NO.5 帝都編その2 「モイアとの出会い」

 

大神とマリアは築地へと向かっていった。

築地というと市場の印象が強いかもしれないが,

実際には欧米文化と江戸情緒が共存している港町である。

月組の報告によると、築地の外れの方に目的の場所があるという。

大帝国劇場のある銀座とは、それほど離れてはいなかった。

暫く歩いて人通りの少なくなってきた所に、その場所があった。

いつも人で一杯で賑やかな市場の方とは対照的であった。

「どうやら、此処らしいな。」

「そうみたいですね。」

大神とマリアは少し緊張していた。全く面識の無い人と会うのだ。無理も無い。

大神は、おそるおそる呼び鈴を鳴らしてみた。少しして向こうに人影が見えた。

「あのう、モイア・オコーナーさんでいらっしゃいますか?」

大神が歩いてきた人に丁寧に尋ねた。

「どちら様?」

初めて見る人影に少々戸惑いながら、モイアは答えた。

「失礼しました。私、帝國歌劇団から参りました、大神一郎という者です。」

「同じく、マリア・タチバナです。」

大神とマリアは、まだ緊張していた。

「テイコク…カゲキダン…」

モイアは顔色が少し変わったようだった。どうやら何か思い当たる事があるようだった。

「どうぞ中へ。ゆっくりとお話を聞きましょう。」

モイアは二人を家の中へ招き入れた。いつの間にか表情は笑顔になっていた。

わざとらしい笑顔でなく、どこか人をほっとさせるような笑顔だった。

そしてどうやら、気さくな性格は未だ変わってないようだった。

 

「紅茶でよろしいかしら?今、用意しますから少々お待ちくださいね。」

「あ、どうも。お構いなく。」

大神とマリアは、部屋で暫く待つことになった。

「ずいぶんすっきりしているけど、でもセンスのいい部屋ですね。」

マリアは辺りを見回して思っていた事を述べた。

確かに部屋自体が広いわりに、置いてある物はごく僅かで少なかった。

しかし家具類やテーブルは、使いやすそうで質がいいものだと一目でわかった。

こういった所にもモイアの性格が現れていた。

そして部屋の隅には、帝都ではあまり見かけることの無い楽器類が置いてあった。

「お待ちどうさま。お口に合うかしら?」

モイアはアールグレイの紅茶と、お茶請けにマコロンを運んできた。

部屋の中にベルガモットの心地よい香りが漂っていた。

「いただきます。」

二人は、さっそく紅茶を戴く事にした。やや苦味のあるアールグレイと

それほど甘くないマコロンは、相性が良かった。

「おいしいですね。このお菓子、もしかして手作りですか?」

「実は戴き物なの。よくお菓子を作って持ってきてくれる人なんだけど。

これでも自分でも、たまに作ったりするのよ。」

大神の問いにもモイアは嫌がらずきちんと答えてくれた。

気難しい人でなくて良かったと大神は思っていた。

「それにしても、とてもセンスのいい部屋ですね。」

マリアは、先程思ってた事を口にした。もちろんお世辞抜きである。

「ふふ、ありがとう。あまり物を置くのは好きじゃないの。ごちゃごちゃしているの嫌いなのよね。」

モイアは気分よさそうにしていた。

「マリアの部屋も似たような感じだしね。」

「あら、そうなの?私たち、気が合いそうね。」

こんな感じで、暫く談笑が続いていた…。

 

「ところで、私にどういったご用件かしら?」

話が一段落ついた所で、モイアが話しをきり出した。

「あ、すみません。すっかり話に夢中になってしまって…。」

すっかり意気投合してしまった大神は、照れながら答えた。

最初に来た時の緊張感は、さすがに何処かへいってしまっていた。

「モイアさん、グリシーヌ・ブルーメールを覚えていらっしゃいますか?」

全く予想だにしなかった懐かしい名前がでて、モイアはさすがに吃驚した。

「ええ、よく覚えているけど…。何故あなた方が…。」

モイアは突然の事で、やや戸惑っていた。それもそうであろう。

今日初めて会った人から知っている人の名前が出てきたのである。

「彼女は…、事情がありまして巴里のシャノワールという所でレビューを行なっています。

私が巴里にいた時、そこで働いていて彼女と出会ったんです。」

大神は差し障りの無いように説明した。

もちろん巴里華撃団として平和の為に戦っている事は、絶対の秘密である。

「そうなの…。彼女は、まだ誇り高いままでいるかしら?」

「ええ、ご心配なく。グリシーヌは立派なレディーに…。あ、まだ発展途上というべきかな…。」

広い部屋に、笑い声が木霊した。

 

「良かったわ、元気そうみたいね。ところで彼女がどうしたの?」

紅茶を一口飲んだ後、モイアが問い掛けた。

「実は、このたびシャノワールと帝國歌劇団とで合同公演をする事になりまして、

シャノワールの面々が帝都に来る事になったんです。

その時にモイアさんに教わったダンスを全員で踊りたいと提案がありました。

モイアさん、是非、そのダンスを教えてください。お願いします!」

大神は今日ここに来た目的について、熱弁を振るった。

「お嬢様が…、まだあのダンスの事をね。ふふ、いいわ教えてあげる。

出来るだけ、時間を割くようにするわ。」

モイアは、二つ返事でOKしてくれた。とても気持ちの良い対応だった。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

大神もマリアも、ほっとしていた。

「ところで、あなた方はダンスの経験は?」

モイアは、ふと疑問に思った事を聞いてみた。

「私は演劇で少々心得がありますが、隊…大神は、その踊る方ではなく…。」

「モギリですので、踊らないんです。」

大神は、恥ずかしそうに答えた。

「いい男なのに…。何かもったいないわね。他に男性メンバーは、どれくらいいるのかしら。」

モイアは残念そうな顔で問い掛けた。

「シャノワールにも帝國歌劇団にも男性メンバーは、いないんです…。」

マリアは言いづらそうに声を絞った。

「えっ、そうなの…。一寸待って。それじゃ大神さん、こちらへいらして。」

モイアが大神を自分のそばへ呼び寄せた。そして何かを確かめるように、

あちこち大神の体を触ってみた。突然の事に大神は、硬直してしまった。

「モ、モイアさん、何を…。」

「ふふ、いい体をしてるわね。筋肉もバネもありそうだし…。

大神さん、貴方にも踊ってもらいます!」

「いい!?、モイアさん?」

「しょ、正気ですか?」

大神もマリアも、モイアの予想外の言葉に完全に固まってしまった。

「ええ正気よ。この踊りは男性のダンサーが重要な役なの。

大神さんには、がんばって覚えてもらうわよ。」

「でも全くの素人が重要な役をやるってのも…。」

大神は、どうしていいかわからず躊躇していた。

「大丈夫、心配しないで。気づいてないかもしれないけど貴方には才能がある。私にはわかるの。

教える通りにすれば、間違いなく成功するから。」

モイアは自信を持って答えた。長年ダンスに携わってきた己の勘に間違いは無いはずだと思っていた。

「でも、やっぱり…。」

「ウジウジしない!男だったら、態度をはっきりさせる!やるの?やらないの?」

「はい、やらせていただきます。」

「よろしい。ビシビシ扱くわよ!」

…完全に、モイアのペースに嵌ってしまい、結局、大神は踊る事になってしまった。

えらい事になってしまったと、大神は頭を掻いた。

マリアは、口を挟む事も出来ず、ただ呆然と見ている事しか出来なかった…。