語りへの思い
演劇でも、朗読でもない、もちろん読み聞かせでもない「語り」。文字が使われるよりはるか昔から、人は物語を音声言語(口伝え)で伝えてきました。「語り」は文字ではなく音声の言葉で伝える口承文芸なのです。
耳からの刺激は直接情に働きかけ、目からの刺激は理に働きかけるといわれるように、声は直接心に響きます。響きは人の心を揺さぶり魂に働きかけます。そして語りかける言葉は、人と人を暖かくつなぎます。人は、はるか昔から空想の翼を広げ、この世の始まりから、生活の中の喜怒哀楽まで、あらゆる物語を音声の言葉で人から人へと語り伝えてきました。
語り手の体の中から湧き上がる音声の言葉で語られる物語の力、声の力、言葉の力を伝えたい。人と人をつなぐ古くて新しいこの「語り」のすばらしさを、今こそ、世の中に広めたいと思っています。物語を聴いて楽しむのはこどもばかりではありません。殺伐とした砂漠のような社会の中で日々戦っている大人にこそ、空想の翼が必要です。心の糧として物語が必要ではないでしょうか。それも、人と人を暖かく包む声の力、やさしくつなぐ言葉の力とともに。
今の経済優先の世の中は、大切なこと、大切なものをずいぶんたくさん捨ててきてしまいました。聴くということ、語るということもそのひとつであるような気がします。
復活しましょう。大切なものを。人と人を豊かにつなぐ「語り」の文化を。
2007年9月2日 記
口承文芸としての語りを考える
二年前の春、偶然本屋さんの棚の中にある『語り 豊穣の世界へ』と出会った。それまでの十五年、私はお話をテキストどおりに覚えて語ってきた。一字一句違わないように努めたが、語れば語るほどそんなことは出来ないという思いにとらわれていた。自宅の文庫で毎週毎週語り続けてきたのだが、テキストを覚えないと語れないということに嫌気がさし、即興のお話を語ったり、地元の民話を脚色して語ったりし始めていた。また、テキストどおりに語りながらも、どうしても自分の言葉を入れたくなり、後ろめたさを感じながら自分の言葉を入れていた。語りにくいと感じるところは、何度も口に乗せては勝手に変えて語っていた。語り手としての自分の直感を信じて。でもやはり多少の後ろめたさが残った。
ちょうどそんな時だったのだ、『語り 豊穣の世界へ』に出会ったのは!嬉しかった。そこには、私の求めていたものが詰まっていた。テキストどおりではない自分の語りに後ろめたさを感じる必要はなかったのである。いつの間にか、私は、語り手として当然のことをしていたのである。私はこれまで縛られていた「テキストを覚える」ということから一気に開放された。「語る」ということは、文字を音声に変えることではない。文字が出来る前から人は語っていた。文字ではなく音声で、口伝えの言葉で、語ってきたのである。そして、人は言葉を、物語を、耳から聞いて覚え、語り伝えたのである。「語り」は口承文芸なのである。
そこで私は、「語り」をもう一度学びなおしたいと思った。語りたくてたまらない自分を発見し、本物の語り手になりたいと思ったのである。こうして二年半、伝承の語り手ではないものが、口承文芸としての「語り」をどう捉え、どう語るか、日々子どもたちに語り続けながら、資料としての本を読み、セミナーで学び、演劇から学び、舞台語りを試してきた。ここでそれらのことを、整理しておきたい。
まず私は、一度文字を捨ててみようと思った。伝承の語り手がおはなしを耳から聞いて覚えたように、自分で作ったテキスト、あるいはこれまで語ってきて自分の語り口になっているおはなしをMDに録音し、耳から聞いて覚えるという試みを続けた。同じように、他の人が語るのを聞いて語りたいと思ったおはなしは、とにかくそのまま覚えることにした。文字にしない。文字を見ない。聞き終わった後、簡単な絵にしたり、ポイントをメモしたりするだけで、忘れないうちに文庫の子ども達に語る。チャンスを作って何度でも語る。語りながら完成させていく。(語りながら少しずつ変化していくので永遠に完成しないのかもしれないが。)
そのようなことを繰り返しているうちに、それらのおはなしがしっかりと心の中に入り込み、イメージとして定着し、すんなりと自分のものになっていくのを感じた。だからとても心地よく語ることが出来る。耳は心の窓口。耳からの刺激は直接「情(心)」に働きかけるという。これに対して目からの刺激は「知(頭)」に働きかけるという。おはなしが頭ではなく、心に直接入ってくるからすっと覚えられるし、自分のものになる。そしてまたそのおはなしを聞き手の心に直接届けることが出来るのである。ここに、口承文芸としての「語り」の忘れてはならない重要なポイントがあるのではないだろうか。頭ではなく、直接心に働きかけるのだということ。語り手にとっても聞き手にとっても。心から心へ。だからこそ、「おそらくは、言葉が誕生して間もないころから始まったであろう語るという行為が、いまなお私たちの魂をゆさぶりつづける」のではないだろうか。
(セミナーレポートより冒頭部分 2005年9月記)
芸術としての語り
先日の修善寺での語りの祭りで、これこそ芸術としての語りだと、今にして思えるのが、君川さんの「月の光にさらさっしゃい」である。美しかった。そして耳にとても心地よい語りだった。あのおはなしはどうも好きになれない話で、始まったとたん「あ、聴きたくないかも……。」と思ったのだった。しかし、言葉の力だろうか、内容をとても和らげていて、幻想的な雰囲気の中にすっぽり包まれ、心地よく聞き入ってしまった。
方言の力、君川節とでもいうべきあのゆったりとした語り口はすばらしかった。形式美とでも言おうか。語りの型というと変だろうか?どうもそのようなものを感じた。そして、芸術としての語りを追及するのなら、それが必要なのだということを強く感じた。能の型、歌舞伎の型、というように伝統芸能には形式の美しさがある。語りはそれらとは違うのだが、聴いてもらう人との交流で生み出されるものがあるにしても、行き当たりばったりの即興だけでは芸術として完成できない。美しくなければ。語るべく作品の芸術性もあるかもしれないが、美しい形にして語らなければならない。
語り口の美しさだ。それから心をこめる。どんなに心をこめて語っても美しくなければ芸術としての語りにはならない。完成された美しい世界だった。絶品の語りだった。今、私にはあのような語りはとてもできないが、芸術としての語りを追い求めるのなら、あのような形の美しさを作っていく努力をしなければならないだろう。語り口の研究をしていかなければ。即興で作っていくのは、まだまだだ。一つ一つの語りを完成度の高いものにしていかないと、いつまでたっても、芸術といえるものになっていかない。
演劇と語りの違いなどという次元の問題ではない。それを超えたところの問題だ。少しずつ、目指すべきものが見えてきてはいるのだが、難しい。
(2004年10月6日 記)
「語る」ということ
これまで十数年の間、私は物語そのものの持つ力に頼って語ってきたのだと思う。そこに自分が語ることの意味まで見出そうとは思わなかった。ところが、三年程前だろうか、そのことに疑問が湧いてきたのだ。物語の途中で、もっと言葉をはさみたくなる。自分の思いを入れたくなる。これでいいのだろうか?私が語る意味は?私はなぜ語る?物語を伝えるだけでいいのか?違う違う!私は語りたい。自分の思いを!物語の意味を!自分の言葉で。なぜその物語を語るのか?なぜ選んだのか?その事を含めて語りたい。私にとって、再話する口承に直すということは、自分の言葉に直すということに他ならなかったのだ。
それに気づいたとき、私は、新たに勉強し直そうと思った。もう一度、語りについて。それと同時に、今までの語り方を壊してやり直そうと思った。そこで原稿を捨て、MDに自分の声を録音し始めた。新しく語りたいお話は、みな、耳から聞いて覚えようと思ったのだ。
これがとてもよかった。耳からの方がずっとよく覚えられるし、自然な語りになる。そして心をこめて語ることができる。自分の思いをこめて語ることができる。なにより、それはとても心地よい事だった。また、聞いてくれる人に届けるため、聞き手の様子に敏感になる。そして自然に、その場にあった語り方に変わっていく。
そんな体験を重ねながら、「語りライブ」のプログラムを作ってきた。聞き手からとてもたくさんのものをいただく事に改めて驚いた。私の語りは、自分の言葉で、その言葉に魂を込めて語る。それによって初めて、聞き手の魂を揺さぶる事ができるのだ。体験としてその事がわかってとても嬉しい。語りつづけよう。心をこめて。本物の言葉で。
(2004年9月3日 記)