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ごあいさつ

 「スポーツ選手へのフォローは、どのようにするのがより良い方法なのだろうか?」
 そんな単純な疑問から、大学の教職を捨て柔道やスケートなどのトップアスリートやアーティストのケアで有名な治療院へ勉強に入りました。
 残念ながら…当時は会社がもっとも大きくなる時期であったので、有無を言わさず経営・マネージメントの方へ回る事になってしまい、どちらかと言うと一般の方のケアが主な仕事。しかし、経験を積むうちにスポーツ障害と加齢性の障害が共通している事に気付きました。
 勤務場所が沖縄に移ったことにより、スポーツ選手やアーティストのフォローで出かける事がより増えました。しかしその様な事より、転勤当時は「マッサージ」という言葉すらめったに聞けなかった厳しい環境で仕事ができた事は今でも私の宝になっています。

 私はハンマー投げの室伏広治君の父上、アジアの鉄人「室伏重信」氏に憧れてハンマー投げを始め、投擲種目では日本一の某大学へ進学しました。といっても大学を選んだのは陸上競技よりも勉強の面からでした。
 高校時代,初めて投擲専門のコーチに指導を受け、そのときに運動生理学やトレーニング理論など最先端・最新の理論を教授して頂きました。
 コーチは東京学芸大学出身で,学生時代に当時運動生理学のトップであった小野三嗣先生に指導を受けた経歴がありました。その時に「自分も先端を走る先生に師事しよう」と心に決めたのです。そして各大学を調べるうちに、当時、世界的にも名が通った脊椎外科の先生が臨床を行いながら教鞭をとっておられると知りその大学を選びました。

 インターハイに入賞していても特待生でもない私は,取れる講義を全て履修していました。なぜなら、勉強するために大学に入ったのからなのですから当たり前ですね。
でも、先輩達に白い目で見られたものでした。
「あいつは練習が嫌いだからわざと遅い講義を取っている」と…。当時は辛かったですね。本当に仲良く時には喧嘩したりした先輩はわかっていただけたのですが、ずっと競技一本で成り上がってきた先輩には分かってもらえなかったですが、今でも脳みそ筋肉の様な人が苦手なのはその成果と思いますが、懐かしい思い出です。

 私の競技歴はそれほど華やかではありません。同学年では日本で何番というようなトップクラスではありましたが、タイトルは取ったことがありません。
 腰椎ヘルニア、腰椎分離症、腰椎滑り症、度重なるアキレス腱炎症、授業の柔道で負った膝関節内惻々副靭帯損傷・鵞足部剥離骨折などなどケガに悩まされ続けました。
 そのケガが幸いしてか、「ミラクルハンド」と呼ばれ世界のトップアスリートから信頼を置かれた白石宏氏と出会い、また、大学時代にスポーツプログラムス社様の組織的な選手フォローを体験し、多くのアスリートのフォローを目の前で見てきたことが今の根底となっています。
 ちなみに白石氏と出会って、志を抱いたのが沖縄海邦国体でした。
 加えて沖縄と深い縁を感じたのは、沖縄に赴任後一番長く在籍し一番成長させた店舗が、沖縄海邦国体の沖縄県立総合運動公園の近くにある某流通系大手のテナントでした。(地元の方、「ぐしこ」です…笑)

 私は本当に教員に恵まれたと思います。素晴らしい出会いでした。
 ですから 自分が受けてきた恩を、同じ形あるいはそれ以上に変えて貢献しようと奉仕の気持ちで対応させていただこうと思っています。

子供に輝く青春を 大人に楽しい人生を
それが当センターの目標です。

 開業後も東京や沖縄からもずーっとオファーをありがたく戴いていますが、巣立っていった子供たちや関係した選手達が一つの形として迎えるt東京五輪までは見届けたいと思っています。

なぜ沖縄のことが多いのか?
 よく聞かれますが…
 読んでお分かりの通り、沖縄に数年住んでいたこと。苦しいときに助けてくれた仲間がいること。ツレが沖縄の人間であること。
 ようするに… 沖縄が好きなんです!

 あちらこちらにいる「沖縄フリーク」とは一線を画します。本土の人間であるからといって、沖縄で散々いやな思いをさせられました。でも、そんな中でも仲間も見つけることができました。沖縄の歴史も多々学びました。ダイビングするわけでもありません。そんな軽薄な沖縄フリークとは違いますのでご了承ください。


 

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