越後国の魚沼郡塩沢村。
鈴木儀三治は二十七歳。
鈴木家は父の代から畑作りには手間を割かず、縮や米や大豆の仲買を主にして稼業を大きくし、質業にも手を広げて今ではそちらが主になっている。
儀三治が跡を継いで、わずかながら売上を伸ばしている。
塩沢辺では俳諧がだいぶ前から流行っており、儀三治も元服の折に「牧之(ぼくし)」と俳号を名乗るようになった。
儀三治は書画に親しみ、越後国が江戸に正しく伝わればいいと思っていた。
[寸評]
私は知らなかったが、江戸時代に越後の風俗や奇譚を書いた「越後雪譜」という本が出て評判となったそうで、本書はその作者である鈴木牧之を中心に、その出版の経緯に関わる山東京伝、その弟の京山、そして曲亭馬琴を交えて描く、史実に材を取ったフィクション。
「越後雪譜」の出版に40年以上にわたり情熱を傾ける主人公の姿には圧倒される思い。
二代目蔦重も登場して江戸の版元事情や戯作者の世界が詳しく描かれたいへん面白い。
中でも徹底して悪役の馬琴のキャラが強烈。
飯塚みちるが北九州市を中心にしたタウン誌のフリーの取材ライターとして働きはじめて五ヶ月が過ぎた。
みちるは東京で大手週刊誌の記者をしていたが、昨年平塚市で起きた中学校女子生徒いじめ事件についての彼女の記事により男子生徒が自殺未遂したことで書くのが怖くなり、会社を辞め実家のある北九州に帰ってきたのだ。
二日前、北九州市内の高蔵山で身元不明の遺体が発見されたが、東京の元上司からその件での原稿書きを打診される。
[寸評]
元雑誌記者が山中で発見された遺体の身元を洗っていくうちに、より深い事件の闇に踏み込んでいくサスペンスフルな事件小説。
都合が良すぎるきらいもあるが、次々に出てくる謎と明らかになる真相がテンポ良く描かれ、飽きさせない展開でなかなか面白い。
記者であること、報道の正義に思い悩む主人公の姿もそれなりに表現されていると思う。
後日談的部分が少し長いのと主犯格の男の記述が少ないのが難点か。
採点はミステリードラマとしての作者の新境地を祝して少し甘めに。
六十五歳の長坂誠は東京郊外にある築四十年のアパートにひとり暮らし。
京王線中河原にあるオリエント食品の物流倉庫で働いている。
8月の暑い日、ヘルメットを脱いで煙草を吸いにいこうとした時、大型ラックのフレームに額を思いきりぶつけて昏倒。
救急車で市民病院に担ぎ込まれたが骨に異常はなく、夕方自宅に帰ってきた。
特にここ一年は体力の衰えを感じる。
「おれはもうおじさんではなく、おじいさんだ。」
長坂は自嘲気味に呟いた。
[寸評]
吉田拓郎や忌野清志郎ほかの懐かしい曲に乗せて綴られる、老境にさしかかった男の物語。
令和の今を描く章と昭和の香り漂う男の来し方を描く章が交互に綴られるが、過去のエピソードはどれも波乱があってたいへん面白い。
過酷な人生に揉まれながらも裏表なく優しく生きる男の話は、素直な文章と起伏のある展開でサクサク読める。
アパートの隣室の姉弟との交流もいい。
終盤は、それまでの現実的な物語から一転して都合の良いファンタジーになってしまうのだが、それも許せる。
ネイサンはアメリカ南東部ヴァージニア州の田舎町の葬儀社で死体を扱っている。
葬儀社では二週間ほど前に牧師館で死んで発見されたイーソー・ワトキンス牧師の葬儀を控えていた。
ワトキンス牧師はかつて“Eマネー”・ワトキンスとして知られていた。
地元で窃盗を働き、麻薬を取引し、ときには違法な質屋も営んでいた。
ネイサンが海兵隊にいた頃ワトキンスは信仰を得た。
ネイサンが故郷に帰る頃には教会は近隣で最大の教会になっていた。
[寸評]
ダークミステリの秀作を連発している作者のデビュー作が翻訳された。
デビュー作に作家のすべてが表れるそうだが、本作はまさにそうで、その後の諸作の要素がてんこ盛り状態の作品だ。
腕っ節が強いタフな黒人を主人公に、立ちはだかる困難に猛進していくさまがスピーディーに描かれる。
軽妙なジョークを連発し、女性にはまめなところもいかにもだ。
ミステリとしてほどほど練られているし、カタルシス満点の激しい暴力の嵐が見られる。
友人の無慈悲な殺し屋スカンクが鮮烈。
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
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