放のためにあなたの力を必要としているように?」
「まあ、そうだな。だが、あいつの場合は特に簡単だ」
 頬杖をつき、ルルーシュは口元に人の悪い笑みを浮かべた。
「少々優しくしてやれば良いだけさ」
「どういうこと?」
「まあ、見ていればわかる。おまえもせいぜい優しくしてやることだ」

 カレンはまだ釈然としなかった。彼はなにを欲しがっているというのだろう。
 部屋を出てしばらくして、暗がりのベンチに独りで座っているロロを発見した。両手足を投げ出し、顔は斜め上方を向いたまま。ルルーシュとよく似た紫の瞳は空を見つめている。心が此処にあるのかさえ分からない様である。
 その寂しげな様子に、以前聞いたC.C.の言葉が耳に還る。
『お前は知らないんだ。本当に寂しいということはどういうことかを』

 ルルーシュとの会話でロロに少し興味が沸いたこともあり、カレンは今度は優しく話しかけてみることにした。
「さっきはごめんなさい、ちょっと良いかしら」
 瞳の焦点が合い、ロロは居住まいを正す。それを見てカレンは隣に腰かけた。
「あなたってちょっと雰囲気がC.C.に似てるかも」
 傍若無人に見えて、常にどこか寂しげな彼女を思い出してカレンは言った。C.C.とロロが小さくつぶやくのが聞こえる。
「あ、でもあんなピザ女と一緒にされたら迷惑か。ごめんね。今のは忘れて」
「・・・仲良いんですね」
「え?あ、まあね。逃亡生活中はほとんど一緒に居たから、なりゆきかな」
「紅月さん、ひとつ質問しても良いですか?」
「何?」
 彼から口を開いたことにカレンは少し驚いた。
「どうして貴女は彼らが恐くないんですか?」
「彼ら?」
 C.C.とゼロのことだろうか。
「貴女はゼロの力の詳細を知っているんでしょう?なのにどうして平気で接していられるんですか」
「ねえ、それってゼロに聞いたの?」
「いいえ。枢木スザクから」
 ああ、そっち方面もあったわね、とカレンは思った。
 ロロは膝の上で手を組み、上目遣いにカレンを見上げてもう一度訊いた。
「恐くないんですか?」
 人の意思を捻じ曲げて命令を下す絶対遵守の力。確かに恐ろしい力ではあるのだけれど。
「そうね・・・信じてるから、かな」
「信じてるから?」
 ロロは何かを考え込むかのように視線を下に落とした。
「そういうあなたも知っているんでしょう。ゼロの力のことを。あなたは恐くないの?」
「僕は・・・」
 ロロは切なげに眼を細めた。それ以上の返答は返ってこない。
 諦めてカレンは思い切って口を開いた。
「実を言うと、私あなたのことが少しうらやましかったの」
 少し照れた顔でカレンは言った。
「私たちがゼロに会えなかった1年の間、ずっと彼の側にいたんでしょ?それに今でも」
 いつも一緒にいるし。語尾ははっきりと声には出せなかった。
「それにね、ブラックリベリオンの前は、私アッシュフォード学園の生徒だったのよ。生徒会にも入ってたの」
「学校に戻りたいんですか?」
 カレンは首を振った。
「自分の選んだ道に不満はないわ。でも時々はね、学校が懐かしくなることもあるのよ。煩わしくもあったけど、楽しいこともあったから」
 カレンは優しく微笑んでロロを見た。
「あんたも行けるうちは学校を楽しんでおいた方が良いわよ」
「僕は苦手なんですけどね。人が多くて」
 ため息まじりにロロは言った。人付き合いの下手さ加減がうかがわれて、カレンは少し可笑しくなった。
「まあ、いいわ。あんたは腕もたつんだし、そのうち騎士団の方でも忙しくなるでしょ」
 話は終わり、とばかりに立ち上がったカレンの耳に、俯いたロロのつぶやきが聞こえた。
「・・・僕は」
 カレンが振り向く。
「此処に居ても良いんだろうか・・・」
 不安そうな様はどこか怯えた幼子のようだった。
 勇気づけるようにカレンは胸を張って答えた。
「当たり前でしょう」
 ロロははっとして顔を上げた。
「ゼロの演説聞かなかったの?『合衆国日本は人種も主義も問わない。国民たる資格はただ一つ』」
「正義を行うこと?」
「そうよ」
 カレンは自信あふれる強い瞳でロロを見て、微笑んだ。
「あなた実力あるんだし。そうだ、私の指揮下に入らない?零番隊、ゼロの親衛隊よ」
 そう言うと、カレンは握手を求めて右手を差し出した。
「これから、よろしくね。ロロ」
「はい。紅月さん」
「カレンでいいわ」
 ロロはカレンの右手に自分の右手を重ねた。
「こちらこそよろしくお願いします。カレン・・・さん」
 ロロが少し照れて言う。

 2人は同朋となるべく、握手を交わした。

「私たちきっと、良いコンビになれるわよ。そうだ、エースの座は渡さないから!」
「そうですか?今度、模擬戦してみます?」
「本気出すわよ」
「お手柔らかに」

(END 2008.05.16)



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