消費者破産とマスコミの責任

【消費者破産の現状】

 平成11年の全国の破産申立件数は、ついに12万件を超え、12万2741件にも達しました。この件数の中には、法人や事業者の破産も含まれますが、その大半は消費者破産と言われる個人の自己破産です。
 消費者破産の原因の圧倒的多数は、生活費の不足を貸金業者(いわゆるサラ金)やクレジットカードによるキャッシングにより借り入れ賄うことから始まります。最近の消費者破産の急増は、若年層の安易な借り入れによるものが原因で、その使途は遊興費や、ギャンブル等に費消されているかのように考えられていますが、これは明らかに誤った見方です。
 確かに破産者の中には、遊興費や、ギャンブル等のために借り入れを繰り返し、破産に至るケースもありますが、それは極々少数であって、日常この種の事件を多数手掛けている筆者の経験によれば、圧倒的多数は、生活費の不足から多重債務に陥り、やがては自己破産に至るケースであり、年齢も若年層に限らず、各年齢層に及んでいます。
 筆者が相談を受けている経験から、消費者破産に至るケースを振り返ってみると、多重債務に至るきっかけとなる最初の借入れ原因は、妻の妊娠、家族の病気・怪我・交通事故、失業・転職、保証債務の支払い等による家計収入の減少や予定外の出費と様々です。しかしここで共通していることは、生活費の余裕の無さと金融知識の乏しさです。
 したがって、このトラブル(妊娠はトラブルではないが)発生による突然の出費に対して、貸金業者を利用してしまうのです。定期預金の一年ものの利率が年0.2%の時代に年30%近い金利で借り入れをしてしまうのです。この時、貸金業者は極めて簡単な審査で貸し付け実行し、借り手としても面倒な手続きは殆どありません。何故なら貸金業者は、無差別に融資(過剰融資)をしているからです。
 年30%の金利でも、借入れ額が1社で30万円の場合には、金利月額7500円で、月々1万5000円を返済していけば、長期の返済にはなりますが、やがて完済することができます(28ヶ月乃至29ヶ月にて完済に至る、ちなみに同じ条件で利率のみ年5%にすると21ヶ月で完済に至る)。
 しかしながら、元々生活に余裕があったわけではなく、最初の借入れに至るトラブル発生以前においても、生活していくのに精一杯の収入であったのですから、最初の数ヶ月は、食費を切りつめたり、アルバイトをして返済資金を捻出しますが、それも長続きは難しく、ついには返済に行き詰まることとなります。この時借り手側がとる手段は、借入れ額の増額または他の貸金業者からの借入れによる返済資金の調達です。借入れ額の増額は貸金業者からの勧誘によることも少なくありません。
 この頃借り手は、借り入れ金の総額が、高額ではないため充分に返済できると考えていますが、支払い利息や収入金額から客観的に判断すると、この時点で既に法的対処を必要とするものが多くあります。以降はこの繰り返しにより借り入れ金額を、徐々に徐々に増加させ、やがては雪ダルマ式に借入れ額を増加させ、ついには月々の返済金額が、収入金額を超えるほどに増加し、自己破産に至ります。400万円を貸金業者会社から借入れ、この利率が平均年30%とすれば、月々の利息金額だけでも10万円にもなります

【第一次サラ金パニックから今日まで】

 さて先の12万2741件が如何に異常な数字であるかは、第一次サラ金パニックといわれた昭和50年代との比較で明らかになります。第一次サラ金パニックといえば、貸金業者への多額の負債と、貸金業者の過酷な取り立てのため、自殺者や夜逃げをする者が続発し社会問題となった時期でもあり、記憶をされている読者もいると思われます。この昭和50年代でも、最高は昭和59年の2万6384件です。 
 この時期にはマスコミ各社も一斉にこうした貸金業者の営業姿勢を批判し、「サラ金」という呼称は、この頃社会一般に認識されるに至りました。つまりサラリーマンが借り入れをすることができる金融会社、これを短縮して「サラ金」となったわけですが、貸金業者は、この「サラ金」という呼称を使うことをきわめて嫌います。なぜなら貸金業者自身が作り上げてしまった昭和50年代後半の、貸金業者のダーティーなマイナスイメージを払拭したいためですが、それは同時に彼ら自身の生い立ちの自己否定でもあります。
 貸金業者の営業姿勢は、その後今日まで本質的な部分では、何も変わることなく続いています。「サラ金」という言葉にマイナスのイメージがあるとすれば、それは彼ら自身の営業姿勢により是正されなくてはならないものであろうと考えます。
 その後破産申立件数は、昭和58年のいわゆるサラ金二法といわれる「貸金業の規制等に関する法律」「出資の受け入れ、預り金及び金利等の取締に関する法律」の施行により一時沈静化された感もありましが、平成3年に再び2万件を超え、平成4年には4万件を超えるという異常な数字を記録し、その後数年は4万件台を推移してきましたが、平成8年 5万6802件、平成9年 7万1299件と記録を更新しつづけました。平成10年にはついに10万件を突破し10万3803件、そして、平成11年の前記件数に至ったものです。

【毎年1000人に一人の割合で破産】

 日本の総人口は、総務庁統計局発表(平成10年3月1日現在)によると1億2622万人であり、このうち20歳未満の2716万人を除外すると、成人は9906万人となりますので、平成10年以降は成人1000人に1人以上の割合で毎年破産申し立てをしていることになります。皆さんの市町村の人口から、破産申立件数を計算してみてください、その数の異常さを実感するものと思います。
 この破産申立件数の増大は、長引く不況の影響も否定できませんが、貸金業者のイメージ戦略によるところが大きいと考えられます。すなわち無人契約機による借りやすさ、有名女優やタレントを起用したコマーシャル攻勢により、貸金業者のもつ「高金利」「過剰融資」「過酷な取り立て」というマイナスイメージを隠蔽し、貸し出し口数を増加させてきたことによるものと考えられます。
 これだけ多数の破産者が日々次々に発生しているわけですが、貸金業者にとっては、破産はすなわち貸し倒れを意味することになり、彼らの経営状態にも深刻な影響を及ぼすのではとの疑問もありますが、平成11年3月期の貸金業者大手三社の決算概要によれば、経常利益は武富士1800億円、アコムの1274億円、プロミスの882億円と何れも史上空前の利益を計上しています。また前記三社の貸倒償却率をみても、無担保融資分は何れも2パーセント台前半と銀行等よりも低い率を維持しています。貸倒率が高いが故に認められてきた高金利も、この貸倒率から判断すれば、暴利であると言っても言い過ぎではありません。

【消費者教育もコマーシャル攻勢の前では無力である】

 消費者破産の抑制の議論の中で、よく聞かれるものが消費者教育の充実という意見ですが、消費者破産の抑制に消費者教育は一定の効果はあると思われますが、質と量によって限界があり多くは期待できません。つまり消費者教育には、質的・量的に限界があるため、今日のように、貸金業者の大量のコマーシャル攻勢の前では無力にならざるを得ません。特にテレビコマーシャルの問題は、これを一層深刻なものとしています。テレビコマーシャルにより、耳に入りやすいフレ―ズの連呼により、無意識のうちに視聴者の脳の奥深くに入り込んでいきます。
 皆さんの中にも、何気なく口づさんでいたフレーズが貸金業者のものであったことはないでしょうか。
さらに極めて深刻な問題は今日生まれたばかりの赤ちゃんは、今後貸金業者のテレビコマーシャルを見聞きしながら成長していきますので、貸金業者から借入れをすることに何の抵抗も示さなくなることです。高利の資金を借入れるという緊張感は起きなくなるものと思われます。
 最近ではゴールデンタイムにも貸金業者は、番組提供スポンサーとして登場し、貸金業者のテレビコマーシャルを見聞きしない日は無いまでに至っています。数年前までは貸金業者のテレビコマーシャルは存在しませんでしたし、テレビに登場した当初は、深夜等に限定されていました。また大手新聞4社も平成6年までは、貸金業者の広告を掲載していませんでした。
 テレビ・新聞にとっての広告収入は欠くことができない収入源であり長引く不況の中、優良企業が広告費を削減する中、彼らマスコミにとっても、貸金業者は無視することができないほど強大な組織となったのです。

【マスコミは社会問題を増幅させている】

 貸金業者は「貸金業の規制等に関する法律」により認められた営業であり、貸金業を営むことのみをもって彼らを批判することは正しくなく、彼らを必要としている人たちもいることは事実です。しかしながら、何らかの理由により貸金業者等からの借り入れを始め、その後も借りれを繰り返さざるを得ない状況に追い込まれ、結果として年間12万人もの人達が破産申立をするという現実の状況を見たとき、彼らによって社会問題が創出されていると言わざるを得ません。
 破産者に対して、彼らの生活態度や金銭感覚の無さを責め、彼らを非難することは簡単です。しかし本当に問題としなくてはならないことは、彼らのような破産者を日々創出する社会のシステムが創り上げられてしまっていることです。彼らに対して簡単な審査のみで過剰な融資を繰り返し、そこから膨大な利益を上げる存在ではないでしょうか。
 そして、こうした社会問題をいち早く知り得る立場にあり、市民のため社会問題を摘発し、広く市民に知らしめる使命を負ったマスコミが、自らの広告収入のため、結果として社会問題を創出している貸金業者の広告を掲載、放送していることは、マスコミが社会問題を増幅していることなります。こうしたマスコミの姿勢に対してに強い怒りを感じると共に、マスコミ各社に対して猛省を求めます。

【静岡県司法書士会会報「HO2」VOL.87(平成10年10月1日発行)に掲載したものを一部修正しました。平成12年11月21日】



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