◎22年9月


喜べ、幸いなる魂よの殺人の表紙画像

[導入部]

 18世紀、フランドル地方(今のベルギー)。 ファン・デール氏は亜麻糸商。 ヤンはファン・デール氏の仲買人時代の相棒の子で、父の死亡と母の再婚でファン・デール家に十歳で引き取られた。 家には彼より一つ年下のヤネケとテオという双子の姉弟がいた。 双子は恐ろしく頭が良く、良すぎてそれぞれの学校を追い出され、家で家庭教師に教わっていた。 ヤネケは特別だが、ヤンもなんとかテオには追いつく努力をした。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 18世紀ヨーロッパ、フランドル地方を舞台に、商家を継いだ養子のヤンと自立した女性ヤネケを軸とした、四十年以上にわたる群像ドラマ。 紆余曲折ある展開の物語はとても面白く、引き込まれるように読んだ。 ヤンはヤネケとの結婚を望むも叶わず、家業に従事しながら、結婚、妻の死別、再婚を繰り返す。 時代や土地の空気が良く出ていると思ったし、ヤネケも所属することになるペギン会という、信仰熱心な単身女性の生活共同体のような組織が興味深い。


夜の少年の表紙画像

[導入部]

 フランス北東部ロレーヌ地方の県庁所在地メスに近い町。 国鉄に勤めるわたしは二人の息子、フスとジルーの兄弟と暮らしている。 社会党支部の活動もときどきはやる。 妻はジルーが十歳のとき、ガンで亡くなった。 わたしはフスとジルーをルクセンブルクのサッカークラブに登録した。 男手ひとつで息子たちを育ててきたが、フスは日に日に口数が少なくなり、家族より友だち同士で出かけることを好む時期がやってきた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 妻を失い、息子兄弟ふたりを育てる父親の語りで綴られる作品。 弟のジルーはパリの高等教育機関に進むが、兄のフスはルペン党首率いる極右政党「国民連合」の活動に関わっているらしい。 それでも父親は話し合いの場を持とうとせず、沈黙は親子関係の溝を深めていく。 そして悲劇が起きる。 語りは淡々としているが、ドラマ性のある物語。 ラスト、フスの父親宛ての手紙は胸に迫るもの。 作者の五十七歳のデビュー作。 フランスで数々の賞に輝いたそうだ。


空をこえて七星のかなたの表紙画像

[導入部]

 わたしはもうじき、中学生だ。 今朝いきなり、「七星(ななせ)、南の島へ行くぞ」とパパが言った。 南の島とは石垣島で、七星の卒業旅行と合格祝いだと言う。 去年までは家族旅行っていったらママも一緒だった。 今年はパパと二人きり。 ママは今、アメリカで日本人女性何番目だかの宇宙飛行士を目指して、訓練の日々を送っている。 基本、わが家で話題を提供するのはママだった。 今、うちの食卓はとても静かだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 宇宙、星に惹かれた人を描く短編7編。 「小説すばる」誌掲載を加筆・修正したもの。 一編、かなりSFミステリー色の強いものはあるが、他はどれも微かなミステリー味のあるドラマで、時系列ばらばらでそれぞれが単独の話のようでいて、最終話が大団円というか、すべての人間関係が繋がるつくりになっている。 各話ごと変化をもって仕立てられ、爽やかだが面白さはもうひとつ。 全体になんだかあまりにいい話でうまくまとまりすぎ、という印象を受けた。


ゴールドサンセットの表紙画像

[導入部]

 上村琴音は中学二年生。 通りかかった公園で、老人のコートのポケットから小銭入れがぽろっと落ちるのを見た。 すぐに「落としましたよ」と声をかけるつもりだった。 できなかったのは、老人の見た目が怪しすぎたのと、彼がいきなり走り出したからだ。 仙人みたいに伸びた白髪と白い髭、コートの下はこの寒いのに裸足につっかけサンダル。 彼はアパートの隣室に住む老人に似ていた。 仕方なく琴音は老人の後を追う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 単独の短篇集のようなつくりで各章が語られていき、終盤六話目で中高年の劇団を軸にすべてが繋がっていたことが分かる巧みな構成。 同級生が自殺した少女、会社から解雇を言い渡された四十過ぎの独身女性、定年後に妻に見放された男等々の人生の物語が短いながらもドラマチックに語られていく。 絶望や後悔、希望、老いても自分の気持ちに正直に生きることなどが、短い物語の中で上手に表現されている。 悲嘆や苦しいだけの物語でないのは良かった。


われら闇より天を見るの表紙画像

[導入部]

 アメリカ、カリフォルニア州の海沿いの町、ケープ・ヘイヴン。 2005年6月初旬、町の警察署長のウォークは崖沿いに集まる人混みの外れに立っていた。 侵食が進み、家が海へ落下していくのを見物する人々。 そこにダッチェスとロビン、ラドリー家の子供たちがやって来る。 ウォークら3人はラドリー家へ走る。 母親のスターがカウチに倒れていた。 そばに酒瓶が一本、今回は錠剤は見あたらない。 急ぎ救急車を呼ぶ。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 町の警察署長のかつての親友で、三十年前にひとりの少女が命を落とした事件で逮捕された男が、刑期を終えて町に帰ってくる。 そこから起きる新たな悲劇。 警察署長とともに物語の主人公となる、自らを“無法者”と称する十三歳の少女ダッチェスが非情な運命に立ち向かうパートがとにかく素晴らしい。 登場人物すべてに救いを求める気持ちになる。 時間を忘れて読んだ。 しっかり積み重ねられた重厚なミステリードラマで、英国推理作家協会賞ほか多数受賞。


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