サクラ大戦 オリジナル小説 「剣と悲しき鬼神楽」

 

 

プロローグ

 

三月の初め、帝国華撃団 花組隊長 大神一郎が巴里から帝都へと戻る一ヶ月前、

ちょうど大神が「巴里−帝都」間の船出をする日。

帝都では一人の男が大帝国劇場の門をたたいた日でもあった。

帝国陸軍の軍服を着こなし、静けさをかもし出す男は、一度来た事があるかのように、

来賓用玄関から真っ直ぐ事務室に向かった。

男は「コンコン。」と事務室のドアをノックすると、返事も待たずドアを静かに開けた。

事務室の中は、必要な物しか置かれていない、

来賓用の玄関と繋がっている以外は、ごく平凡な造りだった。

その席には長髪の和服姿の女性と、その正反対の感じの受けるショートカットと洋服という二人の女性が

面を食らった顔で男を見つめている。見知らぬ男が仕事中にいきなり入ってこれば、

驚くのも無理は無いだろう。

急な来客に、和服姿の女性が気を取り直して男に話しかけた。

「な、何の御用でしょう。」

声自体は落ち着きのある声なのだろうが、さすがに動揺の色は隠せなかったらしい。

続けて洋服の女性がふっと気がついたように言った。

「ひょっとして、米田支配人に御用じゃないですか?」

「由里、そういう事は自分からは言わないものよ。」

不意に和服姿の女性が厳しい口調で言った。

こちらからの発言で相手の発言の選択肢を増やさせない。相手の本心を聞くためには、

あまり好ましい行為とは言えないだろう。

「は〜い。かすみさんはそういうところ厳しいですね。」

由里と呼ばれた女性は痛いところを突かれた顔でかすみと呼ばれた女性を見た。

そのやり取りを見ていた軍服の男は、少しだけ笑いながら言う。

「米田中将にお取次ぎ願いますか。」

由里と呼ばれた女性はそれを聞くや否や、嬉々とした顔になる。

「ほらっ、言った通りじゃないですか。」と嬉しそうに言った。

「そういう問題じゃないでしょ。あっ、少々お待ちください」

かすみはそう言うと、支配人室に向かって行った。

残された由里が好奇心に駆られて話しかけた。

「私、榊原由里っていいます。」

由里は軽い口調で軍服の男に言った。

「自分は内藤といいます。」

内藤は、軽い口調に対して軍人口調で答えた。

「ふふっ。大神さんみたい。」

由里は笑いながら答えた。内藤の軍人口調が大神と重なったのだろう。

「大神さんというと?」

内藤は少し厳しい顔で答えた。話し方からすれば、内藤も大神の事を少なからず知っているらしい。

「えぇとですね・・・・」

由里が答えようとした時、事務室のドアが開いた。

そこには支配人室に行ってきたかすみが、厳しい顔で立っていた。

由里の声が聞こえたのであろう。かすみは厳しい顔のまま言い放った

「由里、さっき言ったばかりでしょう。」

「ごっ、ごめんなさ〜い。」

由里は二人に厳しい顔で睨まれ、苦笑いするのが精一杯だった。

かすみは小さいため息をつき、気を取り直して内藤に向き直った。

「支配人がお会いになられるそうです。」

優しい感じのかすみの声が、内藤にもうつったのだろう。

内藤はスッと穏やかな顔に戻ると軽く会釈をして事務室を出た。

 

 

 

 コツコツという足音を出して内藤は支配人室のドアの前に立ち、ノックしようと手を差し出した時、

中年男らしい声が支配人室から聞こえてきた。

「どうぞぉ〜〜〜。」

内藤は少し笑いながら思った。

(・・かなわないなぁ)

そして真面目な顔に戻り、ドアのノブに手を掛ける。

「内藤少尉入ります。」

声は大きかったが、支配人室のドアは非常に静かに開けられた。

支配人室に入ると同時に敬礼をする内藤。

「失礼します。お久しぶりです、米田中将。」

とかしこまった顔をした。

支配人室の中には、中央の椅子にだらしなく座った中年男性と、

その傍に緑の服と白い上着の見目麗しい女性が微笑みながら立っていた。

この中年男性こそ、陸軍きっての戦略家であり、帝国華撃団・司令 『米田 一基』その人だった。

内藤をわき目で見ると同時に、米田の顔からさらに力が抜ける。

「おぅ・・・、久しぶりだな。」

米田は元気無く言い、机の上の写真たてを見つめながら悲しそうに言った。

「あいつが死んでから、もう何年になるかな。」

悲しそうな米田とは正反対に、内藤は顔色ひとつ変えずに言った。           

「人として死んだのは、一年程前でしょうか。」

傍らの女性は、何を話しているかわからない顔をして、二人を見つめていた。

「米田支配人。あの、・・・こちらは?」

困惑したまま言葉を発する女性を目にすると、米田は思い出したように言う。

「おっと、すまえねぇ。かえで君はこいつを知らなかったな。」

そう言いながら米田は、写真たてを手にとり、かえでと呼んだ女性に見せながら言った。

その写真は、己が体と剣だけで敵と戦ってきた、四人だけの戦闘部隊『帝国陸軍・対降魔部隊』

の四人が写った写真であった。米田以外の三人は、既にこの世から去っている。

「この写真の一番左端の男、山崎の弟だよ。」

それを聞くと、かえではさすがに驚きを隠せなかった。

「この、姉さんの隣の・・山崎少佐の弟さん?でも名前が。」

「姉さん?あなたは・・・」

互いの兄姉に疑問を持つ二人それを見ていた米田は豪快な笑い声響かせた。

「ダァーッハッハッハッ。」

そしてやっといつもの米田の顔になった。

かえでと内藤の二人は、目を点にして見つめ合っている。

笑い声はやんだが、米田の顔は笑っていたままだった。

「いや〜、すまんすまん。なぜかおめえらぁ見てると、こう笑いが込みあがってきてな。」

「支配人。まじめに答えてください。」

かえでが不機嫌そうに言った。

「こいつぁ〜。山崎の弟だよ。内藤は母方の姓でな。で、こっちはあやめくんの妹のかえで君だ。

いやぁ〜おめぇら見てると、山崎とあやめ君が重なっちまってな。やっぱり兄妹だな。」

含み笑いと共に、非常に簡単な紹介が終わった。

「もう、支配人。からかわないで下さい。」

かえでは困った顔をしているが、反対に内藤は敬礼をしている。

「よろしくお願いします。」

一方のかえでの方も、内藤の敬礼に答えた。

「よろしく。」

挨拶が終わると内藤は途端に厳しい顔になり、米田の方に向き直った。表情からは、怒気も感じ取れる。

「米田中将の刀と兄の刀、お渡し願いませんか?」

厳しい顔の反面、声には悲しさがあった。

内藤の質問には、米田よりかえでが敏感に反応した。

四振りにて一つとなる、『二剣二刀』。山崎家の『光刀無形』

そして米田の『神刀滅却』のその二刀を渡せと言っているのだから。

かえでの家に伝わっている、二剣の一つ、『神剣白羽鳥』持つ者としては、無理も無いだろう。

「なぜ、その刀が必要なの」

かえでも一変して厳しい顔になる。しかし口を開いたのは、内藤では無く米田だった。

「あぁ、あいつの刀、『光刀無形』なら、先の戦いで回収して、俺が預かってるよ。」

米田はそれを打ち消すがごとく、淡々と答える。

「お返し願いますか。」

内藤は米田に詰め寄ったが、米田はどこ吹く風で、ひょうひょうと聞いている。

「おめぇ、何であの刀が必要だ?兄の遺品だけってわけじゃあるめぇ。

それなら俺の刀、『神刀滅却』は必要ねぇしな〜。」

内藤の心を見透かすように米田が言う。

内藤は動揺した感じも見せず、静かに答えた。

「一族の・・・、『鬼』を斬るためです。」

「へっ、やっぱりな。」

米田が不機嫌そうに言い放つ。一方のかえでは何がなんだかわからない様子だ。

「かえで君、すまんねぇが、地下倉庫の金庫の中の刀を、取って来てくれねぇか。」

「・・・はい。」

かえでは納得いかない顔だったが、仕方なく地下倉庫に向かって行った。

人払いを含めた米田の心づかい気付いたのだろう。

「すいません、中将。」

内藤は軽く会釈する。米田は内藤に対して、鋭い目を向ける。

「いいって事よ。あまり知られたくないんだろう。」

内藤は、かなわないといった顔を一瞬だけした。

しかしすぐさま厳しい顔に戻る。

「我が一族の裏の顔、『鬼』を滅するため、なにとぞ刀を。」

「バカ野郎ッ。おめえみてぇなヒヨッコが一匹いたって、無駄死にが関の山だっ。」

堰を切った様な米田の怒号が、支配人室に響く。

「刀さえあればっ、技が完成こそすればっ、それにあれは、山崎家の問題です。」

言い寄ってくる内藤に、米田は睨みつけながら話した。

「どうせその技ってのは、山崎家の禁呪だろうがよっ。技の属性も性質も、使った奴への副作用も、

全部あいつから聞いてんだよ。降魔戦争の頃に光武の開発が決定されず、

怒り狂った山崎が使うかどうか迷ってたよ。・・・結局。使わずじまいだったがな。」

怒号を飛ばす米田。しかし最後の言葉は、悲しみに満ちていた。

「承知の上ですっ。」

「だからっ、おめぇはヒヨッこなんだよ。」

内藤と睨みつける米田。二人の間に重い沈黙が流れる。不意に支配人室のドアがガチャリと開く。

気配に気が付かなかった米田と内藤は、すぐ様ドアの方に目をやる。

そこには、一振りの刀を持って険しい顔をしているかえでが居た。

「ちぇっ。あんな大声で言いあってりゃ聞こえちまうか。」

米田がばつが悪そうに言う。

「支配人、今の話。本当なんですか。」

「ああ、ぜぇ〜んぶ本当だよ。山崎のやろうから聞いたんだからな。」

内藤は、話よりかえでの持っている刀のほうに気がいっている。

内藤ははやる気持ちを隠せず、かえでに言い寄る。

「その刀を、お渡し願いませんか。」

一目で『光刀無形』と解かったのだろう。かえでは、そんな内藤の気を受け流すかのように微笑む。

「あなた、帝国華撃団に入らない?」

唐突なかえでの言葉に、言葉を失う米田と内藤、そして静かに微笑むかえで。

かえでの考えを理解したのか、米田はフンッと鼻で息をする。

「確かに、ここで暮らし、あいつらと一緒に戦えば、その馬鹿な考えも変わっちまうだろうよ。」

ほっとした顔になり米田が言う。

『命を捨ててでも闘う』という考え方、それを打ち破ってきた帝国華撃団なら内藤を迎えられる。

米田はそう確信しているのだろう。

「私が・・・・ここで。帝劇の人とですか?」

「ええ、花組のみんなと一緒にね。」

内藤の困惑した返事を笑顔で返すかえで。

「しかし・・・、これは山崎家の・・・」

自分一人で戦おうとする内藤に、米田はのんきな声が向ってきた。

「ああ、俺の刀『神刀滅却』はなぁ、帝国華撃団・花組隊長。 

つまりぃ大神のやつに預けたまんまだったけかなぁ。あいつぁ留学で巴里に行っちまったしぃ、

まぁ帰ってくんのに一ヶ月ぐらいかかっかな。大神にゃあそん時に紹介したらぁ。」

米田は勝ち誇った顔で言う。大神が『神刀滅却』を持っていて、すぐに帰ってこれないというのは、

最初から米田の策だったのだろう。

それを聞いて、少しうろたえる内藤。一人で鬼と戦うとは言ったが、

『二刀』が揃わなければ内藤の考えは打ち破られてしまうのだろう。

かえではいたずらっぽい顔で二人のやり取りを見届けている。

少しさびしそうな顔で米田が口を開く、

「おめぇが真に、帝国華撃団と共に戦うってんなら、『二刀』は力を出す事もないだろぅよ。

ひとりの犠牲をも出すことなくな。」

「やはり、中将殿にはかないませんね。では、一ヵ月後にまた来ます。」

少し微笑みながら内藤が言う。

「しかし、『光刀無形』だけは、返して頂きます。兄の形見の意味もありますし。」

承知をしていたかの様に、かえでは笑顔で刀を差し出す。

内藤は片手で刀を受け取ると、静かに深呼吸をし、刀の感触を確かめている。

そして入ってきたと同じく敬礼すると、

「失礼します。」と、かしこまった挨拶をして、支配人室を出て行った。

見届けた米田とかえでの二人は、疲れをも思わせる困った顔をしていた。

「困った子ですね。」

「あぁ、山崎の野郎と大神を足した感じだな。」

浮かない顔をした米田とかえでは、

「ふぅー。」と同時に深いため息をついた。