悲劇や災いというものは予期できぬものだ。
今回は夜出発。普段とは支度のルーティンが変わってしまったことが、
それに拍車を掛けたのだろう。
後で身に降りかかる不幸など知る由もなくイグニッションをONにした。
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道路は昼と違った姿を見せてくる。
初訪問「白州」への期待からだろうか?
いつの間にか子どもたちの喧騒が消え、
振り返ると天使の寝顔がそこにあった。
「夜のしじま」とは良く言ったものだ。
ラジオからは聴きなれた
「ジェットストリーム」のオープニングが流れる。
深夜の富士五湖道路もそれに合わせ、快調にVOXYを凪がす。
NAVIの表示が
「お茶とみかん」から「桃とぶどう」に変わるころ、
machiがメモリディスクに切り替えた。
「お互いのことをもう、探るのはやめよう・・♪」
まだMR-2に二人で乗っていたころによく聴いた曲だ。
軽く口ずさんでは昔話に花を咲かす。
槇原 敬之がVOXYをタイムマシンに変えた。
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夏休みで満サイトのキャンプ場に、
早いINを依頼するのは無謀な行為だろう。
時計の針は午前8時過ぎ。
川の水がまだ冷たいだろうが、
「フレンドパークむかわ」へVOXYの鼻を向けた。
早朝のせいか人気はまばらだ。
我先にと遊具へ向かって走り出す堕天使たち。
多くの遊具を占拠した二人だったが、突然toaが泣き出した。
「歯が痛い・・」口の中を見ると左奥歯が見事に欠け、
歯茎は口内炎ができたように腫れている。
明日は「シャトレーゼ・アイス工場」を見学の予定だ。
無論、アイスの食べ放題がメインなのは言うまでもないが、
普段の不摂生が祟ったとはいえ、toaには予期せぬ災いであった。
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真夏の太陽が天辺に上がってまもなくチェックINを済ませる。
先ほどまで川遊びをしていた二人だが、
早くも横を流れる川が気になる様子だ。1時間程度で設営を済ませ、うるさい堕天使たちと川へ。
先ほどよりも上流に位置するここの水は、その冷たさに容赦がない。
だが、照りつける太陽とのアンバランスが心地よく、見上げた空は真っ青だ。
その空と同色のライフジャケットをまとった堕天使たちの唇が
紫に変色したのを機にサイトへ引き返す。
冷えた体を少しでも早く暖めようと、
家族風呂の予約を1時間早めてもらい準備を整えていた時だった。
「パパ、パ○ツは?」支度する手を休めずにmachiが聞いてくる。
「・・・」
「どこに入れたの?」今度は外にいる俺に、確認するように言った。
俺の頭の中を昨日の記憶を取り戻すごとくロボットが走る!
「ワ・ス・レ・タ・・」
いつもは車載を終え、シャワー後の着替えと同時に自分の衣服を用意するのだが、
今回は夜の出発でシャワーを浴びなかったため、
洋服は入れたものの、別の場所にある下着は頭の中から抜けていたのだ。
「どうするの〜?」笑いをこらえながら、堕天使の母が問う。
前回のキャンプでの忘れ物が多かったため、今回はかなり慎重に準備を進めたはずだった。
それなのに一番先に身につけるものを忘れさせるとは。
堕天使は存在しても、神はこの世にいないのだろうか?
神がいないのならば、そいつが俺に試練など与えられるはずもない。
これはこの夏の異常気象がもたらした天災だ!
混乱している俺に、今から買いに行こうなんて選択肢はない。
そして俺は
「ハカナイカライイ」
そう、翌日までのノーパンを決意したのだ。
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翌朝、ノーパン生活14時間目。
いつもはキャンプ場からあまり外出しないjam家だが、
堕天使の母が懇願していた「明野ふれあいの里」のヒマワリ畑と、
堕天使たちのリクエストで「シャトレーゼ・アイス工場」を目指す。
もちろん「例のアレ」の購入も忘れてはいない。
強烈な日差しの中、グングン伸びるヒマワリは夏の花の代名詞だ。
訪れている観光客もヒマワリ同様かなりの数だった。
しかし、それだけの人数を以ってしても、
俺の秘密に気づく人間はいるまい。
上昇する気温とは裏腹に涼しい顔をしている俺だが、
少し歩くと汗が吹き出てきた。気づけば俺の履いている短パンも、
汗をかいて濡れている部分が少しずつだが目立ってきた。マズイ・・
このままでは俺の秘密を悟られる可能性が高い。
昨日からの14時間には感じられなかった焦燥感が俺を襲う。
さらに追い打ちをかけるように堕天使たちが、
向い側にあるハイジの森に行きたいと言い出した。
馬鹿な! お前たち、これ以上ここにいたら、
パパがノーパンだということがばれてしまうぞ!
お前たちはノーパンの子と呼ばれていいのか!?
心の中でそう叫びながら、
アイスを餌になんとかその場を去ることに成功したのだった。
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<マウスオーバー> |
ノーパン生活16時間目。ついに焦りから解放される時がきた。
当初はNAVIで検索した紳士服店を目指したのだが、
庶民の味方の某ショッピングセンターを見つけ、
そこでようやくパ○ツを購入。
寝巻のような服しか持ってこなかった俺にmachiが
「そんな格好じゃあみっともないから、服とズボンも買ったら?」
と言ったその手には、既に数点のジーンズの短パンとシャツがあった。
しかし、試着をするにしてもノーパンのままではできるはずもなく、
とりあえずは車に戻る。
無事ノーパン生活終了かと思ったそのとき、
けたたましく携帯が鳴った。画面を見ると仕事の電話だ。
少しためらったが、緊急かもしれないと思い、
電話に出る未だノーパンの俺。
5分程で電話を切ったが、真夏の車中は強烈なサウナだ。
汗だくになって着替え、
ようやくノーパン生活とともに俺を襲った災いも終了。
意気揚揚と店内に戻った俺は数枚のシャツとズボンを1本購入。
靴以外は全て新品を身にまとい、次の目的地へ向かう。
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シャトレーゼはなかなかの盛況ぶりだ。
心配だったtoaの虫歯もバファリン効果で痛みが和らいだようで、
いくつものアイスを貪っていた。
以外なことにkeiはソフトクリームを一つ食べただけで打ち止め。
見渡せば家族連れが多く、
子どもから大人までアイスを食べていない人間を探す方が難しい。
タイムリミット40分の数分を残しシャトレーゼを後にする。
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1日の中で一番気温が上がるころ、今日初めて川へ下りる。
今日はライフジャケット+浮き輪で「キャニオニング」を満喫予定。
川では既にいくつかの家族とグループが各々に楽しんでいる。
堕天使たちと川に入ると昨日同様、水の洗礼を受ける。
慣れてきたころ二人を連れて岩場へ。
keiはライフジャケットを信頼しているのか、
一人でもどんどん進んでいくが、
toaはまだ滝壺になると足がつかないので、
上に行く時は俺の助けが必要だ。
それでも甘えず、懸命に上流を目指す。
坊主になって改心したのだろうか? ようやく上へ到達し、
人工的に作られた滝までやってきた。かなりの水圧だが、
中に入ると少しの空間があり、
まるでサーフィンで波の中をくぐっている様相だ。
滝遊びを終え、いよいよキャニオニングにチャレンジ。
先ずはkeiに見本を見せるがごとく俺は浮き輪に乗った。
うつ伏せに寝て川の流れに沿い岩場を1mほど滑り落ちる。
この時だ、浮き輪の左側が上がってしまい、
滑り落ちると同時に見事に反転。
さらに落ちた場所には大きな岩が。
腰の辺りを強烈に打ってしまったが、そこはパパの意地。
痛みを伴いながらも
「これは危険だからムリするな」
と、自分が一番ムリをしたのを承知で注意。
keiもこのときは頷いていたが、
祖先が鶏なのだろう、次の瞬間には流れに身を任せていた。
そして岩場を滑り落ちると綺麗にキャニオニング成功。
俺の体重では浅過ぎたのだろう。
その後もkeiはもちろん、他の子どもたちも同じように遊んでいた。
このくらいの流れと深さでは溺れることはないから
大丈夫だろうと思っていたが、
身をもって自然をなめてはいけないと忠告を受けた俺だった。
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二日目の晩は何事もなくまったりと過ごすはずだった。
しかし、山の天気は変わりやすいものだ。突然の雨にうたれ、
張る予定のなかったフルフライを急遽設営。
夜中に結構降ったのか、
翌朝シェルの下にかなりの水が溜まっていた。
いろいろあった今回のキャンプもいよいよ撤収だ。
これも慣れてきたのか、
終了までの時間が短縮されてきた。
そして行きよりも綺麗に車載できている。
そんな自己満足に浸りながら家族写真で無事終了。
11時OUTで時間的に余裕はあるが、夏休みのこの時期、
不安定な道路状況に備え10時半前に出発し、帰りは高速を使用。
NAVI情報ではそんなに混んでいないようだ。
これなら2時前には到着できるはず。
来たときとは異なる高速道路を快適走行していると、
大月JCが迫ってきた。
ここを河口湖・山中湖方面へ向け左車線を走行するのだが、
そのまま合流できると思っていたのと、
NAVIの案内を信じていた俺が甘かった。
あれ?っと思った瞬間には入口を通り過ぎていた。
堕天使たちの「お腹すいた攻撃」もあり、
途中ではないが、談合坂SAで昼食を。
空腹を満たすも目指すは家とは逆の東京方面。
次のICで下り、Uターンで再度高速へ。
今度は間違えることもなく無事合流。
山崎精肉店にて「夜のお伴」を購入しようやく帰宅。
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車から荷物を降ろし、プシュっといきたいところだが
keiのサッカーがあるためしばしの我慢を強いられる。
この暑さの中、片付け後のビールを我慢するのは理性を要する。
それでも汗だけは流そうとシャワーを浴びながらふと腰骨を見ると
「なんじゃこりゃ〜!」
そこには約10cmのあざがあった。
俺は思い込みの激しい人間なのだろうか、
見た瞬間から痛みを覚えた。
あのキャニオニングもどきで
岩に打ち付けられたときについたのだろう。
自分だけ痛いのは我慢ならない幼稚な俺は、
痛みのお裾分けをmachiにしてみた。
「うわ、何それ!」
驚きはあるものの、心配している様子はあまりない。
堕天使の母は嘘が上手なのだろうか。
冷えたビールを想いながら、今回の写真をベッドで見ていると、
「よく聞き取れなかったけど、
留守電が入っていたよ、キャンプ場から・・」
とmachiが言ってきた。お礼の電話か?
どこまでものんきな俺。
とりあえずキャンプ場に電話をしてみる。
「今日4番をOUTしたjam家ですが・・
留守電が入っていたので・・」と言うと
「あ〜、ペグのケース忘れていかれましたよ。
隣のサイトの方が届けてくれて。」
なんと! パ○ツ忘れにプラスして、
今度はキャンプ場に忘れてくるありさま。
「すみませんが、着払いで送ってもらえますか?」
恐る恐る尋ねる俺。
「構いませんよ、念のため電話番号を教えてください。」
対照的な声のおばさん。
電話を切るとまたしても堕天使の母からのダメ出し・・
撤収が終わり綺麗に車載もできたと、
自己満足に浸っていたときにはまだ完了していなかったのだ。
そう、ペグケースは自宅から約100km離れた場所で、
去りゆく主に声もかけられずにいたのだ。
間抜けな主人を持った、麗しきソリッドステークの悲劇であった。
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悲劇や災いというものは予期できぬものだ。
だが、その事態に対応する力を人間は持っている。
そしてそれを楽しめる余裕も持っていると俺は信じたい。
たとえ堕天使の母や堕天使たちに揶揄されようとも。
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