第参話 後編 「動きだす者へ」

 

浅草にありし遊園地として名高い、花やしき。

観覧車やお化け屋敷、そして『暴走列車・豪快号』と呼ばれるジェットコースターは非常に人気が高い。

その設備、規模、部品の搬入等の安易さを生かし、

帝国華撃団・花やしき支部としてのもう一つの顔が地下に存在する。

機械の部品と称し霊子甲冑の部品を仕入れたり、多くの人間が出入りをしているため、

その何人かが作業員としても誰も知る由は無い。

帝劇の地下にも格納庫は存在するが当然、規模と設備ではかないようが無い。

そんな花やしき支部の光武の格納庫が埋まることはめったな事ではないが、今回は別らしい。

格納庫に並べられた花組隊員の霊子甲冑。

現行の光武・改、光武F・2以外の大半が並んでいるという大盤振る舞いだ。

「天武が8機、アイゼンクライトが2機、巴里華撃団の光武Fがロベリア機、グリシーヌ機、

花火機の三機、で・・・大神君の天武が整備中の為に保留っと。これも時代の流れですかね・・・・。」

場を眺めているのは、帝撃副指令のかえでである。

帝激の司令・副司令揃っての霊子甲冑移送作業も詰めの段階まで来て、かえでがふと漏らしたのだった。

「新しいものが古いものにとって変られてく。人も、街も、物も。

・・・確かに時代の流れってのはそうなんだろうけどな・・・・。」

並んだ霊子甲冑を前に、米田の胸中は如何ほどであろうか。

かつての仲間が夢見たものか?または異形の者と対等に戦える兵器か?

あるいは花組を戦場に送り出すための戦装束か?もしくは街や人に等しく時代の流れに流るるものか?

平和の為に生まれた光武。戦いを治めるための光武。仲間の願いだった光武。

米田は見るたびに、マイナス思考の考えばかり浮かばせた。

「なにか、気になる点でも?」

「いや、なんでも。霊子甲冑もよく造ったなと思ってな。」

「そうですね、大破した神武や実験機体の桜武など含めると、かなりの数ですね。」

「こいつらも代替わりしちまったしな。もう乗る奴もいねぇ。・・・まるで俺みたいだな。」

自嘲的に自分をけなす。

「司令、そんなことおっしゃらなくても。」

「いや、こいつらには・・・来るべき花組の新戦力の訓練用、

新形・霊子甲冑の開発用として励んでもらわにゃあかん。

花組だって代替わりはある。・・・・いっつも取り残されは、俺だけだ・・。」

「司令、そんな事言うのは私の前だけにしてくださいよ。あの子達だったら、あれこれ言われますよ。」

「あぁ、そうだな。・・・・・こんな話するのは君ら姉妹だけだったな。」

「司令、前から思っていたんですが、なんだか急に素直になりましたね。」

「な、なんだぁ?素直だぁ?」

場違いに思われるかえでの発言も、この重い空気を少しは吹き飛ばせた。

「えぇ、そうです。内藤君が初めて帝劇に来た時は今までの司令でしたけど、

なんだか大神君が帰ってくることになった時から、今まではあの子達の質問なんて

煙に巻いて話さなかったのに、なんだかずいぶん素直になったなと思って。」

「あぁ、それこそもう俺の出る幕じゃねぇな・・・・。」

少しは気が晴れたと言わんばかりの伸びをすると、決意に満ちた顔をする。

「あの子達はもう、自分達で道を切り開く。俺が手を出す必要もねえさ。

会うだけ会わせたんだ。やる事なんざ残ってねぇよ。」

「そうだったんですか。けど、巴里の女の子には、悲しい思いをさせましたね。」

「ここまできたら距離なんざ関係ねぇだろ。なんなら大神が13人の内から誰を選ぶか賭けてみるか?

こいつぁ難問だぜぇ?はーーはっはっはっ。」

「ふふっ、なら、私が大神君に愛の告白でもしてみますか?」

かえでが笑うと、それは米田にもうつる。

「おいおい、かえでくん。そいつぁ反則だぜ。第一、大神の野郎が断れるわけがねぇからな。

だーーーはっはっはっ。」

「あら、どうでしょうかね。案・外、振られるかもしれませんよ。花組は可愛い子ばかりですからね。」

かえでの思惑が功をそうし、米田にいつもの笑い声が戻ったとき、

「霊子甲冑全機、移送準備完了しました。」

と、作業員からの報告が入る。

「おっと話に夢中になってたな。じゃあ行こうか、あや・・・おっとちがった、かえで君。」

「はい、支配人。」

いつもは、使い分けしている支配人という呼び名。かえでは敢えてそれを口にし、

そしてなぜか心の中でこう呟いた。

(ほんと、世話がやけるわね・・・・・。)

 

 

「さぁさぁ、お集まりの皆さん。ご機嫌よろしいかな?」

陸軍省の一室のドアが開くと、米田に勝るとも劣らない昼行灯のような中年男が入ってきた。

髪の毛はオールバックに揃えられており、無論陸軍服であるが、

とても軍服に似合わない、声の流暢さは芝居の口上さながらだ。

「・・・二人しか居ねぇよ。」

確かに部屋の中には居たのは何かの資料で調べ物をしている稀璽と、静かに座っている武政だけである。

「なんだい、な〜んだい?つまらないねぇ。せっかく段取り組んだのにさぁ。」

「あら、世遊(せゆう)さん。また何か思いついたの?」

世遊。なんともふざけた呼び名であるが、男は確かにそう呼ばれた。

「ふふ〜ん、大佐から聞いたよ。我らが陸軍、米田一基中将閣下率いる帝国華撃団と

事を起こすってんだろ〜。ぼ〜くが準備しないわけいかないじゃない。」

独特のアクセントでずらずらと喋りつづける。

陸軍に入らなければ、必ずやその声を生かした職についていたであろう。

それほどまでに流暢な喋りである。

「中将閣下となんか有った口か?」

薄ら笑いする稀璽をはね飛ばすが如くさらなる『噺』が始まった。

「いや〜、なんにもないよ?単にどっちが戦術家として優れているか試してみたくてね。

まぁあれだね〜、強い人と戦ってみたいっての?そ〜んな感じかね。」

どこまでも気楽に話しつづけるが、稀璽は乗り気ではなかった。

「すまねえがなぁ・・・・あんま付き合ってる暇ねえんだよ。人生いつ終わるかわかんねえし、

ふざけてんのは名前だけにしてくれ。」

「な〜んだい、つれないねぇ。第一、こ〜の名前は結構気に入ってんだよ。『世の中遊び』ってね。」

語尾を自信有り気強めると、稀璽はさらにやる気を無くした。

世遊という男に、人生についての悩みがあるのかどうか怪しいものである。

「ったく・・・・俺は、小崎と天武に忙しいんだよ!」

稀璽は声を荒立てたが、それこそ世遊の待っていた反応だった。

「そういや〜尾崎君はや〜られたんだったっけ。・・・ひょっとして二回目かね?」

「一回目。でなきゃ意味ねえよ。」

「結構。で、霊子甲冑大破と・・・これはど〜うでもいいけどね。」

「どういう意味だよ。」

「陸軍謹製・特別仕様 天武はやーと出来たと思ったら初陣にて大破。見てらんないねぇ〜。

これじゃいつになったら僕達に霊子甲冑はまわってくるのかねぇ?」

というのも小崎が使った天武は、設計図を手に入れた稀璽が極秘裏に作らせた陸軍謹製の物であり、

極秘裏ゆえ開発と量産は困難の極みであった。

これに関しても稀璽は大いに頭を悩ましたが、どうでもいい扱いにしか捉えられないらしい。

「そこでだ。方法を変えようと提案したいねぇ。」

「開発方法でも変えるの?」

新しい案で自分のやり方が否定されるのを嫌に思ったか、

「変えらんねぇ、ばれる。」

と、打ち消したかった。

「はいはいはーい、最後まで聞こうね。帝国華撃団・花組の霊子甲冑の天武。

星組専用機のアイゼンクライト。巴里華撃団の光武F。

これらが花やしきから神埼重工に搬入されるんだ。」

「何時だ。いつやるんだ!!?」

稀璽は身を乗り出し世遊を問い詰める。

「一時間後かな。優秀な人間達がいーぱいくっついてるけどね」

「武政・・・さん。蹴散らしに行こうか・・。」

とり憑かれたようにゆらりと立ち上がると、音も無く緑色の魔方陣を出現させる。

「いいけど、大神さんが護衛でぇ、内藤が居ないなら遠慮しとくわよ。」

「あ〜、大神君を初めの花組は居ないよぅ。まぁ蹴散らす意味もないんだけどね。」

「じゃあ、誰が護衛なんだよ。」

不満たっぷりの稀璽の言葉を、待ってましたと言わんばかりの得意げな顔して、

自分の胸をポン、と叩いた。

「我らが陸軍。」

「はーはっはっはっ。そりゃ優秀だ。とっとと持ってきてくれ。送ってやる!」

叫ぶほどに喜ぶと机の中から大量の書類を持ち出した。

「あら、来ないの?」

「ああ、準備があるしな。面白くなってきたぜ。」

食い入るように書類を見る姿は、狂気にも近い異形の目であった。

「じゃあ、ちぃ〜とばかし行ってくるかね、武政さん。」

「そうね、行きますか。」

簡単なお使いごとの済ますように、二人は魔方陣へと消えた。

 

 

「しかし、あの陸軍服の奴ら。いったい何者なんだ・・・?」

「例の『小崎』『稀璽』『武政』の三人ですね。」

神崎重工に向かわんとする途中で、米田とかえでは疑問を口にした。

この話し合いがあったため、運転席にかえでが、助手席には米田だけにした。

「あぁ、あれから陸軍の人間を再調査したんだが。」

「確認できなかったと?」

「確認が取れたのは小崎だけだった。確かに士官学校を出て、陸軍に配属されてる。

あと聞くところによると蒼月の奴の名前も出たとかなぁ。」

「えぇ。大神君の話では武政がそう言っていたと。」

かえではむずかしい顔になり、考えを張り巡らせた。

それを後押しするが如く、米田は重々しく口を開いた。

「正直、蒼月が敵とは考えにくい・・・。正義感が強くて、人を引っ張っていけて、

他人の為に流す涙なんて惜しまない奴だ。あいつが陸軍に入ったときから、

俺はあいつの事をよく知ってる。」

「司令・・・。」

流れる景色をどこか遠い目で見つめる米田。

米田は普段から、帝劇に居る人間を家族だと思っている。それが陸軍では蒼月になるのだろう。

霊子甲冑を載せた大型蒸気トラックが走る。

それを囲むように、前方に一台、トラックの右側に一台、

その後方には米田とかえでの蒸気自動車が控え、さらに後方にもう一台、

計四台の陸軍の車両が護衛についている。

これを三分隊にわたって神崎重工に運び出すというのだ。

米田達は第二部隊として出発し、暫くすると深夜だというのに男が一人、

向かって右の歩道を歩いていたが、それほど気にもとめなかった。

目を逸らす意味も込めてか、反対側のミラーに目をやると、遥か後方には女性らしき人影が確認できた。

「おい、かえでくん。いまの・・・。」

突然の声に、かえではきょとんとしてしまった。

「え?誰か居ました?」

トラック当然、何事も無く走りつづけた。

「いや。いいんだ・・・。」

気のせいならそれで済ませたかった。事無きにこしたことは無いのは当然だ。

しかし、異変は簡単に起きた。

事もあろうに、米田の後方を護衛していた陸軍車が

蒸気トラックと米田達の車の間に割り込んできたのだ。

「きゃっ!」

かえではブレーキを掛け、車間距離をとる。

「この馬鹿野郎。何やってやがる!」

米田は握りこぶしをかえでのほうに向けると、ハンドルのクラクションを叩く。

プゥワーと甲高いクラクションの音、それも意にも介さず車は進んでいく。

「おい、どうなってやがる。返事しやがれ!!」

無線で連絡をつけた所で結果は同じ。

それが陸軍車だけならともかく蒸気トラックの方も応答無しだったのが一番痛かった。

「かえでくん、前にでるんだ。トラックの横まで出るぞ。」

「了解。」

言うと同時に、ハンドルを大きく右にきり、前に出ようとするが通さないと言わんばかりに、

陸軍車も同じくハンドルをきる。

何度か動かしたが、かえでの動かす方向に、同じ動きをした。

埒があかないと思ったかえでは左右に細かいフェイントを混ぜた後、

アクセルを踏み込みトラックの真後ろ目指し、左側に向かって加速した。

陸軍車の方が衝突を恐れて逃げてくれれば幸いだったが、当然ながら左に寄り、

あくまでかえでの前から動こうとしない。

よもや衝突しそうなところで米田は声を荒げる。

「かえでくん。危ない!!」

その瞬間、かえでの目がいっそう険しくなった。

ハンドルを大きく右にきる。それと同時にクラッチを踏みブレーキを踏みこみ、

ドリフトで滑り近づくと、後部座席のドア付近にぶつかる。その時にはもうギアを落とす。

ぶつかった衝撃の反動で車体は幾分か正面に向き戻り、

かえではアクセルをおもいっきり踏みこむと

浮き上がっていたタイヤが地面に着地すると同時に一気に加速した。

隣の陸軍車もやはり同じ動きでアクセルを吹かしてスピードを上げる。

米田はその時運転手の顔を見たが、操られていて間違いなさそうな無表情。

助手席、後部座席の人間も身動き一つしなかった。

しかし、こちらの前に出ようとスピードを上げたとならば、

「(馬鹿やろうーー。行くんじゃねぇーー!!)」

米田の、声にならない叫び叶わず、陸軍車は目の前のトラックに激突した。

 

車の前面が潰れ、動かなくなった行動は常軌を逸し、その姿を見るのはたまらなく悲しかった。

「くそっ!!かえでくん、早くトラックの横に着くんだ。」

運転席の人間も操られているかどうかは、まず先に確かめたかった。

大抵は操られていて当然と考えてもだ。

「一番隊、応答せよ。こちら二番隊。一番隊、応答しやがれってんだ、べらぼうめ!!」

かえでがトラックの側面の護衛車両をどう回避するかどうか思い悩んでいたときだった。

米田は、無線で別の隊のトラックに交信したが、受け取りはしても返事が無い。

向こうのトラックでは今ごろ、米田の怒号が車内に響いているだろう。

「くそっ。やっぱり駄目か。」

無線を握り潰さんばかりの勢いで無線を繋ぐ。

「こちら二番隊 米田一基だ。応答せよ。こちら二番隊。三番隊応答せよ。」

暫くすると、若々しい男の声が無線から発声された。

「こちら柊。ただいまより交戦にうつりやす。」

短く切られた無線からは絶望と歓喜が受け取れた。

すべての霊子甲冑が狙われているという事、そして交戦中である事。

喜びといっても、交戦によって敵の姿が解るというだけ。

米田達の選択は二つであった。

『柊なる者に任せて自分らはすぐ隣のトラックを止める』

もしくは『すぐ隣のトラックに見切りをつけて三番隊に合流するか』

自分らの現状を見直すならば、トラックに乗りついて運転席を取り戻す事が可能か?

これは非常に難しかった。米田か、かえで。せめてトラックにくっ付いたとしても、

前の陸軍車を利用するとしても、危険性は大きい。

なおかつ、手元には身につけている物以外は無く、

タイヤをパンクさせようにも大抵はタイヤの回転で弾かれてしまうのが関の山である。となれば・・・、

「かえでくん、このトラックは放って三番隊の柊と合流するぞ。」

さも悔しそうにかえでが呟く。

「・・了解しました。」

せめて運転手も操られているかどうかを確かめるのが関の山である米田は、

かえでに車をトラックの壁に近づけさせると、助手席のドアを少し開き、大きく二回、蹴り飛ばした。

ガン!ガァン!!と、鉄板同士が大きく悲鳴を上げ、互いが歪んでしまった。

運転席の方に目をやってもスピードも落ちないばかりか運転手が振り向きもしない。

そして米田は駄目だと悟った。

「かえでくん・・・三番隊に合流だ。」

歪んで閉まりにくくなったドアを力ずくで閉める米田。

かえでは応えるように大きく進路を変え、三番隊と合流すべく車を走らせた。