◎11月


よろず屋お市の表紙画像

[導入部]

 八つの時に両親を殺され天涯孤独となったお市は、岡っ引きの万七に拾われた。 ひとり暮らしの万七はお市を引き取り、わが娘のように暮らしてきた。 お市も十九になっていた。 万七は深川に大きく縄張りを持つ親分だったが、十年ほど前、盗賊の捕り物の際にへまをして岡っ引きの役目を降ろされた。 それからは「よろず頼みごと ねずみ屋」の看板を掲げよろず請負い稼業をしていた。 その万七が大川で死体で見つかる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 創刊されたハヤカワ時代ミステリ文庫の1冊。 養父の後を継いでよろず請負い稼業を始めたお市が、探偵初心者として苦悩しながらも、養父から教え込まれた知識、技能を生かして、前を向き事件に挑んでいく。 ジーファーという鋭く尖った琉球の簪を武器に悪党共に立ち向かうお市はカッコいいじゃないですか。 4作連作で事件そのものに深みはないし、時代ものの渋みにも欠けるが、読みやすく楽しめる女私立探偵ものだ。 謎は残ったままなので、次作にも期待。


偽りの春の表紙画像

[導入部]

 僕は“もうこうするしかない”と自分に言い聞かせながら神倉駅前交番に向かった。 僕は少女を誘拐しある場所に監禁している。 その欲望はいつから僕の中にあったか。 狭く薄暗い部屋、赤い着物に身を包んだ少女、大事に世話をする男。 たぶん幼い頃テレビでそんな映像を見たのだろう。 それで僕は性に目覚め、二十歳になるまで欲望を閉じこめてきた。 そんなおり空き家になった祖父宅を見に行くことになる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 5作のミステリ短編。 その中の「偽りの春」で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した。 狩野雷太は表情にも口調にも締まりのない軽薄な印象だが、実は鋭い推理を働かせる男。 ある事件でいきすぎた尋問をして交番に左遷された。 その狩野の、徐々に核心を突いていくような推理がなかなか見事な作品ばかり。 物語はいずれも加害者側の独白という形で語られる。 それゆえか、読んでいて少々イライラした感じ、イヤミスっぽく読後感はあまり良くない。


メインテーマは殺人の表紙画像

[導入部]

 60代のいかにも高価な服装をまとったダイアナ・クーパーは葬儀社を訪れ、棺や式の進行など自分自身の葬儀を手配した。 その手配はそのまま役立つことになった。 まさにその日のうち、ほんの数時間後に、何者かによって彼女は殺害されたからだ。 昼前に葬儀社を出たクーパー夫人はひとり暮らしの自宅に夕方帰宅。 30分後、何者かが夫人を絞殺。 2日後、この家に通う掃除婦により遺体は発見された。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「カササギ殺人事件」が実に見事だった作者による正統派の謎解きミステリ。 前作ほど凝った作りではないが、遂に事件が解明された後、たいへん巧妙に仕掛けられた伏線の数々がしっかり回収されるさまには、やはり見事と唸らされる。 物語はいきなり引き付ける冒頭から最後まで全編無駄なく進んでいく。 そしてホロヴィッツ自身が登場して、ホームズものにおけるワトソン博士の役目を負う構成も、現実と小説を織り交ぜたもので、たいへん面白い。


罪の轍の表紙画像

[導入部]

 礼文島の七月。 今年二十歳の宇野ェ治は、今朝からの昆布漁のため午前四時に起床した。 一人寝泊まりしている番屋を出て、網元の酒井寅吉の屋敷に向かう。 五時に組合長が鐘を鳴らし漁師たちが出漁、ェ治も後に続いた。 新米のェ治の引上げ量は他の漁師の半分にも満たず寅吉の罵声を浴びるが、ェ治は腹は立たなかった。 昆布漁が終わればオリンピック開催を控え好景気に沸く東京に行くつもりだ。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 オリンピック開催を控えた昭和38年の東京を舞台とした社会派犯罪ミステリー。 600ページ近い長編だが冒頭から終局まで全編緊張感に満ちており、まさに一気に読ませる力がある。 途中までは宇野ェ治の視点と警視庁の落合刑事の視点を交互に描き、後半は主に捜査側の視点でスピーディーに捜査の様子を描いてサスペンスを盛り上げる。 社会背景、加害者側、被害者側、捜査側すべてしっかりと書き込まれ、読み手の興味をそらさない文章力が凄い。


百舌落としの表紙画像

[導入部]

 七十代で政界を引退した茂田井滋は、後妻の早智子と秘書兼雑用係の鳥藤を従え、自宅から数百メートル離れた多摩川沿いの緑地公園に来た。 そこに飛来する野鳥をカメラで撮影するのが数少ない気晴らしだった。 木立にレンズを向けると画面に白いカードのようなものが現れた。 そこには赤い矢印が書かれており、その方向を辿ると次の矢印があった。 五度目にやっと野鳥らしきものの画像が映し出される。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 
第1作から33年を経てのシリーズ完結編。 物語は最初から続きものの体裁で、前作からもかなり時間が経っているものの、百舌について過去の経緯などは一切説明無く入っていくので、戸惑いがある。 似たような女性の名前の連発も読んでいて混乱の一因。 完結編らしく終盤へ向けての盛り上がりは流石だが、シリーズ初期にあったような冷たいサスペンスや物語としての面白さは感じられず、単なる娯楽アクションスリラーで終わってしまった感じ。


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