尾崎紅葉に褒めてもらったこともある那珂川二坊は相変わらず売れない作家で、雑誌の三文記事などを書いている。
ほとんど満席の一膳飯屋で茶碗酒と食事をしていると、不意に徳川様という単語が聞こえた。
後ろの席で二人の男が小鍋を突いている。
大柄な方は格蔵という馴染みの俥夫。
格蔵が那珂川に気づき話しかけてきた。
格蔵の連れは清吉という裁判所の筆耕で、昨日の晩、徳川公の屋敷に入った強盗を捕まえたのが清吉だと言う。
[寸評]
明治後期から昭和二十年を舞台に、売れない小説家がさまざまな土地で出くわした事件の顛末を描く五話の連作推理短篇集。
それぞれに探偵役として石原莞爾や川島芳子、夢野久作といった実在の怪人・妖人を登場させて興趣をそそるし、各話の土地も国内のほか、ドイツのポツダムや上海などを舞台としていて多彩。
本格推理ものとして殺害事件現場の略図を添えられたものも二話あって楽しませる。
小品の作品集で少し物足りなさはあるが、不穏な時代の空気も感じられた。
太陽系内の多くの拠点と地球を結ぶ宇宙港のはるか彼方、かつてサウジアラビアのタブーク州と呼ばれた砂漠地帯にある古い街・ネオム。
その街の大通りを歩いてゆくマリアム。
父親はずいぶん前に亡くなり、母親は町外れの老人施設で暮らしている。
マリアムが稼ぐ金の大半は母親の介護料で消えていた。
友だちのハミードが銀行の壁に背をもたせかけ座っている。
近付くと、このロボットは壊れた死体となって放置されていた。
[寸評]
第四次世界大戦からさらにはるか未来の時代、紅海沿岸の都市ネオムを舞台に、ネオムに住む女性マリア、流浪民の少年サレハ、そして一台の古い人間型ロボットを中心に展開するSF。
さまざまな設定や出てくるアイテムはアイデア満載だが、おとぎ話のような幻想的で小さな物語は不思議にどこかノスタルジーを感じさせる。
語られる物語はさほど盛り上がらないが、描かれる遠い未来の社会の様子は自然で納得感あり。
巻末に20ページにわたる用語集が付いている。
第二次大戦終結後の米軍占領下の琉球。
その最西端の与那国島は密貿易で栄えていた。
ここ久部良は港を起点に街を形成しており、四百近い店が密集して不夜島となっていた。
台湾人・武庭純は久部良でも指折り数えの仲介人(ブローカー)だった。
武は今夜も街で最も稼いでいるナイトクラブの「人枡田」に向かった。
そこでは与那国署の新里警部が待っていた。
新里は武に、南樺太で戦っていた息子が片手を失い帰ってくると言う。
[寸評]
架空の戦後の与那国島や台湾が舞台のサイバーパンク・ハードボイルド。
義体化したサイボーグによる近接格闘戦は凄い迫力で押しまくり圧倒される。
また麻雀に似た四色牌というカードゲーム場面は、ルールがよく分からなくてもワクワクするような面白さだ。
だが私の読解力が衰えたか、肝心の物語が設定も流れもよく分からない。
文章が饒舌すぎるというか、語りがゴタゴタした感じで話についていけず、スピード感のある展開に無理やり引っ張られたという感じでした。
大明洪熙元年(1425年)、中国は明の時代。
皇太子・朱瞻基は遷都を図る皇帝・洪熙帝に命じられて、首都の北京から1000q離れた南京へ遣わされた。
しかし朱瞻基の乗った船が長江を下り南京に到着接岸したそのとき、船は大爆発を起こした。
朱瞻基はたまたま大事にしていた蟋蟀が逃げ出したので、それを追って船尾に行き爆死を免れた。
そのとき捕吏(罪人を捕らえる役人)の呉定縁は仕事をさぼり川辺で酒を飲んでいた。
[寸評]
中華大冒険活劇小説。
実に面白い。
この作品は二巻にわたっており、このT巻では皇太子の一行四人が南京から北京へ急ぐタイムリミット十五日間の行程のほぼ半分が描かれているのだが、これで半分なのか、もうお腹いっぱいという感じ。
四人に襲いかかる危機が次から次へ、一難去ってまた一難、“巻を措く能わず”とはこういう物語を言うのだろう。
登場人物もそれぞれ個性が明確で、また彼らを追う“病仏敵”の異名を持つ怪力男がとにかく凄い。
U巻が本当に楽しみ。
南京から北京へ向かうタイムリミットまであと七日。
皇太子・朱瞻基は、官僚の于謙と医者の蘇荊渓と共に、進鮮船に乗って運河を北上していた。
ずっと同行してきた呉定縁は、宿敵の白蓮教徒・梁興甫に連れ去られてしまった。
このまま臨清に行くことを主張する于謙に対し、朱瞻基は遠回りとなっても済南に向かうという決断を下す。
何度も命を救ってくれた呉定縁を救出するために。
口論の末、于謙も跪き太子の命にしたがう。
[寸評]
U巻もT巻に引き続き危機また危機の冒険活劇で、呉定縁の絶体絶命のピンチに梁興甫が登場したときは、期待どおりとは言え思わず「キター」と叫んでしまった。
波乱万丈の物語は簡単には終わらず、終盤はミステリー色がぐっと濃くなるのも面白い。
巻末には37ページに及ぶ「物語の周辺について」という作者による長文があり、この物語が史実を絶妙に取り入れたものであることが分かっていっそう感心させられたし、読後の余韻を深めてくれるものなのでこれも必読。
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆★
[導入部]
[採点] ☆☆☆★
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
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