NO.9 巴里編その4 「巴里組珍道中」

 

 

「あ〜あ、いつまでたっても、同じ風景、全く、つまんねぇな!」

如何にも不機嫌そうな言い方で、ロベリアは、文句を言っていた…。 


巴里を出発してから、すでに、2週間程経過していた。

特別合同公演が決定して以来、シャノワール周辺は非常に慌ただしかった。

改装の為の休館の告知、常連への挨拶状の送付等、やらなければならないことは山ほどあった。

その為メルとシーは、そこら中をかけずり回っていた。

エリカ達も着替えの用意等、長旅の為の準備で大忙しだった。

グラン・マは帝都へ行く為の船を借りるべく、シャトーブリアン家と交渉した。

アイリスの父親であるロベールは快く受け入れ、イリス号を貸し出す事を申し入れた。

しかしイリス号は、4万トンクラスで、乗員乗客合わせて2400人収容と、

あまりに巨大な客船の為、逆にグラン・マが恐縮した。

それならばとロベールは、代わりにもっと小型になるルイ・フィリップ号を用意した。

この船は客船としては小柄になるが、最新鋭の装備を搭載していた。

そんなこんなで準備も整い、『シャノワール御一行様』は、帝都に向けて出発したのだった。

 

「ロベリア、退屈ならダンスの練習をしたらどうだ?まだ完全にものになってないのだろう?」

船のデッキの向こう側からグリシーヌが現れ、ロベリアに向かって話しかけた。

「悪いけど、今はそんな気分にはならなくてね。暫くほっといてくれ…。」

苛ついたようにロベリアは呟き、グリシーヌを睨み付けた。

「一言いっておくが…。」

グリシーヌは、少し怒ったような感じに喋り出した。

「このダンスは思っている以上に難しい。タップだけでも難しいのに、

全員が息を揃えて踊らなければならない。一人でも失敗したら、すべてお終いだ。

だから完璧にしなければならない。帝都に到着するまでの残された時間は少ないのだ。

頼むから、しっかり練習して自分のものにしてほしい…。」

グリシーヌは文句を言うつもりだったが、いつの間にか嘆願になっていた…。

「全く、思っていたよりも心配性だねぇ。」

ロベリアは素知らぬ表情で話し始めた。

「アタシだって失敗するのは怖いさ。せっかく帝都まで行って赤っ恥をかくのは御免だよ。

でも、もうちっとみんなを信じてやったらどうだい?アンタだって出来たんだろう?

他の連中だってきっと出来るさ。まあ、エリカだけは心配だけどね。」

「ロベリア…。」

ロベリアがこのような話しをした事は意外に思っていた。

「信じてやれよ。コクリコだって花火だって、踊った事のないダンスで戸惑っているだけだから。

帝都に着く頃にはバッチリ踊れるはずさ。」

「ロベリアがまともな事を喋ると、何か裏がありそうな感じだ。今後、気をつけて行動しよう。

でも…ありがとう…。」

グリシーヌは照れ隠しに、ちょっぴり皮肉を込めて答えた。

「まったく…、貴族のくせに一言余計なんだよ…。」

ロベリアは照れて赤くなった顔を見られまいと、プイと横を向いた。

「ところで…。」

急にロベリアが話し始めた。今は波は穏やかで、海風も強すぎず心地よかった。

「グリシーヌが持っている海賊船、

あれを使えば、早く着くんじゃないのか?」

また、ロベリアが、ろくでもないことを言い始めた。

「バカモノ!あれは、レプリカだ。帝都まで行けるわけないだろが!」

グリシーヌは、あきれて、怒鳴ってしまった。

「何だ、つまらん…。」

ロベリアは、また、ぶっきらぼうに話し始めた。

「それとも、いい船を襲って、そいつを乗っ取れば、快適な船旅も出来たんだが…。」

「ロベリア、馬鹿な事を言うな!」

さすがに、グリシーヌも、それには、頭に血が上ってしまった。

「冗談に決まってるだろ…。」

ロベリアは、涼しい顔をして、返答した…。

「まったく…。」

グリシーヌはいつもの事ながら呆れてしまった。カッカして頬が火照っていたが、

少し強くなった海風が火照りを冷ましてくれた…。

「それにしても…。」

再びロベリアが話し始めた…。

「この船の名前、何とかならないか?如何にも沈みそうだ…。」

「ロベリアぁ!」

この一言に、グリシーヌは、キレてしまった。

「言っていい事と悪い事があるのがわからんのか!そこに直れ!」

「冗談の通じない女だねぇ…。」

ロベリアは、さも関係なさような素振りをしていた…。

 

 

「グリシーヌ、どうかしたの?」

怒鳴り声を聞きつけ、コクリコたちが、甲板に姿を見せた。

「何でもない。気にするな。」

グリシーヌは、まだ、頭に血が上っているようだった。

「ロベリアさんと喧嘩ですか…?」

花火は困った顔をしていた。些細な事で、気を遣いすぎる傾向がある心配性の花火だった。

「喧嘩してはいけません!神は申されました。『目には目を。歯には歯を。』と。」

「バカ野郎!それは、『ハンムラビ法典』だ!
しかも、煽ってどうする!」

ロベリアは、エリカの発言に力一杯、文句を言ってやった。

「へ!?そうなんですか?」

エリカは、やっぱり何もわかってないようだった…。

「まったく、エリカってば…。」

コクリコもすっかり呆れていた。

「もう、どうでもいい…。」

苦虫を噛むような顔をして、グリシーヌは呟いた…。

「どうでもいいけど…、こう毎日同じ景色だと文句を言いたくなるよ。

何かおもしろい事はないのか?」

「ロベリアぁ。無茶言わないでよぉ。」

コクリコもちょっぴり呆れていた。もちろん海の真ん中では、

景色など変わりようがない事はロベリア自身もわかっていたが…。

「聞くだけ無駄だと思うけど、なぁ花火、何か面白いような事、ないか?」

ロベリアは花火に声をかけてみた。何も期待していないような表情だったが…。

こんな事もあろうかと、紅蘭さんから戴いた『花札』という物を持ってきてますが…。」

どっかで聞いたような科白を交えながら、花火が意外な回答をした。

「何だよ、そりゃ。おい何で今まで黙ってたんだよ…。」

ロベリアは花火を睨み付けた。それを見た花火はビクッとした。

「すみません…。誰にも聞かれなかったもので…。」

蚊の鳴くような声で俯きながら、花火が答えた。

「まあ、いいさ。それでどうやって遊ぶんだ?面白そうだったら、暇つぶしになりそうだ。」

「いろいろ遊び方があるみたいですが、

紅蘭さんから教わったのは、『こいこい』という遊び方です。

ルール的にはそれほど難しくないですし、なかなか面白いですよ。」

「ロベリアも知らないゲームなら、イカサマも出来ないしね。ねぇボクにも教えてよ。」

コクリコも興味津々で、話に首を突っ込んできた。

「なかなか面白そうじゃないか。私も参加させてもらおう。」

さっきまで怒っていたグリシーヌも、機嫌が直ったようだった。

「どうせなら、みんな呼んできましょう。お〜い、グラン・マ〜!

少し経ってから…、

「全く…。上司をそんな呼び方するなと言ってるのに…。」

ブツブツ言いながら、グラン・マがやってきた。

「エリカさん、どうかしたのですか?」

一緒にいたメルとシーも、グラン・マの後に付いてきた。

「それで、何か用でもあるのかい?」

「花火が、『花札』ってのを持ってきてるんだ。ちょいと付き合ってもらうよ。」

グラン・マが相手でも、ロベリアの口調は、ぶっきらぼうだった。

「あんたも口の利き方を知らないねぇ。まあいいさ。アタシも退屈だったし、

付き合ってあげるよ。」

「何か面白そうですぅ。私もやりますぅ。ヒューヒュー。」

シーも、すっかりやる気満々になっていた。

「私は、こういうのはちょっと…。」

「もちろん、メルも一緒ね!」

「ちょっと、シー…。」

「せっかくだからね、メル!」

「もう、仕方ないなぁ、シーったら…。」

シーに強引に押し切られ、結局メルも参加することになってしまった。

 

 

「どうせやるんなら、何か賞品をかけようか?アタシが適当に用意するよ。」

「ほう、珍しいこともあるもんだな。明日は嵐だな…。」

「ロベリア〜、縁起でもないこと言わないでよ〜。」

暫く退屈な日々が続いていたため、皆、盛り上がっていた。

「それじゃ、ルールとかを教えてもらう前に、みんなで写真を撮ろうかね。」

「なあ、グラン・マ、このところ写真ばかり撮っているような気がするが…。」

ここ数日間、必要以上に写真を撮っていたので、グリシーヌは、何か不審に思っていた。

「記念になりますし、良いのではないでしょうか。」

丁寧な言葉使いで、花火がグリシーヌに話しかけた。

「いいじゃないか。さっ、撮るからポーズとって。」

「ま、何かありそうだけど、考えるのはやめるか…。」

ロベリアも少し気にしていたが、別に困ることはないだろうと思い、考えないことにした。

「よし、こんなもんかね。それじゃ、ルールとか教えてもらうよ。戻ろうか。」

写真を撮り終えたグラン・マが、皆に声をかけた。

「では、僭越ながら、説明させていただきます…。」

花火は、紅蘭に教えてもらった「こいこい」のルールを説明した。

「あう〜、これとこれがペアになって…、これは3枚集めないとダメなんですね…。」

エリカは必死になってルールを覚えようと悪戦苦闘していた。

「成程、こいこいをすれば高得点のチャンスがあるんだな。」

グリシーヌは、だいたいルールを理解した様だった。

「時にはやめる事も必要か。駆け引きが面白そうじゃないか。」

ロベリアは勝負が出来ることが嬉しくて、眼を輝かしていた。

「相手の様子も見ないといけないんだね。結構、奥が深いなぁ。」

コクリコは頷きながら花火の説明を聞いていた。

「では、一人15文持ちの2本先取で。月見、花見酒は追加役で…。

特別ルールで延長ありという事でよろしいでしょうか?」

一通り説明を終えた花火が、皆に聞いてみた。本来なら、手持ちの札が無くなれば終わりとなるが、

初めてという事で決着がつくまで場から札を取るというルールを採用する事となった。

「いいんじゃないかねぇ。それじゃトーナメント形式にしようか。メル、くじを作っておくれ。」

「ウィ、オーナー」

「私も手伝いますぅ。」

そんなわけで、ひょんなことから、第1回シャノワール杯争奪こいこい大会が実行されてしまった。

予測不能なこの勝負、一体、どんな結果になるのやら…。