◎22年2月


残月記の表紙画像

[導入部]

 2048年3月の満月の夜、27歳の宇野冬芽は大阪市にある衛生局の一時保護施設にいた。 彼は先週金曜に月昂という感染症を発症した。 その頃、国は月昂感染者の強制隔離政策を行っていた。 冬芽は明月期の昂揚感を抑えきれず、風俗店で女を買い、ラブホテルに入ったところで衛生局の補導員に踏み込まれたのだ。 “保護”と銘打ちながら事実上の捕獲。 手錠足錠をかけられ足首には追跡機をつけられた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 表題作の長編と中編二作。 三作とも月をモチーフにした悪夢的な物語だ。 人生そのものが入れ替わる中編「そして月がふりかえる」はブルッと身震いするような怖さを感じる。 二作目「月景石」は、主人公が地球にいるのか月にいるのか、不可思議な設定で驚かされるファンタジーホラーで、悪夢にうなされるような話。 そして表題作は緻密に構築された驚きの物語世界に、過酷で残酷で怖い話だが、最後は究極の愛の物語となり感動的とも言える作品となった。


風巻の表紙画像

[導入部]

 明治七年、西南伊豆地方の入間村。 達吉は村に一艘しかない天当船、梵天丸に乗り込む漁師のひとりだ。 彼岸中日の前の晩、激しい嵐となり、海は大いに荒れた。 翌朝、まだ雨が降り続く中、達吉は幼なじみの要蔵とともに、浜に梵天丸の様子を見に行く。 すると前浜の波打ち際に奇怪な人影が立っているのを見る。 全身が濡れ鼠の、六尺はありそうな大男で、赤ら顔の黄色いざんばら髪。 それは異人だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 明治七年に実際にあった、西伊豆沖でのフランス商船ニール号の沈没海難事故を題材にした歴史小説。 入間の漁夫たちが荒れ狂う海を救助に乗り出す場面は、彼らの奮闘ぶりがなかなかの迫力と臨場感を持って描かれる。 その後の奇跡的に救助された英国人の処遇をめぐる話は、彼の境遇、日本人留学女子との関係などちょっと作りすぎの印象もあるが、登場人物みな誠実で全体に気持ちのよい物語だった。 もう少しボリュームがあってもよかったくらい。


皆のあらばしりの表紙画像

[導入部]

 栃木駅からだいぶ離れている平日の皆川城址に人はめったに来ない。 高校の歴史研究部に所属するぼくは、個人研究用のテーマをさがしに曲輪をめぐり、抱えているノートに挟んだ地図と照らし合わせ、鉛筆で書き込みしながら半日を過ごしていた。 その男は本丸に上がっていく階段に立ってぼくを見下ろしていた。 大阪弁で語りかけてくる男は三十代くらい、たくましい体で迫力があるがいろいろと学識があった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 男子高校生とうさん臭いがやけに博識な中年男が、地方の旧家の蔵書目録に載っている謎の本の存在を追う。 物語はほぼ二人の会話で進められる。 後半はちょっとミステリーぽく、また青春ものの香りもあり、最後には逆転の技も仕掛けられている。 ただテーマとされた幻の本探しにはあまり興趣が湧かず、ふたりの尖ったような会話、登場人物の造形もいまいち私には合わなかった。 本作で作者は三度目の芥川賞候補となったが、今回も受賞は逃した。


プロジェクト・ヘイル・メアリーの表紙画像

[導入部]

 ぼくは酸素マスクをつけ、身体中、電極だらけで目が覚めた。 コンピュータが「あなたの名前は?」と聞いてくるが、自分が誰なのかわからない。 壁はプラスチックのようで部屋全体が丸く、ほかにも二つベッドがあって、患者が寝ている。 男と女で彼らは死んでいる。 だいぶ前に亡くなったようで、ミイラ化している。 壁に梯子があり、その先にハッチ。 よろけながら梯子を登りハッチを開けると、そこは実験室だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 人類の存亡を賭けたミッションがひとりの宇宙飛行士に委ねられる。 物語は太陽系を遠く離れた宇宙で奮闘する彼を描くパートと、全地球規模でこのプロジェクトが始動する過程を描くパートが交互に描かれる。 宇宙パートは次々に難問、障害が降りかかってくるところを、主人公が常に前向きに対応する姿勢がいかにもアメリカものらしい。 ファーストコンタクトSFとしても非常に興味深く、かつ面白く作られている。 全編スリリング。 幕切れのユーモアも良い。


赤と青とエスキースの表紙画像

[導入部]

 女子大生のレイは日本の大学との交換留学生としてメルボルンにやってきた。 1年を過ごし、来週末に日本に帰る。 同い年でメルボルン育ちの日本人ブーとは昨年3月に知り合った。 ブーから、友だちの画家の卵がレイを描きたいと言っているのでモデルになってくれと頼まれる。 1日だけ、エスキース(下絵)だけでいいと言う。 承諾し、赤いブラウスを着て、画家の卵ジャック・ジャクソンのアパートをブーと訪れる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 長い期間にわたる愛の物語で、連作短編集のような形式でいながら最後には全体がひとつの物語として結実するという巧みな構成だった。 一枚の下絵の絵画(エスキース)が人と人をつないでいく役割を持つ。 終盤明かされる仕掛けにさほどの驚きはなく、話をここまで進めた今になってそれを言うかという感じはしたが、男女の人生の物語として全体として優しさ、温かさを感じさせるもので、作品の印象は良い。 今年の本屋大賞ノミネート作品のひとつ。


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