NO.7 帝都編その4「あやめとモイアとキアランと」
1920年、あやめは花組メンバー探索の為、世界中を旅していた。
おりしも欧州では、星組が結成されていたころであった。
賢人機関が集めたデータをもとに、霊力保有者を求めてあやめは彷徨っていた。
もちろん霊力保有者を探し当てるのは、並大抵の事ではない。
あやめの苦労は、それは想像を絶するものであった。
どんな些細な情報でも逃すまいと情報を集めていたが、そう易々と集まる事はなかった。
時間だけがただ過ぎていくのみであった…。次第に焦りが見えてくる…。でもどうしようもない。
そんな中、愛蘭にて霊的発動らしい事件があったらしいとの情報を入手し、いろいろと調べていた。
数少ない貴重な情報。あやめは精力的に動き回った。
しかし残念ながら、霊的発動は確認されなかった。あやめは落胆していた。
そのような時にチンピラに絡まれたのであった。当時の愛蘭は治安は良くなかったのである。
あやめは大藤流合気柔術の達人であった。その気になれば、この程度のチンピラなど、
簡単に倒す事が出来た。
もちろんあやめも、できれば穏便に事を済ませたいと思っていた。
しかしうまく収める事は出来なかった。そこにキアランが現れたのである。
「あんた、此処に来たのは何か目的があったんだろ?」
キアランは、相手の胸のうちを探ろうとした。
「たしかにね。でもダメだった。目的は叶えられなかったわ。」
あやめは必要以上の事は喋らなかった。まあ当然といえば当然だが。
「まあいいさ。俺にとっちゃ関係ない事だ。」
キアランは別にどうでも良くなった。どうやら自分に不利益をもたらす事はなさそうだと感じていた。
「…。」
あやめは目の前にいる男の人物像を確認した。少しぶっきらぼうな喋りだが、
根は決して悪くないと思っていた。悪人ではなさそうだった。
「あんたこれから一体、どうするんだ?」
キアランが沈黙を破って話し掛けた。無意味な沈黙に耐え切れないといった感じだった。
「何日かしてから、帝都に戻るわ。」
あやめは冷静だった。淡々をして受け答えをした。
「その…、初めて会った人に言うべき事じゃないが、頼みを聞いてくれないか?
あんたは信用できる人間みたいだ。」
あやめは怪訝そうな顔でキアランを見た。
「ある人を、…俺の連れだが、その帝都って所へ連れて行って欲しい。今のままの状態じゃあ…。」
キアランは沈痛な表情で語った。見たところかなり悩んでいる様子だった。
「今日のところは、これで別れましょう。改めて明日会うっていうのは、どう?」
悩み苦しんでいるキアランを見かねて、あやめはこう提案した。
「ああ、その方がいいかもしれない…。」
あやめは今現在、滞在している場所をメモしてキアランに渡した。
一晩冷静に考えてじっくり話し合う為に、もう一度明日会うこととなった。
次の日キアランは、あやめと再会した。しかし予想されたとはいえ、やはり表情は冴えなかった。
どうやら昨日の内に、また何かイザコザがあったと見受けられた。
「昨日、連れに例の事を話したんだが、案の定ケンカになっちまった。
『どうして愛する祖国を捨てなければ、ならないの?』って言われたよ。
まあ当然のことかもな。ハハハ…。」
キアランは、力なく笑った。心なしか何か疲れたような顔をしていた。
「実を言うと状況があまりよくない。お上も躍起になってきたみたいだ。
今逃げないと、捕まりかねないっていうのに…。」
独り言を言うみたいにキアランは呟いていた。昨日会ったばかりだというのに、
キアランは、あやめを昔からの親友みたいに接していた。余程信用されたようだった。
「貴方は、本当にその方の事を大切に思ってらっしゃるのね。」
「…ああ。本来ならこんな事に拘るはずの無い人なんだが…。すべてこの俺のせいだ。
あいつには幸せになってもらいたいのに…。」
噛み締めるように、キアランは言葉を吐きだした。
「お節介かもしれないけど、私からその人に話してあげましょうか?」
見かねていたあやめは、こう提案した。
「まったく、昨日会ったばかりだっていうのにな。でも頼むしかなさそうだ。
俺から話しても聞きそうに無いし。あいつは、本当に頑固だからな。」
「ところで、昨日会ったばかりの人を、こんなに信用していいの?」
ちょっとからかうように、あやめが聞いてみた。
「ああ。これでも色々な人を見てきたつもりだ。どうやらあんたは、今まであった人の中で、
一番のお人好しでお節介焼きのようだ。」
「ふふふ、そうかもね。」
二人して笑いあった。キアランの表情は、少し明るくなった様だった。
「すまない。よろしく頼む。あいつには戦火の無いところに住ませてやりたいんだ。そして今は…、
俺と一緒に行動するべきでは無いんだ。もっともどちらにしても苦労させるのは変わらないけどな。」
そう言いながら、キアランはモイアのいる場所をあやめに教えた。
「貴方は…、これからどうするつもりなのかしら?」
「今後の成り行き次第だな。もしかしたらここを離れるかもしれない…。」
「ねぇ、一緒に帝都には行くつもりはないの?」
「ああ、出来る限り危険を回避したい。俺と一緒だと、五月蝿いハエが寄ってきそうだ。
それに仲間と連絡を取りやすい所に行きたい…。」
二人の遣り取りは続いていた。
「わかったわ。その人の事は私が何とかするわ。その代わり命を粗末にしないでね。」
「すまない…。よろしく頼む…。」
キアランはそのまま去っていった。あやめは、どのように説得するか思案していた。
「頑固だと言っていたけど、うまく説得できるかしら…。」
「ここがそうかしら?」
あやめは、キアランから聞かされた場所に来ていた。少し緊張していたが、
あやめはこのような事を今まで続けていたのだった。
二人の為に最良の結果になるようにしたい、あやめはそう願っていた。
玄関の正面に立ちドアをノックしてみる。微かに物音が聞こえたので、
どうやら部屋に居るみたいだった。
「どちら様?」
部屋から少しハスキーな声が聞こえてきた。
「突然でごめんなさい。私はアヤメ・フジエダという者です。
昨日キアランさんから話を聞いてないかしら?」
重厚なドアが開き、モイアはあやめを招き入れた。
「今、お茶を用意しますので…。」
「いえお構いなく。すぐに帰るつもりだから…。」
あやめは単刀直入に話を切り出すつもりだった。
「キアランさんは貴方の事をとても心配なさってたわ。自分のせいで貴方を危険に巻き込んだ事を、
とても悔やんでいたみたい。これから内戦は激しさを増すかもしれないとも言ってたわ。
…だから私と一緒に帝都へいきましょう。ここなら身の危険を感じる事はなくなるわ。」
「…せっかくですが、お断りします。」
モイアは躊躇せず言い切った。あやめの入り込む余地は全く無かった。
「私は愛する祖国から離れたくないんです。たとえ内戦が続いていても、…この国に居たいんです。
あの人がいるこの国に…。」
キアランは確かに頑固な性格だと言っていたが、自分の意志を変えるつもりはまるでなさそうだと
感じられた。そして何とも切実な感じだった。これではどうしようも出来なかった。
あやめはもう、何も言えなくなってしまった。
「どうしても、ダメなの?」
「ごめんなさい…。」
「…わかったわ。でも気が変わったらここへ連絡して。2日後の夕方、帝都へ戻るから。」
あやめは滞在先を記したメモをモイアに渡し、部屋を出て行った。
この状態では何を言っても無駄だと感じられた。心なしか、あやめの後姿から切なさを感じていた。
「あんなに強い意志を持っていては何も出来ないか…。」
あやめは何も出来ない自分自身に、遣り切れなさを感じていた。残念ながら今回は時間が少なすぎた。
もっと時間に余裕があればじっくりと説得も出来たのだが、と思っていた。
気分が晴れないまま、その夜は早めに床に入った。
『モイアさんもキアランさんも苦しんでいる。二人を呪縛から開放させてやりたい。
背負う必要のない苦しみなんだから…。』
そう思いながら、あやめは眠りについた。