・この文章はR-15指定です。
SM表現がありますので、苦手な方はご遠慮ください。




侮蔑という名の救い



 手元には写真とギアスの詳細が書かれた資料がセットで数枚。スザクは1枚ずつ丁寧に眼を通しながら誰にするか決めかねていた。10代前半の少女のものがほとんどだ。ふと、最後に置かれた資料の写真に眼が留まる。
(・・・これは)
 「ロロ」という名前の少年。アッシュブラウンの髪は柔らかくウェーブし、彼の妹を思い出させる。大きな瞳は赤みがかった紫色。彼の紫水晶の瞳にも似て、顔立ちが違えどこれだけ瞳の色が似ていれば並んで立っていただけで兄弟と見られなくもない。スザクはその写真を手に取ると、傍らに居た嚮団関係者に向き直った。
「彼が良いと思います」
 資料の方へはまだ眼を通していなかったが、外見からして彼が適任ではないかと思われた。
「性別が違いますが・・・」
「要は彼の妹の位置を補完し、近くで監視できれば良いだけですから、弟でも構わないでしょう。弟の方が普段一緒に行動していても不自然ではないですし」
「いや、しかし、彼は・・・」
 どうもロロに決定するには気が進まないらしい。経歴が書かれた資料にも眼を通す。一時的に人の体感時間を止めるギアスの保持者。
「暗殺が得意なのであればゼロが復活したときに処分を任せられます。適任だと思いますが」
「あの、彼を選んだ理由を教えてもらえますか?」
「外見が良く似ています。ルルーシュ本人にも、彼の妹にも。妹に雰囲気が似ていることはルルーシュを錯覚させるのに有効ですし、瞳の色が似ていますから、周囲の人間から見て、ルルーシュと兄弟だと言われて違和感がないと思われます」
 そう言われても嚮団関係者は渋面のままだった。
「外見はどうとでもできますよ。眼の色はコンタクトで変えられますし、髪も染めれば良い」
「素で似ているに越したことはないでしょう。・・・何か問題でも?」
 ためらうような様子で彼は口を開いた。
「彼は素行に問題がありまして、市井に下ろすのは難しいかと・・・」
「でも、資料には『任務には忠実』であるとありますが」
「今までの任務は全て暗殺のみです。彼にとって人殺しは単純な作業でしかありません」
 だから、と嚮団関係者は口を濁す。
「時折、余分に殺しすぎてしまうのです」

(拘束されている、のか)
 直接本人と話をして決めたいと申し出て繋がった通信で見たロロは、医療器械のようなベットに両手足を括り付けられた姿だった。ギアス能力者で危険だからなのだろうか。常日頃からこの状態なのだとしたら、なんと悲惨な境遇だろう。
 ブリタニアの依頼で暗殺をした記録がいくつか。一番古いものは皇暦2007年4月。今から10年前である。ロロが現在14、5歳だとして、4歳か5歳から暗殺を生業にしていたことになる。まだ物心もつかない幼児に人殺しを教え、普段はモルモットとして監禁する。スザクはギアスという力にも、ギアス嚮団という存在にもつくづく嫌気が差した。

「君は小さい頃から仕事をしていたんだね」
『はい』
「何人くらい殺してきたか覚えている?」
『殺した人の数は覚えていません。歯を磨いたり食事をしたことを数える人はいません。同じことです。』
「どうしてそんな仕事をするようになったんだい?」
『僕のギアスは暗殺に向いている。そう言われました。だから殺してきた。他に居るところもなかったし』
「エリア11で起きた叛乱の話は知っている?その首謀者、仮面の男ゼロのことは?」
『知っています』
「今回の任務はゼロの正体であるルルーシュ・ランペルージの弟として彼を監視することだ。ルルーシュは記憶をギアスによって改ざんされているが、もしルルーシュ・ランペルージの記憶が戻り、ゼロが復活したなら、彼を抹殺すること。これを君に頼んでもいいかな」
『潜入工作?弟役ですか?僕にやれるでしょうか。僕は親も家族も知りませんから。』
「無理なようなら他を当たるよ。それならはっきりとそう言って欲しいが」
『いえ、それが命令なら』
「詳しい資料は追って送るよ。君はこれからエリア11へ向かい、待機していて欲しい」
『分かりました』

 無機質で虚ろな表情。抑揚のない声。感情を映さない瞳。彼はあれで生きていると言えるのだろうか。
 少なくとも今回の任務についている間、ロロは今の檻から解放されルルーシュの元で弟として過ごすことができる。ルルーシュが溺愛しているナナリーの身代わりとして。身内、特にナナリーには特別甘いルルーシュのことだ。ロロのこともできる限り甘やかすに違いない。ルルーシュと同じように記憶を改ざんされた生徒会の3人も一緒にいる。彼らもロロを仲間として受け入れてくれるだろう。
 ゼロであるルルーシュの記憶から母と妹を奪い去ったことはともかく、罪のない生徒会の3人の記憶からナナリーを消したことが許されることだとスザクは思っていなかった。彼らを踏みつけにしてでも成し遂げようとする望みに、それほどの価値があるかどうかも分からない。ただ。
 ひとりの可哀想な少年を、かつて自分を癒してくれた仲間の中に送ることが、せめてもの罪滅ぼしになるようにも思えたのだった。



 アッシュフォード学園の機密情報局から来る定期連絡の中には、ルルーシュとそれから弟として生活しているロロの写真があった。初めは硬く冷たかったロロの表情は次第に自然さを増し、特にナナリーの誕生日である10月25日を過ぎてからは屈託の無い笑顔さえ見られるようになった。誕生日プレゼントにルルーシュからハートのロケットを貰い、それを大事にしているらしい。ルルーシュがそれを選んだのは無意識にナナリーへのプレゼントを選んだせいだろう。普通の少年が貰って嬉しいような物ではないはずだ。それを傍目に分かるほど大事にしているということは、よほど誕生日を祝ってもらったことが嬉しかったということで、ロロの孤独の深さを垣間見る気分だった。
 ロロの変化は誰の眼にも顕著だったらしく、機情の中で問題視する向きが無いではなかった。ゼロが復活したときに本当に殺せるのか、取り込まれるのではないかとの不安を訴える者もいた。
 しかし、僕はそれでも良いと思っていた。ロロの役割は本来、ルルーシュの身近にギアスに関する知識を持ち、それに対抗できる能力者を配置することにあったのだから。僕は元々ゼロを殺す役割を誰かに譲るつもりはなかったし、そんなことより、結果的にロロが人として救われたのであれば、それがただ嬉しいような気がしてならなかったのだ。





「君は自分が初めて人を殺した日を覚えているかい?」
 話があるからと授業後に呼び出され廊下を一緒に歩いているとき、上官に当たるナイトオブセブンに唐突に問われて、ロロは戸惑った。
「いいえ。それがどうかしましたか」
「いや、何でもないよ」
 即座に笑顔で返されて、一体何を聞きたかったのだろうとロロはいぶかしんだ。
 スザクは地下司令部の一角にある仮眠室のドアを開けると、ドアの前に立って中に入るよう示し、続いて自分も入って鍵を閉めた。その行動に、不審なものを感じたロロの眉間にシワが寄る。冷めた表情で振り返ったスザクが口を開いた。
「機情の連中が噂してたけど、ルルーシュとデキてるって、本当?」
「誤解ですよ。四六時中監視されているのに、そんなはずは無いでしょう?」
「君なら監視カメラの死角なんかもよく知っているんじゃないの」
「だったら何なんですか」
 枢木スザクとルルーシュは幼馴染のはずだが、他に何か関係を持ったことがあったのだろうか。
「ルルーシュのこと、好きかい?」
「・・・・・・」
 任務に差しさわりがあるようなことを、スザクに知られる訳にはいけない、とロロが身構える。
「まあ、ルルーシュがナナリーに手を出すとは思えないんだけど」
 スザクはゆっくりとロロに歩み寄ると、ロロに手を伸ばして頭から頬を撫で、顎を持ち上げた。
「君、可愛いね。実際に見ると、写真よりずっと良い」
 ロロが後ずさる。
「あの、やめて下さい」
「良い子にしていてくれれば、乱暴なことはしないよ」
 ロロがギアスを使って逃げようかと思案していると、スザクはやにわに大外刈の要領でロロを簡易ベッドの上に押し倒し、両腕をベッドの柵に用意してあった手錠で固定してしまった。
「何するんですか!」
「暴れると手首に傷がつくよ。そうしたら、ルルーシュに気付かれるだろ?それが嫌なら大人しくしてるんだね」
 上から見下してスザクが言う。ロロはくやしそうに歯噛みした。スザクの手がロロの制服の上着のボタンを外し始める。スザクがロロの顔の横に腕を伸ばし、顔が近づいたその時。ロロは両手でベッドの柵をしっかり掴み、ギアスを発動して意識を停止させてからスザクの身体を両足で思い切り蹴り飛ばした。
 激しい音がして、スザクが壁に叩きつけられる。後頭部を押さえてゆっくり起き上がると、スザクは静かにこちらに眼を向けた。怒りのこもった冷たいまなざしに一瞬背筋が凍る。
(本気で怒らせた、か?)
 スザクはロロの上に馬乗りになり、ロロの首に両手をかけた。
「大人しくしてろって、言っただろ」
 スザクの手がロロの首を締め上げる。
 息ができない。目の前が暗くなり、意識を失うまでそう時間はかからなかった。

 徐々に意識が戻ってきた頃には、上着とシャツは両手首のところまでたくし上げられ、剥き出しの下半身は両脚を割られて芯を弄られている状態だった。持ち主の意思に反して隆起したそれと、丁寧に指で押し広げられたその奥。意識は既に情欲に流されていて、窒息のためかそれとも興奮のためか息を荒くしたロロはスザクに抵抗するのを諦めた。
「・・・随分、慣れてますね」
 かすれた声でロロは言った。
「君の方こそ、随分受け入れ慣れているみたいだけど、相手はルルーシュ?」
 ロロは答えずに眼を逸らす。
「そんな訳ないか」
 言うとスザクはロロの腰を持ち上げ、自身の欲望をロロの体内に差し込んだ。
「あっ・・・ん、くぅっ」
 内部に圧倒的な質量を感じて、ロロは思わず上がりそうになった声を抑えた。
「声出すの我慢しなくてもいいのに」
 スザクは眼を細めるとロロの顔に手を伸ばし、頬を撫でた。
「でも、そんなとこも可愛い」
 ゆっくりと腰を動かしながら、スザクはロロの唇に口付け、貪るように舌を絡めた。



「随分落ち込んでるね」
 立ち上がってシャツを着ながら、ロロに声をかけると彼はムッとして横を向いた。ロロは拘束を解かれ、下半身は裸のままベッドの上で体育座りをし、膝に顔を埋めて凹んでいる。スザクはロロが携帯していた仕込みナイフを手に取り刃を開くと、ロロに歩み寄り、彼の頬に刃を当てて言った。
「こんなものを持ち歩くなんて、物騒だな」
 ロロの手がナイフを持つスザクの手を掴む。赤紫の大きな眼が冷たくスザクを睨んだ。
「僕に殺されたいんですか?」
「別に殺してくれてもいいけど」
 いぶかしげに、ロロの眉間にシワが寄る。
「僕を殺したら自分の立場がどういうことになるか、良く考えてから行動するんだね」
 スザクはナイフを持つ手を高く上げ、ロロの手を振り払った。
「君は機情の人間を何人も殺しているけど、その責任は誰が取ったと思っているんだい?」
「・・・今日のこれって、お説教?」
「そう取ってくれても構わないよ」
 スザクはナイフの刃をしまって、ロロに手渡した。
「別に僕だって理由もなく殺している訳ではありませんよ」
 ナイフを握り締めてロロは息を吐いた。
「理由って、何?」
「ギアスに関する情報を知りえた者は全て排除する。それが僕の、いえ僕らの行動理念ですから」
「ロケットに触っただけで殺されたっていう人も居たようだけど」
「あれは・・・」
 ロロが口ごもる。
「彼は触っただけでなく、僕のロケットの中を見たんです。それが理由ですよ」
「ふぅん」
 スザクはロロの正面に当たるベッドの上に腰かけた。
「君は人を殺すことに罪の意識がないんだね」
「罪とか罰とかそんなものは」
 ロロがつまらなそうに言う。
「結局のところ、主義とか主張とか、国とか宗教とかで変わってしまう曖昧なものですよ。人殺しが罪だというのなら、それは国家が主導だって同じことでしょう?罪の無い顔をした一般のブリタニア人たちだって、その体制を支持している時点で人殺しに関与しているのと同じこと。直接手を下している僕らの方がましだとも言えますよ。大体、ナンバーズの命とブリタニア皇族の命の重さに差があるなんて、理不尽じゃないですか」
「手厳しいな」
「事実ですから」
 スザクは自分の手元に視線を落として告白した。
「僕はさ。10歳で父を殺しているんだ。それをずっと許されない罪だと思って、その罪を贖うために自分の死を願って生きてきたんだ」
 ロロに視線を移して、スザクが問う。
「それを聞いて君はどう思う?」
 ロロは思い切り侮蔑の表情で吐き捨てた。
「馬っ鹿じゃないの」
 予想通りの答えに、スザクは笑いがこらえきれなかった。
「はははっ。君ならそう言ってくれると思ってた」
 馬鹿にされて嬉しそうにしているスザクにロロは怪訝な顔をした。
「僕がこの話をするとさ、大体みんな痛ましい顔をするんだよ。僕のことを大事に思ってくれる人は特に。どうしてそんなことになったのか、なんて可哀想にってね」
 スザクはロロに手を伸ばすと、優しく頭を撫でた。
「同情の視線も心地良いけど、でも、本当は誰かに笑い飛ばして欲しかったんだ。そんなの大したことないじゃないかってね」
 笑みに眼を細めてスザクは言った。
「だから、嬉しいんだ。ありがとう」
 呆れてロロは息を吐いた。
「今でもまだ死にたいんですか?なら、殺して差し上げますよ」
「いや、今の僕には」
 視線を外し、スザクは遠い眼をした。
「生きなければいけない呪いがかかっているから」
「呪い?」
「そう」
 何のことか分からない、という顔でロロは小首をかしげてから、ふと、思い出した様にロロが口を開いた。
「ああ、そういえば」
「何?」
「本当は覚えてますよ。初めて人を殺した日のこと」
 ロロは膝の上で組んだ腕にあごを乗せてつぶやいた。
「人って何て簡単に死ぬんだろうって思った。人の命はこんなにも軽いものだったんだって」
「そっか」
 スザクは切なげに微笑むとロロに身体を近づけ、彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「ねえ、僕たちは相性が良いと思うよ。そう思わなかった?」
 少し顔を赤らめてロロが眼を逸らす。
 その顔がまた可愛らしく微笑ましい。スザクはロロの顎に手を添えると、優しくキスをした。
「これから、よろしくね。ロロ」
 にっこり笑った上司を見ながら、ロロは深くため息をついた。

(END 2008.7.3)



Back