◎21年6月


俺と師匠とブルーボーイとストリッパーの表紙画像

[導入部]

 章介が釧路のグランドキャバレー「パラダイス」の下働きの職を得たのは十六の時だった。 それから4年、「パラダイス」の平屋の寮にひとりで住んでいる。 「パラダイス」は一階に収容人数二百人のワンフロア、二階には八十人収容の姉妹店「アダム&イブ」がある大箱だ。 年末年始のかき入れ時、新しいタレントがやって来ることになっている。 マジシャンと歌手とダンサーということだが、どの名前も聞いたことはない。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 主人公は真面目にしっかり働く青年で、ドサ回りでやって来たマジシャンとゲイの歌手とストリッパーの三人もたくましく心根の良い人たちだ。 それぞれが人に言えない事情や過去を抱えながらも前向きに生きていく姿、章介とドサ回りの三人の軽口をたたき合いながらの交流が読んでいて気持ちいい。 悪人は出てこないし、さほどドラマチックな展開がないのは少し物足りない気もするが、凍てつく土地を舞台に、昭和感が漂い、心がじんわりと温かくなるような話だった。


三体Vの表紙画像

[導入部]

 三体艦隊の地球侵略に対抗する国連惑星防衛理事会が始動した面壁計画。 面壁者の羅輯は暗黒森林理論に基づき艦隊に進路変更を迫り、艦隊はその脅迫に屈し進路を変えた。 さらに地球では、三体艦隊に向けて探査機を送る階梯計画の立案が進められていた。 航空宇宙エンジニアの程心は階梯計画を進める戦略情報局(PIA)に派遣される。 長官のウェイドは人類をひとり、敵の心臓に送り込もうとしていた。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 超絶面白いエンタメSF「三体」シリーズもついに完結となったが、完結篇も期待に応える面白本で、あまりのスケールの大きさに読み終わって呆然とした。 三部作の中ではこのVが最も長く、難解な科学理論も出てはくるが、次々に繰り出されるアイデアの数々に興奮し圧倒されるし、奇想に富んだ作中作も面白い。 読者を驚かすだけでなく、愛の物語も盛り込まれているところにも感心する。 想像をはるかに超えて、神の領域にまで踏み込んだ壮大な作品でした。


つまらない住宅地のすべての家の表紙画像

[導入部]

 丸川家は父親と中学3年の亮太の二人暮らし。 先月この住宅地の並びの自治会長の役が回ってきて、父親は少し張り切っている。 テレビでは逃亡犯のことを報道している。 刑務所から横領罪で服役していた女が逃げ出したらしい。 この女はこのへんの人らしいと亮太が学校で知った情報を話すと、父親は逃亡犯がこっちに来たりしないか見張らないと、と言い出す。 路地の出入り口の家の二階からがいいと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 路地を挟んで10軒の住宅地でのちょっとした騒動を描く、群像劇のようなミステリー風の物語。 なにしろ10軒すべてについて順繰りに語られていくので少々混乱するが、巻頭に住宅地の地図と各家の家族構成が載っているのでそれを見ながら読み進めていく感じだ。 10軒各々の事情が巧みに描き分けられ、作者らしい語り口調のリズムがいい。 後半は逃亡犯側の語りも加わり、最後はうまく着地させ、地味な作品だが後味の良い話に仕上げられている。


帰らざる故郷の表紙画像

[導入部]

 1972年、ノース・カロライナ州。 フレンチ家の次男、ジェイソンが出所した。 彼はヴェトナムで29人を殺したという噂が立つ兵士だったが上官に反抗して不名誉除隊となり、帰還後もドラッグに溺れ罪を犯して刑務所に入っていた。 18歳の弟のギビーは兄の帰宅を待っていたが、ジェイソンは家には戻らない。 母も警察官の父もギビーから兄を遠ざけようとしていた。 ギビーは街の南にある石切場で兄と久しぶりに再会する。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 兄が殺人容疑で逮捕され、弟が兄の無実を信じて真相を探っていく。 ヴェトナム戦争時のアメリカを舞台に、帰還兵の問題や壊れゆく家族の姿を描くミステリー。 最初から犯人の姿を出しているので謎解きはなく、ギビーらの苦難、兄の運命などが波乱の展開で描かれる。 少年の成長物語としてもよく描けているが、物語の鍵となるXという死刑囚の存在が大きすぎた印象。 残虐な場面もありラストの展開も納得いかないが、長尺をしっかり読ませる面白さがある。


ヘーゼルの密書の表紙画像

[導入部]

 1931年の中国・上海。 9月18日に満州事変が勃発し、中国の東北部が、日本の軍隊である関東軍の占領下に入った。 その直後から大陸各地で、中国人による排日・抗日運動が激化した。 ここ上海租界も例外ではない。 豊川スミは、共同租界にある語学教室に、若い中国人相手に英語や日本語を教えに来ていた。 外を出歩くのが物騒になってきたその日、スミたちは生徒を引率して帰宅させることになった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 SF作家として認識していた作者の、満州事変以降における日中和平工作に関する史実をもとにした歴史スパイ小説。 序盤は少し文章が硬い印象だったが、中盤以降は緊張感のある物語が楽しめる。 日本側も中国側もそれぞれ一枚岩でなく、組織内で激しい争いがあり、その中で命を賭して懸命に和平交渉を進める人たちの姿がサスペンスたっぷりに描かれている。 歴史上の結末は分かっていることだが、ロマンを伴った謀略小説として面白く読めた。


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