ウェーバーの支配三類型について

 マックス・ウェーバー(Max Weber, 1864-1920)の支配三類型(伝統的支配、カリスマ的支配、合法的支配)について、佐々木毅は「『何故にこの三類型なのか』という疑問が起こるのは禁じえない」と述べている(『政治学講義』東京大学出版会、1999年、92ページ)。
 ウェーバーは「支配」(Herrschaft)を「ある内容の命令を下した場合、特定の人々の服従が得られる可能性」と定義する。彼によれば、すべての支配は、人々が支配者の命令を正当なものと認めて服従することによって成り立ち、この点で権力一般から区別される。支配者の命令の正当性の根拠(支配される側からいえば服従する根拠)が何であるかによって、支配は三つの純粋型(理念型)に分けられる。
 伝統的支配は、昔から妥当してきた伝統の神聖性にたいする信仰に基づく支配である。合法的支配は、適正に制定された規則の合法性にたいする信仰に基づく支配である。カリスマ的支配は、「カリスマ(「神の恩寵」という意味)」、すなわち特定の人物に備わった超自然的または超人間的な資質にたいする信仰に基づく支配である。
 愚見によれば、ウェーバーは二つの軸を設定して支配の類型を分類している。ひとつは「日常的」か「非日常的」かという軸、もうひとつは「個人的(personal)」か「非個人的(impersonal)」かという軸である。前者を縦軸に、後者を横軸にとって支配の三類型を図示すると、以下のようになる。
types.jpg(102898 byte)  伝統的支配は「日常的」かつ「個人的」な支配である。合法的支配は「日常的」かつ「非個人的」な支配である。カリスマ的支配は「非日常的」かつ「個人的」な支配である。「非日常的」かつ「非個人的」な支配類型の象限は空白になっている。ウェーバーは、このような支配は原理的にありえないと考えていたのであろうか。知りたいところである。
 ところで、ウェーバーは、支配の三類型のうちカリスマ的支配についてのみ、その日常化を問題にしているが、それはなぜであろうか。その理由は、支配が真に支配の名に値するものであるならば、それは一定の持続性をもたなければならないからである。その意味で、「非日常的」支配は真の支配とはいえないことになる。だとすれば、「非日常的」かつ「非個人的」な支配についても、それがどのような名称で呼ばれるにせよ、その日常化が問題になるにちがいない。