君に逢った日それは優しさを知った日


(・・・今日も目覚める気配はなし、か。)

 エリア11にある軍の病院の一室で、ロロは白いベッドに横たわった少年をつまらなそうに眺めた。黒髪の端整な顔立ち。彼があのブラックリベリオンと名付けられた反乱を起こした黒の騎士団の指導者、仮面の男ゼロなのだという。
 ブラックリベリオンでトウキョウ租界は壊滅的な被害を受け、この病院にも多くの死傷者が運び込まれている。その中の個室の一つに首謀者のゼロが拘束もされずに居ることなど、自分を含めた機密情報局の数人しか知らないに違いない。自分やその家族を傷つけた張本人がここにいると知ったら、彼らは暴動でも起こすだろうか。

(ま、僕はあまり興味がないけど)

 醒めた目でロロは視線を窓の外に移した。外はほぼ漆黒の闇。数日前までのような街灯やネオンサインは見当たらない。明るいのはせいぜい自家発電の病院の明かりと政庁ぐらいだ。
 暇な時間が手持ち無沙汰で、ロロはふと溜息をもらした。

 点滴に繋がれてはいるものの、横たわった少年に大きな外傷はない。額の銃痕と打ち身くらいだが、彼はもう何日も眠り続けていた。

(さすがに幼少期からの記憶の書き換えには時間がかかるのかな)

 そのあいだ、ロロはこの病室に詰めたきりなのだ。いい加減、うんざりである。かといって、監視を怠るわけにもいかず、目立たないよう病院スタッフには「たったひとりの兄が心配で昼も夜もなくつきそっている弟」を演じなければいけない。

(しかし、まあ、こいつが目覚めたらそんな呑気なことも言ってられないか・・・)

 彼が目覚めた瞬間から、ロロは彼の、ルルーシュのたったひとりの弟、それも溺愛されている弟なのである。本当はルルーシュには溺愛している妹がいて、何でも彼女はロロと良く似ているのだそうだ。似ているといっても妹と弟。記憶が書き換えられているとはいえ、誤魔化しきれるものなのだろうか。
 機情局のほとんどのメンバーは、アッシュフォード学園に監視体制を敷くための下準備に借り出されている。
 ロロとしてはそこも疑問なのだ。いくら魔女をおびき出すためとはいえ、学園生活に彼を戻す必要があるのだろうか。国家反逆の大罪人。さっさと処刑してしまえば良いものを。

 12月の冷気が窓ガラスを通して伝わってくる。
 何もかもがつまらない。下らない。とどのつまり、ロロは自分にも、自分をとりまく世界にもこれといって興味がないのだった。

(あーあ。こんな日常、早く終わってしまえば良いのに)

 ロロは再び溜息をついた。
 ふと、ベッドに視線を戻すと、点滴が終わりかかっているのに気付く。看護師を呼ぼうかとナースコールに手を伸ばしたそのとき。

 ルルーシュの長いまつげがかすかに震えた。
 薄く開いた瞼の隙間から透き通ったアメジストの瞳が覗く。
 彼はいささか亡羊とした雰囲気で周りを見渡し、ベッドの傍らにつきそっているロロに視線を向けた。

「兄さん」

 少し緊張する。彼が受け入れてくれなければ、自分の任務は失敗である。

「良かった。兄さん、気が付いたんだね」
「・・・ここは?」

 ルルーシュはかすかに眉根を寄せ、遠くを見るような瞳で尋ねた。

「軍の病院だよ。兄さんはテロに巻き込まれたんだ」

 名前を、そう僕の名前を教えなければ。最愛の者を示す名前として。彼の生きる理由の者としての名を。
 ロロはルルーシュの瞳を覗き込み、慎重に口を開いた。

「僕はロロ。兄さんの弟だよ」
「・・・ロロ?」

 彼はほんのわずかの時間考えをめぐらせたようだったが、しばらくしてまるで花が開くように微笑んだ。

「そうか、無事だったんだな・・・ロロ。良かった」

 そう言うと彼は体を起こそうとした。何日も寝ているせいか身体がうまく動かない。

「ちょっと待って、今ベッドを起こすから」

 ロロはベッドのリクライニングを操作しながら、ルルーシュの身体を起き上がらせた。

「兄さんはもう何日も眠っていたんだよ。無理をしないで。」
「ありがとう、ロロ」

 優しい声色で名前を呼ばれ、ロロは少し身体を強張らせた。正直慣れていない。そんな風に優しく名前を呼ばれることにも、他人のぬくもりを手に感じることにも。
 ルルーシュはベッドにもたれた状態で一息つくと、ロロの方を見つめて微笑むと彼に向かって腕を差し伸べた。

「おいで、ロロ」

 暖かそうな大きな手。それが自分に向かって差し伸べられている。
ロロははっと目を見開いて硬直した。混乱して、一瞬どうしたら良いのか分からなくなってしまった。

「どうした?」

 ルルーシュはいぶかしげに首をかしげたが、すぐにまた微笑み、今度はロロの腕をつかんで引き寄せた。

「良かった、本当に」

 ルルーシュはロロを抱きしめた。とても大切なものを包むように。優しく。
彼の手はとても大きくて、暖かかった。彼の吐息がロロのやわらかい髪の毛にかかる。
ふと、水滴を感じて、ロロは驚いてルルーシュの顔を見た。

「兄さん、もしかして泣いてる?」
「・・・恥ずかしいから、見るなよ」

 そう言うとルルーシュはさらにロロの頭を胸に抱き寄せた。

 この涙は、安堵の涙だろうか、それとも別離の涙だろうか。

(どちらにせよ、僕に向けられたものではない。僕が受け取るべき想いではない)

 胸の奥の方がざわつくのをロロは感じた。

(何だろうこれは、いらだち?それとも焦燥?)

 言葉にならない感情が湧き上がってくる。
 その感情の波に身を委ねるようにして、ロロはルルーシュの胸に深く顔をうずめた。


 今にして思えば、この時、彼の暖かい腕を取ったこの時に。彼の優しさを知ったこの日に。
 僕の未来は大きく軌道を外すことになったのだった。


(END 2008.5.4)

お題提供元 starry-tales


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