内陣入口正面の唐狭間(欄間)内陣入口正面の唐狭間(からさま)(欄間) 本堂の唐狭間は、井波(現在は合併し、富山県南砺市本町となる)の番匠屋十六代・田村与八郎先生の作で、極楽の世界と桃源郷を現しています。
 左の唐狭間は、内陣入口正面の雲に迦陵頻伽(かりょうびんが)(極楽鳥の一種)です。
 大間入口には「山鵲(さんじゃく)」、左右には「鳳凰(ほうおう)」が描かれています。
 この唐狭間は、平成8年本堂の大改築に併せて作られたもので、歴史的にはまだ新しいのですが、その優れた造形美は美術品としても後世に残すべく、大切な寺宝となっています。

雲に迦陵頻伽 唐松に山鵲
雲に迦陵頻伽 唐松に山鵲
桐に鳳凰 蓮と白鷺
桐に鳳凰 蓮と白鷺
海棠に小鳥 菊に朱雀
海棠に小鳥 菊に朱雀
■ 番匠屋十六代 田村与八郎先生による下絵図 ■
内陣入口唐狭間の下絵図

本堂内陣入口の唐狭間【井波彫刻の特徴】
 井波の彫刻は、接ないで作る技法です。「接ぐ」とは、「二つの物をつぎあわせる(『大辞林』)」ことで、井波彫刻では、地板の芯材に彫刻をはめ込んで行く方法です。田村先生は、材料の無駄の少ない技法ですと説明されています。
 私達は一枚板で彫ることが自慢だと思っていましたが、井波彫刻は、接ぐと云う技法を積極的に取り入れ、立体感溢れる彫刻を、廉価に作り出したのです。即ち、井波の彫刻師は、一枚板の厚さを自慢することを取らず、職人本来の彫刻の出来と価格に腕を競い合い、現在の栄誉得るために、「接ぐ」技法を意識的に導入したのです。因に、能登の総持寺祖院の法堂玄関のすばらしい彫刻も、接いで出来ています。
 

【唐狭間について】
 井波(富山県)では、本堂の欄間の事を「唐狭間(からさま)」と呼び、庫裡や一般在家のものを「欄間」と呼び区別します。「唐狭間」の呼称は、井波彫刻独特のようで、江戸時代より「唐狭間」と云う呼称は使用され、真宗本堂の欄間を指して「唐狭間」と呼んでいました。
 「唐狭間」は、鳳凰や龍等の図柄を彫り、昔の庫裡の欄間は蝙蝠(こうもり)等の図柄、明治以後の一般住宅の欄間は、風景や花や小鳥等の現実的な図柄を彫るのが基本だそうです。

(『平成の甘露寺本堂建設記録−甘露寺本堂の欄間導入経緯について』 平成9年2月発行より抜粋)