猫山宮緒『今日もみんな元気です』レビュー


95年から97年までで全6巻出版された、白泉社の少女マンガ『今日もみんな元気です』のレビューです。最終巻までのネタバレがあります。未読の方はご注意ください。

普段ジャンプがどうのSFがどうのゲームが古典がと言っている身なので本屋で少女マンガの棚を歩いているだけで驚かれますが、別に少女マンガくらい読みますよ。

といってもギャグかサスペンスかヒューマンドラマばかりなので、いわゆる正統派少女マンガは『今日もみんな元気です』くらいしか持っていませんが。

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この漫画は全編を通して新潟県のある中学校を舞台にした少年少女達の甘ずっぱい日々の生活を描いたピュアストーリーです。

『今日もみんな元気です』というタイトルには登場人物達だけではなく、読んでいるこちら側も皆元気になるような、そんな意味合いが込められているそうです。繊細な心理描写とピュアな物語の数々で、確かに読んでいると元気になってくるような感じがする漫画です。

全6巻の作品ですが、3巻までがさまざまな少年少女達の物語をオムニバス的に綴っていくストーリー。そして後半は殆ど鳥原姉弟中心の物語となります。

そろそろネタばらししましょうか。3巻までで終わってたら普通の漫画なのでわざわざレビューしません。

3巻までの正統派少女マンガのストーリー素直に同調して後半の展開を読んだら驚くんじゃないか。繊細な心理描写とピュアな物語という作風は全編を通して変化がありません。ただ後半の主人公の鳥原姉弟の行動がとんでもないのと、舞台となっている中学校は変化が無いのに何故か前半の主役が全く出演しなくなり、おかげで止める役が殆どいなくなるんです。本当に作風は変わってないんですが・・・。

ここで後半の主人公である鳥原姉弟についての説明に入ります。

鳥原姉弟、早絵と草太は仲の良い双子です。前半は特に主役というわけではなく、むしろ塚本やカナが主役で姉弟はその友人・応援役でした。

姉弟・・・作中の表記にならって双子と書きましょうか。は、中学生にしては発育が遅く絵や言動を見た限りでは10歳かそこらに見えます。両親はちょっと一般常識にとらわれないタイプで、そんな父母の元で可愛らしく性格の良いマスコット的な存在でした。前半までは。

後半は「天使のよう」とさえ言われていた双子がお互いの性差を認識し、(明らかにプラトニックでは済まない事を前提とした)恋愛をするまでの物語となります。前半の主人公格は親友設定であるにも拘らず全く出てこなくなります。

それどころか前半のストーリーですら早絵と草太目線で読み返してみると、前半のオムニバス形式ピュアストーリーも別の見方が出てきます。

すなわち鳥原姉弟はただの前半主役カップルの親友役応援役であるにぎやかしマスコット的双子ちゃんではなく、自分達の性差も正確に認識できないほど発育が遅くやや一般常識に欠けた家庭で育った人物である事。

そんな双子の姉弟が友人達の極普通の恋愛や成長を通じて、性差・恋愛・性(セックス)を認識する物語である。つまり早絵と草太は全編を通じての主人公格である事です。

「読み返してみて伏線に気づく」ってやつです。確かに初めて読んだときも早絵と草太の行動は実の姉弟にしてはおかしくないかと思ったけれど、他のキャラ達みたいに順当に成長するとばかり思っていました。つまりお互いべったり依存から脱却して普通の仲の良い双子の姉弟としてそれぞれ精神的に自立していく話になると思っていました。心理描写やイメージ図がああなのはこの漫画の作風だと思い込んでました。

精神的に自立どころかこれ以上ないくらい内にこもっていて、あのあと前半の親友達や両親とどんな会話をするのかが一切描写されないので心配になってきます。

実際に1巻に入っていた「新宇宙交響曲」とう読みきりに「『今日も〜』の早絵・草太とは別の世界の早絵・草太」が出てきますが、そっちの彼らはきちんとそれぞれ精神的に自立していく方向に話が進んだんです。作者の猫山さんは「新宇宙交響曲」に納得がいっていなかったらしいですが、だからといってああなるとは。

いや、本当にビックリしました。小学館ならともかく白泉社でこういうのはやらないと思っていましたから(担当さんは反感持っていたみたいです)

先ほど自分達の性差も正確に認識できないと書きましたが、正確には違います。読み返してみたら早いうちから性差は認識しています。「自分達の性差も正常に認識していない」が正しいですね。

早絵はどんどん成長していく草太に置いて行かれるという危機感を抱いているのですが、草太の方は・・・作中のあるキャラの言葉を借りるなら「シスコン」「筋金入りの変態」。・・・察してください。

ただこの話の特異なところは、こういった話を中学生のピュアなストーリーとして繊細で圧倒的な心理描写と共に正面切って描いている所です。

だから引き込まれてしまいますし、何度も早絵と草太視点で読み返してしまうのです。そんな不思議な力を持った作品です。

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もしかしたら私自身が(明らかにプラトニックでは済まない事を前提とした)実兄妹・姉弟の恋愛に嫌悪感を持たないタイプなのかと不安になった。実際、神話などでのきょうだい結婚は何とも思わない。古代王朝などの風習としてはちょっと嫌だけどまあいいや。でも現代日本を舞台にした話で鳥原姉弟以外だったら「地獄へ落ちろ、親不孝もの!」くらいは思う(充分か)

このレビューを書くにあたり1巻から読み返したら、早絵と草太のあまりにもの良い子っぷりに思わず額を押さえた。前半ではこの双子はきちんと友達が大勢いて周りから信頼されていて、2巻以降だとこの2人にも真っ当な恋愛のチャンスが訪れるんだよね。

後半はキャラの整理がされて親友達も出てこなくなります。ラスト2話は別のキャラ(松波)に視点が移りますが、最終回にも関わらずほぼ松波+双子のストーリーとキャラの数が少ないです。松波は双子の事は肯定派ですね。

私は『今日もみんな元気です』の中ではラスト2話の松波視点の話が一番好きです。もし双子が両思いになる話で終わっていたら心が空中に放り出されたような気分になったでしょう。ただ松波自身も大概なキャラで何かをたくらんでいそうなタイプなんですが。それでもラスト2話の松波視点の話によりこの作品全体の締まりを与えています。

こう書き出してみると、おそらくとんでもない話に思われるでしょう。それでも不思議な事に、読んでいるとまるで猫山ワールドに引き込まれたような感覚に陥るのです。この作品の作風と波長があったなら、最終回を読み終わった後「今日もみんな元気です」と思わずつぶやくでしょう。そんな私の好きなマンガです。


あとがき━━早絵や草太みたいな話を別の人が書くか、あるいはこの作風と波長が合わなかったら嫌悪感しか出なかったろう。それなのに最終回を読み終えたら、タイトルである「今日もみんな元気です」というフレーズがつかめたような気分になるのだ。

理屈じゃないマンガがこんなにレビューしづらいとは思わなかった。

(2007.06.23)

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