◎99年3月



[あらすじ]

 レイアはある国の王の娘。 母は死に、他国に侵略されて父の国王と共に別荘に幽閉されている。 彼女は3才の時に失明し、以来別荘の2階で女世話人のダフネに苛められながら暮らしている。 父はいろいろな話をし、本をテープにとって聞かせてくれる。 父は時々国民の動揺を静めるため国の外れに出かけていく。 父こそ彼女の生活のすべてだった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 物語の途中にある大どんでん返しが凄い。 しかし、あまりに大きな転換が途中に入ったため、後半の展開が少し苦しくなったようだ。 後半も意外な趣向が用意されているが、駆け足で、もうすこし描き込んで欲しかった。 終わりもあっけない印象でやや物足りないが、新しい物語の始まりを予感させてくれる。 全体に耽美的ムードも漂わせ、独特の精神世界が味わえる作品。



[あらすじ]

 14世紀半ばのフランス。 イングランドとの百年戦争においてフランス軍は連戦連敗。 国王は捕虜にとられ、ひ弱な学者殿下と揶揄される王太子シャルルはパリ市民の非難を浴びていた。 そんな彼に忠誠を誓う男が出てくる。 自らを戦争の天才と称するベルトラン・デュ・ゲクラン。 あくの強い顔立ちに異様に長い腕。 人を引きつけずにはおかない強烈な個性の持ち主だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 片田舎の暴れん坊から国の大元帥にまで登りつめ、軍神と謳われた男の破天荒な活躍を描く大長編時代冒険ドラマ。 乱暴者だがまるで憎めない子供のようなゲクランの活躍を描く前半は非常に面白く、長さを感じさせない。 フランス、イングランドの国王や地域の諸侯の人間ドラマもしっかり描かれているが、後半はどちらかというと本来この物語では脇役であるはずの者たちに比重が傾き、トーンがやや暗くなり、ゲクランの登場スペースが少ないのが不満。



[あらすじ]

 建築士事務所に勤めるスティーブは9才の時に家族を失った。 父のウィリアムが母と兄、姉を射殺し逃亡したのだ。 その日たまたま学校からの帰りが遅かったスティーブは難を逃れ、その後伯父に育てられ、今は妻と息子がいる。 ある日レベッカという女性作家が、父の話を訊きたいと訪ねてくる。 スティーブは徐々に昔の記憶を辿っていく。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 作者お得意の、過去の事件について封印されていた記憶が薄皮を剥ぐように少しずつ甦るさまがじっくりと描かれていく。 そしてたどりつく真相の衝撃も見事。 ただ、執拗な警察の追求を逃れた犯人が意外とあっさり割れるのは少々拍子抜け。 小ぶりで作者のスタイルそのものの特に目新しい作品ではないが、読み手を唸らせる技を感じさせると共に、人生を考えさせる重みを持った作品。



[あらすじ]

 二渡警視は県警本部警務課の調査官。 定期人事異動のための名簿作成作業も大詰めを迎えていた時、厄介な出来事が起きる。 3年前刑事部長を最後に勇退した大物OBが、交代の時期にきた天下りポストに居座ろうとしているらしい。 そのポストには今年勇退する防犯部長を送り込むことにしていた。 大物OBに辞職を迫る役目が二渡に回ってくる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 50〜70ページの短編4編から成る。 いずれも無駄なくまとまっており、終始緊迫感に満ちた物語ばかり。 人物像もしっかり描かれている。 松本清張賞受賞の表題作は肝心の最後の詰めが苦しかったが、中では県議会で爆弾発言を予定している議員の質問内容を探る「鞄」が特に見事だった。 組織の中での人間たちのせめぎ合いが実にリアルに描かれており、官庁にしろ民間にしろ組織に身を置く立場の読者なら容易に物語に引き込まれるだろう。



[あらすじ]

 江戸幕府の旗本であり書院番の要職につく向坂家の嫁瑞枝は格下の御家人の家から嫁いで4年。 最近夫の宗太郎の様子が気になる。 夫が夫ではないような漠然とした疑惑。 下男の小十郎という若者から指摘されてからその気がかりは募ってくる。 食事の好みも変わり、線が細く閨事にも淡泊だった宗太郎が、性格も荒く夜も異様にしつこくなった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 単なる道ならぬ恋に落ちた男女の心中もの時代小説ではなく、ミステリー色の濃い味付けで、特に不可解な出来事が多発し疑念が深まっていく中盤まではとても面白い。 設定にしろ話の流れにしろ特に目新しいものではなく、全体に定石通りという印象だが、素直な物語の流れには好感が持てる。 小十郎への思いが日に日に強まっていく瑞枝の心情も無理なく描かれており、最後まで楽しめる作品。


ホームページへ 私の本棚(書名索引)へ 私の本棚(作者名索引)へ