NO.4 帝都編その1 「某月某日大帝国劇場にて」

 

 

「特別合同公演!?」

大帝国劇場のサロンに、巣頓狂な声が響きわたった。

「と、と、と、特別合同公演っていうと、特別合同公演ですよね?」

「さくらさん、一寸は落ち着いたらどうですの?みっともない!」

すみれは、さくらに不満そうな顔をして怒鳴った。たしか、すみれの方が、年下の筈だったが…。

「すみません。取り乱したりして。」

さくらは、しょんぼりしてしまった。

「まあまあ、すみれはん、そんなに怒鳴らんでも。」

「そうだ、そうだ、アタイだって吃驚したんだし。」

すかさず、紅蘭とカンナから助け舟がだされる。

「まあ、いいですわ。それより、特別合同公演って…。」

「アイリスも〜どういう事か、聞きたい、聞きたい!」

すみれもアイリスも興味津々だった。

「すみません。支配人、説明をお願いします。」

戻ってきた帝都の生活にも、やっと慣れてきた大神が、場を仕切った。

「あ〜、わかった。まずは、景気付けに一杯…。」

支配人が支配人室に行って一升瓶を持って来ようとする。相変わらず飲んだくれのようだ。

支配人、真面目にやってください!

目を吊り上げてマリアが戒めた。こちらも相変わらず、自分にも他人にも厳しかった。

「お〜、こわ。そんじゃ、説明するぞ。」

ちょっと、怯えながら、米田支配人は、説明し始めた。

 

 

「実をいうとなぁ、シャノワールだっけか、そこんとこを何だか改装するんだとよ。」

「へえ〜、あそこ改装するですか〜。」

織姫が、まるで茶々を入れるような喋りで話した。

「…形あるものは、いつかは壊れる。…人もまた年をとる。」

「レニの喋りは、いつも硬いで〜す。もっと明るくいきまショウ!」

織姫は、いつものように、脳天気…、もとい明るかった。

「織姫はんは、もっと落ち着いたらええでんな。」

「紅蘭さん、イジワルで〜す。」

たちまち周りが賑やかになった。

「おめえら、いい加減俺の話を聞けぇ!!」

堪り兼ねて、米田支配人はカミナリを落とした。帝都も巴里も似たようなものか。

大神の苦労は言うに及ばずだった。

「すみません、支配人。」

大神が頭を下げた。まあ、いつもの光景である。

「ゴメンなさいで〜す。」

織姫も謝るが、なんとなく誠意が見えないようなのは気のせいだろうか。

「ああっと、どこまで喋ったんだっけか…。」

「まだシャノワールを改装するとしか言ってませんよ、支配人。」

「まだボケる年ではなくってよ、支配人。」

大神が答えた後、すぐすみれがまた性懲りもなく茶々を入れる。

「うっせぇ、だまってろい!そんで暇になった巴里の連中がこっちに来るってぇ訳だ。」

半分ヤケッパチになって、支配人が怒鳴った。

わあ、巴里の皆さんが帝都に来るわけですか?楽しみです。

さくらが嬉しそうにはしゃいだ。離れ離れになっている巴里のメンバーと会えるのは嬉しいものである。

「本当かいそりゃ?エリカ達、元気にしてるかなぁ。」

カンナも満更でもなさそうだった。無論、他のメンバーも同様だった。

「巴里のマダム グラン・マと話をしてな、

パーっとお祭みたいな公演をやろうって事にしたんだ。どうだ、驚いたか。」

米田支配人も、まだ会った事の無いもう1つの花組に出会う事を楽しみにしていた。

「連続しての公演は、様々な用件を考慮して無理だと判断される…。」

まだ時々レニの口調は、事務的になる事があるようだ。

「レ〜ニッ!そんな事言わないで、もっと、喜んでよ。」

アイリスは、レニの喋りが、一寸不満そうだった。

「…わかった。喜んでおく。」

「レニはんも、相変わらずやなぁ。」

紅蘭は、そう言いながらも会話を楽しんでいた。辺りは笑い声で包まれていた。

 

 

「そうなると、1回だけの、本当に特別な公演になるのですね。」

沈黙を守っていた、マリアが口を開いた。

「ああそういう事だ。マダムと話しをしたんだが、まず最初に全員揃ってフレンチカンカン、

それから巴里の連中の出し物、それが済んだらおめえらの演劇だ。とりあえずそんなとこだ。」

支配人が簡単に説明を終えた。

「ところで、ウチらの出し物って何にするん?」

紅蘭が肝心な事を尋ねた。出し物が決まらないと確かに話にならない。

「まあ、やっぱ『少年レッド』やろな。子供から大人まで、楽しめるし。」

紅蘭は、無い胸を張って(失礼!)力説した。

「何をおっしゃるの?この帝劇のトォォォォォップスター

神崎すみれ様主演の、『紅蜥蜴』で決まりですわ!

世界が誇る名優の実力を巴里の方々にもお見せして差し上げますわよ!」

…すっかりお馴染みの科白を交えて、すみれが力強く力説した。

ちょっと、待ったア!ここは、やっぱり、『リア王』だろう。

意外なクライマックスを巴里の連中にも、見てもらおうぜ!」

カンナも乱入し、段々収拾がつかなくなりそうな気配が漂ってきた…。

「その事だけど、ちょっと話を聞いてくれないか。」

大神が中に入って話の流れを変えようとした。

「やっぱり、『青い鳥』にしようよ!レニと一緒の演技、見てもらいたいもん!」

予想通り大神は無視された…。アイリスも入って混乱も極まりそうだった。

「『少年レッド』で決まりやろ!」

「いいえ、『紅蜥蜴』です!」

「だから、俺の話を…」

「やっぱり、『リア王』だ!」

「『青い鳥』がいいもん!」

「あの〜、話をね…」

完全に大神は無視され、まさしく一触即発状態になりかかっていた。

 

 

「貴方たち、いい加減に隊長の話を聞きなさい!!」

堪り兼ねたマリアが、とうとうキレてしまった。一瞬にして回りが静かになってしまった。

「す、すまない、マリア君…。」

大神は申し訳無さそうな顔をしていた。

「隊長は、もっとガツンと言った方がいいですよ。さ、隊長、話をどうぞ。」

すぐに冷静になったマリアが答えた。これでは隊長の立場がなかった…。

「…それじゃ、公演についてだけど、みんなと一緒に作り上げた

『奇跡の鐘』をもう一度やってみるのはどうかな?時期はずれかもしれないけど、

思い出に満ち溢れたこの公演なら納得すると思うけど。みんな、どう思う?」

大神が、しみじみと語った。皆、なるほどといった表情をしていた。

「そうか、『奇跡の鐘』か。それならアタイも納得だぜ」

「さすが、中尉さん。目の付け所が違いますわ。オホホホホ…。」

カンナもすみれも、大神の意見に納得した様だった。

「よっしゃ、決まりそうだな。誰か意義のある人おる?」

「意義なし!」

揉めそうだった演目は、意外とアッサリ決まったようだった。

 

「おっと、肝心な事を忘れるとこだった。」

支配人が、すっとぼけた顔をして、口を挟んだ。

「マダムから、言われたんだが、一番最後に、全員で一緒に踊りたいダンスがあるんだと。」

「ダンス?どんなダンスですか〜。」

織姫が、興味ありそうに質問した。

「詳しい事はなぁわからねぇけど、何でも愛蘭っていう国の踊りってぇ事だ。」

「あいるらんどぉ?なんで聞いた事のないような所の踊りを…。」

カンナの頭の中には、たくさんの疑問符が浮かんでいた。

「ねぇ、あいるらんどってどんな所ですか?」

さくらにとって欧州は全く異国の地であって、詳しい事は恥ずかしいながらよく知らなかった。

「愛蘭…。英吉利の北部に位置する。首都はダブリン。主要な産業は農業。1850年代に大飢饉が起こり、

多くの人が亜米利加に移住している。宗教的対立等もあり政治的には不安定…。」

「…レニ、ありがとう。」

さくらは無理やりレニの説明を止めた。これ以上説明されても、多分よく理解できないだろう。

「ねぇねぇ、それって、どんなダンスなの?」

アイリスもわくわくしながら尋ねた。

「だから詳しい事は、わからねぇって。マダムの話だと、それは素晴らしい感動的な踊りだとよ。」

支配人は、さも面倒くさそうに答えた。

「それで、その踊りを教えてくれる人とか、いるんですか?」

大神が、疑問に思った事を口にした。

「おう、それよ。向こうさんの話だと帝都のどっかに教えてくれる人がいるってことだ。

何処にいるかはわからねぇって事だから、今、月組の連中に調べさせている。

場所がわかったら大神ぃ、マリアを連れて、一度挨拶に行って来てくれ。」

「わかりました、支配人。マリア、よろしく頼む。」

「了解です。隊長…。」

マリアは、ちょっぴり照れた感じだった。そういう事でこの日は、これで解散となった。

 

 

数日後、大神とマリアは挨拶に出かけることになった。

さすがは月組、僅かな時間で所在地を突き止めてしまった。

そんなこんなで、他の連中は帝劇にてお留守番である…。

「あ〜あ、大神さんと一緒に出かけたかったな…。」

さくらは、非常に残念そうだった…。