陽だまり


 昼食の時間にいくらか食い込んでやっと会議が終了した頃、震えて着信を知らせる携帯電話を手に、スザクは人気の無い所へ移動した。発信者の名前は登録してあったものの今まで一度もかかってきたことのない者で、電話をくれたことが素直に嬉しくて、スザクは頬をゆるませた。
『枢木卿。今、お時間大丈夫ですか?』
 電話越しではあるが久しぶりに聞く柔らかい声。
「久しぶりだね、ロロ。電話くれるなんて、どうしたの?」
『あの、ナイトオブスリーとナイトオブシックスの件なのですが。何もお聞きしていなかったので、どうしたら良いかと・・・』
「ああ、ジノたちのことか。驚かせちゃってごめん。僕も突然でびっくりしたんだ」
 ジノとアーニャは中華連邦から帰還する直前に『アッシュフォード学園に通いたい』と言い出し、その時既に直接学園長にコンタクト済みで驚いたのは先日のことだ。表立って反対する要因もないためOKし、各方面に連絡して根回しをしたのはスザクだった。あの学園は今機情の作戦領域で責任者はナイトオブセブンたるスザクである。話を始めに持ちかけてきたのはジノだったが、意外にもジノよりアーニャの方が乗り気で、むしろ強引に入学しようとするアーニャにジノは便乗しただけのようだった。彼女には何か目的があるらしいが、スザクはそれが何かは知らなかった。
「機情の作戦とは無関係で作戦内容も彼らには知らせていないから、君たちは普通に学園の人間として過ごしてくれればいいよ。一応機情の作戦領域だということは知らせてある。ヴィレッタ隊長のことは紹介したけど、地下司令部のことも監視カメラのことも内密に頼むよ」
『僕と兄さんのことは・・・』
「うん。君はただルルーシュの弟として接してくれればいい」
『イエス・マイロード』
 堅苦しい返答にスザクは苦笑した。用件は終わったとばかりに電話を切られやしないかと不安になる。
「ジノたちはどう?学校になじめてるかな」
『さあ?僕は今朝少し会っただけなので、何とも言えません』
「ジノは人懐こいから大丈夫そうだけど」
 問題はアーニャかな、と人見知りが激しそうな彼女の性格を思い出す。
『・・・仲、良いんですね』
 ぽつり、と呟かれた言葉に羨望が混じっているのを聞き取り、スザクは少し嬉しくなった。
「もしかして、やきもち?だったら嬉しいけど」
『違いますよ。何言ってるんですか』
 電話越しに伝わってくるのは冷たい言葉だけで、どんな表情をしているのかがとても気になる。
 会いたいな。直接会って話したい。抱きしめて、キスをしたい。
『スザクさんは、』
「何?」
『スザクさんは学校へ来ないんですか?一緒に』
「僕は総督補佐だし、会議とかいろいろあって忙しくて。寂しいかい?」
『・・・いいえ』
「素直じゃないなあ。何なら会いに来てくれてもいいのに」
『僕も仕事がありますから』
「そうだったね。そういえばルルーシュは?今一緒じゃないの?」
 報告では昼休みにも兄弟でよく一緒に居たのではなかったか、とスザクは思い出した。
『最近兄さんは女の子の相手をするのに忙しくて、僕なんかに構う暇はないんですよ』
 ため息混じりの台詞に、頭に疑問符が浮かんだ。
「なんだい?それは」
『来れば分かります』
 弟に恋人ができたから、たがが外れたのだろうか。
「でも、学校は都合が付いたら行くようにするよ」
『会長の卒業イベントが近々あります。内容はまだ決まってないですけど、できれば参加して欲しいって会長も言ってました』
「うん。覚えとく」
 そういえば伝えたいことがあったと思い出し、スザクは言葉を繋いだ。
「ああそうだ。ジノはさ・・・」



『電話ありがとう。声が聞けて嬉しかったよ』
 ピッと携帯電話を切ると、ロロはそれをたたんで握り締め、深いため息をつくと背後の木に寄りかかった。
 『声が聞けて嬉しかった』か・・・。自分も嬉しくなかったと言えば嘘になる。まして、相手は軍人。しかも戦闘に参加していたことは知っているのである。スザクが敵に当たる人物なのが複雑な気持ちだが、それでも無事に帰ってきてくれたことは喜ばしかった。
 木漏れ日が揺れる。さわさわと風がこずえを揺らした。
「いつまで隠れている気なんですか?」
 ロロは先刻から後方に感じていた人の気配に語りかけた。
「あれ?気付いてたんだ」
「盗み聞きなんて、人が悪いですよ」
 木の陰から姿を現したのは、金色の髪を光らせ猫のようにしなやかな巨躯の持ち主。ナイトオブスリーこと、ジノ・ヴァインベルグだった。
「今の電話の相手ってスザクだろ?君とスザクは恋人同士だって聞いたけど」
 そう言うとジノはロロを眺め回し、何か気付いて納得したようにうなづいた。
「へえ〜。なるほどね」
「何ですか?」
「いや、ロロって本当にスザクの好きそうなタイプだなと思ってさ」
 誰が誰の好みのタイプだって?ロロは言われた言葉が一瞬理解できずに呆然とした。
「何驚いてるんだい?だって、恋人なんだろ?」
「・・・何を根拠にそう思われたんですか?聞かせてください」
「ほら、あいつってさ。眼が大きくて、髪がふわっとしてて、優しい感じの子が好きみたいだからさ。君ってナナリー皇女殿下に少し雰囲気が似てるよ。ユーフェミア皇女殿下には直接お会いしたことはないけれど、写真とか映像で拝見した限りでは同じようなタイプみたいだし」
「まさか。似てなんていませんよ。皇女殿下に似ているなんて畏れ多すぎて・・・そんなことを言われても困ります」
「そうかなあ。似てると思うんだけど」
 ジノは腕を組んで顎に手をあて、考えるような顔でこちらを見つめてくる。真っ直ぐな眼差しは痛いくらいで、同時にその穢れのなさがまぶしくも感じられた。
「それに、外見はともかく中身は天と地ほどに違いますから」
「あー、そうそう。中身はどっちかと言えばスザク寄りなんじゃない?だからその辺が出来過ぎっていうか」
 ぽんと手を打って、ジノはひとり合点した。
 ロロはまた驚いてきょとんとした後、いぶかしげに眉をひそめてジノを見た。
「どうして分かるんです?」
「何ていうか、匂い?」
 匂いって・・・。ロロが絶句する。
「でも、ロロってルルーシュ先輩と居るときは全然感じ違うよね。何かミステリアスだな。秘密でもあるの?」
 ロロはジノの勘の良さにため息をついた。
「知りたかったらスザクさんに聞いてください。僕には話して良いかどうか判断できないので」
「ふうん。あるんだ、秘密が」
「大したことではないですよ」
「でも、スザクは知ってるんだな」
 ジノはにっと笑うと手を伸ばし、ロロの頭に手を置いた。
「ロロはほんと華奢だなあ。ちゃんと食べないと大きくならないぞ」
「はあ・・・うわっ」
 ジノは突然ロロの脇の下に手を差し込み、子どもを持ち上げるように高く掲げた。
「ちょ、ちょっと!」
「体重も軽すぎるな」
 そう言うとジノはロロを高く放り投げてから、抱きとめて地面に下ろした。
「はははは。これからよろしく、ロロ」
 屈んで抱きしめた状態で背中をばんばんと叩き、笑いながらそう言うジノにロロはさっきの電話で言われたスザクの言葉を思い出した。

『ジノはさ、裏表がなくていい奴だから。歳も近いんだし仲良くしたら?ほんと太陽みたいな奴だから、ロロも暖めてもらうといいよ』

 そうだね、スザク。本当に

 ジノはお日様の匂いがする。

(END 2008.08.05) 



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