アドリアンは隠れ場所でじっと待っていた。
この邸宅は巨大で庭にはプールもある。
車が一台、私道を上がってくる。
年配の男が車から降りてきた。
男が玄関ドアの鍵穴に鍵を挿したとき、アドリアンは生垣から飛び出し、老人を家の中に突き飛ばして玄関ドアを閉めた。
アドリアンはナイフを老人の顔の前に掲げ、金庫の鍵を要求する。
金庫は二階の寝室にあるはずだ。
この邸宅の掃除をしているミレラが事前にすべてきっちり教えてくれた。(「正当防衛」)
[寸評]
女性刑事弁護士が関わった九つの事件と裁判を描いたドイツミステリー。
すぐにシーラッハの諸作が想起されたが、それより若干エンタメ度を増した感じで読ませる連作短編集だ。
特にどれもラストの衝撃はなかなか。
ミステリーとしてちょっと首をひねるものもないではないが、嘘と真実、償い、正義、倫理などについて考えさせる。
「少年兵」「塩」「強姦」の三作はとりわけ面白い。
それにしても、弁護士が一般人の夫に事件について詳らかに話して助言を得るのは問題ないのかな。
遼馬の心臓は拳の音に撃たれた。
両手に赤いグローブをはめた女性が吊されたサンドバッグを熱心に叩いている。
その奥では男がリング上でミットを打っていた。
トレーナーの構えるミットにグローブが叩きつけられる。
部屋の隅では若い男がシャドーボクシングをしている。
遼馬は立ち尽くし、呆然とその光景を眺めた。
繁華街から離れた寂しい路地にあるビルの一階。
ガラス戸に<須郷ボクシングジム>のシール。
「見学希望?」野太い声がかけられた。
[寸評]
さまざまなジャンルの作品を精力的に刊行し続ける作者の新作は青春ボクシング小説。
人と対話するのが苦手な青年がボクシングの世界に飛び込み、自分の居場所を求めてひたむきにボクシングに向き合う姿を描く。
拳をぶつけ合い、血や汗が飛び交う試合の場面はなかなか迫力があり、読んでいて胸が躍る。
本当はもっと迫真性ある臨場感を期待していたのだがそれは高望みか。
とにかく主人公がどんどん強くなっていき、順当にチャンピオンになるみたいな話でないのは良かった。
天保十四年の春の日、岡山城から旭川を遡って北へ四里ばかりの陣屋町の金谷では、藩主を迎えて、六ポンド砲の試砲式が行われようとしていた。
発射を受け持つ滝田源五郎は緊張で足の震えが止まらない。
藩主・沼田慶斉の傍らに座す主君、戸木雅楽の斜め後ろには父の善四郎が端座している。
源五郎は長男に生まれたばかりに戸木家に代々仕える砲術家の家督を継ぐ羽目になったのだ。
父の右手が上がりいよいよ導火する段になって源五郎は腰が抜けた。
[寸評]
大志を抱いて十七歳で岡山城に出仕した吉備藩士の滝田蓮三郎は故あって永蟄居とされてしまう。
幕末の激動の世に一人の藩士が辿る十五年の運命を描いた歴史時代小説。
主人公も起こる事件も史実をモデルにしたフィクション。
十五年をひたすら耐えた末に与えられた使命が残酷すぎるが、それを受ける蓮三郎はまさにラストサムライで潔い。
最後に明かされる永蟄居の理由も納得。
また蟄居の間もただ苦しむだけの日々ではなく、徐々に生きる糧のある生活が綴られ、良かった。
アンディ・ドレイクは離婚歴のあるミステリー作家。
認知症が進行中の父のおかげで夜中に目覚めたアンディは家のドアにメモが挟まれているのに気付く。
「お前とレイチェルのことは知っている。彼女に会うのはやめろ。さもないと。」
アンディは幼なじみのレイチェルと不倫の逢瀬を重ねていた。
彼の頭に最初に浮かんだ疑問は、私とレイチェルのことがどうして誰かに知られたのだろう、ということだった。
この半年、慎重に行動したつもりだった。
[寸評]
不倫をとがめる脅迫状を受け取った数日後、不倫相手が失踪、その夫は殺された。
謎解きに奔走するミステリー作家を描いた物語は、お決まりの警察不在の中、意外性には欠けるもののテンポの良い筋立てで、それなりに終始面白く読ませてくれた。
親子・兄弟関係や田舎町での隣人関係にも話は及び飽きさせないが、及第点以上のものではなかった。
アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)の最優秀ペイパーバック賞受賞作。
それにしてもこの邦題はなんとかならなかったか。
美濃国郡上からの一行六人が江戸神田の公事宿の秩父屋に着いたのは、宝暦五年(1755)十一月二十四日のことだった。
公事宿は公事訴訟のため在所から江戸へ出てきた者たちを宿泊させ、訴訟の手助けをする特殊な旅籠だった。
江戸の公事宿は通常の旅籠と同じく旅の客も泊めたが、六人は寺巡りのため江戸に出てきたとのことだった。
そして二日後、六人は老中の酒井忠寄の駕籠に、郡上藩による百姓への苛烈な仕打ちに抗議した訴願状を差し出した。
[寸評]
宝暦年間に郡上で起きた農民一揆と、同時期に郡上藩が治めていた越前国での石徹白(いとしろ)の騒動についての幕府による裁判を描く歴史小説。
大作揃いの飯嶋和一作品の中では短いものだが、中身は濃い。
江戸時代の訴訟の実状がこと細かに描かれている。
なんだか古文書を読み解いていくような文章は序盤は読みづらさもあったが、読んでいて徐々にそのリズムに乗ってくる。
領主の圧政、苛政に耐えきれず命をかけて訴え出る者たちの生き様が胸を打つ、力のあるドラマだ。
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆★
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
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