◎23年7月


本売る日々の表紙画像

[導入部]

 江戸期、文政の御代、松月平助は城下で本屋「松月堂」を構えていた。 店売りのほか、毎月一回、在へ行商に回る。 だいたい四日をかけて二十余りの村を訪ねる。 門をくぐるのは寺と手習所、それになんといっても名主の家だ。 今日は上得意の玉井村の名主・小右衛門のもとを訪ねた。 小右衛門から、このあと回る小曽根村の名主・惣兵衛が十七歳の後添えをもらったと聞かされる。 惣兵衛はこの土地随一の客だが、今年七十一歳だ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 江戸時代の本屋を語り部とした三編。 まずは江戸期の本屋の様子が興味深い。 表題作の第一話は主人公と名主・惣兵衛とのやりとりが禅問答めいていて、まだるっこしい感じで楽しめず。 二話目「鬼に喰われた女」は名主の娘の復讐劇だが、八百比丘尼伝説と絡めてその凄絶さに息を呑んだ。 三話目「初めての開板」は江戸期の医者の在りように話が及び面白いが、予想通りの展開なのは残念。 全体としては文章の言い回しに少し馴染めず、話も盛り上がりに欠けた。


終わりのない日々の表紙画像

[導入部]

 トマス・マクナルティは十九世紀半ばの大飢饉に陥ったアイルランドで家族を失い、アメリカ大陸に渡ってきた。 ミズーリ州セントルイスで彼と同じ十四歳くらいの宿無しのジョン・コールと出会う。 アメリカで初めての友達。 放浪生活にうんざりした二人は辺境の鉱山町ダグズヴィルの酒場にたどり着く。 そこには“清潔な少年募集”とあった。 美形で幼さの残る二人は、女装して男性客のダンスパートナーを務めるという仕事を得る。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 主人公トマスとジョン・コールの二人は軍隊に入り先住民掃討戦や南北戦争に北軍として従軍する。 そこでの残虐で壮絶な戦いの描写が淡々と綴られていく。 親を亡くしたインディアンの娘を引き取り家族として暮らすエピソードが心温まる。 トマスの一人称による語り口は最初はとっつきにくく読み辛かったが、徐々にそのリズムにも慣れる。 波瀾万丈のたいへんドラマチックな物語で、テンポよく話は進み、270ページ程度の長さだが大河小説を読んだ気分になった。


蝶の墓標の表紙画像

[導入部]

 八木里花は単身で小学二年の息子を育てている。 午前中はディスカウントストアでレジ打ち、帰りがけにスーパーで買い物をして夕食の支度をしたら勤務先の学習塾へ向かう。 塾では一日二コマを担当。 帰途につくのは7時半頃だ。 それまで息子は学童保育とマンションの管理人に預かってもらっている。 ある日、里花は自分が藤田由子という女性から多額の遺産を残されていると弁護士から知らされる。 相続には二つの条件があると言う。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 鮎川哲也賞受賞第一作ということで推理ものかと思ったら、少しパズラーの要素はあるが、主体は少女の復讐劇でした。 警察がほぼ不在の中、殺人が次々引き起こされる。 物語中、真の主人公は鈴林夏野という少女だが、魅力あるキャラクターでなかなかの存在感。 連続殺人の動機には疑問符がつくが、殺人は凄惨で不思議な美しさとちょっと幻想的なものを感じさせる。 11章立てで、最初と最後の章が現在の時点で、そこにも仕掛けがあるようだがピンとこなかった。


わたしたちの怪獣の表紙画像

[導入部]

 十八歳のつかさは自動車運転免許を取得して、東京は御洞町にあるアパートの一室に帰ると、小学六年生の妹のあゆむがお父さんを殺していた。 頭を後ろから炊飯器で殴り、コードで首を絞めたと言う。 お父さんが死んでもあまり悲しいという感じはしなかった。 むしろお父さんがあゆむに振るってきた暴力のことを考えれば、当然の報いだと思った。 そのとき、東京湾に怪獣が出現したというニュースがテレビから流れる。(表題作)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 怪獣出現にあわせ父親の死体を捨てに行くという表題作に加え、タイム・トラベルもの、吸血鬼と女子高生が主人公の作品、そして異様なゾンビ襲来ものと、現実世界と地続きの異界を描いた大胆な奇想SF短編四編の作品集。 どれも登場人物や状況設定、ストーリーともヴァラエティに富んでいるし、中身は凝っていて、冒頭から引き込まれる。 いずれも先の読めない変化のある展開で楽しめたし、明確な結末はなく少し余韻を持たせたラストも良い。 採点は少し甘め。


連鎖の表紙画像

[導入部]

 大阪府警京橋署に篠原真須美という女性が、主人の紀昭が失踪したと相談に来た。 篠原紀昭は五十八歳、食品卸会社を経営している。 三日前の先週金曜の夕方、電話がかかってきた後、紀昭は、ちょっと出る、と真須美に言い車のキーを持って事務所を出て行った。 その日の夜十一時過ぎに、名古屋にいる、日曜に帰るというメールが来たが、応答はそれだけだった。 紀昭は手形のことでヤミ金業者に脅されていた、と真須美は言う。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 大阪府警の刑事コンビによる金融絡みの殺人事件捜査劇。 軽妙な大阪弁による掛け合い漫才的な台詞回し主体の物語は、黒川作品としてもはやマンネリ感があるが、それでも面白い。 かなり長尺だが、二人の掛け合いのリズムがそのまま作品全体の展開のリズムとなって、テンポ良く話は進んでいく。 登場人物も多く、事件はけっこう複雑だが、混乱する手前で踏みとどまって読ませたという感じ。 それにしてもこの刑事コンビ、よく遊び、かつよく働く。 感心しました。


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