◎10月


とむらい屋颯太の表紙画像

[導入部]

 江戸の新鳥越町二丁目で棺桶職人や坊主たちととむらい屋を営む颯太。 吉原に売られて三年、二十一で肺病になり亡くなった妓の葬式を執り行った颯太は、大川の猪牙船に乗って亀戸に向かっていた。 妓は亀戸の天神さまの藤が見たいと言っていたそうで、妓の櫛を持って行くところだ。 吾妻橋を過ぎたあたりで急に船頭が櫓を押すのを止めた。 何か引っかかったと言う。 櫓を動かすと人の腕が浮き上がってきた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 江戸時代の葬儀屋を描く短編6編。 人の死を生業にしている颯太はクールな男だが、時には情け深いところも見せる。 棺桶職人や坊主、医者などの仲間たちの軽いエピソードも交えながら、ちょっと厳かな雰囲気を漂わせつつも比較的軽いタッチで物語は綴られていく。 お仕事小説として読みやすく面白い作品。 とりわけ最終話の颯太の過去を描く話はドラマチックだ。 ただ全体としては時代小説の風情のようなものがあまり感じられないところは少々不満。


黄の表紙画像

[導入部]

 18歳の盲目の学生、馮維本、通称“阿大”であり、またベンヤミン・フォン・ヴィトシュタイン、通称“ベン”は幼い頃を中国の孤児院で過ごしたあと、ドイツで暮らす養父母のもとで成長した。 中国の黄土高原の小さな農村で六歳の少年が何者かに両眼をくり抜かれる凄惨な男児眼球摘出事件が発生する。 ベンヤミンは被害者の少年を力づけ、事件の真相を探るべく、インターポール捜査員と共に中国に向かう。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 中国語で書かれた本格ミステリー長編を対象とした島田荘司推理小説賞の2015年の受賞作。 事件の真相を探るミステリーであると共に、この作品にはもうひとつ大きなトリックが仕掛けられている。 事件解決はちょっとその過程があっさり気味だが、読者に向けて仕掛けられた叙述トリックの大仕掛けは現実味はともかく小説として面白い。 全体には主人公の成長譚でもあり青春ミステリーぽい雰囲気も漂わせ、展開もスムーズで読みやすく楽しめる。


廃墟の白墨の表紙画像

[導入部]

 和久井ベーカリーは丸亀市で地元で愛されるパンを焼く店だ。 ミモザは和久井ベーカリーの二代目。 ミモザは十歳の頃から父ひとり子ひとりの家で育った。 半年前、妻と娘は出ていった。 父の和久井閑は市民病院にもう三か月ほど入院している。 主治医からは覚悟するように言われていた。 父あての郵便が大阪の明石ビルという所から転送されてきた。 明石ビルで待っているというその手紙に父は激しく動揺する。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 閉鎖されたビル空間の中で白墨という少女を囲む者たちの哀しくも凄まじい物語。 思わず戸惑ってしまうほど読み始めてすぐ唐突に、過去の哀切な物語に引きずり込まれる感じ。 人生を翻弄された薄幸な白墨のドラマチックな運命には心が塞がれるような思いになった。 話の組み立てにはちょっと現実離れしたところも有り、終盤に明かされる事の真相は、衝撃と言うよりもそれが必要なのかと疑問を感じた。 光も見える終わり方にも違和感があった。


八本目の槍の表紙画像

[導入部]

 慶長三年(1598年)、豊臣秀吉が身罷り、朝鮮から撤兵することとなった。 加藤虎之助は名護屋城の近く、呼子の浜に着き安宅船から降りてようやく帰国を果たした。 かつて虎之助は秀吉の小姓衆のひとりで、天正十一年(1583年)に秀吉が宿敵の柴田勝家と雌雄を決した賎ケ岳の戦いで武勲を挙げた。 華々しい活躍をした殊勲者が他にも数名いたことからそのうちの七人を以て「賎ケ岳七本槍」と呼ばれた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 秀吉の配下となり「賎ケ岳七本槍」と呼ばれた男たちをひとりずつ描いていく七章立ての作品。 秀吉の小姓として若い頃を共に過ごし、賎ケ岳の戦いで活躍したそれぞれのその後の姿が魅力的に描かれている。 そしてそこからもう一人、石田三成という知将の姿が八本目の槍として鮮明に浮かび上がる。 戦国、下克上の世における男たちの躍動感が見事に出ている作品。 ただ、同じエピソードが何度も出てくるし、文章が硬い感じで、ちょっと読みづらい。


サイコセラピストの表紙画像

[導入部]

 画家のアリシアは夫を殺した。 夫のゲイブリエルは名の知れたファッション写真家。 事件があったのは6年前。 ゲイブリエルが仕事を終えて帰宅した30分後、隣人が複数回の銃声を耳にし警察に通報。 警察がリビングに入ると、ゲイブリエルは手首足首を椅子に固定され顔を撃たれて死んでおり、アリシアは両手首に深い傷を負い立っていた。 彼女はどの質問にも答えず、逮捕されても沈黙したまま二度と話さなかった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 夫を殺害後、一切言葉を発しなくなり司法精神科施設に入所させられた女を、この物語の語り手であるサイコセラピスト(心理療法士)が担当し事件の謎に迫る。 ずっと正体の見えない展開が続くが、終盤にとんでもない驚きが用意されており、それまでの何げない流れがなるほどといちいち腑に落ちる、たいへん巧みな構成。 ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストに半年間ランクインし続けたというが、いかにもセラピストが一般的な国の作品らしい。


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