甘露寺十八世 深谷道契老師筆 「十六羅漢画像」十一幅

 「小山町報」(昭和5年6月・第1号〜昭和15年10月・第125号)の昭和12年10月号(第89号)に、甘露寺十八世住職の深谷道契(どうかい)老師の遷化(せんげ)の記事がのっている。

                甘露寺老僧遷化
 菅沼甘露寺住職深谷道契氏は数年前より楽隠居として文墨を友とし、悠々余生を送り、就中(なかんずく)画は堂に入りし修練者なりしが、去る10月10日(にわか)に病没したる趣、(しこう)して葬儀は追て発表せらるゝ由、老師は行年七十二才なりしも壮健にして齢以下に見らるゝ程の元気者なりしに惜まれて居る

とある。次の11月号(第90号)には、「前甘露寺住職葬儀」という見出しで10月29日に、本葬儀が盛大に執り行われたことが報じられている。この「小山町報」の記事で注目すべき点は、道契老師が絵が上手であったという点である。

十六羅漢画像を寄贈された子上氏と大芝さん
子上氏と大芝さん
平成17年5月26日甘露寺にて

 今回(平成17年5月26日)、深谷道契老師の後継者であった甘露寺十九世深谷博道老師の次女、大芝珪子さんと長女延江さんの夫君、子上良夫氏から、道契老師描く「絹本着色、十六羅漢画像」十一幅が甘露寺に寄進された。

 阿羅漢は梵語アルハトの音訳で、羅漢はその略称である。羅漢は三界(欲界、色界、無色界)の煩悩を断ち、修行を完成させ、世の中の供養を受ける資格のある尊者のことである。中国、唐代の高僧で、漢訳経典の第一人者である玄奘(げんじょう)(602年〜664年)訳の『大阿羅漢難提蜜多羅所説法住記(だい あらかんなんていみったら しょせつほうじゅうき)』(以下法住記)によって、十六人の尊者が定まった。尊者名と眷属(けんぞく)、在住地を別表に記してみる。

  名 称 眷属 在住地 道契老師の区分
第1尊者 ヒンドラバラダジャ
賓度羅跋羅惰闍
1000 サイフダニ
西瞿陀尼洲
 1幅
第2尊者 カナカバッサ
迦諾迦伐蹉
500 カシミラ
迦濕彌羅国
 2幅
第3尊者 カナカバリダジャ
迦諾迦跋釐墮闍
600 トウショウシン
東勝身洲
 2幅
第4尊者 ソヒンダ
蘇頻陀
700 ホククル
北倶盧洲
 3幅
第5尊者 ナクラ
諾距羅
800 ナンセンブ
南贍部洲
 3幅
第6尊者 バダラ
跋陀羅
900 タンモラ
耽没羅洲
 4幅
第7尊者 カリカ
迦理迦
1000 ソウカダ
僧迦荼洲
 5幅
第8尊者 ハジャラフタラ
伐闍羅弗多羅
1100 ハラナ
鉢刺拏洲
 6幅
第9尊者 シュバカ
戍博迦
900 コウスイザン
香酔山中
 6幅
第10尊者 ハンタカ
半託迦
1300 三十三天  7幅
第11尊者 ラコラ
羅怙羅
1100 ヒリヤウク
畢利やう瞿洲
 8幅
第12尊者 ナガセナ
那伽犀那
1200 ハンドハ
半度波山
 9幅
第13尊者 インガダ
因が陀
1300 コウキョウ
廣脇山中
10幅
第14尊者 バナバシ
伐那婆斯
1400 カジュウ
可住山中
10幅
第15尊者 アジタ
阿氏多
1500 シュウフ
鷲峯山中
11幅
第16尊者 チュダハンタカ
注荼半託迦
1600 ジジク
持軸山中
11幅
十六羅漢の尊名眷属の数と在住地、及び道契老師の区分
※漢字の無い文字はひらがなで表記しています

 道契老師の十六羅漢画像は十一幅に描かれている。通常、十六羅漢画像は一羅漢一幅に描かれることが多いが、道契老師の十一幅羅漢画像は特異である。

※左側の画像をクリックすると、拡大写真画像を表示します。
ヒンドラバラダジャ  第1尊者の賓度羅跋羅惰闍(ヒンドラバラダジャ)は、武装した杖をもつ鬼のような眷属を従えた尊者が、右手に如意棒を持ち雲上にに浮かんでいる。
カナカバッサ と カナカバリダジャ  第2尊者と第3尊者は、同一画幅に描かれている。一人は折本(おりほん)の経本を大切そうに包み、もう一人の尊者は杖を突き、編み笠を背負い、布衣を纏った旅装姿と思われる。道契老師の十六羅漢画像は、一般に人間味にあふれている。
ソヒンダ と ナクラ  第4尊者と第5尊者は対座し、上座の尊者は払子(ほっす)を持ち、一足の靴を並べ、もう一人の尊者の経文に聞き入っているような雰囲気で、下座の尊者の姿は僧である。
バダラ  第6尊者は、龍に(またが)り払子を振るう勇壮な姿で、眷属の男が十文字の(やり)をもって従っている。
カリカ  第7尊者迦理迦(カリカ)尊者)で、養ろ(ようろ)徹定編『羅漢図讃集』中に類似の画像があり、「眉の長さは一丈(3m30cm)以上あり、自分の体に巻くほどである」と書かれている。
ハジャラフタラ と シュバカ  第8尊者と第9尊者は、一幅に描かれている。上の尊者は虎の上に座り、下の尊者は岩に寄りかかり草を敷き、側に(ちつ)入りの書物を置いて対話している。
ハンタカ  第10尊者は、天から降下する龍神を見上げ、右手に錫杖を持ち、左手に鉢を抱えている。
ラコラ  第11尊者(羅怙羅(ラコラ))には、右下に詞書(ことばがき)があり、大様、甘露寺十八世の道契和尚が十六羅漢を描こうとして十五尊者まで書き上げたところで遷化されたので、法嗣の博道和尚の求めに応じて十一尊者・羅怙羅を描いたと、修禅寺住職・丘球学老師が記している。羅怙羅尊者は釈迦の一子で、十大弟子中、戒行第一と称せられた。道契老師の十五尊者画像は彩色があるが、丘老師の描かれたこの一幅は白描である。
ナガセナ  第12尊者の図様は、童子が背中に隠れ、尊者は右手に緑色の(へい)を持ち、香煙の上に三重の仏塔が浮かんでいる様を描写している。
インガダ と バナバシ  第13尊者と第14尊者は、一幅に描かれている。上座の尊者は生きた獅子の上に座し、長杖を持つ。下座の尊者は対座しながら、何故か首を左に向けた横顔を描いている。
アジタ と チュダハンタカ  第15尊者、第16尊者も一幅に描かれ、毛髪の縮れ工合から異国風である。上座の尊者の側には蓮花を飾り、側に経本と覚しき巻子本を置いている。下座の尊者は背面を見せ、手に如意棒を持っている。

 以上が十一幅に描かれた道契老師の十六羅漢画像の大様である。これらを描くには、ある種の手本があったり、古典籍の十六羅漢の解説に影響を受けていると思われるが、十一幅に構成するなど独創性も認められる。

平成17年6月7日  岩田  晶 記