AUGUST

◎22年8月


三体Xでの表紙画像

[導入部]

 雲天明は岸辺に腰を下ろし、湖に小石を投じて大小の波紋を水面につくりだしていた。 彼の横には目を惹く艶やかな女性、艾AAが座っている。 一瞬、雲天明は大学1年のとき程心たちと出かけたハイキングの多幸感に満ちたひとときにタイムスリップしたような感覚に襲われた。 今、彼はあれから七世紀近くもあとの、三百光年も離れたべつの惑星にいる。 雲天明はかつて程心に星をひとつプレゼントしたことがある。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 「三体」シリーズの熱狂的ファンの著者が、
第三部「死神永生」を読み終えた後、ロスを癒やすべく、三体の空白を補完する物語を勝手に創作しネットに投稿。 注目の的になり三体著者の公認を得て本として刊行されたもの。 雲天明が三体艦隊に囚われた後とか、青色惑星に取り残された後の話などは興味深く面白く読めた。 しかし、より大きな存在=神?が宇宙の覇権を争う壮大な話は、堂々たる本格SFというか哲学的で難解な話が続き、私の理解の範囲を超えた。


夜に星を放つの表紙画像

[導入部]

 三十二歳の綾は婚活アプリで恋人を探し、去年の冬にマッチングしてやりとりを始め、コロナの自粛期間に入る前に二度ほど食事をした。 三十四歳のフリーでプログラマーをしている麻生さん。 服装はこざっぱりしていて、妙に女慣れしていない感じもとてもよかった。 自粛期間はLINEでやりとり。 自粛明けから月に二、三度会い、梅雨が終わる頃初めて麻生さんの住むマンションに行った。 マスク越しでキスをした。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 設定、内容とも独立した五編の短篇集。 天体の星がアクセントになっている作品が多い。 設定はいずれもどこかで読んだような平凡なものだし、驚くような展開も特にない作品ばかりだが、スウッと自然に入ってくるような文章で、しっかり読ませる。 少年の青春の苦い1ページを切り取ったような「銀紙色のアンタレス」、健気な小学生の少年が切ない「星の随に」など五編とも良作。 どれもちょっと薄明かりが灯るような幕切れが良い。 直木賞を受賞した。


まっとうな人生の表紙画像

[導入部]

 三十七歳のあたしは結婚して富山に住んでいる。 夫のアキオちゃんは十歳上、農機具会社で販売の仕事をしていて、九州に出張で来たときに知り合った。 娘の佳音は十歳。 思慮深くてやさしい。 あたしが発病したときは「そううつ病」だったのが、今は「双極性障害」に名前が変わった。 一応通院しながら病気をコントロールしているが二年に一度くらいは再発もある。 日曜日の「ひみ番屋街」でなごやんとばったり会った。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 2005年発行の著者の初の書き下ろし長編小説「逃亡くそたわけ」で描かれた花ちゃんとなごやんの精神病院脱走劇から十数年後、それぞれ二人は家族を持った。 本作は富山県での生活を花ちゃんの語りで綴っていく。 前作が未読でもまあ大丈夫。 著者の語りはいつもどおりのリズムで楽しめるが、話に特に大きな展開や事件はなく、絲山秋子のまっとうな人生についての思いや人生論を聞かされているような感じ。 新型コロナ感染拡大の不安感がリアルだ。


#真相をお話ししますの表紙画像

[導入部]

 現役東大生三年の片桐は、一年の秋から『家庭教師のアットホーム』の営業を担当してきた。 中学受験専門の家庭教師の仲介ビジネスで、大手進学塾主催の模擬試験会場前で撒いたチラシを見て問い合わせてきた家に伺って、家庭教師派遣契約を獲る。 今日の面談希望は私立小学校に通う矢野悠くんの家庭。 少し早めに着き家の周囲を巡っていると、突如として家の中から悲鳴ともつかぬ金切り声が響いた。(「惨者面談」)

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 マッチングアプリやリモート飲み会、YouTuberなど今っぽい設定のもと、読者を巧妙に騙すひねりを幾重にも加えたミステリー短編五編の作品集。 日常の謎系の作品かと思ったら、扱っている事件はけっこう凄惨なものが多く、どれも後味があまり良ろしくない。 どの短編も不穏な空気に満ちていて一気に面白く読ませるが、期待したほどのどんでん返し、ツイストは感じなかった。 人気YouTuberを夢見る小学生を描く「#拡散希望」が日本推理作家協会賞を受賞。


脱北航路の表紙画像

[導入部]

 朝鮮民主主義人民共和国の東岸に位置する新浦港から内陸に8キロほど離れた高台に建つコテージ。 ロシア製の軍用四輪駆動車が二台停車した。 乗っていた将校は総政治局敵工部、辛吉夏上佐。 対応した特別招待所の責任者に、金正恩直々に発せられた最高機密命令書を提示し、107号の移送を告げる。 現れたのは初老の婦人。 上佐は彼女を連行し、新浦港で出港準備を整えているロメオ級攻撃型潜水艦11号へ向かう。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 拉致被害者を連れて日本に亡命しようと試みる北朝鮮潜水艦の決死の脱出行を描いている。 爆撃機、魚雷艇、対潜ヘリ、そして潜水艦と次々に送り込まれる北朝鮮殲滅隊との戦いは、とにかく全編見せ場の連続だ。 とりわけ潜水艦同士の対決場面は手に汗握る緊張感に満ちたもの。 一方、終盤の日本側の優柔不断な対応は想定の範囲内ではあった。 まるで映画を見ているような臨場感と迫力のある作品で、ぜひ映像化を希望したいところだが、政治的に難しいかな。


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