僕の全ては貴方のものだから


 シャーリーを殺したのはこいつだ。
 こいつが。この偽りの弟が。ナナリーの居るべき場所を横取りしただけでなく、シャーリーの命まで。
 許しがたい。許してなるものか。憎い、憎い、憎くてたまらない。

 無防備に眠るロロの姿を前に、ルルーシュは憎悪に表情を歪ませ、両手を硬く握り締めた。

 こんな奴、殺してしまえばいい。簡単だ。丁度今ぐっすりと眠っている。
 首を絞めるでも、ナイフで刺すでも、銃を使うでも。俺に心酔している奴のこと。こいつの命などあっさり奪える。
 眼を開いたならただ命じればいい。「死ね」と。誰であろうと俺の命令に逆らえる者はいない。

 ルルーシュはベッドに上がり馬乗りになると、ロロの白い首に両手を添えた。

 胸を占める憎悪に任せて、力をこめるだけでいい。それなのに。
 何故かルルーシュはためらった。どうしても、あと一押しができない。

 俺はそんなに意気地の無い男だっただろうか・・・。

 ふと気付くと、ロロが眼を開き、静かに俺を見上げていた。
「殺して」
 ルルーシュが息を呑む。
「殺してよ。僕を殺しに来たんでしょう。僕が憎くてたまらないんでしょう」
 静かな声。
「簡単だよ。その手に力をこめればいい。ほら、こういう風に」
 ロロの手が俺の首に伸びる。ピンポイントで気道を塞がれ、息が詰まるのを感じたが、すぐにロロは俺の首から手を離し、解放した。
「簡単でしょう」
 ロロが静かに微笑む。
「お前、死にたいのか」
 自殺幇助などまっぴらごめんだ。
「違うよ。兄さんに殺されたいだけ」
「どうして」
「言ったでしょう。V.V.に知られたら、僕は裏切り者として終わるって。もう僕に未来は無いから」
 ロロが切なげに眼を細めた。
「どうせなら、兄さんの手で終わりにして欲しい」



 あの日、「約束」の確認をしてから、嬉しそうにロロは言った。
「同じ運命だね。僕たち」
 俺はとっさに返事ができなかった。
 何が嬉しいのだろう。裏切り者の運命が。断頭台への階(きざはし)、そこに導いたのはまぎれもなく俺。裏切らせたのは俺。『未来をやる』?そんなつもりもないくせに、何の保障もない甘い言葉でそそのかして。

 ロロが危うい存在なのは分かっていた。人殺ししか知らずに育てられた哀れな子ども。
 理由をつけてでも切り捨てられなかったのは俺の甘さか。それでも。
 ただひたすらに俺だけを見つめる視線が心地よかった。
 俺のことだけを盲目に慕う心に浸っていたかった。
 その甘さが罪の無い彼女への凶刃となったのなら、その罪はむしろ俺の――



 顔の上に降ってきた水滴に、ロロはとまどった。
「どうしたの?どうして、泣いてるの?」
 ルルーシュはロロの胸の上に泣き崩れた。嗚咽が聞こえる。ロロはそっとその黒髪を抱きしめた。

 僕を憎みたければ憎めばいい。
 僕を殺したければ殺せばいい。

 僕の全ては貴方のものだから。心も身体も。好きなように蹂躙してくれて良い。

 なのにどうして、この人は涙を流しているのだろう。
 なのにどうして、この人は僕を抱きしめているのだろう。

 僕はまだ信じてもいいのかな?兄さんがくれると言ってくれた未来を。
 兄さんの傍らに僕の居場所があると、まだ信じていてもいいのかな。

 ルルーシュの温もりを感じながら、ロロはそっと眼を閉じた。

(END 2008.07.14)




Back