腸相(ちょうそう=大腸の姿)は健康のバロメーター
〜 潰瘍性大腸炎闘病の記録 (上) 〜
プロローグ
私は、潰瘍性大腸炎の発症(下血)に気付かず見過ごしていたため、受診した時はすでに横行結腸まで炎症が広がっていました。
その後、風邪をこじらせたのが原因で激症に進み、病状が山を転がるように悪くなっていきました。
当初は内科的治療を受けていましたが、病状の改善が望めず穿孔に至ったため、大腸全摘出となりました。
私の闘病記録がこの病気で苦しむ人、そのご家族に、この病気の情報、介護の情報として少しでもお役に立てるようにと願います。
プロフィール
私は57歳、男性。
小さな建設会社の社長をし、建設業界団体の役員をはじめ、商工会議所等々の役員をしている。
地方の建設業の景気はすこぶる悪く、建設の仕事量が少なくなり、社員を抱え、頭の痛いことばかりだ。
《家族は妻、子供3人(いずれも男)、母。長男、次男は結婚。現在は三男、母、長男夫婦とその長女と住んでいる。兄弟はいない》
毎日の下痢が気になる。
血が混ざっているようだ。
3年くらい前から気にはなっていたが、痔くらいに簡単に考えていた。
最近、大腸がんの手術をしたという友人のその症状と似ていたので、検査を受けることを決意した。
1度目の入院
「潰瘍性大腸炎です。治療が必要なのでこのまま2週間程度入院していただきます。」と医師は言った。
平成18年暮れも押し迫った12月25日のことである。
社長という立場上、仕事は気になるが、年末・年始の休みもあるし、この程度の入院ならば、なんとか社員にも近所にも知られず、気付かれないままの入院となるはずであった。
潰瘍性大腸炎、確たる原因(ストレスが主な原因か)も治療法もなく、国の難病指定を受ける病気だそうだ。
ストレス?そんなものは私だけに限らず誰でも抱えているだろう。
身体のことを考えて3年前にはたばこも止めたし・・・何が悪いというのだろう?
そういえば・・・最近は、酒を飲んだ翌朝は必ず下痢だし、お腹も痛かった。
(昨夜は飲み過ぎだ。年を重ねるに従い酒も弱くなったな。)そのような感覚でしかなかった。
また、時折、便に血が混じるものの以前からある痔だと簡単に考え、注意深く便の観察などしたこともなかったし、大腸検査を受けるなど思いもしなかった。
しかし今回は・・・少し不安だ。
この下血はおかしい。
大腸癌かもしれない?と覚悟していた。
そう思ったので「潰瘍性大腸炎」という病名に少し安堵した。
この時は、大腸の炎症ならば少し養生すれば治ると簡単に考え、今まで大きな病気もしない健康なこの身体を過信していた。
そして、この病気に対してはあまりに無知であった・・・・・・・・・・・・・。
【妻】私は53歳、結婚して今年で32年になります。
主人の経営する会社では、総務、経理を担当し、兼業でヘルパー研修事業を行い、私もヘルパーの資格を取得しました。
義母の介護の際はきっと役に立つだろうと・・・そんな安易な気持ちから・・・
長男の結婚、入社、孫の誕生・・・と、これで我が家も安泰だと安心していた矢先の出来事でした。
っもう! ずっと前から注意をしていたのに・・・・お酒は飲みすぎるし夜更かしは多い。
健康診断でも注意事項が多過ぎるじゃない。
調子悪いならば病院に行って!・・・身体を大事にして!・・・って言ったのに・・・・
何も聞き入れてくれないから・・・こんなふうに!・・・
何でも気力で治せるような年ではないのに・・・・・ほんとうに困った人だ。
呆れるったらないんだから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
社員には一応、検査入院という事にして、私は毎日、主人のチェックの必要な書類等を持って病院へと向かいました。
幸いにも義母は元気な人で、家は嫁が守ってくれ、私はずっと主人に付き添っていることができました。
主人には、なるべく会社の様子がわかるように伝えました。
会社の様子が分からないとかえって不安が広がると思いましたので・・・・・
主人は若い時(27歳)に社長になり、必死で頑張ってきたのだから少しゆっくりしてもらいたい。
この機会だから悪い所は全て治してもらいたい。
そして、医師に身体を大事にするようお灸を据えて欲しいと思いました。
この総合病院にいれば安心だし、年末年始というタイミングもちょうどいい、病気知らずの主人の事だから2週間もゆっくり休めばすぐに良くなると高をくくっていました。
でも、インターネット等で調べてみると原因も治療法もわからない病気であると・・・
不安になりましたが、主人の病状が悪化する事もなく、薬だけの治療でしたのでこの人はきっと病状が軽い方なのだと、安心していました。
私もこの時は、この後の長く、辛い入院生活が待っていようとは想像もしませんでした。
私も主人同様、難病といわれる潰瘍性大腸炎についてあまりに無知でした・・・
まさか、この入院がきっかけとなり、あれほど状態が悪くなってしまうなんて・・・・・・・・・・
※特定疾病医療受給者証の申請をする
この入院をきっかけに辛く、長い闘病生活が始まるとはこの時は想像すらしていませんでした。
1度目の入院では、下血を止めるための点滴治療、潰瘍性大腸炎の炎症を抑えるペンタサの投薬治療が行われた。
※ペンタサ(5‐ASA製剤)・・・
サラゾピリンから有効成分の「5‐ASA」を取り出した潰瘍性大腸炎の新しい薬。
腸の炎症を押さえ、組織の障害を改善する。
炎症を起こしている細胞から出る有害な活性酸素を消去し、炎症の広がりと組織の障害を押さえる。
副作用が少なく安全だといわれています。
赤いフィルムにおおわれた特徴ある薬です。
食事はおかゆが主の病院食である。
トイレに行くたびに多少の出血はあるが、病院にいることだし治療も受けているから安心だ。
とりあえず、今はおとなしく治療を受け、こんなところで寝ていないでさっさと退院だ。
大晦日には外泊許可も出て家族で正月を迎えることができた。
順調に治療が進み、年明けの1月9日、多少の下血はあるもののそれほど気にもならず、以後の生活指導、栄養指導を受け、午後いちばんで退院の運びとなった。
その足で、午後より静岡市内で行われる業界の新年式に参加し、帰宅。
寒い日であるが、思ったより体調も良いようだ。
休んでいた間の仕事が気にもなり、また、社員には入院を知らせていないので、翌日より今まで通り、何事もなかったような顔で仕事に完全復帰。
しかし、なんとなく風邪をひいたようだ。
病院との温度差か?寒気がする。
退院より2日目、現場への安全パトロールへ参加、風が強く、寒い日。
ますます風邪がひどくなったようだ・・・熱もある。
なにくそ!こんな風邪くらいで・・・気の持ちようだ。
仕事が・・・これより3日、下血、腹痛、発熱の中、懸命に仕事をこなした。
【妻】退院の日、主人からスーツを持って来るよう言われました。
このまま家に帰り2〜3日はゆっくり過ごしてくれるものと思っていました。
寒い日でした。
病院との温度差はかなりあったと思います。
引き止めましたが・・・・・出かけて行きました。
そんなに無理をして、身体はほんとうに大丈夫かと不安になりました。
不安は的中し、日々状態が悪化していきました。
「病院に行こうよ!!」と何度も言いましたが、「そんな事していられない。大丈夫だ、心配はない!」と主人はやせ我慢していました。
肩で息をし、熱で身体は震え、そんな我慢して・・・頑固なまでに・・・社長業とはこんなに自己犠牲しないといけないの!!!
自己犠牲してまで、何が主人を仕事に駆りたてているの!!! 私にはわかりません。
社長としての、男としての責任?
不景気だから? 仕方ないの?
痛みに堪えて仕事をする主人を見ているのが辛く、たまらなかった。
そして、・・・・・何度言っても、病院に行くことを聞き入れない主人を腹立たしく思いました。
なぜもっと自分の身体を大事にしてくれないの!!!!!!
勝手にすれば・・・・・・もう、どうなってもしらないから・・・・・・・・・・・・・・
2度目の入院
1月16日、
退院よりちょうど1週間目、もう我慢できない。
発熱、腹痛、下血、がピークとなり病院、へ・・・・・・・・・・・・・
医師から「緊急入院していただきます。
「今度は2ヶ月程度の入院治療が必要だと思われます。」と伝えられ、すぐに点滴につながれた。
これが、2度目の入院である。
【妻】・・・・・やっと病院に着いた。
治療してもらえる。
ただそれだけで安心しました。
点滴につながれた時は、これできっと元気になれるとホッとしました。
1月17日、
朝より高カロリー輸液の点滴となり、口から食事を摂ることはいっさい中止となった。
下血があるし、何より腹が痛い。
食事がなくても1週間や2週間は何とか我慢できるだろう。
それにしても・・・熱はひかないし(39℃)、腹痛、下血は治まらず、ますますひどくなったようだ。
1日の便の回数は15回。赤茶の液しかでない。
腹が・・・腹が痛い。・・・
おまけにアゴまで痛い。
腰、それぞれの関節が痛い。・・・
解熱剤を注射するものの一時的に下がり、また上がる。寒い。・・・
電気毛布にくるまっていても寒い。
ベッドにいてもトイレにいても出るのは血だ。痛い。痛い。・・・寒い。地獄だ。・・・
こんな・・・この痛みは・・・ 地獄だ。・・・
この身体はいったいどうなってしまったのだろう?
今考えれば、ほんとうに何と無知だったことか!
こんなにひどくなるまで身体を酷使していたのか!
医師は毎日回診し様子を診るが、食事を止めても一向に回復しない。
高熱は引かず、下血の回数も多い。
【妻】どうしてこんなになるまで我慢したんだろう?
どうして我慢させてしまったんだろう?
なぜ、もっと強引に病院に連れてこなかったんだろう?
そして、周りから「入院とは、いったいどうしたんだ?どういう状態なんだ?」と心配され、
なぜ、もっと早く病院に!!!と、毎日が後悔ばかりでした。
医師から「GCAP(白血球除去療法)という治療法があります。それをやってみましょう」といわれた。
GCAPの説明を受け、入院から7日目治療を受ける。
※白血球除去療法・・・
「潰瘍性大腸炎」は、原因不明の疾患だが、炎症の本体は白血球であるといわれている。
であるならば、炎症を起こしている=悪い白血球を血液中から除去すれば、病状が改善するのでは?という発想からこの治療法は生み出された。
炎症を起こしている白血球だけを選択するために血液を血管から取り出して、カラムというフィルターに通し、血管の中に血液を戻す。
血液透析に近い治療法です。
「始めは週に2回。その後1週間に1回実施し、計5回(5クール)行う予定です。
これで改善される方も多くいますのでやってみましょう。」
第1回目、
白血球除去療法は1月23日に行われた。
歩くことは到底できず、車椅子で透析室にむかった。
高熱のため、寒く、震えが止まらない。
透析室で約2時間程度の治療。
第1回を行うも病状が改善した様子はない。
翌日、相変わらず、高熱、腹痛、下血は続く・・・。1日の便の回数は20回を超えた。.
痛い・・・。 苦しい・・・。 鼻血までも出てきた・・・。 地獄だ!
とうとう、ベッドの脇にポータブルトイレが置かれた。
トイレまでもたない。パジャマを汚してしまう。
感覚が鈍く、便が出ているのか、出ていないのかさえも判らなくなった。
とうとうドツボにはまったようだ。
本当に情けないことだ・・・・・・。 情けない。
排便回数は20回は超えた。
もう数えきれない・・・。
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