所有者のしるし 2

「雪男、首んとこ何か赤くなってるぞ。虫かなんかに刺されたのか?」

 寝支度をしているとき不意に燐にそう言われ、雪男は首をとっさに手で隠した。頭に血が上り、耳まで赤くなるのを感じる。

「な、何でもないよ。気にしないで」

 雪男の反応を不審に思ったのか、燐が立ち上がって近付いてきた。

「ちょっと見せてみろよ」

 無理矢理に首を見ようとする燐に、抵抗を試みるもののあっけなく隠していた手をどかされてしまう。

「これってキスマーク?だよな」

「い、いや虫か何かじゃないかな・・・うん」

 ずいぶん大きい虫だけど、と雪男は思った。

「つか、志摩だろ?授業中すげー睨んでたもんな、雪男」

「え、あ、そうだったかな」

 取り繕っていたつもりだが燐にはバレていたらしい。

「けど、これはその何かあったわけじゃなくて、あの・・・胸元が開いてるとはしたないとかなんとか志摩君が」

「あー、あの格好エロかったもんな」

「エ、エロかったって・・・」

 燐はムッとして眼を細めている。怒っているだろうかと、雪男は様子をうかがった。

「何か、ずるいぞ」

「は?」

「志摩ばっかずりーよ。俺にもつけさせろ!」

「うわ」

 雪男は勢い良くベッドの上に押し倒された。馬鹿力の燐に腕力で敵うわけもなく、あっさり組み敷かれて首筋に唇を寄せられる。

(く、くすぐったい)

 キスマークの付け方が良く分からないらしい燐のキスは軽いもので、雪男は思わず肩をすくめた。

 やがてうまく跡がつかないのことにじれた燐は、雪男の首筋に噛み付いた。

「痛い!」

 尖った犬歯が肌に食い込んで、雪男は悲鳴をあげた。

「何で、噛むの!」

「だって、全然跡がつかねーんだもん」

 少し身体を起こし、困ったような顔で見つめてくる燐を見上げ、雪男はため息をつくと燐の二の腕の柔らかそうなところを選んで強く唇で吸った。

「ほら、こうすれば跡がつくでしょ」

「でも、すぐ消えちゃったぞ」

「それは兄さんだからだよ」

「そっか。・・・けど、やり方教えてくれるってことは、つけてもいいってことだよな」

 嬉しそうな燐にうんざりした顔で雪男が返した。

「噛まれるよりはましだからね」

 燐はふたたび雪男の首元に顔を埋め、何を思ったのか今度は血がにじんでいた噛み傷を吸い始めた。

「痛っ・・・ちょっと兄さん、傷口はやめてよ。開いちゃうでしょ」

 聞こえているのか、いないのか、燐はやめようとしない。

「兄さん、聞いてるの?」

 様子が変わったようにも思える兄に不安を覚えつつ、雪男はなるようになれと眼を閉じた。






 翌日。前方に廊下を歩く雪男を見つけた志摩は、機嫌良く走り寄ると後ろから抱きついた。雪男が驚いてびくっとする。

「せんせー、こんにちわあ」

「わっ、な、何?」

 早速昨日のキスマークをチェックしようと、今日はきっちりネクタイまで締めてある胸元を開けて覗き込む。

「ん?あれ?」

 雪男は胸元を押さえて距離を取り、がばっと志摩の方へ向き直った。

「何や?増えとる???・・・ちょっと、良く見せてみい」

「嫌です」

「見せろ、言うとんのじゃ!」

 怒った志摩に抵抗むなしく胸元をさらされ、雪男は赤面して眼をそらした。

「何で、増えとるの」

「あ、いや、だから」

 戸惑う雪男に物騒な顔で志摩がたたみかける。

「ははーん。さては燐くんやね。つけ方が下手くそや」

 志摩は半眼のまま口元だけでニヤと笑った。

「ええわ。また新しくつけ直したる」

「ちょっと、もう駄目だよ!駄目だって!」

 マーキング合戦がさらにエスカレートしそうな予感に逃げ出そうとする雪男を背後から捕まえ、志摩は雪男の首筋を吸い上げた。

「あっ、ちょっ、やめっ」





 その後、雪男が首元を大きく開けた服を着ているのを見た者はいなかったそうである。



END (2011.06.23)



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