今日の一句へ
九鬼あきゑ 作品集 「椎」主宰
「椎」句誌
つづき只今制作中
23年6月
言葉なき祈りの日々よ花は葉に
夏燕空をゆらしに来る頃か
大筍真北に鎮座仕給へり
青枇杷の漲る力汝等へ
くちなはの水のかたちになりてゆく
青葦の真闇に伯母を送るなり
海南風いつぱい棺に入れたるよ
百歳の伯母の行くへは夏の海
十薬はどれも直立全うす
万象の中のわが杖夏鶯
十薬の群秘めやか嫋やかに
十薬の丈の低きも美しき
23年5月
はらからに明日ありと告ぐ春銀河
死者生者集まつてゐる朧の夜
春泥のその先の先未来あるか
ほつほつと桜なづな忌を修す
星のやうなたんぽぽの野に遊ぼうか
糶市の箱に赤札花曇
ことごとく水面へ垂るさくらかな
山櫻あつといふ間に散りゆけり
桃明り鳥・人・鳥と集いたる
子供らの甲高きこゑ櫻時
烏骨鶏みな立つてをり霾れり
巨大なる筍を堤げ男来る
23年4月
鳥雲に遠州灘の響動せり
はためける旗三月の漁具置場
小女子の袋大事な男かな
万象のなかのわが杖初鶯
初蝶の光のこしてふつと消ゆ
畠はいま天寿国なり仏の座
涅槃西風赤き衣を拡げたり
野蒜食む地震列島の只中に
一人静しづかにひとりつらぬけり
海牛のどつと出でたるお中日
海月らの水のかたちに流れくる
飛花落花活断層の上の上
23年3月
光遍し一月の空と海
枯れ尽し真実明き大葦原
汝の木に我の木に降る牡丹雪
節分の竹かんかんと遠江
「ボレロ」聞きをりきさらぎの応接間
紅梅の空のどこかに火が上がり
羽音響かせわが前を春鴉
菜の花の束を抱へて神父来る
(曙という椿へ) あけぼのは今が満開鳥鳴くよ
五位鷺の王の一歩や春日の中
旅の途中の海月と逢ひぬ春の湾
鉄瓶の高鳴つてゐる雛祭
23年2月
完璧に枯れ大揺れの蘆の原
揺るるも自由揺れぬも自由烏桃
何もなき蝋梅の空あればよし
海鼠あり焔をなせる海鼠あり
ゆつたりと宙に消えたる沢?かな(?=夜鷹)
命はぐくむ枯蘆原の明るさよ
大年の天上に鵜の昂ぶれり
あらたまの海と真白き砂と我
たぷたぷと三日の海の豊かなり
連凧を互ひに交す兄弟
牡丹雪目玉大きな土偶かな
松過ぎの部屋に鎮座す大手毬
23年1月
臍のごとき木の実が一つ掌に
全景の鴨なにものも交へずに
闘へる鴨に真つ赤な入日かな
切干のもうこれ以上乾上れず
虎河豚の海がふるさと汝も吾も
虎河豚のせつせつと地を打ち鳴らす
着ぶくれて鳥の眠りに近づきぬ
訛ごゑもゐて白鳥の鳴き交す
また一人枯野の端に加はりぬ
冬満月蒼き狼飛ぶことも
天狼の真下あかあかひよんどり
寒鯉のかくも大きな音発す
22年12月
東西南北蓮枯れのはじまれぬ
蓮枯れの一途な色を畏れけり
狼藉者はあの風神か枯蓮田
喞筒は真つ赤蓮堀進むなり
抜けさうで抜けぬ足あり蓮根掘
波に乗り波に乗り鴨楽しからず
まづ百羽水神様へ百合鴎
海暮れて海の辺の酉の市
光あまねし大白鳥小白鳥
白鳥の白鳥を呼び漂へり
白鳥の王か一度も羽ばたかず
混み合へる白鳥を置く山河かな
22年11月
秋霞して山川の整へり
うるはしき日なり鶏頭二三本
こんなにも軽ろき赤松落葉かな
鵙日和とはこのことか天真青
麗子像の赤そのままの大理石
隠國の金の芒は父に捧ぐ
鬼柚子を抱けば師のこゑそこにあり
蓮舟も傾いてゐる良夜かな
藁塚のひとつひとつに闇のあり
海月見よこの立冬の海月見よ
浮鴨のどれも西向き固まれり
蓮枯るる音のなかなる遠江
22年10月
繚乱と白さるすべりさるすべり
夕顔に凛たる力もらひけり
乳房断片忽と消えたり秋夕焼け
いのちあるかぎり開くと酔芙蓉
万象のなかの乳房よ風の秋
はじまりの一歩は今日の曼珠沙華
秋草に囲まれてゐるやすけさよ
曼珠沙華日に日に西へ走りけり
鶏頭や十間先に海があり
明日もまたフォッサマグナを渡り鳥
行く雲に秋の形を見てゐたり
黒潮の蛇行の海を雁渡し
22年9月
楸邨の舟は何処ぞ天の川
少女ひとり乗せ初秋の蓆かな
百日紅ひねもす揺るる濱人忌
鵜骨鶏くくと鳴きたり秋の風
玉虫の飛ぶ火の如く飛ぶ真昼
玉虫の音たてて来る物干場
わが行く手必ず先に鬼やんま
姫浦の姫のこゑ待つ故郷ぞ
白蓮の揺れ止まざりき終戦日
迎火を豪華に焚けり一人なり
短足でよしとつぶやき茄子の馬
馬追にとびつかれたる終戦日
22年8月
海月過ぎゆく透明な時間かな
橋三つ超え黒南風の町に入る
白日傘モジリアーニの女来る
あぢさゐの全き色を愛でにけり
水無月の卓に白磁の皿三つ
蛍の夜ひとりひとりになつてゐる
天牛の大胆に飛ぶ虚空かな
極付とはこの村の老鶯ぞ
のうぜんの落花してなほ焔なす
三伏の軍鶏の眼の険しかり
枇杷の種無数のいのち犇めけり
22年7月
どつと出て真明るき蝸牛
百合の木の花をちこちにカインの眼
ゆるやかにチェロの流るる緑の夜
鳴けるだけ鳴く生国の時鳥
風蘭のひらかんとする虚空かな
十薬に真つ青な空降りて来よ
雨二日二日うれしき蟇
舟虫の無数無音の日永かな
朱鷺色の海月に何を託さうか
群盗のごとき舟虫沖を見ゆ
百歳の一歩一歩へ雲の峰
潮満ちてくる町なかを祭笛
22年6月
鶏はみな立ってをり霾れり
雨蛙二度鳴いて時過ぎゆけり
桐咲いて母の一世の巡りくる
丈低き大山蓮華今日開く
きらきらと蜻蛉流れてすいと消ゆ
ほたるぶくろはどれもふくろのまだ小さき
柏餅葉のひつつくも好しと言ひ
青空の欲しと出で来し蟾蜍
壺抱けば郭公のこゑ只ならず
墓守はあの高き木の青葉木菟
葉桜の風となりたる汝かな
置き去りの海月は海に返すなり
22年5月
遠江を打ち鳴らしたり涅槃西風
つんつんとして生国の葱坊主
桜鯛どれも大物と教えらる
鰆上がり西方銀を極めたり
赤き旗立て三月の漁具置場
正念場とはこのことぞ桜咲く
亡き人と歩いてゆけば山桜
瞬けば無量無辺の春の海
桃明り菊桃明り男の背
海牛の大方は留守虚子忌かな
金の眼はこの産土の青葉木菟
たましひの通りゆくなり青葦原
22年4月
春の鵜のせつせつと羽根撃ちゆけり
犬ふぐり星のごとくに零れたる
にはとりが走る彼岸の物干場
鳥の巣も二つあるらし空に鳥
霾や男一人の造船所
春一番進水前の船称ふ
揚雲雀砂丘きららで応えたり
永き日の机に辞書と花林糖
文旦をてのひらに十年後のこと
なづな忌の太平洋に一人立つ
みんなゐて仰ぐ喬の山桜
山桜人集ひ人散りゆけり
22年3月
初日燦々モンローの大パネル
如月の木場に小声の雀らよ
大きくも小さくもなく陶雛
紅梅の空は正子の空なりき(武相荘にて)
韋駄天の次郎の声か春の山
びん型の打ち掛けのある春座敷
ポチョギより春の溢れてゐたりけり
春灯に笑む一郎のデスマスク(鳩山会館)
天気晴朗道端に蝌蚪の国
海牛のぞくぞくと出づ朧かな
春海鼠の一生は海の滴りぞ
さくらの夜彼岸の夫の時計鳴る
22年2月
新玉の年引きつれて鶴来たる
志高く初春迎へけり
千本の旗はためけるお元日
ギイと鳴りギイと応へて飾り舟
水神に黄金の刻初没日
百合鴎大円を描くめでたさよ
よくあがる白き凧なり兄弟
白鳥の声こぼしつつ近づきぬ
直立も直角も綺羅枯蓮田
たましひのごとき海月と会ひて寒
ぼたん雪と言ひて進みぬ初点前
初釜に座すはらからの微笑かな
22年1月
朴落葉踏むその中を芭蕉・曾良
時雨るるや殺生石を真の闇
日も月も称へに来しか狐の死
「生きる」てふこの貫禄の裸木は
黄の脚はけふ初陣の百合鴎
眩しくて見えなくなりぬ鴨一家
水仙に気合を貰ひ帰りけり
この杖に時雨過ぎゆくめでたさよ
鳴けるだけ鳥を鳴かせて大枯野
埋め火のやうな乳房持ちて生く
冬蝶の出づ安心の一日かな
土器を海に放ちて年送る
21年12月
みすずかる信濃の欅黄葉す
鬼胡桃共に見上げし月日かな
濱人も喬も来たれ良夜かな
星月夜ますほの小貝ほのとあり
籾焼の煙立ちたつ東かな
をんどりが来る堂々とくる秋深し
はたはたと鳴る水神へ七五三
那須火山帯かうかうと鳥渡る
短日やめんどりの白極まれり
風神のかへるは那須の大枯野
赤海鼠つひに一つが動き出す
美しき修羅と会ひたる枯蓮田
21年11月
萩明り芭蕉の杖の置きどころ
爛々といとどの跳べる畳かな
めんどりのみな立つてゐる秋の虹
来し方も純白の景酔芙蓉
鶏頭を離れて眼深くせり
平らかな海とはなれず獺祭忌
秩父より葡萄兜太の世界かな
喜びのあかしのごとき夜の石榴
あるかなきかに日の本の落し水
明らかな一つ十月の源五郎
鷹渡る村に二本の幟旗
破れ蓮や極上の天賜りぬ
21年10月
うしろから秋風うしろから鳶の笛
老人のかたまつてゐる海の盆
踊笠はづし眉濃き男かな
父の忌の月光限りなくやさし
しみじみと九月の朝餉戦中派
秋茄子のひとつひとつの月日かな
秋簾かけしままなり子規の部屋
はや紅のほのかなるかな酔芙蓉
ひめむかしよもぎに入りて帰らざる
見送れる人多かりき秋彼岸
初鵙に称へられたる誕生日
勇むなり秋の驟雨の東天紅
21年8月
先頭はいつも喬の鬼やんま
夏落葉こんなに厚きとは知らず
火の声を発す山中の時鳥
地の神もほうと泰山木開く
のうぜんかづら天の音して落花せり
剪定の音の中なり父の日来る
水槽の金魚に愁ひなかりけり
曝書する一つは父の設計図
音たてて玉虫宙に帰るなり
水打つて住吉さまへ詣でけり
ふるさとや夏至の真昼の香を炊く
大葭切やぶれかぶれの声発す
21年7月
ほしいまま日の本は今夏霞
椿山の屏風を出て夏の蝶
羅を着てきびきびと禰宜来る
神鶏の胸を反らせり大南風
鬼やんま翻るたび青世界
水甕の水溢れをり青葉木菟
格天井一つはたしか夏の色
地にどつと出でてまばゆき蝸牛
手にのせて明し木苺草苺
船虫の見しもの我に見えざるや
風入れてひとりのための風炉点前
あぢさゐの青に打たれし一日かな
21年6月
西行の山ぞ大山蓮華咲く
初夏の卓にぽつんと騎手の帽
菖蒲湯に漂流したる男かな
青梅の臀みな紅を含みたる
もう一度諏訪の祭に加はりぬ
トルソーに青葉の影の移りたる
赤銅の痩身汝はを若き蛇
甲斐駒ケ岳真後ろに代を掻く
草苺甘し心からありがたう
飯田家の鯉さつきから初夏の音
青鷺の王凛と立つ山蘆かな
夏落葉こんなに厚きとは知らず
21年5月号
霾や地球の端に立ってゐる
菊桃の奥に菊桃明りかな
茫々と十年汝の山櫻
直と受くこのひとひらも山櫻
彼岸も花此岸はさらに花の山
佛頭にかしづく花の近江かな
したたかに狂ふて見たき朧の夜
黒椿利休百首を諳ずる
金箔の剥げし皿持ち四月馬鹿
朧夜の蕪村の鯨泳ぐかな
遠江風土記の空よ初燕
小賀玉の花の落花は人に言はず
21年4月号
フルートの音のなかから春の人
次の間にひそひそとゐる繭雛
吊るされてゐるがたのしき吊し雛
桃の日の海は一日漣す
悪童の深き礼して卒業す
千年の声か朧の韓の壺
郵便局そこから春の港かな
バベルの塔のやうに缶積み春の河岸
海牛の大方は留守彼岸時
海牛のあまたあつまる桜かな
海牛のどっと出でたる仏生会
本流の見えてくるなり虚子忌なり