第壱話 「出会いと再会の場所」

 

その2

 

 

一方、上野公園にて『場所取りの役』になったレニと織姫。

そこには満開の桜の木を目の前にして、不機嫌な顔をしている織姫。

「・・・つまんないで〜〜〜〜〜〜〜〜す。」

織姫の怒号が当たりに響く、桜の花が散っていくのはそのせいかも知れない・・・。

場所取りの準備はレニが手際よく済ませ、

後は何時来るとも知れぬ待ち人をただひたすら待つだけであった。

場所取りのシートぐらいしか持って来なかった二人には、退屈な事極まりないだろう。

もっとも、暇なのは織姫だけで、レニはそんな事は苦にもしていない。

レニは呆然と、人と街と、そして桜に見入っている。

そんな満足そうなレニ。

「レ〜ニッ、ずうぅぅ〜〜と景色ばっか見てて、つまんなくないデスカ〜〜?」

不意に織姫が食ってかかった。

自分だけがやる事の無い状況に置かれ、しかし一方は満足している。織姫には耐えがたい苦痛なのだろう

そんな織姫の神経を逆なでするかの様に、レニが静かに口を開く。

「ここに居てみんなを見ていると・・・すごく落ち着くんだ。」

織姫は、レニの言葉に激昂するかと思いきや、あきらめの顔を見せた。

普段めったに見ることできないレニの顔を見て、言い合う気が失せたのだろう。

「景色と人が・・・、そんな楽しいですか〜?」

つまらなそうにいう織姫。もとよりじっとしていられる性格では無いのだろう。

「うん、みんな生き生きしてる。」

微笑みがちに周りすべてを見るレニ。

帝国華撃団・花組に入るまでは、仲間と共に戦うまでは、一人で戦う事しか頭に無かった。

そのレニが人の生きる姿を見て、安らぎを感じている。レニをここまで変えさせたのが、

帝国華撃団の信頼の力と言えよう。

一方、そんなことには無関心な織姫が声をあげた。

「レ二〜、私ちょっちシェスタするデ〜ス。みんなが来たら起こしてくださ〜い。」

「いいけど、帰ってきた隊長に寝顔を見せることになるかもしれないよ、織姫。」

レニの言葉にたじろぐ織姫。

巴里での大役を果たした大神の出迎えの日に花見の場所とりでしかも眠っているなど、

さすがにできない事だ。
しかし、起きていても退屈な事極まりない。

織姫が何をしようか考えようとした、次の瞬間。

「フィィィィィィィィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン」

一つの波動が二人の頭を通り抜ける。レニと織姫は波動の流れてきた場所を見つめたが。

高台になっているため二人には死角になっている。

「今のは・・・・いったい?」織姫が真剣な顔になって言う。

二人以外の人間と物は、平然と平凡な今を過ごしている。険しい顔の二人に気付く人はあっても、

「波動」に気付いている人間は二人以外いなかった。

波動は消えたが、レニが分析を始めた。

「霊力だよ。自分の霊力を広めたんだ。こんなに弱いんじゃ、

自分の位置を知らせる位にしかならないけど。」

自分の霊力を発し、お互いの位置を知る事ができれば、

障害物の多い場所での戦いも有利に進める事ができるであろう。

当然、敵がその霊力を感知できなければ、という前提があって初めて成り立つものなのだが・・・。

「あっ、レニ。」

織姫が呼びかけたのは、レニが高台に向かって走り出していた時だった。

霊力でこれほどの芸当ができるのなら、少なくとも只者ではあるまい。

戦い慣れをしていて、そして霊力を知り、使う術を知っている人間。

そして、レニの頭に一つの結果がはじき出された。

「確かめなきゃ、・・・危険だ。」

レニも今の平和を心地よく感じているのだろう。自分らの力で作り上げた平和を。

霊力の主がその平和を脅かすものならば、レニは容赦しないだろう。

高台の裏手に回り階段を登っていくレニ。後ろから織姫も駆けつけているが到底レニには追いつかない。

階段を登りきると、やはり人が大勢居る。

レニは一瞬動きを止め、そして、人ごみの小さな間をぶつかる事無く走り抜けていく。

人の動きを先読みしているのであろう、レニが通り過ぎたのを解からぬ者すら居た。

織姫は、そんなレニを目に追うのが精一杯だ。もっとも、レニはすぐ人ごみに消えていったが。

しばらくして人ごみは無くなったが、まだ多少の距離を感じる。ちょうどレニ達が居た真上あたり、

先ほどの霊力で相手の場所は解かっている。

レニは走るのをやめ、ゆっくりと歩き出した。

誰とも知らぬ相手に迂闊に近づく事は、いつの世でも非常に危険な事だ。

ゆっくり歩くレニ、そのスピードにやっと織姫が追いついた。

息を切らしながらもレニと目を合わせ、言葉を発しなくなる織姫。

織姫にもレニの考えが解かっているのだろう。

しばらく歩くと、並んでいるベンチが目に入る。

ベンチに座りながら景色を楽しめるという趣向からだろう。

レニがひとつのベンチを目指して歩いていく。霊力の主の下へ。

そしてひとつのベンチに、杖らしき物を手に携えた軍服の男が座っている。

微動だにせず、威風堂々とベンチに座っている。

それを見たレニは無造作に、スタスタとベンチに向かって行った。織姫も後に続く。

しばらくして男の座っているベンチの後ろに立ったレニ。織姫がやっと男が何者か認識した時、

ベンチの男振り向かずに声をあげた。

「やっと来やがったか。」

二人にとって聞き覚えのある声、後ろ姿。それに気付き声を発しようとした織姫より先に、

レニが口を開いた。おそらくお互いの存在に気付いていたのだろう。

「派手な待ち合わせだね、支配人。」

「ナンデ、米田さんがここに居るんですかー?」

織姫がやっと二人の間に入って声を挙げれた。

「んっ、なんだぁ〜〜?レニと織姫じゃねぇか。」

驚愕の声を挙げて、振り向くベンチの男。振り向いた男は、誰でもない米田であった。

米田は存在には気付いていても、誰かは解からなかったらしい。

「・・・そうかっ。二人とも大神の出迎えだっけかぁ。いやぁ、ご苦労。」

わざとらしく答える米田。先ほどの霊力の事にふれたくは無いのだろう。

もっとも、そんな避わし方を許す織姫とレニではない。

「で?さっきのはいったい何なんですかー。」

こういう場面の避わし方は、相手の言葉に乗らず、ただ意見を言うのが一番効果的だ。

米田に食ってかかる織姫。一方の米田もだましきれると思っているはずも無かった。

観念した顔で米田が言う。

「あぁ、ちぃ〜とばかしな。ここいら辺の地理に疎いやつでなぁ。」

「霊力を使っての待ち合わせは、やめた方がいいよ。」

レニが冷たい批評を飛ばす。

確かに、レニ達と米田の待ち人以外の人間で、霊力を感じれる者が居るかもしれない。

そしてレニ達同様米田の元に向かってくるかもしれない。

米田のした事は、そんな事をまったく考慮していなかった。

米田の顔が苦笑いになって行く。

「まぁまぁ、今日は大神がけえってくる日なんだし、ちぃ〜とぐらい、はめをはずしてもいいだろ?」

「で〜わ?中尉さんが帰ってくる日に誰と待ち合わせですかー?」

すこし怒り気味に言う織姫。大神帰ってくる日に騒動を起こされたくないのも花組一同の願いであろう。

「後で言ってやるや。ほれっ、ぐずぐずしてっからほかの連中も来ちまったじゃねえか。」

ふっと下を見ると、すでに花組の面々が到着し、レニと織姫を探しているのだろう、

不思議そうに辺りを見回している。

「みなさん、肝心な時だけ早いでーす。」

そう言って米田とレニを後ろ目に戻っていく織姫。レニの方が米田と対等に話せると踏んでの事だろう。

レニは、そんな織姫には目もくれず、じっと米田を見ている。

そして場にはレニと米田が残った。しばしの沈黙が流れる。

「そんなに、俺の待ち人が気になるか?」

米田が不意に口を開く。一方答えるレニは、いつもどおりの口調だ。

「うん、その人も、霊力が使えるんだから。」

日々、自分の体と光武と霊力で戦ってきた花組の人間なら当然の答えと言えよう。

「帝劇に来るの?その人。」

「ああ、後で紹介したらぁな。ほれっ、とっとと行きな。」

米田の言葉に素直に従う。レニも、下のみんなのところに向かっていく。

レニが人ごみの中に消えて行く姿を確認すると、

どこから出てきたのか米田の背後に軍服姿の男が出て来た。

それはまぎれもない内藤であった。

一ヶ月前から肌身離さず持っていたであろう「光刀無形」も、当然携えている。

「一ヶ月経ちました。派手な待ち合わせでしたね。」

少し笑いながら言う内藤。おそらくは今まで気配を絶ち、物陰に潜んでいたのだろう。

陸軍服と日本刀を携えた男は、桜の花咲く公園に異色を放っていた。

「ちぇっ、どいつもこいつも。そうしなきゃ解かんねぇだろうと思ってやったのによぉ」

内藤のほうは見ようとせず、愚痴っぽく言い出す米田。

最初から内藤が潜んでいた事に気付いていたのだろう。

「で?帝国華撃団にゃあ、入る気になったかい?」

「はい。そうでなければ、刀が手に入りませんし・・・。」

内藤の言葉を聞くと、たまらなく不機嫌な顔になる米田。

仲間ではなく刀を得るというのが、米田にとってはたまらなく不快なのだろう。

「ちっ、まだそんな事言ってんのか。ちょっとついて来な。」

フンッとベンチから立ち上がる米田は、終始内藤の顔を見ようとはせず歩き出した。

内藤はそれに黙ってついて行くしかなかった。

しばらく歩くと、花見客用であろう、ひとつの茶店小屋が目に止まる。

米田は、躊躇無しに茶屋の奥に入っていく。店員は米田を止めるそぶりも見せない。

話は通っている、と言ったところだ。

内藤は店員と客の目に戸惑いながらも、米田の後をついていく。

そして、個室のふすま戸の前に立つ米田と内藤。

ふすまの前に立つと、霊力が感じられる。部屋の中に居る人間のものだろう。

そして内藤が意識した次の瞬間には、殺気を感じた。刀に手をかける内藤。

「おいっ、まてっ。」

米田の止める言葉も聞かずに、内藤は居合いでふすまを斬った。

ガタンガタンと、騒々しい音を出して崩れ落ちるふすま。そのむこうには、平然と座っているかえでと、

赤い上着の男が納刀した刀を構えている。

男は髪の毛は逆立っているが、見る者に真面目そうで堅実なイメージを与える。

そして、なんと眼光の鋭い事だろう、静かに内藤を睨んでいる。

一振りの刀が、ひときわ力強さを感じさせる。そう、巴里から帰ってきた大神であった。

かえでの姿を見て、我にかえった様に動きが止まる内藤。

大神の方も、米田の姿を見ると、大神は構えを解き、穏やかな顔となる。

そして、また引き締まった顔をし、右手で敬礼をする。

「米田中将、お久しぶりです。大神一郎、ただいま巴里より帰還いたしました。」

「おうっ、ご苦労だったな、大神。」

お互いが、自然に顔がほころぶ米田と大神。それこそが再会の嬉しさであろう。

二人を尻目に、かえでが座りながら紹介する。

「内藤君も一緒ね。こちらが帝国華撃団隊長 大神一郎中尉よ。」

「失礼しましたっ。初めまして大神中尉。自分は内藤少尉であります。

大神中尉のお噂は耳にしております。」

かえでの言葉が終わるか否や、すぐさま敬礼をする内藤。

慣れてはいないのであろう、大神が照れくさく笑う。

「いや、まいったな・・・・。支配人、陸軍の方らしいですがこちらは・・・」

「あぁ、今日から帝国華撃団 花組に入ることになった内藤だ。大神も先輩様だぜぇ〜。」

「先輩として、ふすまを斬らない位には、教育してやってくれやぁな。」

冗談めかしく言う米田に、内藤は苦笑いを浮かべている。

「いや・・・・・あれほどのすさまじい殺気を感じたもので・・・まさか大神中尉とは。」

内藤の言葉に、一瞬の沈黙が部屋に走る。沈黙を破ったのは、米田の笑い声だった。

「だぁー――はっはっはっ、大神がか?こりゃ〜いいや。」

唖然とする内藤。かえでや大神を見ても、米田までとは言はないが、二人とも笑っている。

「ごめんなさい、つい・・・。」

笑いをこらえながらかえでが弁解する。困惑した内藤を不憫に思い、大神が助け舟を出した。

「殺気を出していたのは内藤君の方さ。そして、こっちは構えてその殺気を跳ね返した。

君は自分の殺気を相手の者だと勘違いしたんだよ。」

戦いの場において「気」、即ち殺気や闘気、剣気は重要な役割を持っている。

闘いの相手を前にして、相手の気合いに飲まれてしまっては全力を出せるわけは無く、

臆する心が己を消極的にしてしまう。こうなれば戦う前から勝負は決まっている。

大神がやったのは、相手の気合いを跳ね返し、なおかつ自分の気合いを上乗せするやり方だった。

内藤はそれを、「すさまじい殺気」と勘違いしたのだった。

言われるまで気付かなかった内藤は、唖然として大神の説明に聞きいっている。

この場で、自分の技量が未熟というのを思い知らされている。

「さてと、あいさつも終わったことだし、大神ぃ〜、花見だ花見〜。」

薄ら笑いを浮かべながら米田が言う。

「し、支配人。早く花組のみんなに会いたいのですが・・・。」

「なんだぁ〜?『特に』会いたい奴でも居るのか〜?」

ニヤニヤと笑いながら問う米田。大神と米田の変わらぬやり取り。

そして、大神はいつもここで口ごもるのだった。

「いっ、いやっ。そ、そういうわけでは・・・。」

さしもの大神も、色恋沙汰での答えには弱いらしい。

そこにかえでが、救いの手を出した。

「花組のみんななら、お花見の準備を終えているでしょうから、心配ないわよ大神君。」

「みんなが?本当に来てるんですか?」

花組が上野公園に来ている事を初めて知った大神。おそらく、この茶屋に呼び出されだけなのだろう。

大神に何も告げられていないのも、米田のせいである。

「この色男が、花組全員が大神の出迎えパーティーのために来てんだぜぇ〜。」

「内藤君も紹介するから、一緒に来るのよ。」

初対面の人間は苦手なのだろう、少し困惑する内藤。しかし断る理由はなかった。

大神が肌身離さず持ち、奪う隙すらない刀「神刀滅却」。内藤の狙いはここに集約されているのだから。

「了解です。」

その狙いを隠すが如く敬礼をする内藤。そしてその心を見透かすが如く米田は不機嫌な顔をする。

しかし、その顔も一瞬で戻った

「じゃあ『善は急げ』ってな、とっとと行くぞ。」

米田は、大神と内藤の肩を『パンッ』と叩き、ずかずかと進んでいく。

内藤が斬ったふすまの事を、店員に何を告げるわけではなかった。

米田にとっては、おそらくそれも承知だったのだろう。

店を出て行く米田についていく三人。外に出れば、満開の桜とそして平和に過ごしている人々が目に入る。

大神が、自分が去った後の帝都の様子は知るには、それだけで十分だった。

「やはり、平和ですね。」

大神が誰に言うわけでもなく呟く。

その呟きは、かえでが拾った。

「ええ、本当に。これもすべて、あなたたちのおかげよ。」

歩みながらに言うかえで。

そんな二人に耳を傾けながら、づかづかと進んでいく米田。そして、何処か不機嫌そうな内藤。

そんな内藤に、かえではいたずらな質問を投げかける。

「内藤君は、平和は嫌い?」

大神は、少し驚きながらかえでを見る。一方の内藤は、顔色ひとつ変えていない。

「そういうわけでは、ただ・・・。」

「ほらっ、もう着くぜぇ。」

米田はまるで、言うなといわんばかりに口を挟んだ。

人の波が途切れれば、遠くには花組の姿が見えた。大神の到着を未だ遅しかと待ちながら談笑している。

そんな姿を目で捕らえるなり、大神の顔は安堵感に包まれる。

「みんな、変わってないな。」

大神の頭の中に帝都での暮らし、戦いが一瞬だけよみがえって来るが、すべて吹き飛んでしまう。

目の前に花組の姿があるのだから。

「大神、先に行って来い。み〜んなぁ、お前に会いたがってるんだぜ?」

「そうよ、ほかのどんな人よりもね。大神君。」

「ポンッ」と大神の背中を押すかえで。

ふたりとも、帝国華撃団・花組の隊長一人で行かせたいのだろう。

ここでは部外者の内藤は、見ているしかなかった。

「はいっ、では行って来ます。」

いくつもの思い出を胸に抱き、大神は向かっていく。再会の喜びで、顔は自然とほころんでいく。

談笑しながら大神を待つ花組の方は、人を避けながら向かってくる人間が大神だというのに気付いたのは

大神が5メートルも離れていないときだった。

最初に気付いたのは、談笑の最中に不意に周りを見わたしたすみれであった。

大神を見てハッとするすみれ。気を付けなければ、「いつの間にそこに?」「いつご到着を?」

等の愚問に似た質問が発していられただろう。

「中尉。・・・おかえりなさいませ。」

その言葉に、花組の皆が反応し、一斉にすみれの見ている方を見る。

そこには、微笑み口を開く大神が居た。

「ただいま、みんな。」

同時に、花組の顔にも微笑みが宿る。

「お・・おかえり、隊長。」

いつにも無く消極的なカンナ。知っていたとはいえ、急な再会の戸惑いの表れだろう。

「あら、カンナさんでもそんな表情ができまして?」

「なんだとぉ〜?」

いつも通りに毒を言うすみれ。その二人の姿こそ、変わらずともいいものと思える。

そんな二人の言い合いを無視して言葉が飛ぶ。

「中尉さん、相変わらず遅いですねー。・・お帰りなさい。」

さしもの織姫も、きつい口調は続かなかった。大神との再会の挨拶なのだから。

ふと目をやるとじっと大神を見つめているレニ。

大神が言葉を発しようとしたが、レニ自身が言葉を発した。

「巴里で会ったとき・・、『どこに居ても隊長は隊長だから』って言った。

・・・けど、隊長に会うのは・・、みんなで守ってきたここがいい。」

「ただいま。」

その言葉を聞き、優しくレニの頭をなでる大神。

「・・・お帰り、隊長。」

平和のために戦うことに疑問を持っていたレニ。しかし、花組とともに戦い、

その意味を理解していたレニに対しての、賛辞の表れだろう。レニの顔は、安堵感に包まれている。

「あぁ〜、レニだけずる〜い。お兄ちゃん、アイリスには?」

レニを見て軽く嫉妬したのだろう。アイリスが詰め寄ってきた。

そんなアイリスを目に、大神はフッと、何かに気付いた様子をみせる。

「アイリスも相変わらずだな。」

そう言って、手を伸ばす大神。アイリスの頭に手をかけると思いきや、

大神の手はアイリスが胸に抱きかかえているヌイグルミ、『ジャンポール』の頭にいった。

「ただいま。」

ジャンポールの頭をなでながら、大神は少し意地悪な笑みを浮かべた。

「あぁ〜〜〜、なんでジャンポールなの〜。」

大神の行動に驚愕するアイリス。当然と言えば当然だ。

「冗談だよ。ただいまアイリス。」

そう言って、アイリスの頭をなでる大神。途端に無邪気な顔になるアイリス。

「へへぇ〜、おかえりお兄ちゃん。」

笑顔が戻ったアイリスの頭に、もうひとつ、赤い手袋をした手が重なった。

「ふふっ、隊長は変わりましたね。いままで、こんな冗談はしなかったのに」

手の主はマリアだった。そして、アイリスの頭をなでていた右手を、大神に差し出す。

「隊長、お帰りなさいませ。」

「ただいまマリア。」

そう言って、大神も手を伸ばして、マリアの手を握る大神。ただの再会の握手なのだろうが、

少しだけ顔を赤らめるマリア。そんな姿に水を差すように、明るい声が飛ぶ。

「いやぁ大神はんも、ちっとも変わっとらんわ。デレデレしとるとことかなぁ。」

「いいっ。紅蘭も相変わらずだな。」

弁解する大神。そんな姿が、一層紅蘭を笑わせる。

「アハハハハッ、そんなとこが一番変わってへんわ。」

「そっ・・・、そうかい?」

口ごもる大神。いつもながらの事とは言え、大神に慣れる事はできないのだろう。

「なんにせよ、おかえりなさい、大神はん。」

「あぁ、ただいま。紅蘭」

「なんや、マリアはんとの事からかったんが、恥ずかしゅうなってくるわ。」

急に表情がはにかむ紅蘭。面と向かって『ただいま』と言われる事の照れくささが身にしみたのだろう。

そして、その様子を佇む様に見守っているさくら。

皆のあいさつが終わるまで生き生きと皆とあいさつをする大神を、

懐かしくもうれしく感じていたのだろう。

そして大神も、笑顔のまま立っているさくらに気が付き、そちらのほうを向く。

さくらはハッと気が付き、固まってしまう。花組の面々も静かに見守っている。

2人の間に沈黙が流れる。しかし再会の沈黙を破る言葉は誰のものも、

いつの時代も決まっている事だろう。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

別れのときは半年、しかも大神に会いに花組全員一度巴里に行っているが、

二人の再会には永い年月を感じられる。表情が穏やかになり自分の頬が赤くなっている事すら解るさくら

大神の笑顔がさくらにとって、再会する前、再会したとき、再会後の気持ちを彩っているのだろう。

そんな中、大神の背後から、ひとつの声が飛ぶ。

「よしよし、かてぇなりくだけた也、あいさつは終わったようだな。」

頃合を見計らって米田がいつにもなく、笑い顔で出てきた。当然、かえでと内藤も傍に居る。

声を出しそうになる花組だが内藤の姿に一瞬気を取られる。

「さてと、あいさつが終わったなら、紹介しなくちゃなんねぇな。」

そして、かえでが言葉を紡ぐ。

「本日付で帝劇に入る事になった、内藤くんよ。不器用な人だけど、仲良くしてあげてね。」

笑い顔のかえでに対し、内藤は苦笑いになりながら自己紹介をする。

「本日付で帝国陸軍より帝国華撃団・花組に配属になりました。

内藤少尉であります。よろしくお願いします。」

言い終わると敬礼をする内藤。その姿は花組に配属された当時の大神にそっくりだった。

その姿が、花組に対しては好感を与えた。大神との初めての出会いを、懐かしく思うが故であろう。

「こちらこそ、よろしくお願いします。内藤少尉。」

花組での一番の年長者であるマリアが、挨拶をし、右手を差し出す。

内藤もそれに返して右手を差し出し、マリアの手を握る。

大人の雰囲気をかもし出すマリア。

その雰囲気に押されたか、内藤はマリアと目が合うや否や、照れくさそうに目を逸らす。

その様子を見ているアイリスから、いたずらな声が飛ぶ。

「あぁ〜〜、このお兄ちゃん照れてる〜。」

アイリスの声に、パッと手を離す内藤。しかし顔は照れているままだ。

「ほらアイリス。ちゃんとあいさつしなきゃな。」

そう言って、アイリスを促す大神。内藤にとっても助け舟であったろう。

アイリスは素直に応じた。そこがアイリスらしいところであろう。

「帝国華撃団 花組 アイリスと、クマのジャンポール。仲良くしてね。」

アイリスは自分の手の代わりに、ジャンポールの手を差し出す。

「はははっ、よろしくお願いします。アイリス先輩様。」

内藤は膝を曲げ、アイリスと同じ高さの視線になると、笑いながらジャンポールの手を握る。

アイリスも続けて言う。

「アイリスの事は『アイリス』って呼べばいいよ。内藤お兄ちゃんはまた照れるかもしれないけどね。」

そう言いと、ジャンポールの手を上下に揺らすアイリス。

「アイリスは優しいね。」

内藤はジャンポールから手を離して言う。

「そんな事言っても、アイリスはお兄ちゃんの恋人だからね。」

予期せぬ言葉に内藤は一瞬固まった。そして大神の方に向き直り言葉を発するが、

顔は苦笑いを浮かべている。

「さ、最近の子は進んでますね・・。」

「い、いやっ。違うんだよ。」

大神はしどろもどろ説明しようとするが、今までにうまくいったためしは無かった。

そして、今回も例外ではなかった。

「ちがわないよ〜〜。お兄ちゃんは、初めて帝劇に来た日からぁ、アイリスの恋人だったもの。」

アイリスの発言は、間違ってはいなかった。

ただ、アイリスは『恋人にしてあげる。』と言い、

大神は『あぁ、ありがとう。』と言っただけの話であったが、

アイリスの中では変わらず存在しているらしい。

故に、大神もそれ以上否定する事はできなかった。

大神姿を尻目に、すみれは意外そうな顔で出てくる。

「あら、アイリス、そんな話は初耳でしてよ。」

「えぇ〜言ったよ〜。」

すみれもそのとき一緒な場所に居た。

そう、この上野公園で大神着任を祝う花見があったが、

すみれは甘酒を飲んで酔っ払っていたので、
覚えているわけもなかった。

アイリスとすみれの言い争いを傍目に、さくらが誰に言うわけでもなく呟いた。

「・・すみれさんは、あの時酔っ払っていたから。」

すみれは、そんな呟きにも反応した。

「さくらさん。何かおっしゃいまして?」

聞こえるとは思っていなかったさくらは、しどろもどろになりながら答える。

「い、いえっ。何でもありません。それよりすみれさん、内藤少尉への挨拶がまだですよ。」

さくらはそう言うと内藤の方を向き直る。すみれもつられて向き直るが、

失態を見せたせいか、顔を少し赤らめている。

「あら、失礼いたしました。私、帝劇のトップスター。神崎すみれですわ。」

「よ、宜しくお願いします・・・・。」

すみれの迫力に押されてか、内藤は少し口ごもってしまった。

それを見たカンナは、おかしそうに笑いながら向かってくる。

「蛇女を見たんじゃあ、誰だってそうなるよな。」

カンナはそう言うと、「パンッ!!」と内藤の肩を叩き、すみれの方を見直る。

どうやらカンナの言う、『蛇女』というのはすみれの事のようだ。

「カンナさんの馬鹿力に叩かれたら、骨折してしまいましてよ。

内藤少尉を着任早々、病院送りにする気ですの?」

またもや言い争いが始まるかと思いきや、カンナの方が切り上げた。

内藤への挨拶がまだ終わっていなかったからだろう。

「あたいは桐島カンナ。花組じゃあ古株の方かな。まぁよろしく。」

つかみ所の無い笑顔を向けるカンナ。これがカンナの魅力と言ってもいいだろう。

しかし内藤は、何かを観察する目を向けている。カンナも当然その目に気付いた。

「ん、あたいの顔になんか付いてるかい?」

内藤の顔を覗きこむカンナ。内藤はカンナの言葉で、我に帰った様なそぶりを出す。

「あ、・・・いや、強そうだなと思いまして。」

少し動揺している内藤は、カンナの顔と、肩に置かれたカンナの手を交互に見ながら言った。

それを聞くと、カンナは笑いながら返事をした。

「ははっ、おぅ強いよ。なんなら勝負すっか?」

「いえっ、遠慮しておきます。これから宜しくお願いします。」

内藤の言葉か終わった瞬間、笑い声と共に別の声が飛ぶ。

「はははっ、そりゃそうや、カンナはんと戦ったらそれこそ病院行きやで。」

赤いチャイナドレスに身を包んだ紅蘭が、カンナと内藤の間に割って入った。

「おじゃまします、初めまして内藤はん。うち李紅蘭いいます。よろしゅう頼んまっせ。」

「はい、こちらこそお願いします。」

戸惑っていた内藤も、紅蘭のあいさつでやっと安堵の色を見せた。

「時に紅蘭さん。私の機体は、もう仕上がってますか?」

突然、そして意外な質問に紅蘭以外の花組の面々も、固まってしまった。

違う反応と言えば、米田とかえでの呆れ顔だった。

「なんやっ?内藤はんも光武に乗るんかいな。」

紅蘭に続けて大神も問いただす。

「そうだったんですか支配人?」

「支配人これはいったい・・・・?」

内藤も疑問の色を隠せないでいる。米田が伝えていたと思っていたのだろう。

「ちぇ、言っちまいやがった。せっかく後で盛り上げようとよぉ・・・・・。」

途端に不機嫌な顔になる米田。この事に対しても、米田なりの考えがあったのだろう。

結果としては、内藤が花組全員に疑問を与え、それを打ち砕く結果になったのだが。

「支配人、内藤少尉も光武に乗るんですか?」

米田に問うさくら。口調は丁寧だがさすがに動揺は隠せていない。

「そんな大事なこと、私達にも内緒にしてたんですかー?支配人、ウォーター臭いでーす。」

「水臭い」と言いたいのだろう。日本語の中に独立した英単語を混ぜて織姫も言い放った。

今まで黙っていた分溜まっていたのだろう。

「米田はん、うちに頼んでたん、この事かいな?」

紅蘭も加わった。自分のしている作業の理由が解ったせいか、紅蘭の顔がすこし穏やかになる。

そんな安らぎをかき消すようなマリアの呟きが、花組の耳に届く。

「ひょっとして、また・・・・・敵が?」

マリアの言葉に、一同はさらにハッとして米田を見る。

大神の着任、内藤の着任、内藤の機体。これらが重なれば、誰もが想像する事だろう。

花組の目に耐えられなくなったか、米田は投げやりに言い放った

「あ・と・で、全部説明すっから、とっとと挨拶終わらせやがれ。

さくらと織姫、レニもまだっだろうがっ。」

怒号に近い米田の声が飛ぶ。光武の事を黙っていたのは、米田の中では大きかったのだろう。

いつもこんなネタで花組をからかっている米田にしてみれば、

楽しみを潰されてつまらなくなった、と言うのが本音だろう。米田は不機嫌そうに黙ってしまった。

「それもそうでしたー。帝国華撃団 ソレッタ織姫でーす。どーぞよろしく。」

織姫は簡単に紹介を終える。早く理由を聞きたいのだろうが、そんな期待を裏切る声が飛ぶ。

「おぉ〜〜。よろしくだって。あの織姫が?!」

「織姫君には、『ニッポンの男なんてー』って散々言われたしなぁ。」

カンナと大神が愉快そうに言いあう。

織姫も花組着任当時は、日本の男嫌いで大神を非常に困らせたという過去を持っている。

幼き頃の織姫にとって、日本人である自分の父親が、妻と娘を置いて逃げて行った。

と、解釈し続けていたからであろう。しかし、父親とも和解し、もうそんな気は微塵も無いようだ。

「カンナさんも中尉さんも意地悪でーす。もうそんなことないでーす。」

そう言うと、すかさず大神の手につかまる織姫。

その行為に、四方八方から声という声が飛ぶ。

「あぁ〜〜〜〜、織姫ずる〜〜〜い。」

「大神はんもまんざらやなさそうやしなぁ?」

「何照れてるんですっ?大神さん。」

「あらあら、大神君も相変わらずね。色男さん。」

突然の織姫の行動に、なす術が無い大神。オロオロする大神を横に、織姫が陽気な声をあげた。

「今はこんな感じですからー。内藤さん、よろしくでーす。」

呆然とその光景を見続けている内藤。自分の配属先の現状を叩き付けられているのだろう。

「あぁ・・・、織姫さん・・、よろしくお願いします。」

引きつったままの顔で言う内藤。大神はその顔に反応した。

「おいおい、誤解しないでくれよ。」

大神は弁解しながら織姫を振り払い。織姫が跳ね飛ばされた。

とっさの事で、大神も加減が出来なかったのだろう。

「あんっ!!中尉さん痛いでーす。」

「ご、ごめん織姫君。大丈夫かい?」

その光景は、内藤の笑い顔がひどく苦々しいものにしていった。

「いや・・・・まぁ、『英雄 色多し』と言いますし・・・・。」

苦笑いを浮かべながら言葉をつなげている姿が、なんとも物悲しくなって見える。

「いぃ!?勘弁してくれよ・・・・」

一方、別の人間にはその言葉は想像どおりだったらしい。

「だぁ〜〜はっはっはっ、ひぃ〜〜ひっひっひっ。

『英雄色多し』ってかぁ〜?ぴったりじゃねえか、大神〜。」

不機嫌な顔をしていた米田は豪快に笑い出した。ふと目をやると、かえですら笑っている。

「ご、ごめんなさい・・・、つい。」

『英雄色多し』つまり物事を成す英雄こそ、色恋沙汰は付き物だと言うことである。

内藤の言葉こそが、大神のこの状況がぴったりなのだ。

「あってる事はあってますね・・・。帝都を二度も救った英雄ですし。」

「色恋沙汰もたっぷりやしなぁ。」

マリアの言葉と紅蘭の突っ込みがさらに笑いを呼んだ。

大神は、既に呆れ顔になっていた。

「帝国華撃団 花組 レニ・ミルヒシュトラーセ レニでいい。」

そんな傍らで、レニ、が非常に簡素な紹介を終わらせていた。レニらしいといえばレニらしい。

「内藤です。よろしくお願いします。」

レニの迫力に押されたか、内藤は畏まった顔をする。

レニの目は花組の中で唯一、疑いの眼差しを向けてきていた。当然、内藤もその視線には気付いた。

「・・・・・なにか?」内藤は怪訝そうにレニに問い掛けた。

「高台に居た人だね。気配を絶つなら、公園に入る前からの方が良いよ。」

レニの突然の言葉に眉をひそめる内藤。

内藤ほどの人間が急に気配を消せば、怪しまれそして場所の特定は簡単に出来る。

「目標に気付かれたくないなら、十分な距離を取らないと逆効果だ。」

レニの批評が続く。戦いに通じる事でもあり、レニの表情からは厳しさが伝わってきた。

「自分が未熟でした。申し訳ありません。」

鋭い指摘に内藤は謝ってしまった。

「最後になりました。帝国華撃団 花組 真宮寺さくらです。よろしくお願いしますね。」

場の重い雰囲気を打ち消すが如く、さくらが明るい声で挨拶した。

「お願いします。」

自然に人の気分を明るくさせるのが、さくらの魅力であろう。

内藤はさくらを一見すると、ある疑問が浮かんできた。

(真宮寺?・・・まさか・・な)

そして好奇心に負け、ある言葉を口にした。

「・・・あなたも剣を?」

さくらの物腰、そしてさくらの持つ剣がそれを語っていた。内藤の声は疑問に満ちていた。

乙女が戦場に立っている。というのは、米田の屈辱に満ちた声で聞かされた事はあったが、

自分と同じ武器を使うことに興味が引かれたのだろう。

しかも剣術となれば、相手の流派と強さに興味を示すのは、剣客としての性であろう。

「そうだよ〜。さくら強いんだから。」

「せやせや、内藤はんより強いかもなぁ〜。」

紅蘭とアイリスがさくらをおだてる。それには大神も加わった。

「そうだな。さくらくんなら『北辰一刀流 免許皆伝』を名乗ってもおかしく無いだろうな。」

千葉周作が創始者である北辰一刀流。江戸後期に剣術界を風靡した流派である。

周作は父親である幸右衛門から、北辰夢想流を学び、手ほどきを受け独立した後は

『北辰一刀流』と称した。そして周作の息子達によって、北辰一刀流はますます盛んになっていく。

さくらも同じく父親である一馬から手ほどきを受け、

いくつもの戦いによって自分を磨き、確固とした実力を身に付けていた。

江戸から始った剣技は太正の時代になっても、人から人へ確実に受け継がれている。

「いえっ、私なんて。まだまだお父様の様には・・・・。」

さくらは謙遜しながら言う。常に持つ向上心こそ、さくらの心の強さだろう。

そんなさくらを、内藤は愕然と見つめている。

『真宮寺』『北辰一刀流』『お父様』そして携えている『剣』。

内藤の頭の中の単語は、さくらの言葉ですべてが繋がった。

「で、ではっ・・・・真宮寺一馬大佐の・・。」

内藤の声は確信を持っていたが、気後れしながら言いつづける。

「え・・・、お父様をご存知で?」

不思議そうに尋ねるさくら。

「なんで、・・・・おめぇが一馬の事を知ってやがる?」

米田は目を点にしている。さくらと真宮寺家については何も教えなかったのだろう。

言えば内藤は、強い者に憧れ、それこそ強さを求めてしまうかもしれない。危険なほどに。

「は、はいっ。以前、陸軍省でお会いしました。剣技と術に関して深く教わりしました。」

米田の不安が的中した。

(・・・・危険だな。)

剣技に魅了され、強さだけを追い求める危険さを考えての思いだろう。

内藤の兄、山崎少佐の様に・・・。

「改めてお願いします。」

「はい、こちらこそお願いします。」

内藤はさくらに対して敬礼をする。

「・・・術?」

表情を読み取られないように考えるマリア。剣と術との関係が結びつかないのだろう。

「さあさあ挨拶は終ったんだ。なら宴会だ。」

軍服に一升瓶の組み合わせも、米田のいつもの姿かと言えよう。

カンナの賛同の声も上がった。

「よっしゃあ、じゃんじゃん飲むぜぃ。」

「そうで〜す。じゃなきゃここに来る意味無いで〜す。」

マリアの呟きをかき消すが如く、盛り上がっていく。

その波にも、大神は流される事は無かった。

「中将、光武はどういう事です?」

「あぁ、光武・改を内藤の機体としてな。動くかどうか解らんが・・・・。」

質問にさらりと答える米田。誤魔化しきれるとも思っていなかったのだろう。

すみれが口を開く。

「では、中尉は何に乗るんですの?」

「あぁ、光武F2を巴里から持って来いと言ったのは、そういう訳だったんですね。」

大神が巴里での戦いの時に使用した機体『光武F2』。

帝都・巴里 両華撃団の技術の結晶ともいえよう。大神の比類無き強さを発揮できる、唯一の機体だ。

紅蘭は目を輝かせた。

「なんやてっ?光武F2があるんかいな。ほんま?大神はん。」

「あぁ、ちょっとした実験でな。頼むぜ紅蘭。」

「米田はんまかしとき。ばっちりやらせて貰うで。」

米田の言葉に目を輝かせる紅蘭。機体を整備できる事がうれしい紅蘭とっては朗報だろう。

『光武F2』が必要な場合が、戦い以外にあればの話だが・・・・

「じゃあ、そろそろお花見にしましょうか。」

「わ〜いわ〜い、お花見だ〜。」

かえでとアイリスは料理を広げ、米田は日本酒を大神はワインを取り出す。

大神の巴里の土産と言ったところだろう。そして、ほかの者は腰を下ろし、

紅蘭は何やらごそごそと小さな機械を取り出す。

「おいっ!!紅蘭?!」

カンナはとっさに振り向く。皆からはカンナの背に居る紅蘭は見えなく、

カンナの驚愕の声が届いただけだった。

それをよそに、紅蘭はいつもの言葉を口にする。

「ほな、スイッチオン。」

その言葉で内藤以外の全員は表情を変え、不測の事態に備え身構える。

紅蘭の発明品は一部の例外を除き、爆発している過去があるからだろう。

しかし、そんな期待をよそに紅蘭の機械は軽快な音楽を奏でた。

「よっしゃ、成功や!!」

感嘆の声が飛ぶ

「おお、爆発しなかったぜ。」

「壊れたのかも知れませーん。」

「なら今までの爆発は正常やったんかいっ!!」

「あら?違いましたの?」

紅蘭の突っ込みも悲しげに打ち消されていく。

その反面、内藤は目を輝かせている。

「すごい、すごいですね。」

内藤ただ一人だけ紅蘭の機械に感動を抱いている。その目は紅蘭と同じ機械好きの目であった。

「な、内藤さんそんな事言うと・・・。」

さくらの危惧する声は、届きはしなかった。

「内藤はん、ホンマ?ホンマかいな?」

発明品を理解できる仲間に出会えてはしゃぐ紅蘭。機械を誉めれば誰でも容易に予想できたであろう。

延々と説明は続かれる。

「ほんとに素晴らしいですよ。こんな小型で作り出すなんて。ここの針が気になりますが?」

内藤は機械の前面にある針を指差す。何かの測定値用の針であろうか、針は振り切っていた。

「うわっ、あかん。」

紅蘭は機械を見るや否やカンナに手渡した。

「おい、紅蘭!!どうすれゃいいんだよ?」

うろたえるカンナに対し、機械は相変わらず軽快な音楽を奏でている。

「チュドーーーーン!!!!」

次の瞬間には、黒焦げになったカンナと爆発した機械の破片だけであった。

爆発の寸前で、カンナが両手で押さえ込んだため、とりあえず被害はこれだけだ。

「ふぅ、やっぱり・・・」

マリアの呆れ声で一同は我に帰った。

「時間差爆発もするようになったね。」

「関西の人は芸が多いですこと。」

いつもよりたちが悪く爆発するようになった紅蘭の機械には、厳しい批評が飛ぶ。

今まで付き合わされた花組としては、当然と言えば当然の事なのだろう。

「え〜と、蒸気の排出に無理あったみたいやなぁ・・・・。」

意味の無い原因の解明をする紅蘭。

こういう場合は結果とその為に犠牲になったものへの対処が一番の問題になってくる。

「紅蘭〜〜。なんでその機械をあたいのとこになげんだよ〜?」

「いっ、いやぁ、えろうすんまへん。カンナはんなら丈夫やさかい・・・。」

「紅蘭、空に投げるとかは無かったのかい?」

「お兄ちゃん、料理にほこりが入っちゃうよ。」

「それもそだな。酒がまずくならぁ。」

さすがのカンナも呆れ顔になる。確かに、まっ黒焦げになっただけでカンナは傷一つ負ってはいない。

「みんな、その辺にしておきなさいな。」

かえでがその場をなだめようとするのを尻目に、内藤と紅蘭は爆発した機械について討論している。

「ここの配線と配管位置、ちょっとずれてません?」

「なるほど、そうやったんか。」

機械話に花が咲いている。花組の人間もあきらめ顔をしている。

「内藤はんも機械くわしいんやな。」

「ええ、兄がやっていたもので、それを見ていました。」

杯を傾けたままの米田が眉をひそめる。

内藤の兄・山崎真之介といえば米田と同じ帝国陸軍・対降魔部隊の一人だが、二度に渡って花組と戦い、

そして倒れていった。米田としては屈辱の過去だ。仲間を助けられず救えず死なせてしまったのだから。

光武の設計者でもあった彼の作業は、ただ単に光武の設計だけには留まらないだろう。

開発理論から配線や機関の搭載、そして戦闘に必要な情報伝達の収集機能。

そして敵を倒せるだけの戦闘力。

それをすべてを、一つ一つ見ていれば、自然に機械に詳しくなるだろう。

内藤の、機械に対する好奇心も当然存在はした。

「内藤はんのお兄はんて・・・」

紅蘭も機械に詳しい人物に興味を示したか、内藤に尋ねようとした。

「ほらほら、仕切り直しだ。パァ〜と行くぜ。パァ〜とな。」

そこに米田の声が止めに入った。紅蘭が内藤に尋ねれば、内藤は『山崎』の名前を出し、

花組に不安を抱かせるのは目に見えていたからだ。

「ちょっと、酔い覚ましでもしてきますね。」

内藤はスクッと席を立つ。

「レニ、ちっとついてってやんな。道に迷っちまってもことだしな。」

「解った。」

そっけない返事と共にレニも立ち上がった。

「レニ、いってらっしゃ〜い。」

アイリスが大きく手を振る。

レニはアイリスに返事も無く、内藤の後を無言でついていく。

内藤の『酔い覚まし以外の理由』に気付いたのだろう。

無論、レニを選んだ米田も同じくして気付いていた。

 

 

桜は満開に咲き乱れ、人々は今日の平和を喜びかみしている。

そんな中を、帝国陸軍の軍服に日本刀の男と、見目麗しい少年とも少女ともいえる容姿のレニが、

無言で並んで歩く様は、少し異様な光景であった。

内藤はあちらこちらの人を見渡しながら歩いていく。しかし後ろのレニを見る事は無かった。

無言の二人は、公園の端まで来てしまった。花見客がほとんどいない、いわば人気の無い場所だ。

「どこまで行く気?」

疑問を口にするレニ。

「いえいえ、ちょっとした酔い覚ましで、そこいら辺をうろつこうかと思いましてね。」

「内藤少尉はお酒を飲んで無かったから、必要ないはずだけど。」

内藤の顔が少しだけ険しくなる。

「・・・解ってらっしゃったのですか?」

内藤は酒を一口も飲んではいなかった。米田が進めないはずが無かったが、人知れず捨てていたのだ。

 

「少尉は酒を飲むと、危ないですからね・・・、昔っから。」

突然の男の声内藤は声の方向を振り向く。しかし、レニは反対側を見る。

声の主は、レニの見た方に居た。声の反響を利用したのだろう。

慌てて振り返った内藤は愕然と声の主を見た。

「小崎・・。なぜ、お前がそこに居るっ!?」

怒りに満ちた内藤の声があたりに響く。人気が無いの故、気に止める人は皆無だ。

内藤の見据える先には、やはり軍服に身を包んで居る。内藤より背が少し低く、

真面目さと、内藤には無い情熱さを感じさせる。

気をひそめていたのか、それにしても距離は近すぎた。

「私もあなたと同じ少尉になりました。」

そう言って、階級章を指差す。横に引かれた線の上に星が一つ鮮やかに光っている。

「答えろ・・・、何故ここに居るんだっ?」

レニは、間合いを取って二人を見守っている。

「私にも、素質があった。ということです。」

「ならば・・・・ここで斬って捨てても良い、という訳だな。」

内藤は腰に構えた刀。『光刀無形』に手をやる。無骨な刀が乾いた音を出す。

「いえいえ、今日は顔合わせぐらいにして置けと、大尉のお言葉ですから。」

刀に手をやる内藤の目が少し動揺した。

戦えばそれ相応の覚悟をしなければならないと、理解しているのだろう。

「その大尉も、こっちに来てるの?」

黙っていたレニが口を開く。

「えぇ、花組の皆さんの方に・・・。」

表情こそ変えないが、レニの心も奮い立った。

「行くよ、内藤少尉。」

レニはその言葉を聞くやいなや、一目散にかけ出していた。小崎も何をするわけでもなくレニを見送る。

「くっ・・・、小崎。お前は捨てたのか?」

レニについて行く気も当然あるが、内藤の頭に当座の疑問がよぎる。

「ええ、そうでなければ・・・・。」

小崎は、口重そうに、胸に手を当てる。

「そうか・・・・さようならだな、人間。」

そう言い残すと、内藤もかけ出していった。小崎からは、何の気も感じなかったからであろう。

小崎に背を向けて走り出す。

内藤も見送った小崎は、誰が聞くわけでもない、自分すら聞いてもいないかもしれ無い一人事を言う。

「あなたの方が・・・・『人あらざる者』ですよ。内藤少尉。」

 

 

機敏な動きを見せ、人ごみを走り抜けるレニ。比べると内藤は背を低くしつつも、

刀の為人にしばしばぶつかってしまう。内藤の陸軍の軍服と日本刀を携え走り抜けていく姿に、

文句をいう者は皆無だった。

花組の所に近づいたレニは辺りに気を配らせた。

小崎同様、どこに潜んでいてもおかしくは無いからであろう。

そして、レニは花組の所についた。

「あっ、レニだ〜。お帰りなさい〜。」

アイリスに声をかけられレニは腰を下ろす。

これ以上周りを見わたすのは不自然ゆえ、レニは気を配らせる。

「内藤少尉はどうしたの?」

かえでが辺りに目をやる。

「来るよ。」

ジュースの入ったコップを傾けながら、呟くように言うレニ。

遠くから息を切らしながら、内藤が駆け込んでくる。

「おいおい、ずいぶんな酔いざましだな。」

「ちょっと・・・・、走ってきたもので。」

酒を飲みながら内藤を笑い飛ばす米田。他の者も笑い出す。

「たかがそんくらいで、だらしねぇぜ少尉。」

「少尉、飲んでらっしゃるのに走ってきては、逆効果ですよ。」

カンナとマリアの忠告もどこ吹く風に、あたりを見回す内藤。

大尉と呼んだ人物は居ないようだ。潜んでいるとしたら、内藤に発見は無理であろう。

「どうしたんですか?きょろきょろして。」

さくらの声にやっと内藤は反応した。

「いえ、古い知り合いが居たような気がして・・・。」

「そんなのどうでもいいでーす。中尉さんと少尉さんの歓迎会なんですからねー。」

「織姫君には参ったな・・・。」

大神は内藤に目をやる。内藤は座り込んでいた。

「いや、気のせいでしょう。」

「じゃあそろそろ帰りましょうか。帝劇の案内もある事だし。」

「そうですわね。そろそろお車の用意もしなくてはなりませんわね。」

「うちは、蒸気バイクで一足先に帰りますさかい。」

「蒸気バイクですか?」

「そや、うちお手製のな。まぁ帝劇に帰ったら見せたるさかい、ほな。」

紅蘭は一足先に公園の出口に駆けて行った。

そしてカンナがその場を少々荒っぽく片付けた。大神は手伝うと言い出したが、

「歓迎会早々そんな仕事はさせなれないと」断られてしまった。

内藤は難しい顔をして、終始立ちつくしていた。内藤の言う大尉が現れなかったからであろう。

「おうっ内藤、けえるぜ。」

米田の言葉について行く内藤。

「・・・顔合わせのはずなんだが。何故来ない?どこからか見ているのか・・・。」

疑問の色を残し、花組一同は上野公園を後にする。

帝劇に帰るため、帝劇に入るため・・・。

 

 

花組の居なくなった上野公園で、二人の男が話し合っていた。

「行っちまいましたが・・・、顔合わせもしてませんぜ。」

「かまわんさ、出向けば内藤が戦うのは目に見えている。しかし、今の戦力では興味も沸かん。」

「へぇへぇ、お強いこって。では他の者の様子でも見に行きますか。」

「あぁ、そうだな。」

二人の男は、突然に姿を消した。その姿を見守る小崎少尉も又、姿を消す。

人間にして人あらざる者の、戦いの幕開けでもあった。