会長より
ブレハッチとの出会い
会長:片桐 章利
私がブレハッチと最初に出会ったのは、2003年の浜松コンクールでした。
この年は2000年ショパンコンクールの入賞者でもある、
ロシアのアレクサンドル・コブリン(3位)がエントリーしていたこともあり、
また彼の演奏を実際にワルシャワで聴いてきた私にとっては、一番の楽しみはコ
ブリンの登場にありました。
1次予選の1日目は私用のために聴くことができず、私が聴いたのは2日目から
となりました。
期間中に2000年のショパンコンクールでお世話になった、
「ポーランド市民交流の会」の景山さんと会場でお会いすることができ、
その時の会話の中で、「ポーランド人の出場者で、とてもいい演奏をする子がい
る。」
という話を聞きました。それが1日目に弾いたブレハッチのことだったのです。
ポーランドといえばショパンの祖国であり、過去に偉大なピアニストを多く排出
している国でもあるのですが、
ご存知のようにここ数何十年間は、ツィメルマン以来有望なピアニストが出現し
ていませんでした。
それだけにその話を聞いた時、実は私は半信半疑でいたのです。
1次予選でのコブリンの演奏はそれこそ圧倒的で、
上位入賞、いや優勝は間違いないとさえ思わせる印象を受けました。
当然ながら1次予選通過者の発表にてコブリンの名前は読み上げられたのですが
、
ブレハッチ名前もまたその中に確認することが出来ました。
迎えた2次予選の初日、とうとうブレハッチの演奏と直面する時が訪れました。
華奢な体の彼が登場してピアノを弾き出した時にまず感じたのは、
コンクールの演奏にありがちな、過剰な「野心」や「背伸び」といったものが、
全く感じられなかったことです。
奇抜さは皆無で、表現はあくまで自然で上品。
演奏から溢れ出る詩情に、彼の本質は「エキサイティング」ではなく、
「ロマンティック」な演奏にあると確信しました。
同時に私にとって彼は、「エキサイティング」なコブリンの演奏とは対極の期待
を抱かせるコンテスタントとなったのです。
2次予選の期間中に景山さんのご好意で、彼と彼のお父様とランチを御一緒させ
ていただくこととなり、
ここで素顔のブレハッチに触れることが出来ました。
非常にシャイで控え目な彼は、食事中も物静かで、慣れない箸と奮闘していまし
た。
(途中からフォークにチェンジしました。)
その時に交わした会話の中に、コンクールの直前までなんとアップライトピアノ
で練習していたことや、
地元の教会でオルガン演奏の役目を任されていること、
2005年のショパンコンクールにも出場を予定していることなど、
とてもプライベートな話を聞けました。
そして2次通過者の発表。
全く圧倒的だったコブリンの名前はともかく、ブレハッチの名前も当然読み上げ
られることとなりました。
3次予選のトップバッターはブレハッチです。
相当のプレッシャーも感じているのではないかと心配していたのですが、そんな
心配は無用でした。
バッハ、ペートーベンでは、古典派の演奏でのマナーの良さや、素晴らしい音楽
性を披露し、
あまり聴く機会のないシマノフスキの変奏曲でも、ごく自然にその曲を受け入れ
ることが出来ました。
しかし何より耳を奪われたのはショパンの演奏でした。
この時演奏したのは、ノクターン作品55−2と、バラード3番。
ノクターンが始まるや否や、まさに雷に打たれた様な衝撃を受けました。
これまで聴いてきたショパンの演奏に多々あった「派手」な脚色は一切無し。
「ショパンの演奏とは正にこうあるべき」とでも言いたくなるような、
まさにショパンそのものがくっきりと浮かび上がるよう。
またその音色たるや、まるで暗い部屋の中に「ポッ」と灯るロウソクの灯火のよ
うなほの温かい音。
そんな音色で奏でられるショパンを聴いているうちに、
ここがコンクールという競争の場であるということなどすっかり忘れてしまいま
した。
よくポーランド人らしいショパンというとが言われます。
ブレハッチのショパンも、ポーランド人が弾くショパンであることは間違いない
のですが、
それとはまた一味ちがう、正にブレハッチのショパンであると私は思います。
そしてまたこれまで私が聴いたこれらの曲の、最上の演奏だと感じました。
「こんなショパンを弾いてくれてありがとう。」思わず涙がこみ上げて来ました
。
浜松での結果は1位とはならなかったものの、
圧倒的だったコブリンと2位を分かち合うこととなりました。
期待をしていた2人が最高位を受賞できたことに、私はとても満足でした。
そして2005年とうとうショパンコンクールが幕を開けます。
ただ地元ポーランドでのコンクールということで、
当然ながらブレハッチ本人も大変なプレッシャーを受けていたのではないでしょ
うか。
これまでショパンコンクールに出場したポーランド人は、
皆そのプレッシャーの前に実力を出し切ることなく、
ことごとく押しつぶされることも多かったのです。
私の一番の心配はそこにありました。
しかしそれでもブレハッチは、最後まで浜松で聴かせてくれたような、
ブレハッチならではの見事なショパンを聴かせてくれました。
「前奏曲」から前奏してくれた1次予選で、
私が一番印象的だったのは作品64の3曲のワルツでした。
単にワルツ3曲という演奏ではなく、
まるでコンクールで弾かれる作品24や作品59などのマズルカのように、
「作品64」という一つの組曲的な感覚で演奏したように私は思えました。
2次予選は圧巻でした。
英雄ポロネーズでの上品な演奏、これぞマズルカと絶賛したくなる作品56。
しかし私が何より感激したのはソナタの3番の演奏でした。
特に聴き応えがあったのが第3、第4楽章。
第3楽章では甘美な旋律に加えて、
心に染み入るピアニッシモがぐいぐいと聴く人の耳を惹きつけ、思わず息を呑み
ました。
「このままずっと聴いていたい、願わくば終わらないでほしい。」
とても心地のよい空間に身を浸している、そんな時間が過ぎていきました。
第3楽章が終わってもまだ、その余韻に浸っていたい…。
感激で涙が溢れるそんな気持ちの中、雷鳴のようなフォルテをもってその世界と
の決別を告げ、
第4楽章は始まりました。
「そうだ、これはソナタだったんだ。」
夢のような緩叙楽章とは一変して、終楽章は力強く頼もしい。
こんな魅力にあふれた3番ソナタは今まで聴いたことがありません。
間違いなくブレハッチは1位になると確信しました。
本選では、「入賞」という執念に燃えるコンテスタントといった印象は全くなく
、
ありのままのブレハッチのコンチェルト1番を聴かせてくれました。
地元のプレッシャーの中、最後まで自然体で弾き通したブレハッチの演奏を
見届けることができて、何かホッとしたものを感じました。
コンクールの期間中は彼の周りのガードも固く、
なかなかコンタクトの機会が得られない中、
幸運にも本選の演奏終了後に会うことができました。
本人に記念のサインをしてもらい、一緒に写真を撮ると「君がナンバーワンだ」
と彼に伝えました。
そして結果はご存知の通りです。
30年振りのポーランドからの優勝者ということで、今頃きっと国内では引っ張
りだこのことでしょう。
しかしブレハッチはまだ若く、音楽もレパートリーも成長途上です。
息の長い演奏家になってもらうためにも、演奏会だけで疲弊してしまうことのな
いよう、
じっくりと勉強もしてほしいものです。
今回のファンクラブ設立に当たり、そんなブレハッチの成長を妨げることなく、
暖かく見守りながら彼をサポートできるような、
またブレハッチのみならずショパンをも育んだポーランドとも親交が持てるよう
な、
そんな会にしていけたらと思います。
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