楠木を植樹する末光住職さん 甘露寺は、山を背にして前方に開けた平地より一段高いところにあります。境内にはさまざまな樹木があって、それが山の木々と溶けあった中に伽藍(がらん)が見えます。

 みなさんは、境内に何本かのクスノキ(楠)が植えられているのをご存知でしょうか。まだそれほど大きくありませんから、気をつけて見てみないとよく分からないかもしれません。クスノキは、境内を入ってすぐの駐車場の参道寄りに1本、それから参道を隔てて向こう側にも1本あります。苗木を植えてから今年(平成17年)で4年になります。植樹のときは3メートル位でしたが、今では4〜5メートルくらいに育ちました。枝が張るところまでになっていないので、姿形はスラリとしています。葉はツヤがあり、カシやツバキのように冬でも青々としています。

 クスノキが植えられるまでには、次のような経過がありました。ご住職は、平成13年が新世紀2001年にあたることから、何か記念になることをと考えておられましたが、ある時ふと開基さまに因んだクスノキを植えたらどうだろうかと思いつきました。甘露寺の開基さまは楠木正勝公です。氏の名は、その名のとおりクスノキです。そこで役員さんたちとも相談しましたが、近隣ではこの木を見かけることがなく、この地方の環境に適した樹種なのかわかりませんでした。

 いろいろ調べてみると、クスノキはクスノキ科の常緑広葉樹でもともと日本の中部以西など暖地に適した樹種とのことでした。そういえば開基さまの一族である楠木氏は、畿内の河内あたりが本拠地だったそうですから、クスノキがたくさん茂っていたのかも知れません。一方、ここ北駿の地はナラやクヌギ、ケヤキがよく育つ落葉広葉樹林帯ですから、はたして暖かい環境を好むクスノキが寒さに耐えてうまく育つか心配でした。そうした折り、たまたま近くのお羽黒さん(谷戸の羽黒神社)にこの木があり、まだそれほど大木にはなっていませんが立派に茂っていることがわかりました。

 お羽黒さんで育っているなら植えても大丈夫ということで、植樹は、甘露寺の大切な行事のある4月8日の大般若会の日が選ばれました。クスノキは、先ほどお話した参道脇のほか鐘楼横の茶園や裏山に全部で5本植えられました(裏山に植えた内の1本は、その後日当たり等の関係で枯れてしまいました)。植木屋さんのアドバイスもあって、クスノキを植えてからご住職は冬になるたび防寒シートを巻いて大切に保護しています。

 国語学者の金田一春彦さんは、著書『日本語』(岩波新書)で日本は豊かな自然に恵まれていることから植物に関する語彙(ごい)が多いことを述べ、日本はまことに木の国で、各種の木に対してその特質を見極め、仏像にはクスノキを、家の柱などにはヒノキを、酒樽にはスギを、手桶にはサワラを使ったと書いています。仏像に用いられるクスノキは、お寺にもよく似合う木といえそうです。

 クスノキは、高さが20メートル、直径が2メートルもの大木になり、樹齢が千年を越える木もあって各地に巨木が残されているそうです。ただし、関東地方では大木はまれだそうです。公害にも強いので最近では都会地の緑化木として、駅前広場や高層ビルの前の緑地などに使われています。この木から防虫剤の樟脳(しょうのう)が作られる
のは有名です。

 西暦2001年に植えられた甘露寺のクスノキが200年、300年と無事に育てば、その頃には枝葉を広げた巨木になって、甘露寺を象徴する木になることでしょう。

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