日本語の起源について

ここで日本語の起源に関する産業能率大学の安本美典氏の説を紹介する。 安本美典氏は日本語(現代東京方言・上古日本語・琉球語)と アイヌ語,現代朝鮮語・中期朝鮮語を含むアジア・太平洋諸国・諸地域の言語とを,基礎語彙200語を対象にして計量言語学の手法を用いて比較し, 概略次のような結論を出している。

● 音韻上,文法上の特徴においてはマライ・ポリネシア諸語などの南方系の言語や,中国語,ヨーロッパノ諸語などに比べ,上古日本語(奈良時代の日本語)との一致度において,アイヌ語や朝鮮語,さらにはアルタイ諸語などのもつ優位性はあきらかである。
(注記 1)

●インドネシア語やカンボジア語などは文法的・音韻的特徴は日本語から離れているが,語彙的には,上古日本語と,偶然以上の一致が見られる。 またビルマ系諸語が朝鮮語に近い一致度を示していることは 注目される。(注記 2)

● 遺伝学上の見解として「アイヌ人,沖縄人,東京人たちは,南アジア(南中国、台湾原住民、タイ人、フィリピン人)の人とまったく異なっている。 台湾原住民でさえ,アイヌや沖縄人と密接に関係しているようには見えない。・・・・遺伝学に基づく樹状図は,日本人の三つの集団(アイヌ・本州人・沖縄人)のすべては,北アジアに起源をもつことを示す。・・・・・」(ペンシルバニア州立大学 根井正利氏) という結論は計量言語学の結論と一致する。

そして,次のような仮説を提示している。

◆ 2〜1万年前,日本海を取り巻く広い地域に 環日本海人と呼ぶべき人たちがいた。彼等はユーラシア大陸の東北部に押しだされてきた人たちである。 彼等の言語を「古極東アジア語」と呼ぶことにする。
( 当時の日本海は内海・湖であり,日本と大陸は現在のサハリンと九州の地を介して地続きであった。 日本海が現在の形になったのは約8,000年前 )

◆環日本海人は日本人の母胎である。 現代日本人は,遺伝的な諸特徴を,主に環日本海人から受け継いでいる。
日本語の骨格をなす文法的・音韻的諸特徴なども環日本海語から受け継いだとみられる。

◆日本海の北回りで大陸とつながるような環日本海人の子孫が,縄文時代人の大多数であり,さらにその主なる子孫がアイヌとみられる。 縄文時代の人口分布の特徴はいちじるしく東日本に偏っていることである。

◆日本海の南回りで大陸とつながるような環日本海人が,縄文時代も南朝鮮,対馬,壱岐,北九州などにいた。 この人たちが,長江下流域からの水田耕作や文化などを積極的に取り入れ「弥生文化」を成立させた。 南朝鮮にいた倭人は,その後,朝鮮半島から次第に押し出された。

◆古極東アジア語は,日本列島が大陸から離れるにつれて( 5,000〜 6,000年くらい前に ),

の三つは方言化し,異なる言語へとに分化していった。
◎ この地図をクリックすると大きな地図が開きます(Click this map to see a bigger map)

jp_map01.jpg

◆ 日本祖語の成立地域のうち,北九州を中心とする地域に,のちの三世紀ごろ邪馬台国が成立した。 邪馬台国勢力は,出雲地方に,南九州に,そして近畿へと勢力を伸張させた。 やがて邪馬台国後継勢力が,畿内(大和)に大和朝廷をたてた。 大和朝廷は,さらに東へと勢力をのばしつづけ,ついには日本列島全体を日本語化した。

◆ 歴史時代になってからは漢語[中国語]の強い影響を受け,大量の単語を借用した。



■ 古朝鮮語を話す人々は,もともと南満州(現中国東北地区)にいたが次第に南下してきた。新羅・百済系言語(韓族)と高句麗系言語(夫余族)には早くから違いがあった。 夫余族と韓族とは約 1,500年前に分裂という説が有力である。新羅語の後裔が現代韓国・朝鮮語である。(注記 6)

<出典:安本美典著 『新説! 日本人と日本語の起源』 宝島社新書>



【注記 1】 日本語とアイヌ語・朝鮮語との近親度


日本語・アイヌ語・朝鮮語の関係を調べてみるると,
(1) 日本語はアイヌ語とよりも朝鮮語と関係が深い。 これは,「古日本語」が,南部朝鮮から北九州にかけての地域でおきたとみられることと関係するとみられる。
(2) アイヌ語は日本語とよりも朝鮮語と関係が深い。 アイヌ語は北回りで,大陸の言語とつながると考えられる。


【注記 2】 日本語とアジア諸言語との近親度
Page Top
(1) インドネシア語やカンボジア語など,南方の言語が,朝鮮語と同じ程度に,日本語と強い関係を示す。(ベトナム語,モン語などの南方の言語もある程度の関係を示す)
(2) ビルマ系のロロ語が,日本語と,それほどまでに強くはないが,偶然以上の関係を示す。(ビルマ系の諸言語はとくに身体語などにおいて,日本語と強い関係を示す)
(3) 日本語が,中国語の北京方言と,それほどまでに強くはないが,偶然以上の関係を示すのは,ここ二千年ぐらいのあいだの,中国語の強い影響にもとづくものであろう。
(4) ネパール語,ベンガリー語など北インドの言語が,上古日本語とそれほどまでに強くはないが,偶然以上の関係を示すのは,注意を引く。 ネパール語,ベンガリー語とビルマ系の諸言語との接触,あるいは,佛教伝来の影響などがあるのかもしれない。


一つj前のステップに戻る

【注記 3】 数詞の比較
数詞 (固有語)
日本語琉球語日本語の韓国・朝鮮語高句麗語 ビルマ語群ビルマ語群 ヒマラヤ語群
   倍数関係表記漢字推定古音LašiMaru Dml
1hito(Fito)ti  hana/(中国上古音)tàtà ai-lo
2huta(Futa)t1の2倍(h-h) du:l okšikai
3mim  se:tmit/
(mΙt)
s‘åmsàm sm
4yoy  ne:t mikpyit diå
5ituichi  dast于次ucha/
(Ιuag ts'ier)
uå nå
6mum3の2倍(m-m) yst chukchau t
7nananana  il-gob難隠nanun/
(nan•Ιn)
ñetnai nhiï
8yay4の2倍(y-y) ydlb šetšä yai-lo
9kokonokukunu  a-hob kokkok k-hå
10t (towo)t5の2倍(i-i)
祖形=*itso?
y:ltk/
(tk)
tàs‘etàtsä tai

日本語 との 一致度 2 (3) 3 33 4

琉球語 との 一致度 2 3 43 4
※ すみれ色の個所は日本語/琉球語と語頭音が一致するところ。 中国上古音(周・秦)は 藤堂明保編 「学研大漢和辞典」による。
中期朝鮮語の "七"は nil-gobだったから,これも日本語と一致することになる。 当表は文献@Aから転載

(現在のビルマ語族の六以下の小さい数字は,時代の洗礼(中国語の影響など)を受けたため,古代の片鱗を留めていないのではないかという推測も成り立つ)
(では,高句麗語もビルマ系江南語の影響を受けたと考えられるとしたら,いつ・どこで・どのようにしてかが気になるが,色んな推測はできても確定的なことは歴史の闇の中に消えている)




【注記 4】 身体語の対比

一つj前のステップに戻る

身体語における日本語とビルマ系諸言語との一致
 

(琉)
(球)
(語)
     ナガ語群 クキ・チン
語群
 ビルマ
語群
 インド
ネシア
 韓国/
朝鮮語
 上古音首里
方言
 Bodo Mech Llung Dms Taungk'ul Taungθa Tavoyan   (ローマ字表記)
ti khai nkhai iy;
j
 yao p kut làk
tangan son
asihwisja
fa;
theng
 ntheng
j-thang yga p‘ei kå-p ke pwa kaki bal;
da-ri
Fanahana ganthang guntung gung gng n-ta
harå
hnà ko
hidung ko
mii
mgan
mgan
mu
m
mik
mi
myit si
mata nun
kutikuci
khug
khug
khu
k
k‘a-mor
k pazt mulut ib
Fahaa
hthai
hthai
h
htai
h
h θw gigi i
mimimimi
khâm khum khnjur kamao k‘a-n n npwt telinga gui
kii
khenai
khnai
khu-ni
kamai;
kanai

kui-sam tsam sàn bàn rambut teol
kasiraçiburukhârâkhorkhplkrkui lukkepala meo-ri
sitaiba
sila
slai
si-li
shalai ma-le le
š lidah hyeo
Fara'wata udoi uduipu-mhwukwànwumperutbae
sö;senagani bikhung bikhung lngal-pathishma k‘um-k‘or ku-runtjå belakang deung
上古音との
一致
 7 6 8 8 5 4 4 5  
首里
方言
との
一致
 6 5 6 5 6 5 5 3  
  ○印は上古語と一致,△は首里方言と一致。 文献Cpp74-75とDpp195-196から転載





【注記 5】 言語年代学

一つj前のステップに戻る

東京方言と沖縄首里方言とは基礎的な単語を調べるかぎり,明らかに,一定の対応関係がある。 また東京方言の「o」は,規則正しく,首里方言の「u」と対応している。
「水」 「月」 「耳」など,全て人類集団が,それにあたる語をもとから持っているような,基礎的な,日常的な概念をあらわす語は,時間に対する抵抗力が大きい。時が経っても容易に変化しない。
これに対し,文化的な単語は,時と共に変化しやすい。 例えば「活動写真」 「シネマ」 「映画」や,「外套」 「オーバー」 「コート」などは不安定である。
基礎的な単語は,変化しにくいが,それでも,長い年月のうちには変化する。 しかし,変化の度合いは,どの言語をとってみても,比較的安定している。
基礎的な単語200語をとった場合,1000年あたりで,ほぼ20%が他の語に置き換わり,80%がほぼもとの形を保つ。
日本語の場合も,奈良時代の日本語(およそ1250年前の日本語)と現代日本語とを比較して,1000年あたりの残存率を計算してみると,83%である。 ヨーロッパ諸語などの平均残存率81%と,それほど変わらない。
アメリカの言語学者モリス・スワデシュ(Morris Swadesh)が提案した言語年代学や,それを改良した語彙統計学の方法を用いれば,このような語の残存率をもとに,二つの言語が分裂した年代を推定できる。
東京方言と首里方言との,基礎語彙の違いの程度をはかり,分裂して何年ていど経てば,そのような違いになるかを,計算することができる。




【注記 6】 新羅語と高句麗語

一つ前のステップに戻る

新羅語と高句麗語の違いについての一例
意味高句麗語新羅語中世朝鮮語現代韓國語現代日本語日本語(上古)
tal タル mori モリ moe メ san サン(漢字_山)yamayama
nami ナミ padl パダ parl パラ pada パダumi umi, wata
    krm カラ kang カン(漢字_江)kawa kaFa, kapa
( 文献E ) = ナ,ナリ,ナレ nai ナイ nae ネ<=小川,川> アイヌ語:nay ナイ
 文献Bからのまとめ +文献E。 モリは森を,ナミは波を連想させる。 ワタ又はワダは萬葉集や古事記にも見えることばで,パダと同源のことば。戦没した学徒の遺書集 『「聞け わだつみの声』の わだつみ は「わだつうみ」の略。
  は今日では myeo(墓)の類似語として墓を意味している。 漢語に駆逐された固有語の一例である。

日本語と高句麗語との対応例
意味高句麗語<発音>(中国上古音) | (中国中古音) 日本語 現代韓國語
買 meid買=(mg)|(mi/mbi) midu mul ムル
伏斯 puksie伏斯=(bΙuk-sieg)|(bΙuk-si)puka gip-da キプタ(深い)
呑 ,旦 tan呑=(t‘n)|(t‘n) ,旦=(,tan)|(tan)tani gol, san-gol コル
乃勿 namut乃勿=(ng-mΙut)|(ni-mΙut) namari nab ナプ
忽次 kotsi忽次=(ut-ts‘ier)|hut-ts‘ii)kuti ib イプ
 文献Aから転載>。 附記した中国上古音(周・秦)と中古音(隋・唐)は 藤堂明保編 「学研大漢和辞典」による。


 <出典@:吉田知行『高句麗語の数詞は中国江南地方から来た』 (季刊邪馬台国59号-1996年.-) >
 <出典A:安本美典『高句麗語の探求』 (季刊邪馬台国59号-1996年.-) >
 <出典B:『講読 国語の歴史』(NHKラジオ-ハングル講座- 1998年1月号) >
 <出典C:安本美典著 『新説! 日本人と日本語の起源』 宝島社新書 >
 <出典D:安本美典・本多正久著 『日本語の誕生』 大修館書店 >
 <出典E:大友幸男著 『アイヌ語・古朝鮮語 日本の地名散歩』 三一書房 >

Page Top
INDEX 

■ HP表紙へ戻る(Return to HP's Top page) ■