愛光高校 合格者より
僕が県外である愛光高校への受験を富士学院へ相談したときには、もう受験日まで2ヶ月もありませんでした。
この受験を考え出したときは受験問題もわからないことだらけだったので、無謀な挑戦だとは自分でもわかっていました。しかし富士学院の先生たちはこの挑戦を真摯に受け止め、勉強の計画を丁寧にたててくれました。その計画もとても綿密であり、いつまでにどこまで勉強を進めるのか、どのような問題をどのようにやると点数が取れるのか、どの先生がいつ教えてくれるのかなどをしっかりと決めてくれました。
補習の時間もとても長く用意してくれました。通常授業があるときは7時30分に授業が終わってから11時過ぎまで、授業がない日も学校が終わってからすぐに行けば11時過ぎまで、約5、6時間もの間ずっと教えてくれました。愛光高校の受験問題は削除内容を多く使用しており、最近の問題集では問題がなかったので、昔のテキストや問題集も用意してくれました。
このような補習をほぼ毎日受けさせてもらった結果、これが無謀な挑戦から、可能性のある挑戦へと心の中で変化していきました。そうして受験をし、合格通知が来た時には合格の喜びと、富士学院に対する感謝の気持ちでいっぱいになりました。これも富士学院の先生方が僕の挑戦を受け止め、全力で合格するために対応してくれたおかげだと思っています。
受験が終わった今でも僕は富士学院にお世話になっています。これは非常に勉学が進むのが早い愛光高校でも十分についていけるように補習を用意してくれたからです。僕はここまでしてくださった富士学院に感謝しています。
受験を終えて 母より
二年前、長女が高校受験を経験して、今度は2度目の経験となるので、きっとそう困難なことも起こることなく何とか乗り切れるであろうと思っていました。
ところが息子は、十一月になり、突然県外の進学校に挑戦してみたいと言い出しました。今まで、そんな素振りも全くなかった彼の言葉にびっくりしましたが、一月の受験日まで時間は刻々と過ぎていきます。全国の情報など把握しているはずもなく、富士学院の先生方にご相談したところ、早速あらゆるデータを探してくださいました。その上、今まで公立対策で来た学習の上に、その学校独自のより深い対策を短期間にこなさなくてはならない無理難題とも言える事態に対して、スケジュールまで立てて学習面とともに、精神面までも支えてくださいました。
実際のところ、こんな短期間の無茶な挑戦に対して、本気で、それも「挑戦する受験」から「合格させる受験」として取り組んでくださった先生方には本当に頭の下がる思いでした。
三年間、「飴とムチ」を上手に使い分けながら、常に前向きに子どもに接してくださった先生方、ありがとうございました。きっと子どもも受験という壁を乗り越えられたことは自分の力だけでなく、周りのあらゆる人々に支えられてこそ得られたことに気づく貴重な体験になったのではないかと思います。
2007年2月15日正午、静岡県立清水東高等学校の校門の前には多くの人が集まっていた。今日はこの学校の前期試験合格発表の日。自分も受験生の1人としてきていた。自分が受験したのはこの学校の理数科。受験者のレベルが高く、なかなか入れない科だ。しかし、自分にはある程度自信があった。今まで人一倍努力してきたし、本番の試験でも落ち着いて自分の力が出せたからだろう。玄関の窓に1枚の紙が貼られた。まぎれもなく合格発表の紙だ。ずらりと並ぶ受験番号の中から自分の番号を探した。今までの人生の中で最も緊張する瞬間だった。そして、自分の番号を見つけたとき、感動のあまりに涙が出そうになった。今まで自分が精一杯やってきたことが実ったのだ。
考えてみれば、ここまでの道のりは本当に長かった。自分は小学校3年生の後半から富士学院に入塾し、山川先生や勝間田先生を始めとする多くの先生に面倒を見てもらってきた。静岡教室と清水教室の両方に通い、毎日のように勉強していたと思う。特に中学生になってからは、いろいろとトラブルもあったが、いつも世話になっていた気がする。それは富士学院には、ちゃんと勉強の出来る空間が自然と出来ていたからだろう。自分は勉強があまり好きではなかったので、家にいるとすぐに怠けてしまう。そんな自分にとって富士学院はいつのまにか「第2の学校」のような存在になっていた。そこで、僕の富士学院での生活を少しつづってみたいと思う。
「小学校3年生から授業をしてくれる」ということで最初富士学院に入塾した自分は、その高度な授業に少し戸惑いを感じていた。「この先自分がこの授業についていけるのか」という不安もあった。しかし負けず嫌いであるという性格から意地になって授業に参加していた。そうしているうちに学力はつき、自分がどんどん成長していくのが目に見えてわかった。思えばこの時自分に「勉強」の意識が出来たのだろう。小学校6年生までの3年間はそのような感じで過ぎた。
中学生になり、他の習い事の都合もあって、静岡、清水の両校に通うようになった。中学校の勉強は小学校と比べてレベルが高くなっていた。この頃から、授業の後教室に残り質問をするという補講の習慣が身についた。このように授業外の時間で勉強できるのも、富士学院ならではのことだと思う。これが自分にとって大きな力となっていたことは、言うまでもない。中学校2年生の時には少し遊び癖がついてしまって大変だったが、この補講によって持ち直せた。中学3年生になると、勉強の時間が極端に増えた。富士学院では「お盆特訓」と「お正月特訓」という特別な2つの特訓が行なわれ、早朝から夜までふらふらになりながら頑張った。今となっては良い思い出である。この他にも多くの補講・授業を重ね、力の限り勉強した。
受験前夜、自分は最後まで富士学院に通った。いつもと変わらない先生たちの補講がかえって自分には励ましとなった。明日はうまくやれる、そんな気がした。その日は明日の試験に力が出せるよう早く寝た。
そして受験当日、緊張しながら学校に向かった。校門には静岡・清水両教室の先生がいて、最後に塾生を落ち着かせていた。何か安心感がわいてきた。少し気持ちが楽になった。会場に入り、試験の開始を待つ。ほんの少しの時間が、すごく長く感じられた。
「始め。」の合図とともに試験が始まった。前半は文系3教科の総合問題、後半は理系2教科の総合問題であった。難しい問題もあったが、慣れていたこともあり無事に終わることが出来た。
全ての試験を終えた後、自分の心の中にあったのは「不安」や「戸惑い」ではなく、「達成感」であった。何かわからないがとてもすがすがしい思いになった。「やっと全て終わった。」という安堵の気持ちもあった。そして自分は合格した。自分の友達も多くの人が合格したが、落ちてしまった人もいて、なんだか複雑な心境だった。でもやはり、うれしくてたまらなかった。
これからも高校で勉学に励みたいと思う。最後に今まで自分の世話をしてくれた先生方や一緒に勉強した生徒のみんな、本当にありがとう。これからまだ自分の人生は長いけれど、この富士学院での6年間を大切に生きていきたい。
清水東高等学校 合格者より
何人もの受験生を合格させていると話を聞き、初めて富士学院清水校へ伺ったときのことを思い出します。「今からでも間に合いますか」との問いに笑顔で「大丈夫です。一生懸命やらさせていただきます」と力強いコトバを頂きました。娘も初めは慣れず、行くことをためらう事もありましたが、同じ目標を持つ友達同士すぐ仲良くなり、夏休みや土曜日の空いている時間をお友達と自主的に補習を受けることもありました。
先生方を信頼し、何か困ったこと、また作文のかき方など指導していただきたいことも頻繁に相談に行きました。嫌な顔一つしないで協力してくださった先生方には大変感謝しております。
私は子どもの送迎、健康管理に集中し、勉強のことは全てお任せしました。
また何度も学校の説明会には足を運んでいただき、直接先生にお話をしてくださったり、試験当日の朝はたった一人の娘のために学校までいらしていただき声をかけてくださったり、頭の下がる思いでした。
特にお正月の集中特訓は子どもにとっても大きな自信に結びつきました。
「先生合格しました。ありがとうございます。」とお礼のお電話をした際、「お嬢さんも頑張りましたが、お母様も大変でしたね。ご苦労様でした。」とねぎらいの声をかけていただき、親子共々ケアしてくださっていたことに気がつきました。
希望の中学校で4月から学校生活を送れることに大きな幸せを感じています。
先生方、本当にありがとうございました。
19年度 合格者体験談
18年度 合格者体験談
不二聖心女子学院 合格者より