祭典に関する主な事項

当番町名/
国内外、地域の
主な出来事等
大正 4年 /1915    当番/東 町

   
集会申合規約  記録

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)

西組:八幡宮
午後11時発/東町四ッ辻に於いて1番から5番迄を西組/四ツ路より西町・田町・坂ノ上を通過して、西新町に至り保停車それより坂ノ上保停車、田町保停車、石原小路経由に入り、石原保停車。 解散


東組:八幡宮午後11時発/東町四ッ辻に於いて6番から10番迄を東組/四ツ路より七軒町停車、新道停車、西町停車、奥久保停車。 解散

(停車時間、最後着十分間) 


   *  八幡宮出発し、東新町停車、東町停車。

新道より通ることを得るならば次郎さん小路経由西町へ、不可能の場合は停車場通りへ戻りて西町へ

八幡様から東町四ッ辻までは10台で・・・。
二日目(十五日)


正午より午後二時迄に一番より順次集まること
御神輿発後、出発すること(午後5時頃〜)

全部を一組:八幡宮東新町・東町・七軒町・新道・石原(小路経由)坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上停車)奥久保(ドン河側路経由)八幡宮・解散。  
(停車時間、最後着五分間)

この年より「当番記録」「八幡宮祭典余興申合規約」が残され現在に至る。 いわゆる「旧十ヶ町組織」の始まり。
祭典日、9月14,15日。
新道(現・栄町)はこの年より組織参加した。
大正天皇御大典の祝賀で山車を出す。  
(11月15〜17日)
「東組」山車建造。(推定、未確認)


大正天皇御大典
対華21ヶ条要求提出
市川公園八幡宮南へ移転


大正 5年 /1916    当番/七軒町

   
集会申合規約  記録

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)

東組:八幡宮午後11時半発・東町四ッ辻に於いて6番から10番迄を東組/東新町停車、東町停車、七軒町停車、新道停車、西町停車、奥久保停車。 解散

*東組は6町・・・?
西組八幡宮午後11時半発・東町四ッ辻に於いて1番から5番迄を西組/東町四ッ辻より、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、それより坂ノ上停車、田町停車、石原小路へ入り、石原停車。 解散

(停車時間、最後着十分間)


*西組は4町・・・?

二日目(十五日)


正午より午後二時迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。(午後5時頃〜)

全部を一組:東新町・東町・七軒町・榮町・停車場を通り・石原(小路経由)坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。

(停車時間、最後着五分間)


・上記の他、数年停車せし箇所には停車すること。


「新道」を「栄町」に
改名


大正 6年 /1917    当番/東新町

   
集会申合規約  記録

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)

西組八幡宮午後10時発/奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し、西新町に停車し、坂ノ上停車、田町小路に停車、石原停車。 解散

東組八幡宮午後12時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車。 解散  

(停車時間、最後着十分間)


二日目(十五日)


正午より午後二時迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。 (午後5時頃〜)

全部を一組東新町・東町・七軒町・停車場を通り・ 榮町・石原(小路経由)坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。

(停車時間、最後着五分間)


「騰龍社」現山車建造

ロシア革命




大正 7年 /1918    当番/西新町

   
集会申合規約  記録

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)

西組八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町に停車し、坂ノ上停車、田町停車、田町小路通過、石原停車。 解散

東組八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車。 解散

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


正午より午後二時迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。 (午後5時頃〜)

全部を一組東新町・東町・七軒町・停車場を通り・榮町・石原(小路経由)坂ノ上・西新町・田町 ・西町(一時間以上)八幡宮・解散。  

(停車時間、最後着五分間)


この年、奥久保の山車引廻しを見合わす
この年、玉匣社山車故障か?
新山車建造(旧二輪山車)が間に合わないか?

全国に米騒動起こる。

*二日目の山車曳廻しコースは、前年度と同じ神輿コース。



大正 8年 /1919   当番/坂之上

   
集会申合規約  記録

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)

西組:八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、坂ノ上停車、田町小路停車、石原停車。 解散

東組:八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車解散す。

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


正午より午後二時迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。(午後5時頃〜) 

全部を一組:東新町・東町・七軒町・停車を通り・ 榮町・石原(小路経由)坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。 

(停車時間、最後着五分間)


この頃「鳴鶴軒」現山車建造か・・?

パリ講和会議
ベルサイユ条約
調印
中活映画館、三仞坊西側に会館
大正 9年 /1920   当番/石 原
初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄に全部八幡宮に集まること
宮抽選により、一番より五番迄を西組となし、六番より十番迄を東組となす。

西組:八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、坂ノ上停車、田町小路停車、石原停車。 解散

               
東組:八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車解散す。

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


正午より午後二時迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。 (午後5時頃〜)

全部を一組:東新町・東町・七軒町・停車場を通り・榮町・石原・小路を通り・坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。

(停車時間、最後着五分間)


祭典日変更の提案。

明治天皇御鎮座祭で山車を出す。(11月2/3日)

第一回国勢調査
実施
磐田郡誌が完成
日本初のメーデー
大正 10年 /1921   当番/田 町
初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄に全部八幡宮に集まること
宮抽選により、一番より五番迄を西組となし、六番より十番迄を東組となす。

西組:八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、坂ノ上停車、田町小路停車、石原停車。 解散
 
             
東組:八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車解散す。

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


各町、正午迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。 (午後5時頃〜)

全部を一組:東新町・東町・七軒町・停車場を通り・ 榮町・石原・小路を通り・坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。  
(停車時間、最後着五分間)


「玉匣社」旧山車漆塗り改造(総経費500円)

「鑾留閣」現山車建造

ワシントン会議
開催
四カ国条約調印  
(日英同盟破棄)
磐田郡自治改良会
を開催
原 敬 首相、東京駅頭で刺殺
大正 11年 /1922  当番/榮 町
初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄に全部八幡宮に集まること
宮抽選により、一番より五番迄を西組となし、六番より十番迄を東組となす。

西組:八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、坂ノ上停車、田町小路停車、石原停車。 解散 

        
東組:八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車解散す。

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


各町、正午迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。(午後5時頃〜) 

全部を一組:東新町・東町・七軒町・駅前を通り・榮町・石原・小路を通り・坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。  
(停車時間、最後着五分間)

祭典日10月 1日、2日に変更

「当番」から「年番」に変わる。「停車場」から「駅前」に変わる。

二之宮より、参加申し込みあるが否決。

西新町停車の祭、紛糾起こる。徹夜で解決。


見付中学開校
見付高等女学校
開校
京見塚古墳の発掘
調査
大正 12年 /1923  当番/奥久保
初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄に全部八幡宮に集まること
宮抽選により、一番より五番迄を西組となし、六番より十番迄を東組となす。

西組:八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、坂ノ上停車、田町小路停車、石原停車。 解散 
   
                          
東組:八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車解散す。

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


各町、正午迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。(午後5時頃〜) 

全部を一組:東新町・東町・七軒町・駅前を通り・榮町・石原・小路を通り・坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。  
(停車時間、最後着五分間)          
・亀屋付近にも少分間停車のこと。

大震災のため余興引き回し中止を決定するが、各町若者が祭準備を始めてので、再度協議する必要を生じた。町当局と交渉を幾度も繰り返すが、結局、断念することとなる。祭当日、西町青年が底抜け屋台 を引き回し、問題となる。 町長の責任が追及された。まずいことに町長は西町だった。

各町に府八幡宮より掛軸が下付された。

年番は各町を代表し浜垢離を行い浜砂を持ち帰り、 抽籤の時に各町に配布する事。


関東大震災
大正 13年 /1924  当番/西 町
初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄に全部八幡宮に集まること
宮抽選により、一番より五番迄を西組となし、六番より十番迄を東組となす。

西組:八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、坂ノ上停車、田町小路停車、石原停車。 解散 

     

東組:八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車解散す。

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


各町、正午迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。 (午後5時頃〜)

全部を一組:東新町・東町・七軒町・駅前を通り・榮町・石原・小路を通り・坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。  
(停車時間、最後着五分間)          
・亀屋付近にも少分間停車のこと。


「東組」現山車改造

それまで「東組」「西組」と宮抽籤で決められていた組み分けを、地域の東西によって「東組」「西組」と決められた。

坂之上対七軒町の紛糾あり、解決を見ず。


中遠自動車業組合
設立
定期乗合自動車の
運行始まる。
天竜社織物組合
設立
大正 14年 /1925 当番/七軒町
初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄ニ全部八幡宮ニ集マルコト
宮抽選ニヨリ、一番ヨリ五番迄ヲ西組トナシ、六番ヨリ十番迄ヲ東組トナス。

決議方法;多数決トス。

当番ハ、奥久保、西町、七軒町、東新町、坂ノ上、石原、田町、新道ノ順序を以テス。

当番ノ任期ハ一月一日ヨリ拾二月末日ニ至ル満一個年ツス。

當番ノ任務

一.各町集會ニ通知ヲスルコト

二.祭典餘興ニ関スル許可ノ申請ヲナスコト

三.経路ノ注意

四.記録 及 会計

五.宮前ノ溝ヲ埋ムルコト
  (大鳥居の前に側溝があり、山車を境内に集合させるために
    祭典前には、必ず側溝を埋めていた。)


六.其他

初日(九月十四日)


午後五時一番出発午後八時迄に全部八幡宮に集まること
宮抽選により、一番より五番迄を西組となし、六番より十番迄を東組となす。

西組:八幡宮午後10時発・奥久保停車、西町、田町、坂ノ上を通過し西新町停車、坂ノ上停車、田町小路停車、石原停車。 解散 

                        
東組:八幡宮午後11時発/東新町停車、東町停車、七軒町停車、榮町停車、西町停車解散す。

但し、年番なき組は先頭を代理とす、停車時間は最後着5分間とす。

二日目(十五日)


各町、正午迄に一番より順次集まること。
御神輿発後、出発すること。(午後5時頃〜) 

全部を一組:東新町・東町・七軒町・駅前を通り・榮町・石原・小路を通り・坂ノ上・西新町・田町・西町(一時間以上)奥久保・八幡宮・解散。  

(停車時間、最後着五分間)          

・亀屋付近にも少分間停車。


前年の問題、尾を引くが、無事解決。
(一時は坂之上の若者が解散。)

5月10日・天皇皇后・銀婚式で仮装行列、二之宮 も参加。

坂之上は世話係組織が無く、参加せず。
新「八幡宮祭典余興申合規約」成立。


治安維持法
普通選挙法成立
光明電気鉄道株式
会社設立  
(本社・見付町)


以上、大正時代の記録を見る限りに於いては、初日・二日目両日とも八幡様に集まり、出発している。初日は「宮抽選」によって西組・東組に別れ(地域に関係なく抽選結果により、5台・5台に別れた。)、決まったコース(お神輿コースに準じた)を曳き、二日目は、10台揃ってお神輿のお供をして廻った。現在常識化している「地割」「着・発時間」の概念はなく、停車時間も最後の山車が到着してから何分間着と記されている。『西町(1時間以上停車)』と書かれているのは、西町・浅間神社は『御旅所』である為に本来はお泊まりされていたことから由来するものと考えられる。(本来の祭典での神輿渡御は、見付天神社のお祭りにも見られように、祭典日の夜中に本宮を出発され、氏子町内を廻り、御旅所に到着された後、お泊まりされて「還御の儀」を済ませてから、お宮にご帰還されていたと考えられます。)




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八幡宮